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アンナ・カレーニナ

本文のみ。

アンナ・カレーニナ
Anna Karenina

2013年3月29日日本公開。
L・N・トルストイの代表作を実写化した大作ドラマ。

19世紀末のロシア。政府高官カレーニン(ジュード・ロウ)の妻にして、社交界の花として人々から注目されるアンナ・カレーニナ(キーラ・ナイトレイ)。しかし、華やかな生活の裏で夫との愛なき結婚に空虚なものを抱いていた。そんな中、彼女は離婚の危機に陥った兄夫婦の関係を修復させようと、彼らのいるモスクワへ。駅に降り立ったアンナは、そこで青年将校ヴロンスキー(アーロン・テイラー=ジョンソン)と出会う。彼から強い思いをぶつけられて戸惑う彼女だが、自分にも彼を慕う気持ちで胸がいっぱいだった。(シネマトゥデイより)



1870年代に執筆されたロシアの文豪トルストイの代表作を実写化したイギリス映画です。
ボクは文学に全く弱いので、世界的な作家であるトルストイについても、
2010年に公開された伝記映画『終着駅 トルストイ最後の旅』で初めて知った程度で、
彼の小説をちゃんと読んだことはありませんし、内容も知りませんでした。
でも、さすがに『アンナ・カレーニア』というタイトルは聞き覚えがありますね。
中身については全く知りませんが、130年以上も前の古典作品なので、
きっと今となっては古臭い物語なんじゃないかと漠然と思っていました。
特にロシア文学って、なんだか楽しい作品が生まれなさそうなイメージがあるし…。

なので本作にはあまり興味を惹かれず、別に観に行こうという気もありませんでした。
まぁキャストが主演のキーラ・ナイトレイや、ジュード・ロウ、
アーロン・ジョンソン(本作からアーロン・テイラー=ジョンソンに改名)など、
ハリウッドでも活躍するイギリス人俳優が多くて豪華だとは思ったけど、
やっぱりハリウッド映画ファンのボクとしては、イギリス映画というだけでも、
ちょっと興味は薄れてしまいますね。

ならばなぜ本作を観に行ったかと言えば、やはりアカデミー賞の影響でしょう。
第85回アカデミー賞には、実はひとりだけ日本人がノミネートされていました。
それが衣裳デザイン賞の『白雪姫と鏡の女王』のデザイナー石岡瑛子さん。
彼女は惜しくも昨年亡くなってしまいましたが、遺作である『白雪姫と~』の衣装は、
キャストを魅力的にするとても素晴らしいものでした。
なので第85回アカデミー賞では主要部門に次ぐほど注目していたのですが、
結果オスカーを受賞したのが本作で、『白雪姫と~』を超える衣装デザインに興味が湧き、
本作を観に行ってみよう思った次第です。
他のノミネート作品も『レ・ミゼラブル』や『リンカーン』とかなり強豪なのに、
完全ノーマークだった本作が受賞するとは驚きでした。

で、いざ観てみたわけですが、うーん…、オスカーの結果に納得できないかも…。
そんな近世の貴族の服装で、そんなに凝った衣装デザインだとは思わなかったし、
衣装だけなら『白雪姫と~』の方が個性的で、何倍も魅力的だったと思います。
しかし本作の映像美には目を見張るものがあり、衣装デザイン賞ではなくて、
ノミネートされていた美術賞を受賞するべきだと思うほど壮麗でした。
ただセットが美しいだけじゃなくて、その見せ方にもかなり工夫がなされています。
シーンの変わり目が、まるで舞台転換するようなブリッジで繋がれ、
ちょっと前衛的な演劇を観ているかのような演出になっています。
セットが変わる時に、キャストがキャットウォークを歩いて芝居をしながら移動したり、
野外の背景が実は書き割りで出入り口が付いていたり、スタッフが大道具を運んだりと、
普通の映画ではあり得ないような演出がなされており、新鮮で面白かったです。
モブキャラの動きも完全に統率されており、みんなで同じ動きをしたり、
メインを引き立たせるため制止したり、或いは一斉に捌けたりと、
ちょっとミュージカル的な演出も見受けられるかも。
それによりリアリティはなくなるけど、いい感じのケレン味が出ています。

ただただ映像的な演出に感心させられっぱなしの本作でしたが、物語も悪くなかったです。
「古臭い物語だろう」と思っていたけど、そんなこともなくなかなか楽しめました。
近世の社交界を舞台にしたソープオペラ的な内容で、ドロドロした愛憎劇が描かれます。
トルストイは宗教家でもありましたが、本作の原作小説の主題も、
「不貞を働けば不幸になる」というキリスト教的な教訓が描かれているようです。
本作はそれほど宗教色は強くありませんが、無宗教だけど保守的なボクとしても、
不貞を働いた者が悲惨な末路を辿るという物語は、とても得心がいきます。
それにしても社交界なんてのは、下衆くて性に乱れまくっている印象があったけど、
かなり貞節にうるさい場所として描かれているのは意外でした。
不倫は社交界の掟に背き、不倫した者と関わるのも恥であるとして、
その者は公然と悪口を言われ、仲間外れにされてしまいます。
社交界が全てである上流階級にとっては、村八分状態の重いペナルティですが、
現代はむしろ不貞に甘すぎる気がするし、それくらいの社会的制裁はあって然るべきです。

キーラ・ナイトレイ演じるアンナは、旦那カレーニンがいるにも関わらず、
若い青年将校ヴロンスキーと不倫関係になります。
その噂はたちまち社交界中に知れ渡り、アンナは後ろ指をさされるようになりますが、
意外なことに、ヴロンスキーの方はそうでもないんですよね。
それは彼が男性だからなのかとも思いましたが、彼がまだ独身だからなのかも。
人妻に手を出すのは強欲ではあるものの、不貞ってことのほどでもないのかな?
アンナも不倫状態が解消されたら、つまり夫と別れてヴロンスキーと結婚すれば、
彼女の社交界での村八分状態も終わるみたいです。
個人の人間性の批判よりも不貞の罪を憎むというような社会通念は興味深いです。
これも当時のキリスト教的な考え方なのかもしれませんね。

ところが、夫カレーニンは離婚に応じてくれません。
アンナがヴロンスキーと同棲しても放任するのに、離婚だけは固辞します。
本作のヒロインはアンナなので、カレーニンは言わばヴロンスキーとの恋路を邪魔する
アンタゴニスト的な立場ですが、本作は彼のことを悪く描いているわけでもないです。
むしろ不倫が発覚しても許してくれるようなとても寛容な男です。
ちょっと執念深い気もしますが、基本的に彼は何も悪くない被害者ですからね。
その反面、アンナはヒロインであるにも関わらず、あまりいいようには描かれていません。
立派な夫がいながら若い男と不倫する、妻としても酷い女ですが、
愛する息子もいるのに余所に男を作るなんて、母として最低で同情の余地がありません。
しかもカレーニンに対し、息子を譲るように迫ります。
自分はヴロンスキーとの間に娘も儲けているのに、我儘過ぎますね。
アンナはヴロンスキーが自分を捨てて他に女を作るのではないかと思い込み、
駅のホームから線路に飛び込み自殺します。
(胴体が真っ二つになる、かなりエグい死に方です。)
勝手に絶望して勝手に死ぬのはいいけど、遺された幼い娘が可哀想ですよ。
今以上に私生児には生きにくい時代なのに…。
幸いにもカレーニンが娘を引き取ってくれたみたいで、本当に寛大な男ですね。
それに引き換え、実の父であるヴロンスキーはどうなったのか…?
原作では失意のうちに戦争に赴いたみたいですが、
本作では彼の後日談は描かれていなかったように思います。

欲望のままに生きて、最後は不幸な結末を迎えたアンナと対比するように、
誠実にひとりの女性を愛し続け、幸せを掴んだ荘園領主レヴィンの話も描かれますが、
対比させるなら、もう少しレヴィンのパートも増やした方がいいですよね。
この程度では、むしろ全く要らないと思うくらいの扱いでした。

とにかく映像が素晴らしかったので、観る価値のある作品だと思います。

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