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危険なメソッド

新語・流行語大賞のノミネート50語が発表になりました。
いつもながらに「なんでコレが?」って思う言葉が半数以上を占めていますが、
どうせ大賞は芸人スギちゃんの「ワイルドだろぉ?」になりそうだから、
後は噛ませ犬として適当に選ばれたものが大半でしょう。
それにしても今年の候補の中には、映画関連の言葉がひとつも選ばれていなくて、
今年はそんなに映画は盛り上がらなかったのだろうかと心配になります。
もしボクが新語・流行語大賞を選ぶとしたら、
『アベンジャーズ』のキャッチコピー「日本よ、これが映画だ」ですかね。
同作は世界興収歴代3位の今年を代表する大ヒット映画なので、
関連ワードがひとつくらいノミネートされてもよさそうなものなのに、
ノミネート50語を選出した人はあまり映画に関心がないのかな?
たしかユーキャンが発刊する『現代用語の基礎知識』に載っている言葉から選ばれるので、
そこに全く載っていない可能性もありますね。

ということで、今日は多くの賞にノミネートされた映画の感想です。
賞にノミネートされたからといって、いいものとは限らない、いい例です。

危険なメソッド

2012年10月27日日本公開。
デヴィッド・クローネンバーグ監督が、戯曲を映画化した伝記ドラマ。

1904年、若き精神科医ユング(マイケル・ファスベンダー)は高名な精神分析医フロイト(ヴィゴ・モーテンセン)が提唱する画期的な治療法を、新しく受け持った患者ザビーナ(キーラ・ナイトレイ)に実践する。そしてユングは彼女が抱えるトラウマの原因を突き止めるが、二人は医師と患者の一線を越え禁断の関係に。やがてザビーナの存在は、ユングとフロイトとの関係に確執をもたらしていき……。(シネマトゥデイより)



重厚な雰囲気のドラマで、たぶん通好みの作品なのだろうと思います。
ボクは通ではないので、とても退屈な作品だと思いました。
本作は20世紀初頭に精神分析の礎を築いた2大心理学者、
カール・ユングとジークムント・フロイトの史実を映画化したもので、
2人が出会い、親交を深め、そして決別に至る過程が描かれます。
ある程度彼らの専門分野である精神分析に関心でもあれば、
その聡明期を描いた内容ということで興味深く観れるかもしれないが、
その分野に関心がないボクにとっては知らないオッサンの愛憎劇でしかなく、
知らないオッサンの出会いや決別の話をされても、「へぇ…」としか思えません。
まだ何か特殊な出来事によって決別したのであれば、興味を覚えるかもしれませんが、
方向性の違いという在りがちな原因での決別で、面白味に欠けます。

史実なので展開の退屈さに文句を言っても仕方がないけど、
こんな面白味のないエピソードを映画化する意図がわかりません。
せめてもっと脚色でもして、波乱に満ちた内容にしてくれたらいいのに、
本作はまるでドキュメンタリーかのように、史実に忠実でリアルに物語が進行します。
きっと本作はそのリアルさが売りなんだと思います。
この俳優たちの自然で上手なお芝居を楽しんでほしいのでしょう。
元が舞台劇なので、物語の面白さよりも役者の腕で魅せるドラマなのでしょう。
そのため史実の誇張はせずに、ドキュメンタリーのようなリアルな演出を心掛け、
その甲斐あって、ユング役のマイケル・ファスベンダーと、
フロイト役のヴィゴ・モーテンセンは、数々の映画賞で演技賞を受賞しています。
しかし不思議なのは、本作を観た多くの人の記憶に刻まれるのは、
何の賞も受賞していないキーラ・ナイトレイの演技なんですよね。
映画賞の演技賞は、往々にして実在の人物を演じた人が受賞することが多いけど、
ナイトレイ演じる心理学者サビーナも実在はするものの、
他の二大心理学者との知名度の差で、あまり評価されなかったのだと思います。
それに彼女が強烈なインパクトを残したのは序盤の僅かなシーンだけだったし…。
でもその序盤のシーンが最も印象に残っているということは、
本作が如何に尻つぼみな作品だったかってことですよね。

冒頭、若い精神科医ユングが勤める病院に、神経症の患者サビーナが担ぎ込まれます。
彼女の症状はヒステリーなのですが、精神分析がまだ発達していない当時は、
ヒステリーは原因不明の謎の疾患でした。
顔を歪ませ悶えるサビーナの様子は、とても尋常ではない鬼気迫るもので、
ナイトレイの女を捨てた迫真の演技に感心しましたが、あまりに尋常ではないので、
統合失調症のような重い脳の障害かなと思いましたが、まさか単なるヒステリーだとは…。
ユングは彼女を、精神分析学の大家フロイトが提唱する「談話療法」で治療します。
「談話療法」は単に患者の話を聞いて、症状の原因を探るだけですが、
ヒステリーの治療には効果的だったみたいで、彼女はすぐに快方に向かいます。
サビーナのヒステリーの原因は、幼少期のトラウマによって、
屈辱を受けることで性的快感を覚える被虐性愛になってしまい、
その性的な抑圧からヒステリーを起こすようです。
今なら単に「自分はマゾだ」と認めてしまえば済む話ですが、
当時は変わった性癖も病気であり、治療すべきものだと考えられていたみたいですね。
(たしか同性愛なんかも昔は病気だから治療すれば治ると信じられていたとか…。)
その性癖を告白しただけで、サビーナはヒステリーを起こさなくなりますが、
本作はナイトレイが迫真の演技でヒステリーを再現しているところが見せ場なので、
治療に成功した後はもう大して見るべきところはないです。

その後、ユングはフロイトと初対面し、親交を深めます。
フロイトの勧めで、ユングの病院に心理学者でもある変人グロスが入院しますが、
性の抑制が効かない強迫神経症(セックス依存症?)のグロスに感化され、
ユングは患者であるサビーナと関係を持ってしまいます。
グロスの強い性衝動を治療しようとして、逆に自分の性衝動が抑えられなくなるなんて、
ミイラ取りがミイラになってれば世話はありませんね。
マゾいサビーナとの性交渉はやっぱりSMプレイで、ナイトレイもセミヌードで
かなり身体を張った演技でしたが、あまりエロさを感じないのは、
やはり冒頭の女を捨てたシーンの印象が強すぎたからかな?

ユングはフロイトのことを尊敬していましたが、
フロイトの「ヒステリーは全て性衝動が原因」という極端な一元論に疑問を感じています。
フロイトもユングを後継者にしたいほどでしたが、精神分析は科学だと考えていたので、
ユングが宗教など神秘主義的な推論を用いることを苦々しく思っていました。
なので意見の相違も頻繁に発生するようになり、最終的には決別します。
ある日、フロイトとユングが神秘主義について論戦している時に、
部屋で謎の物音がして、それをユングが「外在化現象」だと言います。
つまりそれがラップ現象で、神秘的な力は存在すると言いたかったわけですが、
本作中でその現象の原因が明らかにされることはなく、全体的にリアルな作りの中で、
そのシーンだけが妙に浮いていたように思えます。
まぁボクも神秘的な力なんて信じていないので、単なる家鳴だと思いましたが、
そういう意味ではボクはフロイト寄りの考え方なのかもしれません。
ただし、性的一元論はとてもじゃないけど同意できるものではなく、
後にサビーナが唱えた「性衝動は自我の破壊を求めるもの」という考え方の方が
シックリくるように思えます。

ただ性衝動だろうが精神分析だろうが、基本的にはどうでもいいと思うので、
そんなことを討論するシーンが多い会話劇である本作にも、関心が持ちにくいです。
それにフロイトがユングに対して苦々しく思うようになった最大の要因は、
ユングの妻の実家が裕福で、目下のくせに生活レベルが高いことに対する嫉妬でしょう。
仕事で2人で渡米する時も、ユングだけ一等特別客室を手配しますが、
師匠同然のフロイトが一般客室なのに、ユングの無神経さにはボクも呆れます。
その程度の人の気持ちも汲めないで、精神科医だなんてチャンチャラおかしいです。

本作は映画としての面白さの追求を怠った単なる再現ドラマです。
ただちょっとキャストが豪華なだけで、全然面白くはないです。

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