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希望の国

2~3週間前に、夕食を食べながら何気なくテレビを付けると、
外国人が日本の歌を歌って誰がうまいか競うって感じのバラエティ番組が流れていて、
そこでアメリカ人の青年がサザンの「TSUNAMI」を歌っていたのを聴いて、
「あ、この曲の自主規制もやっと解けたのか」と思いました。
もう東日本大震災から1年半以上も経つんだなと、なんだか感慨深かったですが、
そもそもこの曲を自主規制すること自体が変な対応だったんじゃないかと思います。
「津波被害者感情への配慮」みたいな建前でしたが、そうだとすると、
現在自主規制が解かれているってことは、被害者感情が癒えたと考えたってことですよね。
たった1年半しか経ってないのに、そんなわけないだろうと思います。
まぁ名曲「TSUNAMI」が被害者感情に悪影響を及ぼすはずなんてないし、
実害はないだろうけど、放送局の対応の適当さには愕然とさせられます。

ということで、今日は津波の被災地で撮られた映画の感想です。
震災から1年後の3月11日を描いたドキュメンタリー映画『JAPAN IN A DAY』や、
震災の影響で公開が1年以上延期された『のぼうの城』、そして本作と、
このところ震災を想起させる映画が続きますね。

希望の国

2012年10月20日公開。
『ヒミズ』の園子温監督が、大地震を題材に描いたヒューマン・ドラマ。

泰彦(夏八木勲)と妻(大谷直子)は酪農を営みながら、息子夫婦(村上淳、神楽坂恵)と一緒に慎ましくも満たされた暮らしをしていた。そんなある日、大地震が村を襲う。泰彦の家は避難区域に指定されたが、長く住んだ家を離れることができない。葛藤(かっとう)の日々を送る中、息子の妻いずみの妊娠が発覚。二人は子どもを守るためにあることを決意する。(シネマトゥデイより)



本作は東日本大震災を題材にしているのけど、主題はありません。
前作『ヒミズ』のラストでも思いましたが、園子温監督は震災に対しては日和見で、
ただ荒廃した街というロケーションとして被災地に興味があるだけで、
震災やそれに関連する諸問題については何の主張もないんだと思います。
何のメッセージ性もなく、ただ震災に関するエピソードを羅列させただけの作品です。
それでも被災地の実情を描いているというのであれば、
ドキュメンタリー的な意義はあると思いますが、
本作は「長島県の大原町」という架空の町を舞台にしており、
わざわざフィクションであることを強調するような設定にしています。
被災地で撮影しているのは間違いないし、震災当時を描く意図があるのなら、
素直に福島県を舞台にした方がよほど説得力のあるものになったはずなのに、
わざわざ架空の町を舞台にしたのは、福島県を舞台にしてまで撮ろうという信念がなく、
フィクションであることを批判の逃げ道にして、日和ったからに違いないです。

架空の被災地である「長島県」という名称は、単に福島県を捩ったものではなく、
「長崎県」と「広島県」を足して作られた名称です。
長崎県と広島県と言えば、太平洋戦争で原爆が投下された県であり、
放射線に被曝し、放射能汚染された場所ですよね。
そんな架空の名称が付けられたことからもわかるように、
本作は震災による地震被害や津波被害よりも、原発事故による放射能汚染被害が題材です。
ただし、この監督には放射能被害問題に対する主張もないようで、
放射線の危険性を過小評価する有識者はウソ付きであると揶揄したりするので、
一見すると放射線被曝の恐ろしさを描いているように思いますが、
放射線量に過剰に反応する人の行動を滑稽に描いて揶揄したりもします。
大まかに言えば、前半は放射線の恐怖を煽り、後半は放射線を恐れる人を笑い者にします。
監督自身は放射線についてどう考えているかと言えば、たぶん特に何も考えておらず、
もちろん危険性も認識してないんじゃないかと思います。
本当に放射線が危険だと思っているなら、わざわざ被災地でロケを敢行しません。
自分だけなら放射線の危険性を伝える使命感など犠牲的精神での行動とも取れますが、
スタッフや役者を連れて被災地でロケしているわけですからね。
その役者の中のひとりは自分の妻なので、身内すら被曝の可能性に晒しているわけで、
そんなことは放射線の危険性を認識していたら出来るはずがないです。
つまり彼には放射線の危険性を訴える作品なんて撮れるはずもなく、
放射線を危険視する人を極端に描いて、嘲弄しようという意図が強い作品でしょう。

…いや、それなら放射線の危険性を否定する演出もするはずなので、
放射線に対しての是非すら持ち合わせていないのかもしれません。
監督はとにかく震災を茶化したかっただけなのかも。
もともと彼は『冷たい熱帯魚』や『恋の罪』などの家賃三部作のような実在の殺人事件を、
よりエログロで刺激的な内容に改変して娯楽映画を撮ったりだとか、
新興宗教を描いた『愛のむきだし』みたいに社会問題を揶揄するコメディやホラーなど、
実際の出来事をネタに娯楽的な作品を撮るのを得意とする監督です。
そんな彼が近年で最も衝撃的な出来事だった東日本大震災を無視するはずはなく、
当時制作中だった『ヒミズ』に震災ネタを急きょ落とし込むなど、
震災をおいしいネタとして真っ先に飛びつきました。
正直、不謹慎だと思いもしますが、映画なんてのはそんな高尚なものでもないし、
彼のそのアグレッシブルさには感心すらしています。
しかし、東日本大震災という大きすぎるネタは、彼の手にも余るようで、
いつものようにバイオレンスでエログロな過激な内容にすることを諦めてしまいます。
まぁそれも当然、東日本大震災でエログロの過激なブラック・コメディなんて撮ったら、
さすがに世間が黙ってないでしょうし、彼のキャリアも終わりかねませんからね。
本作も明らかにコメディにしたかったという意図を感じることができますが、
結局は日和ってしまい、ヒューマンドラマの形になってしまってます。
ラストは老夫婦が猟銃で無理心中するという、ある意味監督らしい絶望的な展開ですが、
「愛があるから大丈夫」という、あたかも希望があるかのようなセリフで幕を閉じます。
これはネタがネタだけに絶望で終わると問題があると考えたとしか思えません。
タイトルも「希望の国」ですが、本作のどこに本当の希望が描けてましたか?

東日本大震災から数年後の冬、長島県でM8.3の大地震が起こり、
日本電力第一原発で水素爆発などの原発事故が発生し、放射性物質が放出され、
原発の半径20kmが退避命令により封鎖られてしまいます。
本作は半径20kmギリギリに住んでいた3組の男女の物語で構成された群像劇です。

酪農を営む酪農を営む小野泰彦は、痴呆症の妻と息子夫婦と一緒に住んでいましたが、
原発事故が発生し、隣の家までが半径20kmの警戒区域に指定されます。
彼は嫌がる息子夫婦を自主避難させ、妻と二人で住み慣れた家に残ることにします。
しかしその後、彼の家も警戒区域に指定され退去命令が出ますが、彼らは拒み続け…。
そして強制退去の執行が目前に迫ったある日、彼は妻を撃ち殺し、自らも命を絶つのです。
…う~ん、彼の心情が全く理解できない展開ですね。
思い出が詰まった住み慣れた家で、そこを離れたくないからって、
強制退去させられるからって何も死ぬ必要はないと思うんだけど…。
ボクも中学生の時に阪神大震災で自宅がやられて、引っ越しを余儀なくされましたが、
家族が全員無事だったから家なんてどうでもいいと思ったものですが、
息子夫婦も妻も無事だった彼が、なんで家を出る程度のことで心中なんて決断をするのか?
息子も父親が自殺を考えていることは察知していたようなのに、
結局、涙ながらに父親のもとを去ってしまいますが、こんなの見殺しにしたも同然で、
本当に両親のことを愛していたのかも疑わしいです。
ただ単に震災による家族の別れを悲劇的に描いてお涙頂戴するつもりにしか思えませんが、
自殺での死別なんて、津波や地震で否応なく家族を失った人に対して失礼極まりないです。

その息子夫婦は、父親から自主避難させられ、警戒地区から離れた都会に引っ越します。
離れたと言っても、福島原発事故で例えるなら、石巻くらいの場所ですかね。
ある日、妻が妊娠5カ月だとわかりますが、産婦人科で知り合った妊婦から、
「母乳からセシウムが検出された」と聞き、彼女は極端に放射線量を気にするようになり、
自宅の窓を目張りし、外出時は防護服を着こみ、常にガイガーカウンターを携帯します。
震災から1カ月経ち、マスクする人もほとんどいない中で、
そんな浮いた恰好をしている彼女を町の人は笑いものにします。
宇宙服のような防護服で町中を歩く彼女は、たしかに異様だと思いますが、
彼女はお腹の赤ちゃんを心配するあまり「放射線恐怖症」という精神疾患になったのです。
そのことを知らない人が彼女を見て滑稽に思うのは仕方ないけど、
知っている人が心の病気である彼女を笑うのはあり得ないことだと思います。
当然本作を観ている観客を含めてです。
しかし最もあり得ないのは、そんな精神疾患なんて設定をわざわざ与えておきながら、
彼女のことを殊更滑稽に描こうとする本作の姿勢です。
監督曰く、本作の登場人物には全てモデルがいるみたいですが、
子を想う親の気持ちってそんなに理解できないものかな?

3組目は心中した小野さんの隣に住む鈴木さん宅の息子とその恋人。
彼の家はギリギリ警戒区域に指定されたので、即日避難所に移ることになります。
彼の恋人は津波被害に遭った地区に住んでいて、彼女は地震があった時に、
たまたま彼と遊んでいたため、津波被害を受けませんでしたが、両親が行方不明に…。
彼は彼女と一緒に、瓦礫の山となった津波被災地に、彼女の両親を探しに行きます。
何かと差し障りのある他の2組の物語に比べると、至ってストレートな物語ですが、
他が原発事故を題材にしていたのに、これだけは津波被害が題材で、
ちょっとコンセプトがずれているように思います。
彼女たちが両親を探していると、瓦礫の中に2人の幼い子どもが立っており、
「ビートルズのシングルを探している」と言い、忽然と姿を消してしまいます。
なんだかかなり奇妙な子どもで、人間ではないことは間違いなく、
たぶん彼女の両親の霊が子どもの姿で現れたの考えるのが自然ですが、
急に幽霊が登場するなんてファンタジックな展開は不自然です。
津波が題材になっていることと、この幽霊の展開のせいで、
このカップルの物語はかなり本作から浮いた存在になってしまっています。
そもそも彼らは小野家の人間でもないし、この物語は丸々カットしてしまった方が、
小野家の家族の物語として、構成もスッキリするように思うのですが…。

本作は『ヒミズ』に続き駄作だと思いましたが、ボクの園子温監督の評価は変わらず、
彼は震災をネタにするのが不向きなだけで、従来の娯楽路線に戻りさえすれば、
また本来の力を発揮してくれるに違いないと思います。
まだ震災関連の作品を企画しているようなのは頂けませんが、
とりあえず次に公開が決まっている『地獄でなぜ悪い Why Don't you play in hell?』は、
娯楽作品らしいので、期待できるかもしれません。
初のアクション映画ということなので、また不向きな可能性もありますが…。
あとハリウッド進出も計画しているそうですが、それは是非エログロでお願いしたいです。

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