ブログデンティティー

blog-dentity since 2013

ジャックはしゃべれま1,000(せん)

ボクはハリウッド映画が大好きなので、全米ボックスオフィスのチェックは欠かさず、
ここ数年、トップ10にランクインした作品はなるべく全部観たいと思って、
日本公開された時に見逃すことがないように、タイトルをメモっています。
しかしこのタイトル、当然ですが原題なんですよね。
日本公開時には邦題が作られることも多いので、メモのタイトルとは異なり、
気付かないまま公開されていたってことも多々あります。
現代の直訳に近い邦題はすぐに気付くのですが、そうでないものも多く、
例えば今後の劇場公開作で言えば、全米7位の『Salmon Fishing in the Yemen』は、
邦題が『砂漠でサーモン・フィッシング』なのでピンときますが、
全米5位の『What to Expect When You're Expecting』が、
まさか『恋愛だけじゃダメかしら?』なんて邦題になるとは思わず、
つい最近まで気付きませんでした。
もっと難しいのは英語の邦題なのに原題とは全然違う作品です。
全米1位『House at the End of the Street』の邦題が『ボディ・ハント』だなんて…。

それでも劇場公開作は宣伝も大々的にしてくれるので、作品の概要を知れる機会も多く、
日本公開日までにはだいたい気付くことができるのですが、
問題は宣伝がほとんどされないビデオスルー作品ですよね。
一応DVDのリリースカレンダーには目を通しているのですが、
邦題のタイトルだけしか情報がないので、見落とすことがよくあります。
昨日感想を書いた『憧れのウェディング・ベル』も、
原題の『The Five-Year Engagement』(全米5位)からは予想できない邦題で、
レンタル店でジャケットを見て、「もしや?」と思って確認した感じです。
あと今後DVDリリースされるわかりにくい邦題の作品では、
来月21日の『ふたりのパラダイス』が、全米8位の『Wanderlust』だと気付けました。
それも今日劇場公開になった『ゲットバック』について調べていたら、
出演者がひとり被っていたのでたまたま気付けただけで、見過ごすところでした。

ということで、今日は1カ月も見過ごしていたビデオスルー作品の感想です。
本作もレンタル店でジャケットを見て気付きました。

ジャックはしゃべれま1,000(せん)

2012年10月5日DVDリリース。
エディ・マーフィ主演作のハートフル・コメディ。

ジャックは出版代理人。持ち前の口八丁で多数の作家と契約をまとめ、成功を収めている。ところがある時うさんくさいスピリチュアル指導者と知り合ったことから、彼はとんでもない災難に見舞われる。彼がひとこと言葉を口にするたびに、庭の木から葉っぱが1枚ハラリ…。1,000枚の葉がすべて地面に落ちたその時、ジャックの命も終わりを迎える! ?言葉だけで生きてきた男が、口を封じられたら?やがて彼は、相手のことを想って、心をこめた言葉を使うことの大切さに気づく…。(シネマトゥデイより)



本作はエディ・マーフィの3年ぶりの主演作となるコメディ映画ですが、
全米初登場6位で、興行成績は全世界合わせても製作費の半分しか取り戻せず、
悲惨な大コケをかました作品です。
成績もさることながら、ある批評サイトでは支持率0%という驚異的な数字を叩き出し、
本年度のラジー賞を賑わせることはほぼ間違いなさそうな駄作として評価されています。
エディ・マーフィは近年、主演作が日本ではことごとくビデオスルーになるくらい、
ヒット作に恵まれず、「最ギャラが払われすぎなハリウッド俳優ベスト10」の常連で、
最もコストパフォーマンスが悪い俳優という不名誉な評価を受けていましたが、
彼が助演した映画『ペントハウス』がかなり大ヒットしたことで、
評価も急浮上し、再び人気ハリウッド俳優に返り咲けたかなと思いました。
しかしそれも束の間、次の出演作である本作がこんなに燦々たる結果では、
彼の低迷はまだ暫らく続きそうです。
本作は2009年公開予定だったので、本来なら『ペントハウス』よりも前に公開でしたが、
大人の事情で公開順が逆になってしまったようです。
もし元の公開順なら、今現在のマーフィの評価ももっと高かっただろうし、
『ペントハウス』出演後の彼ならこんな駄作には出演しなかったかもしれません。

とはいえ、ボクは本作をそれほど駄作だとは思っていません。
決して佳作ではないですが、近年のマーフィの主演作に比べれば、
それほど劣るものでもなく、むしろいつもより若干面白かったくらいの評価です。
本作はマーフィ演じる主人公ジャックが、不思議な菩提樹と一心同体となり、
彼が喋るたびに菩提樹の葉が散り、全て散ってしまうと彼も死んでしまうという設定で、
死にたくない彼は、菩提樹の葉が散らないように、喋らないよう努めるという物語です。
『ペントハウス』の時もそうでしたが、マーフィの売りといえばマシンガントークです。
本作のジャックも口八丁で仕事をする出版代理人という役柄で、
序盤はマーフィの売りであるマシンガントークを炸裂させていますが、
菩提樹と一心同体になってからは、喋ることが出来ない状態を強いられるため、
その売りが封じられてしまうことになります。
マーフィにしてみれば、新たな試みというか、売りを逆手に取った趣向だったのですが、
それが受け入れられず、「喋らないマーフィに価値なし」という評価が多いようです。
そう感じる人の気持ちもわからないでもないけど、ボクはどちらかといえば、
マーフィの魅力は顔芸やオーバーなリアクションにあると思っているので、
喋ることが封じられ、ジェスチャーが増えた本作は楽しめました。
もともとボクは英語が苦手で、字幕に頼って見ているので、
キャストの喋りにはそれほど関心を持っていなかったのかもしれません。

そんなボクでも、本作の少ないマーフィのセリフには耳を澄ませてしっかり聞きました。
菩提樹はもともと葉が1000枚付いていて、ジャックが喋るたびに1枚ずつ散るのですが、
一言ではなく、一単語ごとに一枚散るのです。
英語と日本語では同じ意味のセリフでも単語の数が全然違いますから、
「ジャックの今のセリフ、葉が何枚散った(何単語使った)かな?」と気になるので、
自然と耳をそばだてて聞いてしまいます。
(なので本作を日本語吹替えで見るのはオススメできません。)
でもこの菩提樹の葉が散る規則性って、けっこういい加減で、
筆談すらもカウントされる厳しいルールなのに、
意味のない言葉や動物の鳴き真似はカウントされないんですよね。
それなら喋りを封じられても、少し頭を使えば人とコミュニケーションを取る方法なんて、
いくらでも考えられるんじゃないかと思うんですよね。

そもそも葉が全て散ったら死ぬという『最後の一葉』的な決まりには何の根拠もなく、
ただ新興宗教(自助団体)の教祖が予想して言ったことを、ジャックが鵜呑みにしただけ。
教祖曰く「木は葉が全て散ると死ぬので、一心同体であるあなたも死ぬ」って理由だけど、
それなら冬に全て葉が枯れ落ちる木は、年に一度死んでいるという理屈になり、
一見筋が通っていそうだけど、全く無茶苦茶な推論です。
なのでボクも「どうぜ全部散ってもジャックは死なないだろう」と思いながら見たので、
葉がいくら少なくなっても、あまり緊張感を覚えることもできませんでした。
実際に葉を使い果たしたジャックは、心臓発作のように倒れ込みますが、死ぬことはなく、
次の瞬間には散った葉が全て元に戻り、菩提樹は青々と生い茂ってました。
なぜ菩提樹の葉が再生したのか明確な根拠が示されていないため、
ジャックの行動如何に拘わらず、全て散ったら再生するルールなのかとも思えて、
その奇跡的な展開にあまり感動を感じることはできませんでした。

ジャック自身も葉が全部散ったら死ぬというルールを眉唾だと思っていた節があります。
残り100枚を切ったあたりから、ジャックは言葉の大切さに気がつき、
少ない言葉に心を込めて相手に伝えるようになります。
それは死を覚悟した行動だったのでしょうが、最後の3枚(3単語)の使い方が雑すぎで、
なんだかんだで死ぬことはないと高を括っていたように思えました。
その使い方というのは、父に向かっての言葉だったのですが、
父はすでに他界しており、ジャックは墓石に向かって話しかけるのです。
相手が墓石なら、別にわざわざ声に出さずとも、手でも合わせて心で念じればいいのに、
そんなのひとりごとと同じようなもので、言葉の無駄遣いというか、
命を賭けてまでするべきことではないと思いました。

う~ん、やっぱり低迷するエディ・マーフィの主演作だから、
ハードルを低く設定していただけで、冷静に思い返せば駄作だったのかも?

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://blrpn.blog.fc2.com/tb.php/911-b9205098
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad