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エンド・オブ・ザ・ワールド

またまた特集上映「未体験ゾーンの映画たち」の話です。
この特集上映は「ヒューマントラストシネマ渋谷」と「シネ・リーブル梅田」の、
テアトル系映画館2館で催されるのですが、渋谷と梅田では上映作品数に違いがあります。
梅田は20本ですが、渋谷は1本多い21本となっています。
関西在住のボクは、また関東が優遇されているのかと憤りましたが、
しかし、どうやらそういうことでもないようです。
その1本が今日感想を書く『エンド・オブ・ザ・ワールド』なのですが、
本作はシネ・リーブル梅田の姉妹館であるテアトル梅田で普通に上映中です。
全国の映画館でも順次上映されるのですが、なぜかヒューマントラストシネマ渋谷は、
「未体験ゾーンの映画たち」の1本としてカウントしてしまっているようです。
(渋谷では18日公開なので、12日公開の梅田の方が優遇されている珍しいケースです。)
梅田だと本作は「未体験ゾーンの映画たち」にはカウントされませんが、
料金は「未体験ゾーンの映画たち」の上映作品と同様に1200円なので嬉しいけど、
「未体験ゾーンの映画たち」に適用されるリピーター割引が使えないのは残念でした。
(※リピーター割引…他の上映作品の半券提示で200円引き。)

ということで、今日は実質3本目となる「未体験ゾーンの映画たち」の感想です。

エンド・オブ・ザ・ワールド
Seeking a Friend for the End of the World

2013年1月18日日本公開。
スティーブ・カレルとキーラ・ナイトレイ共演で描いたロマンス。

小惑星の接近で、人類と地球の滅亡が決定的なものに。保険セールスマンのドッジ(スティーヴ・カレル)は、何も言わずに姿を消した妻を追いもせず、律儀に出社しては単調な業務を続けていた。そんな中、隣に暮らす自由奔放な女性ペニー(キーラ・ナイトレイ)が母国イギリスへ向かう最後の飛行機に乗れなかったと泣いているのを見掛ける。それを機に初めて言葉を交わして妻の浮気を知るも、ペニーの家に間違って配達された自分宛ての郵便物から昔の恋人オリヴィアからの手紙を発見して狂喜。生涯で最も愛した彼女のもとへ駆け付けようとするが……。(シネマトゥデイより)



本作は全米初登場ぎりぎり10位を記録しましたが、
これはかなりの大コケだったと言わざるを得ない結果でしょう。
かなりの小規模公開とは言え、日本で劇場公開されたのも奇跡です。
でもなかなか興味深い作品だったため、本作を劇場公開した配給会社はグッジョブでした。
成績しか見ないメジャーと違い、ちゃんと中身を吟味して配給作品を決めてますね。
まぁ日本でもヒットはしないでしょうが…。

地球滅亡を目前に、一緒に旅することになった中年男性と若い女性の姿を描いた物語で、
終末映画なのですが、悲壮感などは全く感じない、切なくて温かいロマンス映画です。
2012年末に起こるとされたマヤ文明の人類滅亡説は回避してしまいましたが、
ボクの理想は終末を迎えて死ぬことなので、ちょっと羨ましい物語です。
一昨日はボクも直撃されてしまった阪神大震災から18年目となる日で、
このあたりでも追悼イベントがあったりしましたが、
どんな大災害でも人々の生死を分けてしまうから悲劇が生まれるのであって、
全員死ぬなら悲劇的なことなんて何もないし、実際の終末なんていうのは、
意外と本作のように穏やかで幸せな中、迎えるのかもしれないと思います。
ただし事象としては、本作の世界観にリアリティはありません。

小惑星「マチルダ」が地球に衝突することで、人類が滅ぶことになるのですが、
人類はそれを回避すべく、スペースシャトルで小惑星を破壊しようとします。
まるで『ディープ・インパクト』や『アルマゲドン』みたいな作戦ですが、
それらのパニック映画では運よく成功しますが、本作では儚くも失敗してしまい、
3週間後に小惑星が地球に衝突し、人類が滅亡することは決定的となります。
終末を描いた映画は数あれど、ここまで決定的に人類の滅亡が決まった状況を描いたものは
けっこう珍しいかもしれません。
『メランコリア』なんかでも、隕石衝突の直前までは回避する可能性もあったし、
『2012』なんかでも、人類が完全に滅亡するわけでもなかったしね。
下手に生き残れる可能性があるとパニックにもなるだろうけど、
絶対に死ぬと3週間も前にわかっていれば諦めもつくというものです。

小惑星衝突まで残り21日、多くの人がドラッグやセックスに溺れる中、
普段通りの生活をするドッジでしたが、彼の妻が何も告げずに去ってしまいます。
残り14日、ドッジは知人から知り合いの女性を紹介されますが、
「初対面の相手と最期を迎えたくない」と気乗りしません。
そんな折、隣人の若い女性ペニーと知り合います。
ペニーは終末を両親と迎えるつもりでしたが、飛行機に乗り遅れてしまい、
両親のいるイギリスに向かうことができず、途方に暮れていました。
交通機関も次々とサービス停止していて、電話や郵便もストップしており、
もう両親とは連絡の取りようもありません。
交通事業や郵便事業が停止するのは当然ですが、なぜか電気などのライフラインや、
テレビ放送は、小惑星衝突当日まで停止しないんですよね。
商店なんかも営業してるし、お金もちゃんと使えます。
だからみんな最期まで文化的な生活が出来るのですが、これはちょっとあり得ません。
物語のために通信手段だけを意図的に潰した、都合のいい設定だと思います。

ペニーとの会話で、妻が不倫相手と出て行ったことを知ったドッジは絶望し、
その夜、公園で窓ふき用の洗剤を飲んで自殺を図ります。
しかしそれでは死ねず、目を覚ますと足に捨て犬が繋がれており…。
その犬と一緒に「Sorry(ごめんなさい)」というメモが残されていたので、
彼はその犬に「ソーリー」と名付け、面倒をみることになります。
無責任な飼い主に犬の世話を押し付けられたのに、人が良すぎますが、
たぶんソーリーがいなければ、彼は再び自殺を図ったかもしれませんね。
ソーリーとは最期の日まで行動を共にするのですが、とても可愛いワンコで、
犬好きとしては堪りません。

街では暴動が起きている最中、高校時代の恋人からの手紙を発見したドッジは、
元恋人に会いに行こうと考え、ペニーの車で送ってもらうことになります。
その代わり、ペニーには自家用機を持っている知人を紹介してあげることに。
こうして、ドッジとペニーとソーリーの元恋人探しの旅が始まるのです。
旅の途中、ヒッチハイクしたトラックの運転手が自ら雇った殺し屋に銃殺されたり、
「フレンジーズ」という異様にフレンドリーな飲食店でランチキ騒ぎに巻き込まれたり、
警察官に交通違反で拘留されたり、ペニーの元カレのシェルターに行ったりと、
いろいろありながらもなんとか元恋人の家に到着します。
しかしドッジは元恋人に会わずに、その場を立ち去ってしまいます。
残りの余生を元恋人とではなく、ペニーと一緒に過ごすことを選んだわけです。
本来なら感動的な場面ですが、どうにも引っかかるのは、
それ以前にドッジとペニーは勢いで一度エッチしちゃってるんですよね。
その時点で、元恋人に対する想いも薄れてしまっているような気がするので、
ペニーと元恋人を秤にかけてペニーを選んだとしても、意外性が全くないです。
ふたりには最期までプラトニックな関係でいてほしかったような気がします。
原題の日本語訳も「世界の終わりのために友達を求める」だし、
最愛の友達でも十分で、別に恋愛に発展することはなかったと思います。
その後ドッジは、自家用機を持つ知人(実は彼の父親)に、
ペニーを両親のいるイギリスまで届けてくれるように頼み、自宅に戻りますが、
ペニーも両親に会うことよりも、ドッジと一緒に最期を迎えることを選び、戻ってきます。
ロマンス映画としては当然の帰結ですが、ボクは家族と会う方が大事だと思います。
なんだか終末は恋人と迎えないといけないような強迫観念を感じました。
まぁそれはそれで、そこそこ感動したのでよかったけど。

どうせ死ぬからとばかりに、性病も避妊も関係なく誰とでもセックスしたり、
もはや健康も法律も関係ないから、ドラッグもやりまくりで、
幼い子どもにも酒を飲ましたりするような無茶苦茶な状況の中で、
小惑星衝突3週間前でも普段通りに生活していたドッジですが、
彼以上に動じないのが彼の家の家政婦のオバサンです。
彼も全く悪気はなく「もうこなくていいよ」と言っているのに、
ちゃんと毎日やってきて、部屋を奇麗に掃除して帰ります。
終末の日になっても「ではまた来週」と言って帰っていく始末です。
リアリティがないと言えばそれまでですが、この家政婦さんの達観ぶりは興味深く、
もう少し彼女のことも掘り下げて描いてほしかったように思います。

全くヒットしませんでしたが、なかなか面白い作品でした。

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