ブログデンティティー

blog-dentity since 2013

かみさまへのてがみ

先週末の興行ランキング、東宝とその子会社がトップ5を独占したそうですね。
東宝は去年の年間興収でも、全体の3割、邦画の6割のシェアだったそうで、
日本の映画市場は東宝の一強すぎて、バランスが悪く感じられます。
競争がないといい映画なんてできないです。
東宝以外の大手2社(松竹と東映)は不甲斐なさすぎです。
そんな状態なので大手ではない独立系映画配給会社はかなり厳しい状況で、
製作費の回収すらもままならないとのこと…。
どんどん寡占、いや東宝の独占化が進んでいきそうです。

一方のアメリカも、寡占ではあるものの、大手6社はそれなりに拮抗しており、
しのぎを削り合いながら競争し、面白い映画を配給しています。
突出した映画配給会社がないためか、意外と独立系でも成功する余地があり、
去年でいえば設立したばかりの配給会社フィルム・ディストリクトが、
処女作『インシディアス』を大ヒットさせたのは記憶に新しいところ。
東宝以外はオール負け組みな日本の映画市場とは違い、夢があって羨ましいです。

ということで、今日は独立系映画会社による処女作の感想です。
その会社はドリームワークスのような映画製作会社を目指しているそうです。
夢が大きいですね。

かみさまへのてがみ

2012年2月3日リリース。
実話を基にした感動のヒューマン・ドラマ。

8歳にしてがんに侵されいる少年テイラー。抗がん剤治療を終え、一時退院したものの、学校にも行けず、大好きなサッカーも出来ない。そんなテイラーが毎日欠かさずしていること――それは、神様へ手紙を書くこと。病気のこと、息子のために一生懸命な母親マディのこと、大親友サムのこと――感謝や不安、祈りの言葉を綴るテイラー。このテイラーの手紙を毎日受け取っているのが、郵便配達員のブレイディ。手紙を読んで心を打たれた彼は、自分に何か出来ないかと、テイラーを始めとする家族たちと交流を持つようになる。いつも前向きなテイラーに、逆に励まされる家族やブレイディ。しかし、病魔は容赦なくテイラーの体を蝕んでいく――果たしてテイラーの祈りは、神様に届くのか?(公式サイトより)

本作は全米ボックス・オフィス初登場10位でした。
低いように思いますが、インディペンデント映画なので頑張った方かな。
しかも新しい映画会社によって初めて製作られた映画なので、かなり上出来かも。
でも結局製作費も回収できなかったみたいで、失敗作といえるでしょう。
当然日本でも劇場公開を見送られ、ビデオスルーになりました。

なんでも、その新しい映画会社ポッシビリティ・ピクチャーズというのが、
キリスト教映画製作会社らしくて、そこで製作された本作も、当然キリスト教映画。
タイトルの「かみさま」というのは、明確にイエス・キリストを指しており、
キリスト教の布教が目的の、広報映画となっています。
そのためキリスト教団体や敬虔なクリスチャンからは絶賛される半面、
映画評論家からはあまり相手にされないという状態で、
まともに批評の俎上にすら上がらない作品です。

ボクは無宗教だし、宗教アレルギーなところがあるので、
キリスト教布教映画だと知っていれば、手を出すことはなかったでしょうが、
なんの予備知識もないまま見始めてしまいました。
中盤でちょっと宗教臭さを感じ、エンドロール前には布教映画だと確信しました。

飲んだくれの郵便局員ブレイディ(ジェフリー・ジョンソン)は、
同僚の配達員が長期休暇になったために、彼の担当地区の配達を引き継ぐことになります。
その地区に住む、癌患者の少年タイラー(タナー・マグワイア)は、
神様に宛てた手紙を毎日書いては郵便局員に渡しており、
それを受け取ったブレイディは、どうしていいのかわからず、教会に置いてくることに。
しかし牧師から「神様は理由があって手紙をあなたに託したのでしょう」と諭され、
彼は積極的に少年の家族と交流を持つようになり…、という話。

本作はキリスト教映画ですが、キリストを信仰することのメリットや、
キリストが起こす奇跡を描いたりはしません。
タイラーがいくら信仰心が篤い、感心な子どもだからといって、
信仰の力によって病気が治るような、奇跡的な展開にはなりません。
本作は、神様が何をしてくれるかではなく、人間が神様のために何をすべきかが主題。
神様のためにすべきことと言えば、もちろん布教です。
どんな宗教でも第一義は勢力拡大ですからね。

タイラーは、自分が難病になったことで家族が苦労したり、
同級生からからかわれたりすることを悲しく思い、近所のおじいさんに相談します。
おじいさんはタイラーが難病になったのは神様の意志であるとし、
「人の心を動かし、神様に目を向けさせる」ため賜った使命なのだと諭します。
無宗教のボクからすると、「なんて自分勝手な神様だ」と思ってしまいますが、
そこが信者の不思議なところで、タイラーはあっさり納得し、自分の病気や死を受け止め、
神様から使命を受けた戦士として、より信仰心を強めるのです。

タイラーは本当に奇特な少年で、自分が難病で大変なのに、
自分のことよりも、家族や友達やご近所さんをことを常に気に掛け、
彼らの幸せをお願いするために、毎日神様に手紙を書いています。
もちろんそんな手紙を投函しても、神様に配送されるわけはなく、
配達人ブレイディが未開封のままとりあえず保管していますが、
あることがキッカケで、ブレイディは保管していた手紙を読み、
彼はその手紙に書かれている人たちに、手紙を配り始めます。
タイラーによって自分のために書かれた神様宛の手紙を読んだ人々は、
深く感動し、自らも神様宛ての手紙を書くようになり、
その習慣がどんどん広まっていく、というのが本作のラストです。
つまりタイラーは、自らの死により、人々の目を神様に向けさせるという使命を、
見事に果たしたわけで、本作はそれを賛美する内容となっているわけです。

なので本作は、厳密にいえば新規入信者を獲得するための布教が目的ではなく、
既存信者の布教活動を推進し、激励するのが目的だと思われます。
当然、宗教で病気が治るはずないけど、死への苦痛を緩和できるなら多少意味はあるが、
宗教のために病気になったような描き方では、本末転倒ですよね。
無宗教のボクからすると、試練を強いるような神様は願い下げです。
反面、エンドロール前には、信仰により難病に打ち勝った人たちのエピソードが挿入され、
あたかも入信すれば難病を克服できるようなメッセージを発信しています。
この人たちと、死んでしまったタイラーとの差はなんなのか、不条理さを感じます。

とはいえ、大筋では健気な子どもが主人公のハートフルな家族ドラマなので、
宗教に関わらず、普遍的に感動できる物語だと思います。
タイラーの兄が弟を想って作った歌を唄うシーンでは、ボロボロ泣けました。
むしろ、愛や優しさが詰まった良質なヒューマン・ドラマに、
無理やりキリスト教的な要素をねじ込んである作品という印象で、
そんな要素を足さなければ、もっとちゃんと評価されるだろうのにと、残念に思います。

タイラーの親友のサムもとてもいい子でよかったです。
サムはサマンサの略で女の子ですが、はじめは性別がわからなかったけど、
キリスト教映画なので、そんな性的倒錯が描かれるはずもなく、普通に女の子ですね。
サムを演じた子役ベイリー・マディソンは最近よく見ます。
『ウソツキは結婚のはじまり』、『ダーク・フェアリー』、そして本作と、
この1カ月だけでも、もう3回目です。
どれも雰囲気の違う役柄ですが、さすが引っ張りダコな子役だけあって、
うまく演じ分けており、感心しました。今後にも期待です。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://blrpn.blog.fc2.com/tb.php/848-a08740e4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad