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クラウド アトラス

ウチのブログを何度か読んでくださっている人は、ボクが邦画ばかり扱き下ろして、
ハリウッド映画を盲目的に崇拝しているように思うかもしれませんが、それは違います。
たしかにハリウッド映画の方が好きなのは間違いないですが、
それはあくまでハリウッド映画の方が相対的に面白いからです。
なのに邦画にばかり客が集まる状況に苛立ちを感じて、
邦画にちょっとだけ辛く当ることはありますが、基本的にはフラットなつもりです。
日本人の洋画離れにより、本当に面白い作品を見逃している日本人が増えたことに、
とても懸念を感じていて、相対的に面白くない日本映画ばかりがヒットすることで、
映画自体が面白くないものだと誤解されかねないかと心配なんです。
面白いハリウッド映画を観ることで日本人の目が肥えれば、
当然邦画だって面白いものを作る努力がされるはず。
だから面白くないハリウッド映画は、面白くない邦画同様、
あまり多くの日本人に観てもらいたくないし、そのためには扱き下ろします。
まぁウチ程度の場末の映画感想ブログでは、それほど影響力は無いんですが…。

ということで、今日はハリウッド映画を扱き下ろします。
ハリウッド映画の酷評をするのは、けっこう久しぶりな気が…。

クラウド アトラス
Cloud Atlas

2013年3月15日日本公開。
デビッド・ミッシェルの同名小説をトム・ハンクスら豪華共演で映画化。

1849年、太平洋諸島。若き弁護士に治療を施すドクター・ヘンリー・グース(トム・ハンクス)だったが、その目は邪悪な光をたたえていた。1973年のサンフランシスコ。原子力発電所の従業員アイザック・スミス(トム・ハンクス)は、取材に来た記者のルイサ(ハル・ベリー)と恋に落ちる。そして、地球崩壊後106度目の冬。ザックリー(トム・ハンクス)の村に進化した人間コミュニティーのメロニム(ハル・ベリー)がやって来て……。(シネマトゥデイより)



イギリスの作家デビッド・ミッシェルによる、映像化不可能と言われた小説を、
映像化してしまったのが本作ですが、これは映像化するべきではなかったです。
時代も場所も違う6つのエピソードからなるオムニバス作品で、
その6エピソードを全て映像化するとなると、内容も登場人物も多すぎて、
とてもじゃないけど映像化に向いている作品とは思えません。
登場人物の多さは、後述するある方法で一応解決しているのですが、
内容の多さはどうしようもなく、172分という頭のおかしい上映時間になっています。
1本30分弱の短編映画6本観たと思えば時間の長さは気にならないかもしれませんが、
6つのエピソードを同時進行で描いていて、頻繁にエピソードが切り替わり、
ひとつひとつのエピソードに集中できないので、そう捉えることは難しいです。
その上、致命的なのは、個々のエピソードが在り来たりな内容でクソつまらないことです。
クソつまらない物語のチャンポンが172分続くなんて、もはや嫌がらせですよ。

6つのエピソードは、それぞれ異なるジャンルになっています。
時代順に、1849年南太平洋が舞台の若き弁護士の話は、海洋アドベンチャー。
1936年イングランドが舞台の若き音楽家の話は、トラジディなゲイ・ドラマ。
1973年サンフランシスコが舞台の女性ジャーナリストの話は、ポリティカル・サスペンス。
2012年イングランドが舞台の老編集者の話は、スラプスティック・コメディ。
2144年朝鮮半島が舞台の美少女(?)クローンの話は、セカイ系ディストピア。
2321年ハワイが舞台の羊飼いの話は、ダイイング・アース (終末もの)となってます。
ひとつの映画で6種類も楽しめてオイシイじゃないかって思うかもしれませんが、
作家には向き不向きがあり、得意なジャンルもあれば苦手なジャンルもあります。
本作の原作者は比較的オールラウンダーだと思いますけど、
どのジャンルのスペシャリストでもありません。
なので全て単純で平凡なエピソードになってしまっています。
ただ、6つのエピソードを同時進行させるとなると、
1本でも複雑な設定のサスペンスやSFが2本以上になると混乱してしまいそう。
本作はシンプルなエピソードばかりだったため、
6つ並行しても全く混乱が起きずに済んでいるとも言えます。
その代償として、クソつまらない単調な物語の集合体になるんですけど…。

では、ブッカー賞候補になるほど評価の高かった原作小説はどうだったかと言えば、
6つのエピソードは同時進行で書かれることはなく、
上巻で時代順に個々のエピソードが一巡し、下巻で時代に遡る形でまた一巡て完結し、
各エピソードは上・下で分かれているだけで纏めて書かれていました。
それだと逆に各エピソードの単調さが浮き彫りになるんじゃないかと思われますが、
そこが作家の腕の見せ所、各エピソードがそれぞれ違う文体で書いてあるのです。
時代順に各主人公による、航海日誌、手紙、自叙伝、回顧録、供述書という具合に、
凝った文体を使用して、物語自体の単調さを誤魔化しているのだと思われます。
ところが映像化してしまえば、文体による誤魔化しなんて当然通用しません。
どれも同じ実写ドラマに過ぎず、それを何とか誤魔化すために、
全エピソードを同時進行させるという苦肉の策を執ったのだと思います。
しかし、ひとつでも面白いエピソードがあればそれが他を牽引してくれるかもしれないが、
全てクソなら、シーンがコロコロ変わって鬱陶しいだけの6本のエピソードです。
(強いて言えば2012年イングランドのコメディが最もマシだったかな。)
だから本作は映像化には向かない作品だと思うんです。

前述の、登場人物の多さに対する解決法についてですが、
それはひとりのキャストが複数のエピソードで別の役を演じるというものです。
トム・ハンクスやハル・ベリー、ヒュー・グラントなどの主要キャストの多くは、
6つ全てのエピソードに出演し、1人6役を演じています。
あるエピソードでは主人公、あるエピソードでは脇役で、
時には1シーンに見切れるだけのモブキャラ同然なこともあります。
これは当然、映画オリジナルの演出で、本作の監督たちが考えたものです。
それぞれのエピソードで、時には人種や性別まで特殊メイクで変えており、
外見的には誰が演じているかわからないこともあります。
だから別に1人何役もしないで、登場人物の数だけ俳優をキャスティングしても、
観客にとっては支障はないので、ギャラを抑えることが主な目的なのかも?
そもそも特殊メイクでキャラの差別化図るなんて、俳優として情けなくないですか?
彼らのような演技派俳優なら、演技の幅で別人に見せるくらいのことをしてほしいです。
特に性別や人種変えるほどの特殊メイクだと、表情は完全に死にます。
白人俳優が朝鮮人の役を演じたシーンなんて、かなり気持ち悪いですよ。
まぁもともと特殊メイクばりの整形で表情が死んでる国民なので、忠実とも言えますが…。
朝鮮半島エピソードではコリアン女優のペ・ドゥナだけはマトモに見えましたが、
この程度の微妙な女優が何ロール演じても何の売りにもなりません。

この1人6役の演出により、各キャストが演じる役は、
前世または生まれ変わりという解釈ができるようになっています。
しかし、各エピソードの各主人公には、全員共通の「ほうき星」型の痣があり、
たぶん原作でも、この6人は輪廻で繋がっていると思われるのですが、
本作では6人の主人公をバラバラのキャストが演じているのです。
これは絶対に納得できないし、原作を根底を捻じ曲げる改変だと思います。
まぁ確かに、主人公のひとりである羊飼いを演じているトム・ハンクスが、
違うエピソードの主人公である美少女クローンや、
ゲイの青年を演じるなんてことになると、画的に問題がありそうな気はしますが…。
それならば端から1人6役なんて奇抜な演出は止めておくか、
主人公だけでも誰でも演じられる中性的なカメレオン俳優をキャスティングするべきです。
結局、登場人物が多い問題も、ちゃんと解決しているとは言えないので、
やはり映像化するべきではなかったと思います。

映像化困難な原作、演技派俳優の奇抜な配役、6本同時進行の複雑な構成と、
オスカー狙いが見え見えの本作ですが、結果こんな出来では、
アカデミー賞から全く相手にされなかったのも当然です。
上映時間が長いので、TOHOシネマズのシネマイル稼ぎには効率的ですが、
それ以外の目的で観る価値は全くないと思います。
いや、シネマイルを稼ぎたいなら、内容も面白くて上映時間が165分もある
『ジャンゴ 繋がれざる者』をオススメしたいです。

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