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もうひとりのシェイクスピア

『もうひとりのシェイクスピア』を観に行きました。
邦題が『作者不詳』って仮題だった時から楽しみにしていた作品でしたが、
観に行こうかちょっと迷ってしまいました。
本作は2012年12月22日日本公開ですが、関西では2013年1月12日から公開開始します。
日本公開日、つまり東京での公開日から何週も遅れて関西公開されることはよくあること。
関西在住のボクは新作は早く観たい性質なので、関西が順次公開されるのは不愉快ですが、
中には数カ月遅れるものもあり、3週程度であればまだマシな方だと思います。
…が、年を跨ぐとなるとちょっとね。
単に「先月公開が始まった作品」ならマシだけど、「昨年公開が始まった作品」だと、
何だか古臭く感じて、観に行くモチベーションが激減します。
今回はモチベーションの低下よりも作品への期待が僅かに勝ったので観に行きましたが、
「全国順次公開」なんて地域差別は、早くなくなってほしいものです。

ということで、今日は昨年の映画の感想です。

もうひとりのシェイクスピア
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2012年12月22日日本公開。
ローランド・エメリッヒ監督による歴史ドラマ。

時は16世紀のイングランド、アイルランド女王として君臨していたエリザベス一世が統治していたころのロンドン。サウサンプトン伯ヘンリー・リズリー(ゼイヴィア・サミュエル)に招待されて、芝居を鑑賞しにやって来たオックスフォード伯エドワード・ド・ヴィア(リス・アイファンズ)は、ベン・ジョンソン(セバスチャン・アルメストロ)執筆による作品の素晴らしさに感服していた。しかし、芝居を忌み嫌うエリザベス一世の宰相ウィリアム・セシル(デヴィッド・シューリス)が兵士と共に劇場へと乗り込んできて、芝居を中止するように圧力を掛ける。(シネマトゥデイより)



本作はシェイクスピアを題材にした英独合作の歴史ドラマですが、
「シェイクスピアが書いたとされる一連の戯曲は、本当は別人が書いたのでは?」という
「シェイクスピア別人説」を扱った、いわゆるスペキュレイティブ・フィクションです。
ボクはシェイクスピアについて、全くといっていいほど詳しくないけど、
この説には「(面白そうだけど)バカバカしい」と思っていましたが、
本作を観たことで、興味を持って調べるうちに、「この説は正しい」と考えるように…。

数々の傑作を生み出した偉大な作家を愚弄するにもほどがある都市伝説ですが、
彼自身の自筆の原稿が発見されていないことや、遺言書の不自然さもそうだけど、
作中で語られるシェイクスピアの出自(経歴)を鑑みると、
『ハムレット』『マクベス』『オセロ』『リア王』『ロミオとジュリエット』
『ヴェニスの商人』『真夏の夜の夢』『ジュリアス・シーザー』など、
かなりの教養と文才を必要とする傑作戯曲の数々を、
一般庶民(商人の息子)である彼がひとりで書いたとは到底思えなくなりました。
一時は学術的にも議論された「シェイクスピア別人説」ですが、
現在の権威ある識者は、この説をトンデモ説として顧みることはないそうです。
でも否定するのは簡単だけど、「彼が書いた」という明確な証拠もない状態なので、
もう一度ちゃんと検証してみるべき説だと思います。

ただボクも完全に「シェイクスピア別人説」を信じたわけではないですよ。
例えば本作にしても、ローランド・エメリッヒの監督作ですが、彼の経歴を鑑みると、
パニック映画ばかり撮っていた監督なのに、こんな歴史ドラマを撮るなんてかなり意外で、
本当に彼が監督なのだろうか?って思っちゃうくらいですからね。
スペクタクルシーンを撮る才能はすごいことはわかってましたが、
本作のようなドラマでも、緻密で面白いものを撮れる監督なのだと再認識しました。
なのでシェイクスピアのような経歴でも、高尚な傑作戯曲を書けないとも言いきれません。
かなり稀な事例だとは思うので、やはり半信半疑にはなってしまいますが…。

「シェイクスピア別人説」にも、誰が本当の作者か諸説ありますが、
本作はオックスフォード伯エドワード・ド・ヴィアを本当の作者とする、
オックスフォード派の説に基づいています。
現在、最も有力な説らしいですが、ボクもこの説を支持します。
ただオックスフォード伯が、本作のような人物だったかや、
別人名義で作品を発表した経緯に関しては、本作の見解とはちょっと違うかな。
本作の人物像や展開は、事実とするならばちょっと極端すぎる気がして、
もしこの説だと、従来の「シェイクスピア本人説(?)」よりも信憑性に欠けます。
例えば彼が自分名義で戯曲を発表できなかった経緯ですが、
本作では主に宗教上の理由ということになっています。
(演劇は偶像崇拝で清教徒とにとっては罪である、みたいな。)
でもボクはそんなややこしい理由ではなく、政治的な内容が絡む戯曲を書くと、
扇動的だとして投獄されるような時代なので、その不名誉を避けただけな気がします。
彼の人物像にしても、(これは重大なネタバレになるのですが、)
実はエリザベス女王の愛人で、女王との間に息子も儲けていますが、
彼自身も女王の私生児だったという、俄かには信じられないような人間関係で…。
そんなスキャンダルは、「シェイクスピア別人説」すらも霞むトンデモ説だと思います。

実際に本作はオックスフォード伯が主人公であり、
彼の政治クーデターや恋愛スキャンダルなど、宮廷内の物語が本筋です。
「シェイクスピア別人説」はそれに付随するものでしかなく、
その説に興味を引かれて観に行くと、ちょっと物足りなく感じるかも…。
ボクがまさにそうで、全く知らない貴族の話よりも、
もっとウィル・シェイクスピアの人物像に迫った内容を期待してしまいました。
オックスフォード伯の戯曲に名義貸しした本作のシェイクスピアですが、
彼の人物像も、極端に駄目人間すぎるように思います。
「シェイクスピア別人説」を唱える人たちは、持論を裏付けるのに必死で、
「彼は読み書きが出来なかった」と決めつけており、あまつさえ本作では、
彼をアルファベット1文字も書けない無教養な男として描いていますが、
彼が劇作家かは別として、俳優である事実がある以上は読み書きくらいは出来るでしょう。
本作ではオックスフォード伯は、新鋭の劇作家であるベン・ジョンソンの名義で、
自分の戯曲『ヘンリー五世』を演奏させようと画策しますが、
それがひょんなことからシェイクスピアに盗作されてしまい、
不本意ながら以降はシェイクスピア名義で発表することを余儀なくされます。
しかし本当に嫌なら、次回作からはまた別の名義主を探せばいいだけなので、
別人説でも本来の彼は、オックスフォード伯も認める、もっとマシな人物だと思います。
本作の彼は名義貸しの秘密に感ずいた同業者クリストファー・マーロウを殺したりと、
単なる駄目人間の域を超えた犯罪者ですが、それは極端すぎるでしょう。
(ちなみにマーロウの「別人説」の本当の作者候補のひとりだったようです。)
まぁ物語としては、平坦よりも極端な方が面白いに決まってますが。

宮廷での政治的陰謀を巡る物語では、エリザベス女王の後継者として、
エセックス伯を推すオックスフォード伯とサウサンプトン伯の盟友グループと、
スコットランド王ジェームス一世を推す宰相のセシル親子との対立が描かれます。
エセックス伯は女王の私生児と噂されていますが、その真偽は不明です。
しかし彼を支持するオックスフォード伯とサウサンプトン伯は、
本人も気づいてませんが2人とも女王の私生児なんですよね。
もしエセックス伯も女王の私生児なら、盟友どころか3人は種違いの兄弟ってことに。
それどころかサウサンプトン伯の種はオックスフォード伯のものという複雑な関係です。
3人は宰相ロバート・セシルの失脚を目論み、クーデターを起こします。
オックスフォード伯が戯曲『リチャード三世』で、セシルの悪政を揶揄し、
民衆を扇動しようという作戦でしたが、シェイクスピアを妬んだベン・ジョンソンが、
ロンドン塔(警察のようなもの?)に通報したことで失敗します。
その時オックスフォード伯は、セシルから自分の出自について聴かされますが、
前宰相のウィリアム・セシルは、自分の孫をイングランド王にするために、
女王の私生児であるオックスフォード伯に嫁がせたことが明らかになります。
でもそれならセシル親子がジェームス一世を推すのはちょっと変ですよね?
というか、中世の貴族の関係ってイマイチ理解しにくいです。
何世とか爵位とかが付いていたりして、なんだか名前もややこしい上に、
みんな似たような格好なので、序盤はかなり混乱しました。
しかも16世紀末と16世紀半ばを行ったり来たりする構成なので…。

ちょっと極端でわかり難いところもあった本作ですが、
昨年公開された映画の中でも屈指の面白い作品だったと思います。
それだけに、昨年中に観れなかったことが本当に悔やまれます。

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