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パラノーマン ブライス・ホローの謎

今日はエープリルフールなので、いろんなサイトがジョークで染まっていますね。
ウチのブログでも何か面白い嘘ネタでも書こうかなと思ったけど、
寒いことになりそうなのでやめておきます。

ということで、今日もさっさと映画の感想に入りたいと思います。

パラノーマン ブライス・ホローの謎
ParaNorman.jpg

2013年3月29日日本公開。
ライカ・エンターテインメントが手がける3Dストップモーションアニメ。

300年前に魔女狩りが行われていた町、ブライス・ホロー。ノーマンはどこにでもいるホラー映画好きの少年だが、死者と話せる特殊な能力を持っていた。ある日、ノーマンの前に死んだおじさんが現れる。そして、魔女の呪いによって町が滅ぼされる日がすぐそこまで近づいており、それを救うことができるのはノーマンだけだと言われ……。(シネマトゥデイより)



同年に全米公開されたコメディホラーのコマ撮りアニメ映画『フランケンウィニー』が、
初登場5位で、興行成績約3,500万ドルと地味な成績だったのに対し、
ほぼ同様のジャンルである本作は初登場3位、興行成績約5600万ドルと大ヒットを記録。
映画批評家からも大絶賛され、第85回アカデミー長編アニメ映画賞の候補にもなりました。
それもそのはず、本作は近年観たアニメ映画の中では断トツに面白いです。
それらの記録だって、本作の評価としては不十分すぎます。
最低でも3億ドルくらいは稼げる価値があると思うし、
オスカーを『メリダとおそろしの森』に奪われたのも、
ディズニー・ピクサーがアカデミー会員を買収したに違いないです。
しかしそれ以上に本作に不当な評価を下しているのは我々日本人です。
公開初週末の興行ランキングが10位にも入らないってどういうことですか?
1位『ドラゴンボールZ』、2位『シュガー・ラッシュ』、3位『ドラえもん』と、
春休みらしく上位をアニメ映画が占拠してるのに、本作は10位も入らないどころか、
下手すると20位でもランクインしてないんじゃないかという状況です。
上記のベスト3に比べても、本作の方が圧倒的に面白いのに、
まったく日本人のアニメの見る目の無さには、ほとほと呆れかえります。
今の成績では、GWまで待たずに公開終了してしまいそうです。
そこのあなた、早く観に行かないと、世紀の大傑作を見逃すことになりかねませんよ。

…というのは嘘。

ランキングや成績、オスカー候補になったのは本当ですが、
上の感想でボクの主観部分は、全て心にもないことです。
つまり本作のことは、それほど面白いとは思いませんでした。
日本週末興行ランキング上位3作と比較しても、観る価値はないと思います。
でも駄作かと問われれば、それほど酷い作品でもないですが、日本公開時期が悪すぎます。
本当の傑作であるハリウッド・アニメ『シュガー・ラッシュ』と競合するのは無謀だし、
国民的アニメ『ドラゴンボールZ』と同週公開なんて、常軌を逸したスケジュールです。
春休み映画の定番である『ドラえもん』の勢いも留まらないし、
『ドラえもん』の客層より幼い子は『しまじろう』を観に行くでしょう。
女児に人気の『プリキュア』もあるし、アニメファンは『花咲くいろは』に流れ、
こんなアニメ映画が群雄割拠している状況で、本作を観に行こうなんてのは、
本作のフリーク(変人)な主人公もビックリのフリークですよ。
もっと時期をずらして公開すれば、もう少し健闘できたはずなのに…。
この結果で(ディズニー以外の)ハリウッド・メジャーが、
日本でのアニメ映画の公開を懸念するようなことになんじゃないかと、
ハリウッド・アニメ映画ファンのボクとしては心配してしまいます。
20世紀フォックスやパラマウントは、すでにその傾向が見受けられるし…。
なので嘘でも絶賛する感想を書いて、少しでも多くの人に観てもらいたいくらいですが、
観た人から、「ハリウッド・アニメってこの程度か」と思われるのも嫌なので、
ここは正直に「本作に限ってはダメだった」と伝えた方がいいと思いました。

本作の何がダメかと言えば、根本的な問題としてコマ撮りアニメということです。
本作が映画批評家から絶賛されているのも本当のことですが、
本作の何が評価されているのかというと、そのコマ撮りの技術のことだけです。
コマ撮りアニメのひとつの弱点は、今のご時勢では珍しい手法だけに、
物語の面白さではなく、その手法ばかりが注目されるということです。
本作は『コララインとボタンの魔女』を製作したコマ撮りアニメ専門スタジオ、
ライカ・エンターテインメントが製作しています。
コマ撮りアニメに関しては本当に最先端のスタジオなので、その技術は世界一でしょう。
そのことを評価したくなるのもわかりますが、撮影技術というのは、
面白い内容を映像化するための手段でしかなく、技術論が先に立つのは愚の骨頂です。
その点では、技術的には当然劣る前作『コラライン』や、
技術的には本作ほどでもなく、批評家の評価も低かった『フランケンウィニー』の方が、
脚本がよく出来ていたので、本作よりもアニメ映画としては断然優れています。
つまり本作は技術は素晴らしいのに脚本がチープすぎる、頭でっかちな作品なのです。

その評価されている本作のコマ撮り技術についても、
ボクは評価されるべきものなのかどうか疑問に思います。
コマ撮りアニメは実写なので、10年ほど前なら技術的に拙かったCGIアニメよりも綺麗で、
それなりに価値はあったと思います。
しかし今はCGIアニメも進歩し実写と見紛うほどになり、その差はなくなりました。
むしろ作り物の人形を動かすコマ撮りよりも、CGIアニメの方がリアルにも出来ます。
もはやコマ撮りアニメの売りはその伝統だけで、最近流行りの白黒映画のような評価です。
光の演出など「コマ撮りにしか出せない味がある」という人もいるけど、
今のCGIアニメならコマ撮り風の映像だって再現できるはずです。
CGIアニメのクリエーターがわざわざそんなことをしたがるとは思いませんが、
例えば『シュガー・ラッシュ』の「フックス・イット・フェリックスJr.」の住人の、
カクカクした独特の動きは、コマ撮りアニメ的だったと言えるかもしれません。
(8bitビデオゲームのチープな動きを再現しただけですけど。)

とはいえ、伝統だって大切にしてもいいと思います。
しかし本作で使われているコマ撮りアニメの新技術は、その伝統を蔑ろにするものです。
本作に登場する半透明の幽霊や、電気が迸(ほとばし)っている魔女は、
コマ撮りアニメだけでは撮ることができず、CGが使われており、
もはや本作はコマ撮りアニメというには憚られるくらい、過去最高にCGを多用した、
コマ撮りとCGIアニメのハイブリッドなアニメなのです。
そういうと聞こえはいいですが、それなら全部CGIで描いてもいい気がするほど、
コマ撮りの伝統に対するコダワリが薄れている気がします。
主人公の表情のパターンは、なんと150万通りもあり、1コマずつパーツを付け変えて、
滑らか表情を作り出しているのも、本作が誇る見どころのひとつですが、
表情のパーツをひとつずつ手作りしているなら、その努力にも感服しますが、
本作は新技術3Dプリンターにより、コンピュータ上でCGIを使ってモデリングしたものを、
立体物として出力しており、CGIモデル制作以外は機械任せで作れるんですよね。
それならCGIアニメとやってることは一緒だし、出力に手間がかかる分だけ無駄です。
なんと最新の3Dプリンターは、パーツの彩色まで自動でしてくれるみたいで、
コマ撮りアニメの撮影が簡単になったのはいいですが、
コマ撮りアニメは1シーンに何日かかったとか、苦労して撮影することが売りなので、
そんな手抜きを進化だと評価するのは何かずれてると思います。

ボクみたいにコマ撮りという手法にコダワリがない客にとっては、
コマ撮りアニメもCGIアニメも、立体的なアニメとして大差はないです。
新技術で進化しようが、伝統を蔑ろにしていようが、実際はどうでもよく、
要するにアニメ映画として大切なのは、物語が面白いかどうかに尽きます。
その点、本作はかなり凡庸なストーリーになってしまっています。
凡庸というよりもまとまりがないというべきか、なんだかゴチャゴチャしています。
幽霊ものがやりたいのか、ゾンビものがやりたいのか、魔女ものがやりたいのか、
もっと方向性を定めておくべきで、全てを無理やり詰め込んでいるために、
どれも中途半端な内容で、話の密度は濃いのにドラマ性が薄いです。
これでは笑いも感動も描くことはできません。
たぶん新技術で早く映画を作ることが目的になり、脚本の詰めを怠ったのでしょう。

300年前に処刑された魔女が復活し、彼女を処刑した7人の男をゾンビとして蘇らせ、
幽霊と話せる少年ノーマンが、魔女の怒りを鎮めるために頑張るという話です。
ノーマンは嘘つき霊感少年として、同級生や家族から変人扱いを受けます。
しかしそんな彼を理解してくれる同級生ニールと友達になり、
彼はいじめや偏見を乗り越え成長する、…というような展開が最後まで続くなら、
それなりに感動的なドラマにもなったでしょうが、それは本作の導入でしかなく、
ゾンビや魔女との絡みが本作のメインプロットとなります。
ゾンビが出てきてからは、あんなに街中にいた幽霊も全く見えなくなり、
ノーマンの能力は、ゾンビや魔女も含め、ただ死人と会話できるだけに…。
これなら幽霊と交信できる『花田少年史』的な設定は要らなかったです。
幽霊もの映画『パラノーマル・アクティビティ』に便乗したタイトルにするためだけに、
無理やり付けられた設定だと思います。

魔女の怒りを鎮める役目だった大叔父が亡くなり、その役目を継ぐ羽目になったノーマン。
魔女の墓の前で童話『眠れる森の美女』を読むだけの仕事ですが、
彼は魔女の墓の場所を知らず、魔女は復活し、7人のゾンビを蘇らせてしまいます。
ノーマンはゾンビの追撃を避けながら、墓の場所を調べるため町役場の資料室に行きます。
資料室のことを教えてくれたクラスの優等生サルマですが、何の脈絡もない登場でしたね。
ノーマンは友達がニールしかいないはずなのに、彼女は何で協力してくれるのか…?
ノーマンを捜して街を徘徊する7人のゾンビに、住民たちは恐怖しますが、
悪い魔女の手先であるゾンビを倒せとばかりに武器を手に暴徒と化し、
逆にゾンビが住人たちに襲われることに…。
実はゾンビはもともと住民を襲うつもりはなく、魔女の呪いを解いて成仏するために、
死者と話が出来るノーマンに、魔女を止めるようお願いしに来ただけでした。

ゾンビだから悪者と決め付ける住民の方がよほど悪いという、
「見た目で人を判断するな」という「偏見」が本作の最大のテーマのようです。
ノーマンが幽霊が見えることで周りから偏見を持たれたのもそうだし、
魔女の少女アギーも、悪い魔女という偏見で300年前に処刑されたのもそうです。
しかしアギーの場合は、本当に魔女だから魔女裁判にかけられたわけで、
見た目も関係ないし、結局死後悪い魔女になったので、偏見でもないです。
そのテーマを描くのであれば、魔女の設定も要らなかった気がします。
もともとコマ撮りアニメでゾンビ映画を作ろうという企画だったみたいですが、
幽霊も魔女の設定も、後から無理やり足されたことがバレバレで、
それがまとまりに欠ける印象を与えているんだろうと思います。

脚本の不出来が目に余る本作ですが、褒めるところがないわけでもないです。
主に褒めたいところは2点ありますが、どちらも好き嫌いの分かれそうなものです。
その1点目はキャラのデザインです。
全然可愛くないけど、そこに他のハリウッド・アニメにはない個性を感じます。
ハリウッドのアニメは日本のアニメの影響をかなり受けているので、
人間キャラは可愛く、日本アニメ的な雰囲気が残ってしまうことが多いです。
前作『コラライン』のヒロインも完全に日本人タイプでした。
しかし本作のキャラは、完璧にアメリカ人の特徴を捉えています。
特にニールの兄貴ミッチなんて、どう見てもアメリカ人ですよね。
でもそのバタ臭さは、可愛いもの好きの日本人にはウケないでしょうね。
もう1点は、意外と過激な、…いや、不謹慎なホラー描写です。
ノーマンが大叔父さんの死体と戯れるところなんて、ちょっと引いちゃうほどでした。
11歳の子どもの話だけど、性的にちょっと過激な表現もあり、
子ども向けなのに全米ではPG指定(11歳以上推奨)を受けてますからね。
正直、親子で観るには適さないと思うし、そんな客層からは避けられかねないかも…。
ボクはそんな攻めの姿勢は嫌いではないですが、推奨もしたくないかな。
それにしても、なんでコマ撮りアニメ映画ってホラー系が多いんでしょうね?
ライカとかティム・バートン監督とか、作る人が限られてるからかな?

あまり効果も感じられないデジタル3D版での上映しかしてないみたいだし、
こんなにアニメ映画が豊富な時に、わざわざ3D割増料金払ってまで劇場で観る必要はなく、
何を観るか迷ったら、素直に『シュガー・ラッシュ』を選ぶのが得策だと思います。

コメント

アギーが本当に魔女だったから裁かれるのも当然…なの?それでいいの?

  • 2015/04/24(金) 19:18:32 |
  • URL |
  • 無記名 #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

ちょっとコメントの意図がわかりませんが、
魔女裁判は魔女を裁く場なので、魔女が裁かれるのは当然です。

  • 2015/04/24(金) 22:09:38 |
  • URL |
  • BLRPN #-
  • [ 編集 ]

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