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ぼくたちのムッシュ・ラザール

最近はどの報道番組もトップニュースはオリンピックのネタばかりですよね。
まぁ4年に一度の祭典なので、盛り上がるなという方が無理ですが、
今の日本は今後に関わる重大な局面に立っており、一時的に注目を集めているだけの
スポーツの話題なんかよりも、もっと大きく報道すべきことが山ほどあります。
例えば大飯原発再稼働によるエネルギー問題、野田政権による消費増税問題、
芸人の家族の不正受給で注目された生活保護問題、オスプレイ配備による米軍基地問題、
尖閣諸島の国有化を巡っての領有権問題、大津の中学生自殺が発端のイジメ問題など、
せっかく国民の関心が高まるキッカケがあって、国民的議論が巻き起こりそうな、
今後の日本の占う重要な時期だったのに、全てオリンピックの話題にかき消されて…。
こんなことを言うと怒られそうですが、それらの重要な問題に比べたら、
単なるお祭りであるオリンピックの話題なんて、正直どうでもいいです。
金メダル受賞の話題なら、まだトップニュースでも許せるけど、
それ以外はプロ野球と一緒にスポーツコーナーで十分じゃないかな?

ということで、今日は学校での自殺問題を扱った映画の感想です。

ぼくたちのムッシュ・ラザール

2012年7月14日日本公開。
第84回アカデミー賞で外国語映画賞にノミネートされたカナダ映画。

モントリオールの小学校で、担任の女性教師が教室で亡くなり、生徒たちは動揺を隠せずにいた。そんな中、アルジェリア出身の中年男性バシール・ラザール(モハメッド・フェラッグ)が教員として採用される。ラザールの指導方法は風変わりであったが、常に真剣に向き合う彼に生徒たちは、少しずつ打ち解けていく。一方、ラザール自身も心に深い傷を抱えており……。(シネマトゥデイより)



梅田に用事で行った際に、時間が空いてしまったので、何か映画でも観ようと思い、
急きょ飛び込みで観てみたのが本作です。
ちょっとポリティカルな作品を観たかったので、リュック・ベッソン監督の
『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』と迷いましたが、
ビルマの問題のことは比較的知っていたので、逆に全く知らない話がいいと思い、
アルジェリア難民が主人公の本作を選びました。
なにより本作は第84回アカデミー賞で外国語映画賞の候補だった作品で、
その時オスカーを受賞した『別離』もとても面白い作品だったこともあり、
あまり評価されているという話を聞かない『The Lady』よりも安心感があります。
ただ、ボクはあまりカナダ映画とは相性がよくないという懸念もあり、
退屈だったら嫌だなという不安もありながら、いざ飛び込みで観てみたのですが、
予想以上にいい感じの作品で、とても楽しめました。
あまりポリティカルな内容ではなかったけど、興味深く感動的な物語でよかったです。
カナダ映画といっても、本作はケベック映画だったみたいで、
ボクが苦手とするトロントやバンクーバーの映画とは、全く印象が違いました。
英語圏のカナダ映画はチープなハリウッド映画って感じですが、
フランス語圏であるケベック州の映画は、フランス映画に似た哲学や芸術性を感じ、
ちょっと高尚な印象を受けますね。

舞台はケベック州モントリオールの小学校。
ある朝、教室で担任のマルティーヌ先生が首を吊って死んでおり、
それを牛乳当番の少年シモンが発見し、学校は騒然となります。
学校側は生徒たちの心のケアと、後任の担任探しに追われますが、
そこにやってきたのが、アルジェリア移民の男バシール・ラザールです。
アルジェ(アルジェリアの首都)で19年間教鞭を取ったという彼を、
校長は後任の担任として採用します。

自殺した前任のマルティーヌ先生は、インセンティブな授業をする先生で、
生徒の机を弧の字型に配置したり、生徒の発表を中心に授業を進めたりと、
生徒からも好かれていたみたいです。
一方、後任となったラザール先生は、まず机を真っ直ぐ整列させることから始め、
書き取りなどが中心の、マニュアル的な授業をする先生です。
面白いのは、ボクの世代からすると至極普通な感じのラザール先生が、
この小学校ではちょっと風変わりな教師として扱われることです。
日本でもそうですが、教育の在り方が急激に変化していて、
アラサーのボクからすると普通と思えるラザール先生の授業内容が、
時代遅れで風変わりだと思われるようになってしまったんですね。
授業だけでなく、ラザール先生が授業中に悪ガキをちょっと小突いただけでも、
体罰だの肉体的接触は禁止だのと校長から注意されてしまいます。
ボクが小学生の頃は(多少問題児だったので)先生からけっこう殴られましたが、
今の小学校では絶対に考えられないことだったと思います。
でもボクは体罰で強制されたお陰で人をイジメるような歪んだ人間にはならずに済んだし、
今の教育現場の体罰禁止は度が過ぎていて、生徒のためにならないと思います。
それはそうと、カナダも日本も教育の現状は意外と似ていて、
カナダの話なのに日本の教育にも通じる内容なのが興味深いです。

しかしラザール先生は、授業の仕方が古臭いだけではなく、
教えている内容も今の教育要項とは少し違ったりもします。
なぜなら彼は、本当は19年のベテラン教師などではなく、
前職はレストランの経営者で、教鞭なんて握ったことがなかったのです。
だから自分の学生時代のやり方で、授業を進めるしかなく、
今のインセンティブな授業に順応することができなかっただけなのですね。
彼は永住権を持った移民ではなく、実はアルジェリアから亡命してきた難民で、
まだ難民申請の裁判中の身です。
教師は彼の妻の職業だったみたいですが、アルジェリアで生活していた時に、
彼の妻が著書で政府の国民和解政策を否定したため、
テロ組織から家に放火され、ふたりの子どもと共に殺されてしまったのです。
彼の身にも危険が及ぶ可能性があるため、彼は亡命したのです。
ボクにはアルジェリア情勢は全くわかりませんが、なんでも国民和解製作というのは、
投獄中の過激派イスラム組織のメンバーなどに恩赦を与えるというものらしいです。
和解して無差別テロを少しでも減らそうというのが政策の趣旨でしょうが、
そのせいで妻がテロで殺されたのでは、あまりいい政策とはいえなさそうですが…。
まぁ本作ではその情勢のことにはそれほど触れられていないので、
ラザール先生の心の傷も、「家族の死によるもの」程度にしか汲めませんでした。
もうちょっと情勢も理解していれば、もう少し深いところまで見えたのかも?

なので、ラザール先生もキッカケは単なる日銭を稼ぐ手段として、
小学校の教師の職に潜り込んだのだろうと思います。
しかし生徒たちと一緒に過ごすうちに、前任の自殺によって負った彼らの心の傷を知り、
生徒や授業に対して真摯に向きあうようになったのでしょう。
そんな中で、自殺の第一発見者である少年シモンによる校内暴力が発生します。
シモンは前任のマルティーヌ先生が自殺してからは、急に素行が悪くなっていました。
彼はマルティーヌ先生のことが好きだったのですが、先生のあらぬ噂を流してしまい、
そのことが原因で先生が自殺したのではないかと悩んでいます。
同級生の女子アリスからもそのことを責め立てられ…。
学校側もそのことは承知しているのですが、自殺の話題は触れるべきではないと、
校長をはじめ教職員たちは生徒の心のケアをカウンセラーに丸投げし、
自分たちはいつも通りに粛々と授業をするべきだと考えます。
しかし「生徒たちは自殺について話したがっている」と感じたラザール先生は、
授業で自殺について生徒に語らすのですが、それが原因でクビになってしまうのです。

なんというか、学校の「ことなかれ」体質は日本もカナダも変わりませんね。
起きてほしくない問題が起こった時に、その問題に生徒と共に向きあわず、
腫れものを避けるかのごとく、あたかも無かったかのように振る舞うのは、
昨今の学校でのイジメ自殺問題と通じるところがあります。
本作では教師が自殺したので立場は若干異なるものの、
その自殺の原因が本校の生徒だとわかっているのに、その関連性を曖昧にするのは、
自殺とイジメの因果関係を頑なに認めようとしない大津の中学校の対応と似ています。
本作の自殺の場合はシモンがキッカケではあるものの、
マルティーヌ先生の精神的な病気の要因が強いため、シモンが悪いとは思えませんが、
ラザール先生が授業でシモンに罪を告白させる機会を設けてくれたお陰で、
彼は立ち直ることができ、生徒たちの心の傷も多少癒えたのではないかと思います。
マルティーヌ先生もシモンを慰めるためにハグしただけなのに、
周りの教職員はそれを生徒との肉体的接触として、彼女が「判断を誤った」のだと、
彼女の自殺がまるで自業自得であるかのように言い放ちます。
生徒を腫れ物に触るかのごとく扱う今の教育現場が、よく描けているように思います。
モンスターピアレントみたいなのも出てきますしね。
本作は感動のドラマでもありますが、意外と世相を抉る内容で興味深い物語でした。

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