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フランケンウィニー

アン・リー監督の3D超大作『ライフ・オブ・パイ』の予告編で、
作品とは直接関係ないジェームズ・キャメロン監督が登場し、
その映画の3Dの素晴らしさをアピールしていますが、少し必死すぎて痛々しいです。
昨今では3D映画が「割増料金ほどの価値がない」として観客から忌避されがちですが、
『アバター』で3D映画を普及させた張本人であるキャメロン監督としては、
この3D離れを看過できず、自分とは関係ない3D映画でも、
とにかくプッシュして、3Dの火を絶やさないようにしたいのでしょう。
自身の監督作である3D映画の金字塔『アバター』の続編2本も何年後かに公開されるし、
その時3Dが全く見向きもされなくなっていたら悲惨なことになりますもんね。
単純に割増料金を取れないと売り上げも2割くらいは減りそうだし、
『アバター』級の作品だと数億ドルの影響が出そうです。

とはいえ、キャメロン監督には申し訳ないが3Dなんてやはり価値はないです。
2Dで観ても3Dで観るのと同等の満足感は得られます。
今年は回避しきれずに、(約190本中)7本の映画を3Dで観ることになりましたが、
3Dだからよかったと思った映画は1本もありませんでした。
『ライフ・オブ・パイ』も観る予定ですが、絶対2Dで観ます。

ということで、今日は(ボクは2Dで観たけど)3D映画の感想です。
本作は3D云々よりも、もっと特徴的な趣向が凝らされていますが…。

フランケンウィニー

2012年12月15日日本公開。
ティム・バートン監督が、自身の同名の短編ストップモーションアニメを長編化。

大好きな科学に夢中になるあまり、友達が一人もできない少年ヴィクター。そんな彼を両親は心配していたが、ヴィクターは愛犬スパーキーを相棒にして楽しい毎日を送っていた。しかし、思いも寄らぬ事故が起きて、スパーキーは天国へと旅立ってしまう。深い悲しみに沈んでいたヴィクターだったが、次第にスパーキーをよみがえらせたいという強い気持ちを抱くように。少しばかり危険な科学な知識を駆使してスパーキー蘇生に成功するが、その姿はつぎはぎだらけで、まるでフランケンシュタインのようだった……。(シネマトゥデイより)



本作はティム・バートン監督が1984年に発表した短編実写映画を、
ストップモーションアニメ映画として長編化したリメイク作品です。
原作の短編実写映画は、当時「子どもには怖すぎる」との理由で公開が見送られましたが、
監督にとっては特別愛着のある作品だったみたいで、
今度はアニメとして、子どもが怖がりにくいキュートでコミカルな映像に作り替えられ、
今年のハロウィン・シーズンのディズニーの目玉作品として公開されました。
…が、全米初登場5位という低調な成績で、全米興行成績も1000万ドルそこそこです。
これはライバルのハロウィン向けアニメ『モンスター・ホテル』の興行成績が、
8000万ドル近いことを考えると、どれだけ人気がなかったかわかりますね。
ティム・バートン監督のストップモーションアニメとしても、
大ヒット作『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』に及ばないのはもちろん、
『コープスブライド』にも届かない成績でした。

内容はそれらに作品に決して引けを取らないのに、なぜ低調な結果になってしまったのか。
ストップモーションアニメとはいえ、死んだ犬が蘇るという怖そうな内容を、
子どもたちや彼らの親が懸念して回避したという可能性もありますが、
その二カ月前に公開されたホラー色の強いスットプモーションアニメ『パラノーマン』は
本作よりもかなり成績がよかったため、ホラーだから回避されたわけではなさそう。
では何が集客のネックになったかといえば、本作が白黒映画だからに違いないです。
ハリウッドでアニメ映画が成功するには、子どもを動員することが不可欠ですが、
白黒映画にノスタルジーや退廃的な味わいを魅力として見出せるのは大人だけで、
カラフルなものが好きな子どもにとっては退屈な映像と映るのは間違いないです。
いざ観始めてしまえば、子どもにとっても色の有無なんて気にならないでしょうが、
宣材写真や予告編を見て、カラフルなアニメ映画がいっぱい公開されている中で、
白黒の本作を子どもたちがチョイスするとは思えません。
白黒映画かつ3D映画というのは史上初で興味深いですが、
白黒映画と3D映画では客層が相容れず、興行的には厳しくなって当然です。

ただ全米では不人気でしたが、日本人はこんな怖かわいいアニメが大好きだし、
監督の人気も根強い日本では、本作はそこそこヒットしそうな予感がします。
『仮面ライダー』や『イナダン』など、冬休み子ども映画が多数公開されているのに、
本作のスクリーンは親子連れでかなり賑わっていました。
同日公開の『ワンピース』には圧倒的に及ばないでしょうが、
成績もかなりいい線までいくんじゃないでしょうか。
日本映画へのオマージュなどもあり、大人も楽しめる内容なのも強みです。

屋根裏部屋に引き籠りがちの小学生ヴィクターの親友は、
ペットのブルテリア犬、スパーキーだけです。
そんな息子を心配したパパは、自分がコーチしている野球チームに彼を参加させますが、
彼がまぐれで打った場外ホームランの球を追いかけていたスパーキーが、
道路に飛び出して車に轢かれ死んでしまいます。
唯一の親友を失った彼は失意のどん底に落ちますが、理科のジクルスキ先生の授業で、
カエルの死体に電気を流すと脚が動く実験を見て、あることを思いつきます。
雷雨の夜、彼はペットの墓地からスパーキーの死体を掘り起こし、
凧で稲妻をとらえて死体に強力な電気を注入し、スパーキーを蘇生させたのです。

タイトルからもわかるように、本作は古典ホラー『フランケンシュタイン』がベースです。
全身ツギハギだらけで首からボルトの飛び出した蘇生後のスパーキーの姿は、
まさにフランケンシュタインの怪物のようです。
オリジナルのイカツイ怪物と違って、たしかにかわいいのですが、
元気いっぱいだった生前のスパーキーも無邪気で可愛らしかったため、
ツギハギだらけの蘇生後の姿は痛々しく、可哀想で見ていられない気持ちに…。
そんな姿なのに愛嬌を振りまくスパーキーの健気さが、更に愛おしくもあるのですが、
こんな状態で生き返って、果たして幸せなのかと…。
パパは生き返ったスパーキーを見て、喜ぶどころか息子ヴィクターに対し、
「こんなことはやっちゃいけない。生と死の境界線を越えるなんて。」と説教します。
宗教観は別にしても、死の尊厳を説くパパの言い分は尤もだと思いましたし、
これって本作に込められたけっこう重要なメッセージと思うんですよね。
ただ、クライマックスでスパーキーはヴィクターを助けて再び死んでしまうのですが、
パパの協力でもう一度蘇生してしまうのです。
たしかにハッピーエンドだとは思いますが、それが果たして正しいことなのかどうか…。
ボクとしては、スピーキーは最後は生き返らないままで、
ヴィクターにはペットロスの悲しみを乗り越えて成長してほしかったと思いますし、
本作を観た子どもたちに、命の大切さを説くという道徳的な意味で大切だと思います。
その点では納得できないオチですが、救いだったのは、スパーキーの2度目の死に、
ヴィクターが「もう戻ってこなくていいよ」と言ったことです。
結果的に生き返りましたが、その前に彼はペットロスを克服していたのだと思います。

禁断の科学実験によりスパーキーの蘇生に成功したヴィクターですが、
それをクラスメイトのエドガーに知られてしまい、秘密を守るという約束で、
エドガーの目の前でもう一度同じ実験をやってみせることになります。
今度はエドガーが持ってきた死んだ金魚で試すのですが、
どういうわけか、金魚は確かに生き返ったものの、透明になってしまい…。
エドガーは約束を破って、透明な金魚を他のクラスメイトに自慢して回り、
クラスメイトたちは次々とヴィクターの真似をして死んだ動物を蘇生させはじめ、
蘇生した動物たちにより、街は大混乱になってしまいます。

スパーキーはフランケンシュタインの怪物がモデルですが、
クラスメイトが蘇生させた動物たちも、それぞれホラー映画の怪物のモデルがいます。
2度目の実験で生き返ったエドガーの金魚は透明人間、
彼が次に単独で生き返らせたドブネズミは狼男、
長身の優等生ナスルが生き返られた包帯グルグル巻きのハムスターはミイラ、
ぽっちゃり男子ボブが生き返らせた(?)シーモンキーは半漁人、
不思議ちゃんの女の子がペットのネコとコウモリを融合させてしまったのが吸血鬼です。
いずれも30~40年代のユニバーサルホラーの怪物たちへのオマージュですが、
日系人のクラスメイト、トシアキの生き返らせた亀だけはちょっと違います。
亀は生き返って巨大化し、大怪獣になるのですが、このモデルは明らかにガメラですね。
いや、BGMなど雰囲気的にはゴジラに近いかもしれませんが、
どちらにしても日本の怪獣映画へのオマージュなのは間違いなく、
日本人としてはちょっと嬉しい展開だと思います。
この洋邦のモンスター映画の怪物オールスター的なノリは、
モスラがモデルの怪物も登場したドリームワークスの傑作アニメ映画
『モンスターVSエイリアン』を彷彿とさせ、とても楽しかったです。
他にも死んではいないものの、ヒロインであるエリザの飼っているプードルは、
『フランケンシュタインの花嫁』の花嫁がモデルになっていて、
もちろんフランケンの怪物であるスパーキーが恋をするなど、
細かいところにもホラー映画へのオマージュが満載で、ボク程度では拾いきれません。

いろんな怪物がモデルの動物が登場するのは楽しくていいのですが、
なぜ落雷で透明になったり巨大化したりするのか納得できません。
スパーキーの場合は、「神経は電気信号なので、生命活動は電気的なもの」という、
似非科学ではあるものの、一応筋の通った理由で蘇生しましたが、
電気によって透明化や巨大化する原理が全く説明されておらず、
ただ理科のジクルスキ先生の見解として、「心の変数が関係している」と説明されるのみ。
せっかく他の映画のオマージュにするならば、透明化は新薬実験、巨大化は放射能など、
モデルの怪物に合わせた理由で怪物化してもよかったのではと思います。
まぁそれだと全然違う物語になるので、本作のように面白くはないかもしれないけどね。
それに同じ科学実験でも、使用者次第で良い結果にも悪い結果にもなるというのは、
教訓的でいいメッセージだし、「心の変数」とは巧い表現だと感心しました。
ペットだった亀のシェリーや、ハムスターのコロッサス、ネコのおヒゲくんは、
心の変数がマイナスだったために、スパーキーと違って蘇生後は凶暴になりますが、
まさに『ペット・セマタリー』な展開で面白いですね。
(おヒゲくんは生きていたのに怪物化して死んじゃったのは可哀想でした。)

本来はハロウィン映画ですが、ロマンチックでハートフルなファンタジーでもあるので、
振り替え休日のクリスマス・イブにカップルや家族で観るクリスマス映画としても、
それなりにオススメできる作品でした。
特に犬(映画)好きは必見の感動作でした。

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