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大奥~永遠~ [右衛門佐・綱吉篇]

今日感想を書く映画が、今年最後に観た邦画になるかもしれません。
今年も興行的には洋画が不振でしたが、内容では邦画が圧倒的に不振だった気がします。
とはいえ、それは去年もそうだったので、今年はあまり邦画を観たいとも思えず、
大した本数は観ておらず、実際はいい邦画もそれなりにあったのかもしれません。
でもいい邦画はボクのもとにはなかなか届かず、かなり厳選して観に行ったつもりですが、
(アニメ邦画を除いた実写邦画の)打率は2割くらいでした。

ということで、今日は今年最後になる予定の邦画の感想です。
最後なのにまたしても打率を下げてくれました。

大奥~永遠~ [右衛門佐・綱吉篇]

2012年12月22日公開。
よしながふみの人気コミックを実写化した異色時代劇シリーズ劇場版第2弾。

美しい容姿と才覚を持つ5代将軍・徳川綱吉(菅野美穂)による巧みな統治手腕によって、これまでにない栄華を誇る徳川幕府。だが、綱吉が一人娘を亡くして跡継ぎ作りに専念するようになったのを機に、大奥では正室と側室の派閥争いが表面化し、男衆の策略、陰謀が繰り広げられようとしていた。そんな中、貧しい公家の出身ながらも並外れた才気を認められ、右衛門佐(堺雅人)という男が大奥入りを果たす。権力闘争をくぐり抜け、綱吉の信頼をも獲得し、徐々に力を手にして大奥総取締となる右衛門佐だったが……。(シネマトゥデイより)



本作は2010年公開の『大奥』のプリクエル的続編です。
この『大奥』シリーズは、男だけを襲う奇病が席巻して男の数が激減し、
すべての重要な仕事を女が占める男女逆転の浮世と化した江戸時代で、
一人の女将軍に多くの美男子たちが仕える大奥を舞台にした異色のロマンス時代劇です。
前作は、その突拍子もない設定に興味が湧き、冷やかし半分で観に行きました。
嵐の二宮和也主演で、観客もほぼ女性のアイドル映画でしたが、
思ったよりは無茶苦茶な物語でもなく、なかなか楽しむことが出来ました。
なのでその続編である本作も楽しみにしていたし、観るからには堪能しようと、
前日譚となる連続テレビドラマも見てから臨みました。

本シリーズは、映画→テレビドラマ→映画という順で製作されています。
このパターンは『海猿』シリーズと同じパターンですが、
テレビドラマがヒットしたことで再び映画に戻ってきた『海猿』とは違い、
テレビドラマと映画を完全に連動させた企画で、本作は言わばテレビドラマの劇場版です。
ボクはテレビの劇場版ばかりが大ヒットする映画の現状を苦々しく思っているので、
こんな企画はあまり感心しませんが、期待している本作をちゃんと楽しむためだと思って、
本作の前日譚である全10話のドラマ『大奥~誕生』を、毎週欠かさず最後まで見ました。
普段は連ドラなんて全く見ないので、今年見た連ドラはそれだけだったかも。

ボクが劇場版を嫌いな理由は、もちろんテレビドラマを見ないからもあるけど、
往々にしてテレビドラマを見てない人には楽しみ難い内容になることがあり、
テレビと映画は別物であるべきだと考えている映画ファンのボクとしては、
テレビドラマ版を見なければ補完できない作品は、映画として認めたくないからです。
江戸時代を舞台にした本シリーズですが、前作が8代将軍吉宗、
テレビドラマが3代将軍家光、本作が5代将軍家綱の時代と、時代背景がバラバラなので、
それほど作品間の繋がりや、テレビドラマ版との繋がりもなさそうだと予想しましたが、
その予想は全く外れていて、確かに前作との繋がりはほとんどないものの、
テレビドラマ版とは完全に連動した、相互補完関係の作品となっていました。
ボクの嫌いなタイプの劇場版ですが、念のためテレビドラマ版を見ておいてよかったです。
そしてテレビドラマ版を見てない人は、例え前作を楽しんでいたとしても、
本作を観に行くことはオススメできません。

…というか、本作はテレビドラマ版を見ていても、それほど楽しめる出来でもないです。
はっきり言ってしまえば、まだテレビドラマ版の方が楽しめたくらいなので、
テレビドラマ版だけ視聴して終わった方がよかったかもと思うほどです。
本シリーズだとテレビドラマ版は本作の前日譚として、
言わば映画(本作)を観に来てもらうためのステップとして製作されていますが、
内容的に言えば本作がテレビドラマ版の後日談のような感じで、
テレビドラマ版の登場人物のその後を描いた、ちょっとしたオマケみたいな印象です。
大奥が男女逆転するに至った経緯を描いたテレビドラマ版は、
歴史改変SFとしても興味深いし、ドラマチックな展開の物語でしたが、
男女逆転の大奥が常態化した時代が舞台の本作は、それほど怒涛の展開もなく、
言わばその更に後の時代が舞台となる前作(映画1作目)との間を埋めるだけの内容で、
男女逆転の設定を初めて観た前作よりも当然新鮮味もないです。

それもそのはずで、本シリーズは少女マンガの実写映像化作品ですが、
原作のエピソード「吉宗編」を映画化した前作が公開された当時、
テレビドラマ版になった原作エピソード「家光編」を映画化する企画でしたが、
原作で描かれた順序どおりに、先に「吉宗編」が映画化されたのです。
つまり最も映画化したかった渾身のエピソード「家光編」がテレビドラマ化されてしまい、
そのエピソードに劣る出来の「綱吉編」が、何の因果か映画化されたのです。
なので本作がテレビドラマ版に劣るのも当然の結果です。

テレビドラマ版である『大奥~誕生』(以下『誕生』)と本作では、
時代背景は違うのですが主演は一緒で、堺雅人がそれぞれ別の人物を演じています。
本作の主人公の右衛門佐は、『誕生』の主人公である有功と瓜二つという設定なので、
作品を跨いで一人二役をするという妙なキャスティングになったのですが、
本作を観てみると、その設定は全然活きていなかったと思われたので、
無意味にテレビドラマ版を引きずるだけの妙な設定は不要だったと思います。
右衛門佐が有功に瓜二つだと気付くのは、将軍家綱の父(家光の側室)で、
過去に有功の部屋子だった桂昌院(かつての玉栄)だけですが、
彼が右衛門佐との初対面で少し驚くという程度の展開でしか設定は使われません。
桂昌院と右衛門佐は、大奥の権力を巡り対立するのですが、
桂昌院は有功を敬愛していたので、有功そっくりの右衛門佐を、
端から嫌うという展開はちょっと納得できないというか、
それなら右衛門佐と有功が似ているなんて設定は邪魔でしかないと思いました。
まぁその設定のお陰で、ボクの好きな俳優である堺雅人が、
テレビドラマ版と本作の両方で主演できたわけですけど…。
ちなみに本作の桂昌院は西田敏行が演じていますが、
『誕生』では若い時の桂昌院である玉栄をKAT-TUNの田中聖が演じています。
でも田中聖が老いて西田敏行のような風貌になるとは思えないし、
有功そっくりの右衛門佐に対する態度も含めて性格が違いすぎるので、
大凡、同一人物とは考えられないキャスティングと人物設定です。
たぶん本作の方が先に撮影されたはずなので、『誕生』の玉栄は、
もう少し本作の桂昌院の性格を踏まえて演じられるべきでした。

ヒロインである将軍は『誕生』が3代家光役の多部未華子だったのに対し、
本作の5代綱吉役は菅野美穂なので、女優の格としては本作が上かな。
劇場版なのでテレビドラマよりも予算が掛けられるのは当然ですが、
ボクの好みで言えば、多部未華子の方が新鮮で好きかな。(若いという意味ではなく。)
だけど問題は女優が誰かではなく、役柄の魅力の差です。
父である3代将軍が奇病で死に、女でありながら父の名を継ぎ、
男女逆転社会を作るに至った家光の、重い宿命を背負った波乱万丈な人生に対し、
生まれながらに将軍になる可能性を持ち、すでに男女逆転も常態化していた綱吉は、
敷かれたレールの上を歩くだけの人生で、家光に比べ全く魅力がありません。
恋愛観にしても、有功を一途に想いながらも、将軍家の世継ぎのために、
他の男たちと寝屋を共にするしかない宿命だった家光に対し、
自由奔放な綱吉は、逆ハーレム状態の大奥に多数のイケメン男子をはべらせ、
それでも飽き足らず家臣の父子に肉体関係を強要したりと、かなりの男好きです。
親子丼もそうだけど、男同士に性行為させようとしたりと、かなりアブノーマルな性癖で、
(3Pで妊娠したら父親がわからなくなるのにね。まぁ毎晩相手を代えるのも同じか。)
こんな女性に好感を持つのは少々難しく、ヒロインとして魅力を感じません。
そもそも主人公の右衛門佐と恋仲になるのも、かなり年老いてからで、
その翌日には右衛門佐は死んでしまうので、ほんの一瞬のことで、
物語の大半はこの二人の関係に何の進展もなく、お互いどう思っているのかも不明でした。
最後に右衛門佐が「会った時からずっと好きだった」みたいなことを言いますが、
彼にそんな素振りはなく、綱吉にも人から好かれるような魅力は描かれていないため、
終わり間近になって急に取って付けたような展開に思えたし、
ロマンス映画としてはかなり不出来だと思います。

全く魅力のない綱吉ですが、そもそも史実の綱吉自体も印象がよくない将軍ですよね。
綱吉と言えば、天下の悪法「生類憐みの令」を発布した犬公方として有名ですが、
綱吉に世継ぎが出来ないことを心配した桂昌院が、懇意の僧・隆光に相談し、
隆光の助言で作られたというのが、この悪法が制定された通説ですが、
本作でも概ねそれを踏襲する内容になっています。
隆光は「桂昌院様が若い時に行った殺傷が原因」と世継ぎが出来ない因果を説きますが、
その殺生の経緯は『誕生』で描かれていましたね。
『誕生』を見ていた時は、まさかそんな展開に発展するとは思ってなかったので、
興味深かったとは思いましたが、テレビドラマ『誕生』を見てない人にとっては、
降って湧いたような展開だったため、映画としてはあまり好ましくない展開だったかな。
また隆光は、『誕生』の時に玉栄がいずれ将軍の父になることを言い当てたりと、
神通力でも持っているような、すごい僧として描かれていましたが、
本作の隆光は、こんな見当外れな助言をするようでは大した僧だとは思えず、
『誕生』での人物設定とのギャップを感じてしまいます。
本作では、将軍綱吉が父・桂昌院の顔を立てるために制定しただけで、
生類憐みの令は彼女の意思ではなく、彼女は悪くないような描き方が鼻につきます。

一方の右衛門佐も『誕生』の有功に比べ、好感を持ちにくいキャラです。
貧乏公家出身で、貧しさから脱却するために、大奥で出世を目指しており、
権力に執着する策略家で、容姿端麗で頭脳明晰で公家出身の有功と本当に似た人物ですが、
優しく情に厚い有功に対し、右衛門佐はかなり腹黒い男です。
それだけでもあまり好感を持てず、感情移入し難いキャラですが、
それ以上に悪いのは、生類憐みの令の発令と前後して、
民のことを考えて綱吉に説教したり、綱吉のことを想いやったりと、
急に有功のような慈愛に満ちた性格に変わってしまうことです。
その心境の変化が全く描けていないため、尚更感情移入なんてできず、
前述のように、綱吉に対する気持ちも最後の告白まで全く伝わってきません。
展開の必要に応じて性格が都合よく変わる薄っぺらい男に思えて魅力を感じませんでした。

男女逆転したのは「赤面疱瘡」という男だけが発症する奇病のせいですが、
本作では全くその設定は活かされず、男女逆転という結果だけが使用されます。
男の園となった大奥が舞台で、かなりの人数の男が登場するにもかかわらず、
誰一人として赤面疱瘡を発症するものはおらず、
作中で病死したのは、4歳の女の子である松姫だけです。
(右衛門佐は死んだけど、原因不明の急死で、心臓発作か何かでしょう。)
『誕生』では家光をはじめ、何人も赤面疱瘡で死んでいるのに、
本作はその奇病の設定を忘れているような展開で、どうも納得できません。
設定の変なところはそれだけではなく、やっぱり男女逆転というのは、
歴史改変SFとしても、あまり合理的な設定ではないと思います。

要するにロマンスとしても歴史改変SFとしても出来が悪く、期待していたのに残念です。
ただ面白くないだけならまだしも、本作を観るために全10話のテレビドラマも見たので、
かなりの時間を浪費したので、単発の駄作を観た時よりもダメージが大きいです。
やっぱり映画とテレビドラマを連動させる企画は止めてほしいな…。

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