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横道世之介

最近公開されている映画って、なんだか長くないですか?
ボクは映画の上映時間は90分から120分が最適だと思いますが、
(成人の集中力の持続時間は90分から120分が限界だそうです。)
近頃のメジャー作品は120分超えるのが当たり前って感じです。
この一カ月ほどで観た映画でも、『オズ はじまりの戦い』が130分、
『きいろいゾウ』が131分、『フライト』が138分、『草原の椅子』が139分、
『東京家族』が146分、『ゼロ・ダーク・サーティ』が158分、『横道世之介』が160分、
『ジャンゴ』が165分と、130分オーバーの作品がゴロゴロあります。
何が問題かって、集中力が切れてダレ気味になることももちろんですが、
映画館の作品に対する扱いが悪くなるのが最も困ります。
長い作品は時間当たりの鑑賞料が少なくなるためか冷遇され気味で、
狭い劇場を充てがわれたり、上映回数が少なかったり、すぐ上映終了したりと、
観に行きにくい上映スケジュールを組まれがちで…。

ということで、今日は上映時間160分の映画の感想です。

横道世之介
横道世之介

3013年2月23日公開。
吉田修一による青春小説を沖田修一監督が映画化。

長崎県の港町で生まれ育った横道世之介(高良健吾)は、大学に進むために東京へと向かう。周囲の人間を引き付ける魅力を持ち、頼まれたことは何でも引き受けてしまう性格である世之介は、祥子(吉高由里子)から一方的に好かれてしまう。しかし彼は、年上で魅力的な千春(伊藤歩)にぞっこんで……。(シネマトゥデイより)



ボクが昨年、日本映画で最も面白かったと思った作品は『キツツキと雨』で、
それを手掛けた沖田修一監督の最新作である本作も、とても楽しみにしていたのですが、
前述のように上映時間が160分と、とにかく長尺な作品で、
日に2回ほどしか上映されず、スケジュールの都合でなかなか観に行けませんでした。
以前に一度観に行けるタイミングがあったけど、狭い劇場だったため満席で入場できず、
それ以降ずるずると先延ばししていましたが、今週末にも上映終了しそうな雰囲気で、
ちょっと無理して、慌てて観に行きました。

沖田修一監督は、間を大事にする人だと思いますが、
それが前作『キツツキと雨』では趣があって、間がうまく活きていたけど、
前々作『南極料理人』では、ダラダラした印象を受け、とても冗長的に感じました。
なので160分もある本作が、もし後者のパターンだと地獄で…。
本作は横道世之介という普通の大学生の1年間を描いた物語ですが、
冒頭の法政大学の入学式の様子など、あまりに普通でのんびりした展開に、
「これはヤバいかもしれない…」と、早くも後悔し始めることに…。
しかし暫らくすると、突如として時代が十数年跳びます。
急なことに驚いたのも束の間、また時代が元に戻ります。
なるほど本作は、現代の登場人物が大学時代の世之介を回想する構成で、
後に世之介がとんでもないことをやらかす話なのだろうと理解したし、
どんな展開が待っているのか、ちょっとワクワクしました。

長崎から大学進学のため上京してきた世之介は、
同級生の倉持一平や加藤雄介、与謝野祥子らと出会います。
本作は十数年後の彼らの回想で、世之介の1年間の大学生活が綴られます。
倉持や加藤は世之介の親友だし、祥子は恋人なのでわかるけど、
なぜかそのひとりに、世之介とほとんど接点のなかった年上女性、片瀬千春もいて、
ちょっと違和感を覚えましたが、それだけ彼女の世之介に対する印象が強いってことかな?
加藤曰く、世之介は「出会えて得した気分」になる男で、
彼は人懐っこくお人好しで、極端なほどのネアカで、ちょっと変わり者で、
たしかに周りを幸せな気分にするような独特の雰囲気を持っています。
そんな彼との思い出も楽しいものばかりで、何とも爽やかな青春が描かれます。

そんな世之介が何をやらかすのか、彼の身に何が待っているのかが、
観客にとっての中盤までの関心事ではないかと思います。
現在(十数年後)の倉持や加藤は、大学時代以来、彼とは会ってない感じです。
それどころか「そういえばいたな、そんなやつ」って感じなので、
忘れていたのを急に思い出したみたいな流れです。
あんなに印象に残りそうな男だし、倉持にとってはかなり恩人なのに、
忘れているなんてちょっと不可解な印象を受けましたが、
いずれにせよ、彼らは世之介とはご無沙汰なようです。
そうなると、世之介はすでに死んでいるであろうことは想像に難くないですが、
その想像通り、やはり世之介が死んだことが中盤で明らかになります。

大学時代の話から十数年後、カメラマンになっていた世之介は、
駅のホームから転落した人を助けようとして、電車に撥ねられたようです。
その時、一緒に韓国人男性も巻き添えになっていたのですが、
お察しと通り、本作は2001年の新大久保駅での転落事故が題材となっています。
韓国人留学生が線路に転落した日本人を命がけで救出しようとした美談として、
当時マスコミが大々的に報道していたため、ボクの記憶にも残っています。
その報道でも、韓国人留学生については大きく取り上げられる一方で、
一緒に救出しようとした日本人カメラマンについてはロクに報道もされず、
違和感を覚えた人も多いかと思いますが、本作はそのカメラマンに焦点を当て、
彼がどんな奇特な人物だったのかを美談として描くものです。
世之介はその亡くなったカメラマンがモデルなわけですが、
親友だった倉持たちの記憶にもほとんど残っていないというのは、
ある意味、世間に対する皮肉なのかもしれませんね。
世之介がベトナム難民の密入国者を助けるシーンがありますが、
これは人を助けるのに国籍関係ないという、マスコミへの皮肉かな。

もちろんモデルというだけで、犠牲者は横道世之介なんて変わった名前じゃないし、
(そんな名前だったらもっと大きく報道されてたかも?)
世之介のような人物だったのかも定かではなく、物語も完全にフィクションです。
でも実際に亡くなった人をモデルした世之介は、
まるで聖人のような素晴らしい人として描かれているし、
下手に描くと問題になるので、そう描くしかないように思われます。
しかしそんな純真無垢な人間なんてまずいないし、完璧すぎて嘘臭いです。
そもそも新大久保駅の事故はマスコミの言うような美談ではなく、単なる悲劇です。
かなり語弊のある言い方にはなりますが、
線路に転落した酔っ払いひとりが撥ねられるだけだったのに、
救出のために線路に飛び降りた2人も撥ねられてしまうという悲劇です。
命懸けで人を助けることは称賛に値する勇気かもしれないけど、
行為自体は決して見習うべきではない蛮勇で、それを美談とするのは承服しかねます。

作中で世之介の母親が死んだ息子の思い出について、
「息子に出会えたことが一番の幸せ」なんて清々しく語っていますが、
実際のカメラマンの母親は「これでは無駄死にだ」と嘆かれていたらしいです。
本作や本作の原作小説が、遺族の了承を得ているのかどうかはわかりませんが、
作られた美談を、さらに祀り上げるのはどうかと思うし、ボクは不愉快さを感じて、
それが明らかになる中盤以降はあまり楽しめなくなりました。

それでもそれなりに観れたのは、世之介の恋人である与謝野祥子が、
なかなか面白いキャラクターで、魅力的だったことです。
祥子を演じる吉高由里子のことは、今まで全くいいとは思いませんでしたが、
今回は非常によかったので、今までは役に恵まれてなかっただけなのかも…。
本作のような極端なコメディエンヌな役柄は彼女に合う気がしました。

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