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塀の中のジュリアス・シーザー

先週末にはオスカー作品賞候補の『ライフ・オブ・パイ』の公開も始まり、
春にかけてどんどんオスカー関連作が公開される、楽しい時期になってきました。
毎年、アカデミー賞の部門の中で最も注目しているのは、やはり作品賞ですが、
その次は外国語映画部門とアニメーション部門です。
なぜかと言えば、その部門ならば日本映画が絡める可能性があるからです。
本年度は外国語映画『愛、アムール』が作品賞にもノミネートされたので、
日本映画も作品賞にノミネートされないとは限らないけど、現実的にはあり得ないです。
その点、外国語映画部門や長編・短編の両アニメーション部門では受賞実績もあり、
日本映画でも勝負できるからです。

両アニメ部門は、期間中にロスで上映さえすれば自動的に選考対象になるのでいいけど、
外国語映画部門は、各国が自国の代表作を一本決めて応募する方式で、これが問題です。
誰が日本代表を決めているのかは知らないが、必ずしも民意を反映した、
その年の最高の日本映画が代表に選ばれるわけではありません。
気持ち悪いのは、過去10作の日本代表のうち、『血と骨』、『フラガール』、
そして本年度の『かぞくのくに』と、3作も韓国人監督の作品ということです。
ボクが韓国が嫌いだから不満に思うのではなく、どう考えても不自然すぎるでしょ。
それだけいい作品なら文句も言えないけど、3作とも第一選考で落ちています。
過去10作の中では『告白』が最終選考、『たそがれ清兵衛』がノミネート、
『おくりびと』はオスカー受賞と、日本人監督作は大健闘してるのに…。
密室で日本代表を決めるのはもうやめるべきです。

ということで、今日はイタリア代表だった作品の感想です。

塀の中のジュリアス・シーザー
Caesar Must Die

2013年1月16日日本公開。
イタリアの巨匠パオロ、ヴィットリオ・タヴィアーニ兄弟が監督したドラマ。

イタリアのローマ郊外にあるレビッビア刑務所の重警備棟では、服役囚たちによる演劇実習が行われている。所内にある劇場に一般の観客を招いて行う今年の出し物は、シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」に決定。そしてオーディションが始まり、麻薬売買で服役中のアルクーリや所内のベテラン俳優のレーガらが続々と集まって来る。(シネマトゥデイより)



本作は第62回ベルリン国際映画祭で最高賞にあたる金熊賞を受賞したイタリア映画です。
世界三大映画賞を受賞した作品となれば、とりあえず観ておくべきかなと思うのが
映画ファンの人情なので、とりあえず観に行きました。
とはいえ、前回(第61回)の金熊賞受賞作である『別離』はなかなか面白かったので、
本作もそれなりに楽しめるのではないかと期待しました。
服役囚がシェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』を演じる物語ですが、
ちょうど先日『もうひとりのシェイクスピア』を観たばかりなのもあって、
シェイクスピアの戯曲に興味も沸いていたので、いいタイミングでの公開でした。
しかし、その期待は無残にも打ち砕かれることに…。

ローマ郊外のレビッビア刑務所では毎年、客を入れて囚人たちの演劇が行われます。
今年の演目は『ジュリアス・シーザー』に決まり、
オーディションにより、シーザー役やブルータス役の囚人も決まって、
本番に向けて刑務所内で猛特訓が始まります。
すると囚人たちが次第に役と同化し、刑務所は当時のローマ帝国の様相を呈していく。
…というような物語です。
刑務所で役と同化してしまうという本作の概要から、
監獄実験に参加した男たちが、役割に応じて人格を変貌させていく姿を描いた、
ドイツの傑作サイコスリラー『es[エス]』のような作品かと思いました。
役と同化するあまり、シーザー役の囚人が刑務所内で独裁的な行動を始めたり、
キャシアス役の囚人たちがシーザー役の囚人をリンチにしたり、
ブルータス派とアントニー派に囚人が分かれ、本当の暴動が起こったりするような、
『es[エス』さながらのドラマチックな展開を期待してしまいました。

しかし、本作はそんなスリラーではなかったみたいで、
囚人の役への同化もそれほど深刻な状態まではいきません。
それどころか、囚人たちの普段の様子も描かれることはほとんどなく、
ただ単にオーディションや稽古の様子を撮り続け、無事に本番の日を迎えて終わります。
まるで刑務所に密着したドキュメンタリーのような内容で、肩透かしを食らいました。
素人劇団の稽古場なんて見せられても、全く面白くないです。
演目もシェイクスピアの戯曲なので、ベタすぎて新鮮味がないし、
しかもなぜか稽古シーンはモノクロで撮られていて、画的にも退屈してしまいます。
なので上映中は睡魔との厳しい戦いを強いられることになったので、
本作の上映時間が約70分しかなかったのは救いでした。

素人劇団と書きましたが、この囚人たちは本当に素人です。
本作は実在する刑務所を使って撮られているのですが、
なんと出演者たち(囚人役)も、実際に服役している囚人を使っています。
なので囚人たちは戯曲『ジュリアス・シーザー』を演じているのではなく、
その戯曲を劇中劇とする本作『塀の中のジュリアス・シーザー』を演じているという、
ちょっとメタ的な内容で、ある意味「ドキュメンタリーのような内容」なのも当然です。
そこが本作の興味深いところなのでしょうが、ボクはそこに面白味を見出せませんでした。
本作に出演した主要な囚人3人は、アメリカの第24回パームスプリングス国際映画祭で、
外国語映画最優秀男優賞を獲得しているので、たぶん演技が非常に上手いのでしょう。
囚人で素人なのにこんなに迫真の演技が出来るのは、役に同化しているから、
…と捕えることができればなかなか興味深く感じることもできるでしょうが、
如何せんボクには、彼らの演技の上手い下手がわかりません。
なにしろ聞きなれないイタリア語なので、劇中劇(稽古シーン)とそれ以外との、
役のオンオフの差さら全くわからず、その趣向を味わうことはできませんでした。

ボクにとっては、ただ素人劇団の稽古風景で、物語としては全く面白くなかったですが、
刑務所で囚人たちが演劇をするという設定は、ちょっと面白いかな?
はじめは無茶苦茶な刑務所だと思いました。
演劇なんて学校のクラブ活動みたいなもので遊びだと思うし、
強制労働する代わりに演技の稽古をしていればいいなんて、なんの懲罰にもなりません。
むしろ演技に没頭できる環境なので、演劇を志す人にとっては夢のような場所でしょう。
しかも演目が犬を振り回したりする血生臭い戯曲『ジュリアス・シーザー』だなんて、
囚人を更生させる上で、あまり好ましくないように思われます。
もし悪者役に同化なんてしちゃったら逆効果です。
しかし最後のシーンを観て、ちょっと考えが変わりました。
舞台本番が終わり独房に戻されたキャシアス役の囚人が、
「芸術(演劇)を知った時から、この監房は地獄になった」と言います。
ついさっきまで舞台で脚光を浴びていたのに、終わればまた受刑者として日蔭者に逆戻り、
そのギャップはけっこう辛いものがあるだろうし、意外と懲罰的なのかも。
人一倍、早く仮釈放されたいと思うだろうから、模範囚になるかもしれませんね。
それに演劇に参加した囚人たちの中から、釈放後に俳優になった人もいるみたいで、
意外と強制労働の目的のひとつである、職業訓練にもなってたりして。
まぁボクとしては元犯罪者を容認するような芸能界はダメだと思いますけど…。

本作は本年度のアカデミー賞外国語映画部門のイタリア代表になりましたが、
見事に予選落ちし、ノミネートにすら届きませんでした。
そうなったのも当然の結果だと思える作品でしたが、
その程度なのに金熊賞を受賞してしまうなんて、
第62回ベルリン国際映画祭の評価基準が理解できません。
金熊賞落選したカナダ映画『魔女と呼ばれた少女』はノミネートされてるのにね。
年間ワーストになるような駄作ではありませんが、今のところ今年の暫定ワーストです。

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