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コッホ先生と僕らの革命

来年度から小中学校の体育の授業で野球(やソフトボール)が必修化されるそうですね。
先んじて柔道など武道や、ヒップホップなどダンスも必修化されましたが、
ボクの中学時代の体育はほとんど陸上競技ばかりだったので羨ましいです。
ただ、球技を必修化するのはいいけど、野球って微妙じゃないですか?
大して体を動かせるスポーツでもないし、素人には難しすぎるし…。
なによりプロ野球の人気低迷や、WBCのゴタゴタ、オリンピック競技から外れるなど、
野球なんて世界的に斜陽なスポーツで、習うだけ無駄です。
だからこそ必修化して野球を振興させようという目論みなのでしょうが、
サッカーやバスケの方が何かと役に立つし、なにより楽しいです。

ということで、今日はドイツで初めてサッカーを教育に取り入れた人物の物語の感想です。

コッホ先生と僕らの革命

2012年9月15日日本公開。
ドイツサッカー界の父、コンラート・コッホの実話を映画化したヒューマンドラマ。

1874年、イギリス留学を終え、ドイツへと帰国したコンラート・コッホ(ダニエル・ブリュール)。とある名門校へ英語教師として赴任した彼は、授業の一環としてサッカーを教える。サッカーを通して、子どもたちはフェアプレーとスポーツマンシップの精神を学び、それまで抱えていた階級や国籍に対する偏見が少しずつ薄れていった。しかし、帝国主義下にあったドイツでは反英感情が高まっており、イギリスで確立されたサッカーは反社会的なものの象徴であった。地元の有力者やほかの教師たちは、コッホを学校から追い出そうとするが……。(シネマトゥデイより)



予告編を観て、なかなか面白そうだと思って観に行ったのですが、
予想以上に面白い作品で、大満足でした。
主演は『ベルリン、僕らの革命』のダニエル・ブリュールで、
だから本作の邦題も『コッホ先生と僕らの革命』にしたのでしょうけど、
もちろん内容は全く関係ないと思います。
ウィル・フェレルの主演作に『俺たち~』で始まるタイトルを付けるような感じで、
センスの欠片も感じられない邦題ですが、内容はちゃんと面白いです。

物語は第一次大戦前のドイツ帝国を舞台にしており、実話がベースとなっています。
とある名門中学校に、オックスフォードに留学していたコッホ先生が赴任してきます。
彼を招いた校長は進歩的な考えの持ち主で、彼はドイツで初の英語教師になりますが、
当時のドイツは反英感情が強く、敵国の言語を教える彼への風当たりも強く…。
ボクも保守的なので、当時のドイツ国民の気持ちはわからなくもないです。
今となっては英語を学ぶのは当たり前のことなので、彼の主張は至極当然に思えますが、
当時としては実験的すぎるし、抵抗を感じるのも無理はないですよね。
それにコッホ先生自体にも問題があり、彼はイギリスへのコンプレックスが強すぎで、
イギリス文化の賛美だけではなく、「ゲルマン人は粗野だ」とか自虐的すぎます。
それは事実かもしれないけど、ドイツ人の誇りを傷付けるのは巧いやり方ではないです。
まぁドイツ人も「生肉を食い、奴隷を使い、近親相姦する野蛮人」など、
イギリス人に対する偏見が半端ではないので、どっちもどっちですが…。

帝国主義教育に洗脳されている生徒たちも、英語を勉強する意欲がありません。
そこでコッホ先生は一計を案じ、授業にサッカーを取り入れることに。
サッカーをプレイさせて、サッカー用語から英語に馴染めるように考えたのでしょう。
ボクもサッカーは出来るけど、だからといって英語が出来るわけではないので、
それが英語の授業としてどの程度効果があるのかは疑問ですが、
ドイツにはなかった新しいスポーツに、生徒たちはすっかり夢中になります。
特にブルジョア生徒からイジメを受けていたプロレタリア生徒ボーンシュテットは、
貧富の差も関係なく活躍できるサッカーに魅了されます。
貧富の差は関係ないにしても、彼のような貧弱な体型の子がサッカーに向いているかは
少し疑問を感じますが、彼はクラス一のストライカーになり一目置かれるようになります。
また、肥満体形で体育が苦手だった生徒シュリッカーも、
キーパーとしての才能が開花し、自信を取り戻します。
彼はスポーツ用品メーカーの息子で、サッカーボールを自作して、
サッカーにビジネスチャンスも見出すというのも面白い展開です。

しかしイジメっ子で級長のハートゥングだけは、サッカーで自分が活躍できないのが癪で、
学校の後援会会長のパパに泣きついて、コッホをクビにさせようとします。
そもそも保守的な後援会も、進歩的な授業をするコッホのことは不愉快に思っており、
校内でのサッカーを禁止ますが、コッホ先生と生徒たちは校外でサッカーを続けて…。
後援会はかなり嫌味な奴らだけど、彼らの懸念もわかるんですよね。
コッホ先生は進歩的な教育方針で、当時は当たり前だった体罰も行わず、
服従と規律を美徳とする当時の教育とは逆に、生徒の自主性を重んじますが、
自主性を手に入れた生徒たちは、コッホ先生以外の大人に横柄な態度を取り始めます。
コッホ先生はサッカーを通じて生徒たちのフェアプレー精神を養うつもりでしたが、
生徒たちにはイマイチ伝わっていなかったようで…。
後援会はサッカーを「モラルを崩壊させる遊びだ」と糾弾しますが、
この状況ではそれもあながち間違いではないかなと思います。
体罰はほどほどにするべきだけど、教育には規律は必要ですよね。
そもそもサッカーなんかでフェアプレー精神が育まれるはずはなく、
もしそれが可能なら、一流選手は全員が聖人君子であるはずで、
先達ての韓国人選手みたいな奴らは存在しないはずです。
ボクの高校もサッカーの強豪校でしたが、サッカー部は偉そうな輩が多かったです。

そのことがあって、ついにコッホ先生のクビが決定しますが、
コッホ先生に説教されて心を入れ替えた生徒たちが一致団結し、
サッカーを授業に取り入れるのは適切か判断してもらうため、
教育庁の視察団にサッカーの授業を見てもらえるように諮ります。
視察の日に、コッホ先生の友人が率いるオックスフォードのチームとの試合になり、
さながら対イギリス戦の代理戦争のような雰囲気で注目されます。
その試合で善戦し、はじめは反応が悪かった視察団も大盛り上がりで、
教育庁によってサッカーは正式に授業に採用されることになるのです。
でもサッカーの存在すら知らず、はじめてまだ数カ月の生徒たちのチームが、
サッカーの本場であるイギリスのチームと対戦して、善戦するとは考えにくいです。
試合にすらならない気もするけど、どうやら2対1で勝利したようで…。
フォーメーションとかも関係なく、全員がボールに群がるようなプレーだし…。
でもこの中学生チームは、翌年にもサッカークラブになるらしく、
本作が試合のシーンに拘ってないだけで、本当はすごいプレーをしてたのかも?
この試合でボロ負けしていたら、ドイツでのサッカー解禁はまだ先だったでしょうね。
トヨタカップなども獲ったブンデスリーガの名門クラブがあるバイエルンでは、
本作の時代から約半世紀遅れた1927年にサッカーが解禁されたそうです。
そう思うとドイツのサッカーの歴史って予想外に浅いことがわかります。
日本と同じくらいなのに、ワールドカップとかも優勝してるしスゴイですね。
まぁオリンピックの日本代表もかなりいい線いってたので、日本もこれからです。

どうでもいい話だけど、挿入歌とエンディング曲で「蛍の光」のドイツ版が使われますが、
このメロディを聴くと帰らなきゃいけない気分になるので、
エンディング曲にはピッタリですね。

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