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ラバー RUBBER

なんだか最近、ブログの映画感想記事の執筆に、妙に時間がかかるようになりました。
前までは長くても1時間もあれば一通りは書けたのに、
今月に入ってからは長いと3時間ぐらいパソコンの前にいることも…。
これで執筆時間と内容の出来が比例していればまだいいんですが、
時間をかけたものの不満の残る出来なことが多く、疲労感だけが残ります。
これは贈年半で初めてのスランプなのかも。
スランプは休めば治るらしいけど、今は連続更新に挑戦中なので…。
まだ暫らくはダメダメな感想が続くでしょうが、広い心でお付き合いください。
まぁもともと文才がなく、立派な感想を書いていたわけではないので、
傍目には大差ないかもしれないけど。

ということで、今日は特に意味不明なダメ感想です。
扱っている映画自体は、そんな難解なものではないはずですが…。

ラバー RUBBER

2012年1月21日日本公開。4月20日DVDリリース。
フランス発、「殺人タイヤ」の恐怖を描いた異色のパニックホラー。

砂漠に捨てられた1本のタイヤ、ロバートに命が宿ったことから、ロバートは自分に物を破壊するテレパシー能力が備わっていることを知る。ゴミや小動物を標的にテレパシーを送り、目にするものを次々と破壊していくロバート。次第にターゲットは人間へと移り、そんなロバートの目の前を謎の美女が通りかかって……。(シネマトゥデイより)



カンヌ際映画祭批評家週間出品、シッチェス国際映画祭2部門受賞など、
国際的にも注目されているフレンチ・ホラーの本作。
命の宿った古タイヤが、人間を殺してまわるというB級丸出しの低予算映画ですが、
なかなか実験的で斬新で、ウィットに富んだ興味深い作品だと思います。
ただ、かなり捻くれた主題であるため、そこを理解しようとしないと全く楽しめないかも。
でも全く高尚な作品ではないので、理解できないなんてことはないはず。
穿った見方をしないで、実験につきあってあげているくらいの気持ちで気楽に見れば、
おバカなホラー・コメディとして、誰でもきっと楽しめるはずです。

本作はどんな実験がされているかといえば、
メタフィクションを更にメタフィクション的に描く、二重のメタフィクションでしょう。
説明下手なので、こんな説明しかできず、なんだか意味がわからない感じになりますが、
実際に本作を見てみると、それほど複雑なことではないことがわかるはずです。
この演出を単なるナンセンスという表現でかたずけてしまうと、
ただの悪ふざけとしか思えなくなるかもしれません。

本作の冒頭、保安官姿の男が現れ、本作の趣旨説明をします。
彼は『E.T.』や『戦場のピアニスト』など、有名な映画を例に挙げて講釈を垂れますが、
要約すれば、「この映画は"理由がないこと"へのオマージュである」という内容で、
簡単に言えば、本作の展開にいちいち理由なんてありませんよ、ってことです。
ただしこれは我々観客に向けられたものではなく、作中の見物人たちへの説明です。
見物人たちはその後、双眼鏡である演劇を見ることになるのですが、
我々はその演劇と見物人たちが演劇を観賞する様子を並行して見ることになります。

見物人たちが見るものは、ある一本の古タイヤの物語。
ゴミ置き場にある古タイヤの一本に命が宿り、彼は勝手に動き始めます。
コロコロと荒�+を彷徨っていると、捨てられた空ペットボトルを発見し、
それを何気なく踏み潰したことがキッカケで、破壊衝動に目覚め、
続いてサソリ、ビール瓶、空き缶、ウサギ、カラスを破壊、
そしてついには人間のオッサンと、破壊衝動はエスカレートします。
彼は通りかかった女の子に興味を持ち、後を付け、彼女の泊ったモーテルに忍び込みます。
おそらく彼は自分をタイヤだとは思っておらず、彼女に一目惚れしたんでしょうね。
しかし彼はモーテルの掃除婦に汚いタイヤと思われて部屋から放り出され、
腹が立ったので掃除婦を殺害してしまい、殺人タイヤとして警察に追われる身になります。
その後、彼はたまたまあった鏡で自分の姿を見てしまい、自分がタイヤであると自覚。
タイヤの廃棄場で人間に燃やされるタイヤを見て、人間を恨むようになり、
片っぱしから人間を殺して回るようになる…、という内容です。

"理由などない"と前置きされる割には、それなりに筋の通っている話ですね。
このタイヤの話は見物人たちが観賞している演劇であり、我々にとっては劇中劇です。
しかし劇中劇の客である見物人たちと劇中劇の間には第四の壁は存在せず、
冒頭の趣旨説明をした保安官や、見物人の世話役の会計係は劇中劇の出演者でもあり、
また見物人が劇中劇の内容に注文をつけたりと、相互に関与します。
つまり劇中劇が見物人にとってのメタフィクションになっているわけで、
見物人たちは仮想我々であり、そんな彼らがメタフィクションを見るという行為を、
更に我々が客観的に見るというのが本作の趣向です。

でもこれではまだ二重のメタフィクションということにはなりません。
ラストで殺人タイヤは、ハリウッドまで転がって行きます。
なぜハリウッドに行ったのか、ここはいろんな解釈が出来そうな展開なのですが、
素直に解釈すれば映画を撮りに行ったのでしょう。
その殺人タイヤにはロバートという名前が付いていることがクレジットでわかりますが、
それは役名ではなく、キャスト名という扱いになっています。
つまり殺人タイヤ役をロバートというタイヤが演じたという体裁になっているわけです。
要するに本作自体がハリウッドに来て撮られたロバートの出演作であるとも解釈でき、
劇中劇の劇中劇が本作である、という演出ではないかと思います。
つまり見物人たちの様子も含めてメタフィクションであり、
二重のメタフィクション、…いや、無限ループのメタフィクションなんじゃないかと。

…なんだか、全く意味のわからない感想になってますね。
実際に見てもらえば、感覚的にわかると思うのですが、
ボクにはその感覚を説明できるだけの文才がないので…。
まぁ単純に、なにか変った演出をしているコメディだって認識でいいと思います。
荒�+をヨロヨロ、コロコロ転がるタイヤの姿は、どこか人間味があり可愛らしく、
それを見ているだけでも、なんだか和めると思います。

ただ、ホラーとしてはあまりに和やかすぎて、ショッキングさに欠けるかな…。
せっかくタイヤなんだから、人間の殺し方はサイコキネシスによる爆殺ではなく、
回転アタックで轢死させる方が面白味があると思います。
「殺人タイヤ」ってだけでもシュールで独創的なアイディアなので、
更にシュールなメタフィクションな演出を足さずに、
普通にスプラッタ映画として描いても、けっこう面白いものになったと思います。
まぁそのアイディアだけで長編映画にしちゃうと間が持たなそうだけど…。

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