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ねらわれた学園

AKB48の河西智美がテレビ朝日『いきなり!黄金伝説』の人気コーナー
「芸能人節約バトル1カ月1万円生活」をリタイアしたそうで、
世間からかなり非難を浴びているみたいです。
ボクは彼女のこともよく知らないですが、これはさすがに印象よくないです。
カメラのある生活に馴染めず、たったの5日間で自宅に逃げ帰ったそうですが、
いくらなんでもプロ意識に欠ける行動です。
(てか、あのコーナーってガチだったんですね。)
AKB48やその姉妹グループは人数も多く、まだ素人同然の子も多いでしょうが、
このコーナーに出られるような人気メンバーの彼女までがこの体たらくでは、
大半の子がプロ意識なんて持ってないんじゃないかと思えます。
そんなAKB48を起用することのリスクを、彼女が身を持って知らしめてくれたことは、
テレビ業界にとってよかったことかもしれません。
他のメディアに比べると、映画業界におけるAKB48の影響力は弱いですが、
それは映画業界がすでに、河西智美が知らしめたリスクとは別の、
「AKB48を起用した映画はコケる」というリスクを認識しているからでしょうね。
『苦役列車』『闇金ウシジマくん』『私立バカレア高校』『メリダとおそろしの森』など、
今年もAKB48の子を起用した映画が数本ありましたが、出来はともかくとして、
興行的には厳しい結果なものが多かったように思います。
ボクはAKB48のファンでもアンチでもないけど、アイドルなんて起用する映画には、
あまり期待できないのは確かです。

ということで、今日はAKB48のメンバーが主演声優を務めるアニメ映画の感想です。
違和感のない、いい声の演技をしていましたが、劇場はやっぱりガラガラでした。

ねらわれた学園

2012年11月10日公開。
眉村卓のジュブナイル小説をアニメ化したSF青春ドラマ。

鎌倉の中学校に通う関ケンジは、通学途中に高台でたたずむ少年を目にした瞬間に不思議な感覚を覚える。やがて、彼が自分のクラスにやって来た転入生の京極リョウイチであることを知る。どこか超然とした雰囲気を放ちながらも、クラスメイトと打ち解けていく京極。ひそかに好意を寄せるクラス委員・春河カホリが彼に惹(ひ)かれていくのを感じる一方で、ケンジは幼なじみの涼浦ナツキが自分に向けている気持ちにまったく気付いていない。そんな中、校内では不思議な出来事が頻発し、それらがケンジたちの運命を変えていく。(シネマトゥデイより)



実写映画やテレビドラマなど、何度も映像化されてきた往年のジュブナイル小説を、
現代風にアレンジしてアニメーションで再映画化したのが本作、
…だと思って観に行ったのですが、どうもそう単純なものではないようです。
どうやら主人公のケンジの祖父が、原作小説の主人公らしいのです。
ちょうど2006年のマッドハウスの『時をかける少女』(以下『時かけ』)が、
ヒロインの叔母が原作のヒロインで、本作と似たような概要のアニメでしたね。
(というか本作が話題作『時かけ』の二番煎じであることは否めません。)
しかしアニメ版『時かけ』は原作と世界観を地続きにしたというだけで、
ちゃんと独立して成立している一本の作品でしたが、本作は違います。
本作は原作と地続きなのはもちろんのこと、原作で起こった出来事の後日談であり、
完全に続編的な内容となっています。

なので原作小説か過去の映像化作品を知らないと、理解に苦しいところがありますが、
ボクがまさにソレで、原作を全く知らなかったために、置いてけぼりをくらいました。
中盤までは普通に独立したアニメとして物語が展開するのですが、
終盤に急に原作での出来事が断片的に語られはじめ、
本作での事件の発端は全て原作にあるような展開になります。
そこまではSFスリラーとして、楽しく観れていたのに、急に原作の話を持ちだされ、
原作を知らないボクにとっては全く理解できない超展開になってしまい、
いきなり突き放されたような不条理な印象を受けました。
ホントに中盤までは、今年屈指の面白いアニメ映画だったと思ったのに、
終盤はとても残念な展開だったように思います。
原作に対する敬意や、原作ファンに対するサービスなのでしょうが、
それならそれで原作の後日談であることをアナウンスすべきだし、
独立した作品として観てもらう意図があるなら、原作とのリンクは、
『時かけ』のようにオマージュ程度に留めておくべきでした。
そもそも原作小説も、薬師丸ひろ子主演の実写映画も、原田知世主演のテレビドラマも、
今から30年以上前の作品であり、それらを知っている40代以上の大人が、
アニメ映画なんて観に来るとは思えず、本作を観るほとんどの人は一見客だと思うし。

煙に巻かれたような心境で劇場を後にしたボクですが、
遅ればせながらでも少しでも理解できればいいと、すぐに原作について調べました。
それによって人間関係については多少補完できたように思いますが、
逆に更に納得できなくなったところもあります。
本作は未来人であるリョウイチと名乗る超能力少年が、
主人公ケンジの通う中学校を裏から支配しようとする話ですが、
その超能力というのが、原作とは全く違うもののようで…。
原作では超能力はマインドコントロールでしたが、本作ではテレパシーになっています。
原作はファシズムの脅威がテーマでしたが、今の時代にはマッチしないということで、
今の若者の最大の関心事であるコミュニケーション・ツールをテーマにして、
それに伴って、人と支配するための超能力マインドコントロールから、
人とコミュニケーションをとるための超能力テレパシーに変更されたようです。
たしかに現代風にアレンジすることは、とても大事なことだと思いますが、
わざわざ原作と地続きにしたくせに、原作の世界観は無視するのかと憤りを感じました。
もちろん原作を踏襲するべきだと言いたいのではありません。
そんな大胆なアレンジをするなら、原作と地続きにする必要はなかったのではないかと…。
原作を知らないと理解に苦しい内容なのに、知っていたら違和感を覚える内容でもあり、
なんだか中途半端な内容だと思います。

ある日、ケンジたちの中学校に不思議な雰囲気の転校生リョウイチがやってきます。
ケンジたちと仲良くなったリョウイチですが、実は超能力テレパシーを使える未来人で、
彼は中学校の生徒たちに次々と超能力を授けていくのです。
リョウイチの時代の人間は地球が荒廃してしまったため月に住んでいるのですが、
彼は地球が滅ぶ前の時代にタイプリープして、テレパシーを与えて人間を進化させ、
地球が滅ぶ未来を回避させる使命を負っています。
テレパシーを与えることが、どうして地球を救うことに繋がるのかわかりませんが、
理屈としては、たぶん地球は戦争で滅びていて、もしテレパシーがあれば、
相手のことを100%理解できるため、争いがなくなるということらしいです。
でも普通に考えれば、本音しか使えないと争いだらけになるような気がしますが…。
それにこんな日本の田舎の中学校の子どもにテレパシーを与えても、
地球を滅ぼすような戦争には全く関係ない気もするので、イマイチ理解に苦しい設定です。

その疑問のひとつの答えが、原作からの繋がりにあるのですが、
原作では未来人・京極が歴史を改変するため現代にやってきて、
ある中学校の支配に乗り出しますが、それを関耕児という中学生に妨害されます。
未来に帰った京極は、現代から連れてきた女生徒と結婚し、
その間に生まれたのがリョウイチです。
京極は歴史改変を妨害した関耕児への意趣返しとして、
彼の孫を苦しめるために、息子リュウイチをこの時代のこの場所に送り込んだのでしょう。
なので実際は地球が滅ぶ未来の回避する目的なんて二の次だったと考えれば、
ある程度辻褄が合う気がしますが、それも原作で補完できてこそ納得できる展開です。

テレパシーは月に住む未来人の一部から突然発現した超能力ですが、
現代人であるケンジもなぜか超能力を持っており、普段は祖父により封印されています。
祖父は関耕児なわけですが、彼も普通の現代人なはずなのですが、
なぜ孫が未来人の超能力を使えるのか、彼がそれを封印できるのかは説明されず…。
もしかしたら原作での出来事により、関耕児に超能力が発現し、
それが孫に遺伝したとも考えられますが、なんと隣に住むケンジの幼馴染みナツキも、
普通の現代人のはずなのに、なぜか超能力を持っていたみたいで、もう意味不明です。
彼女の超能力はテレパシーではなく、タイムリープの方みたいですが、
1度しか使えないタイムリープを、幼少期に死んだケンジを生き返らすための
歴史改変に使用してしまったみたいです。
タイムリープは超能力ではなく未来の技術だと思ってましたが違うみたいですね。
リョウイチに洗脳された生徒会がナツキを拘束した時に、
ケンジは超能力を解放され、彼女を助けに乗り込みますが、
その時にケンジが使ったのもテレパシーではなく、サイコキネシス系の能力だったので、
本作の超能力の定義や設定がよくわからなくなりました。

超能力者であるケンジも、力を使い果たしたリュウイチを未来に帰してあげるため、
最後にタイムリープを使い未来に行きますが、すると周りの人の記憶が改竄され、
ケンジなんて人物は始めからこの世にいなかったことになりました。
つまりこれって、歴史の修正力のせいで、タイムリープによって改竄された歴史は、
タイムリープを行った本人がいなくなれば元に戻るということで、
そもそも未来人が地球滅亡を回避するなんて出来ないってことじゃないかな?
ナツキたちがケンジのことを忘れてしまうというラストは感動的ではあるものの、
説明のつかないタイムパラドックスを孕んだ展開だと思います。

終盤の超展開でガタガタになった本作ですが、それまではホントに面白く、
アニメ版『時かけ』にも引けを取らない名作の予感がしました。
謎の転校生がやってきたと思ったら、生徒会が暴走を始め、
ナツキのように不登校になり、全く連絡が付かなくなる生徒が増える一方で、
性格が別人のようになる生徒もどんどん増えていくという、なんとも謎に満ちた物語。
それと並行して、ケンジやナツキたちの甘酸っぱい青春恋模様も描かれ、
とても面白い学園青春SFスリラー映画でした。
水彩画のような風景も趣があるし、舞う花弁や光の描き方もとても綺麗でした。
キャラデザインも好感が持てて、映像的にはかなり満足なアニメです。
ナツキのアクションだけが忍者のようにアクロバティックすぎるため、
彼女だけ少々浮いている印象はあるし、女子中学生に対するアングルがエロかったりして、
ちょっと萌えを狙いすぎなところもありますが、概ね素晴らしいアニメーションでした。
それだけに終盤の展開は悔やまれます。

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