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Virginia ヴァージニア

前回書いた『アベンジャーズ』の感想記事ですが、
ボクは本当にその映画を応援したいので、その魅力をしっかり伝えたかったんだけど、
なにぶん文章力が全くなく、ただダラダラ長いだけの感想になってしまい、
自分の不甲斐なさには嫌気がさします。
こうしてブログを書き続ければ、文章力なんて勝手に付くだろうと思ってましたが、
5年以上書き続けた今でも当初とほとんど変わらず、
ただタイピング速度だけが上がったことで、文字数だけが増えてしまいました。
読みやすさで言えば、短かった当初の方がマシだったくらいです。
タイピングも遅かった分、誤字脱字も少なかったはずだし。
文章を書くのって本当に難しいものですね。
最近では内容よりも鮮度だと割り切るようにしています。
ただ極稀に、自分でも会心の出来だと思う記事が書けることもあるんですよね。
恥ずかしいのでどれがそれかは伏せますが、『アベンジャーズ』でそうなりたかったな…。

ということで、今日は文章のプロである小説家が小説を書く話の感想です。
その小説家は出だしの1行書くのに何時間も書けていましたが、
やっぱり巧い文章ってのは時間をかけないと書けないのかな?

Virginia ヴァージニア

2012年8月11日日本公開。
フランシス・フォード・コッポラ監督によるゴシック・ミステリー。

スランプ状態の小説家ホール(ヴァル・キルマー)は、本のサイン会でとある町を訪れる。そこは七つの盤面が違う時間を示す“呪われた時計台”以外は特にこれといった特徴があるわけではない田舎町だが、数日前に少女が胸に杭を打ち込まれて死亡する殺人事件が起きていた。ミステリー小説好きの保安官(ブルース・ダーン)は、ホールを死体安置所に案内し、調査と小説化を持ち掛ける。(シネマトゥデイより)



本作の概要から、ヴァンパイアもののゴシック・ホラーだと思って観に行ったのですが、
いざ観てみるとホラー調のブラック・コメディだったのは予想外でした。
しかもそれがかなり笑える上に、なんとも興味深い内容で、
さすがは名匠コッポラ監督だと感心するばかりです。

ある湖に面してスワン・バレーという寂れた田舎町があり、
そこには全ての盤面が違う時刻を指す奇妙な7面の時計台が建っています。
林のあたりには、かつてエドガー・アラン・ポーが滞在した廃ホテルもあります。
湖の対岸には「フラミンゴ」と称される男がリーダーの若者グループがタムロしています。
その町に、オカルト系作家のボルチモアが著書を売りにやってきますが、
彼のファンという保安官から、事務所の死体置き場にある死体を見に来ないかと誘われ、
彼は本のネタになるかもと考え、その誘いを受けます。
その死体は胸に杭を打ち付けられた少女の変死体でした。
保安官は彼にこれをネタにミステリー小説を共著しないかと持ちかけ、
この町で1955年に起こった奇妙な大量殺人事件のことを話します。

その夜、ボルチモアは林で不思議な少女と出会います。
歯を矯正中のその少女は「V.」と名乗り、彼と夜の林を散策するのですが、
なぜか例のホテルが営業しており、彼は一休みしようとホテルに入ります。
そのホテルの床には墓があり、女主人からそれは「12人の孤児の墓」だと聞かされます。
ホテルの外で待っていた「V.」に呼ばれて、彼はホテルを出ますが、
次の瞬間、墓の中から12人の孤児と、ひとりの牧師の亡霊が現れ…。
その帰り道、小川の吊橋でなんとエドガー・アラン・ポーに遭遇し…。

…と、そこで彼は目を覚まします。
その夜の出来事は、全て夢だったというわけですね。
夢は睡眠中に脳が記憶を整理する時の副産物という説があり、
その日にあった出来事や考えたことが再構築された内容になるそうです。
ボクは夢を見ても立ち上がった瞬間に忘れてしまうので、それが本当かはわかりませんが、
ボルチモアの場合はその説の通りで、その日に聞いた大量殺人事件の話や、
ヴァンパイアのように胸に杭を打たれた少女の死体を見たこと、
敬愛するポーが泊ったホテルを訪れたという、全く関連性のない経験が、
夢としてひとつに繋がったのでしょう。
夢というのは自分の関心があることの集大成みたいなものなので、
怖い夢であれ楽しい夢であれ面白いものですが、彼もそう感じたようで、
「これは小説にしたらすごいものになる」と考えます。
ただ、本作は夢と現実の狭間を巧妙に曖昧にしてあるために、
観客は彼の空想である事件の真相が、さも事実であるかのように感じられるはずです。

ボルチモアは1955年の大量殺人事件と、少女の変死事件を関連付け、
勝手にヴァンパイア絡みのオカルト事件に仕立てようとします。
彼の筋書きでは、1955年に13人の孤児の世話をしていた牧師ですが、
湖の対岸にタムロする悪魔崇拝者の影響で、孤児たちが呪われることを惧れ、
ヴァンパイアになる前に殺そうと孤児たちの喉を裂きます。
しかし1人の孤児だけは逃げ、ヴァンパイア化したのですが、それが少女「V.」です。
しかし彼女は3日ほど前に胸を杭で打たれ、死体で発見されます。
犯人は対岸の悪魔崇拝者「フラミンゴ」か、それとも牧師の亡霊か…、
…って感じのミステリーを書こうといているようですね。
少女の変死体が発見されたのは確かですが、彼女がヴァンパイアであることも、
1955年に12人の孤児と牧師が死んだ事件があったのも事実ですが、
牧師が孤児たちを手にかけたということも、彼の空想の産物です。
しかしこの町は、そんな事件があってもおかしくないような雰囲気であるために、
単なる空想とは断定できず、観客の興味を惹きつけます。

面白いのは、ボルチモアが少女変死事件について、全く見当外れな空想をしながらも、
実は一方で事件の真相に近づいているように感じることです。
正直ボクの推理力では断定はできないのですが、犯人って保安官ですよね?
自分の小説『吸血鬼の処刑台』のアイディアを実践したくて、
湖の対岸にいた身元不明の家出少女で実験したんじゃないかな?
そのことを端的に暗示するのが、ウィジャボード(コックリさんみたいなもの)という
オカルトグッツだったのも面白いですよね。
オカルトが現実にも介在することで、現実と空想がより曖昧になります。

ボルチモアは夢の中で、ポーにミステリー小説の書き方についてアドバイスを貰います。
ポーはチャールズ・ディケンズと共に考えた「結末から展開を逆算する方法」など、
いろいろな小説のテクニックを伝授してくれますが、
ボクは本作自体も、小説家が物語を構築していく過程が描かれ、とても興味深かったです。
小説家のみならず、映画監督など物語を紡ぐクリエーターも同様でしょうが、
物語っていうのは無から生み出されるものではなく、いろんな所から着想を得て、
それらを組み合わせて作っていくんだなと。
こんな寂れた町の中のことだけでも、巧く組み合わせればそれなりのミステリーになると。
そんな本作がトップ・クリエーターであるコッポラ監督によるものだから
その方法論の説得力も申し分ないです。
本作の最後では、この映画の内容自体全てがボルチモアの小説だったという、
メタ的な展開で終わるのも、なんとも粋な展開でした。

ボルチモアがかなり滑稽な人物なので、笑えるところも沢山あり、
それでいえゴシック・ホラーの雰囲気も味わえるという興味深い作品でしたが、
最後にひとつだけダメ出しです。
恒例の邦題へのツッコミなので、内容には全く関係ありません。
少女「V.」は歯列矯正をしているのが原因で、友達から「ヴァンパイラ」と呼ばれており、
だから自分のことを「V.」と名乗ったわけです。
観客はこの「V.」を「ヴァンパイア」の頭文字だと予想するはずですが、
日本人は邦題により、彼女の本名は「ヴァージニア」であり、その頭文字だと思うはず。
大多数の人にとっては、それで何か支障があるわけでもないでしょうが、
エドガー・アラン・ポーを題材にした作品で「ヴァージニア」とくれば、
中には彼女の正体にピンとくる人もいるはずです。
ボクは(自分でも意外だけど)ポーの作品もひとつも知らないので問題なかったけど、
一部の人にとっては重大なネタバレになりかねないと思います。
ちなみに原題は『Twixt』。「狭間」みたいな意味です。

ポーと言えば、今年10月に『推理作家ポー 最期の5日間』という映画が公開になります。
ポーの著作を模倣した殺人事件が起き、事件解明のためにポー自身が捜査に加わるという、
なんだか面白そうなサスペンス・スリラーです。
ポー作品が続きますが、もしかしたらポー・ブームが到来するかもしれないし、
これを機にポーの代表作のひとつくらいは読んでみようかな?

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