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ローマ法王の休日

来月から出勤日が変更になり、なんと土日が休日じゃなくなってしまいました。
ボクにとって土曜日というのは、新作映画が封切られる最も楽しみな曜日なのに…。
それでも仕事終わりに観に行くつもりだけど、時間的にハシゴは難しくなります。
金曜公開の映画も、翌日が休みだったからレイトショーでよく観てたけど、
今後はそれもできなくなると思うと…。
まぁ別にウィークデイに休日が移るだけだから、その日に観に行けばいいだけだけど、
一番影響が大きく受けるのは、このブログの更新です。
やっぱり休みの人が多い週末はアクセス数が増えるので、
その日はなるべく封切られたばかりの映画の感想を載せておきたいのですが、
仕事から帰って映画を観に行ったら、もう記事を執筆する時間はない気が…。
ウチのブログは即日感想を投稿することくらいしか誇れるものがないので、
アクセス数もかなり下がるだろうし、更新するモチベーションも維持できなくなるかも。

そもそも土曜日に新作が封切られるのって、日曜日が休日の人が多いからですよね?
(週休二日制が広まって以降は土曜日も休日の人が多いですが。)
その日曜日が休日なのは、キリスト教の影響ですよね?
なんでキリスト教の国でもない日本が、それに合わせなきゃいけないのか…。
各企業でもっと休みをバラけさせてしまえば、新作の封切りももっとバラける気がします。
まぁ経済面でも現実的ではないことはわかってますが、悔しいので言ってみただけです。

ということで、今日はキリスト教の最高指導者の休日を描いた物語の感想です。
休日というかズル休みみたいなものですが…。(ボクも土曜日はズル休みしようかな?)

ローマ法王の休日

2012年7月21日日本公開。
巨匠ナンニ・モレッティ監督が描くハートフルドラマ。

ローマ法王が亡くなり、新しい法王を選出するため各国の枢機卿がヴァチカンに集められた。全員が心の中では法王に選ばれないようにと祈る中、誰もが予想外だったメルヴィル(ミシェル・ピッコリ)が新法王に選出される。サン・ピエトロ広場に集まった群衆たちを前にバルコニーで就任演説をしなくてはならないメルヴィルだったが、重圧のあまり街へ逃げ出してしまい……。(シネマトゥデイより)



本作を撮ったナンニ・モレッティ監督は、
『息子の部屋』でカンヌのパルムドールや監督賞受賞をはじめ、
『監督ミケーレの黄金の夢』でヴェネチアの金獅子賞、
『ジュリオの当惑』でベルリンの銀熊賞を受賞した超偉大な映画監督です。
まぁ映画歴の浅いボクは、本作を観た後でそのことを知ったのですが…。
なのでボクが本作を観に行ったのは、この偉大な監督の作品だからではなく、
ただ単に予告編を見てなんだか面白そうな映画だと思ったからです。
(なぜか予告編はマツモトキヨシの店内で流されていました。)
ローマ法王に選出された男が、その重圧から逃げ出してしまうという物語ですが、
王女が激務から逃げ出す名作映画『ローマの休日』に引っかけた邦題は、
かなり会心の命名で、より一層観たいと思えました。
(原題は『ローマの休日』とは何もかかっていません。)
で、実際に観に行ったのですが、期待を裏切らない面白い作品でした。
本当はもうちょっと笑えるコメディかと思いましたが、
非常によく出来たヒューマンドラマで、とても楽しめました。
本作もやはり世界的に高評価を受け、カンヌのコンペ部門にも出品されたようですが、
惜しくもパルムドールは逃したようです。
でもその時パルムドールを受賞した『ツリー・オブ・ライフ』よりは確実にいい作品です。

ローマ法王が逝去すると、次の法王を決める選挙「コンクラーヴェ」が行われます。
直近では2005年に行われ、日本でもけっこう話題になりましたね。
選挙権を持つ枢機卿がヴァチカンのシスティーナ礼拝堂に一同に会し、
その枢機卿の中から投票によって次のローマ法王を指名するのですが、
その間は外部との接触は一切断たれ、完全な密室で行われるため、
いろいろ想像が膨らんで面白い物語が作れそうな格好の題材だと思います。
しかしカトリック教徒にとっては禁忌的な題材でもあるため、
コンクラーヴェを題材にした作品はそれほどあるわけでもないですよね。
『天使と悪魔』なんかがまさにそうですが、カトリック団体から批判されたり、
ボイコットを呼び掛けられたりと、けっこう面倒臭いことになる題材です。
(本作が何ひとつ賞を取っていないのも、そのことと無関係ではないでしょう。)
本作はローマ法王を人間らしい人物として描いただけの作品ですが、
それでも法王を現人神扱いする一部のカトリック団体からは
「我々は法王に触れるべきではない。」「ボイコットするべきだ。」と叩かれたようです。
しかしそんなカトリック教徒の過剰な反応が、カトリック教会の異常さを露呈し、
逆に本作の内容に真実味を持たせてますね。
本作自体は全く宗教を否定する内容ではないのに…。

ローマ法王といえば、カトリックの最高指導者で、神の代理人であり、
全世界のカトリック教徒の崇拝の対象とも言える存在です。
カトリックの聖職者なら誰もが憧れる立場のように思いますが、
作中で集まった108人の枢機卿たちは皆「神様、私が選ばれませんように…」と祈ります。
ある意味、アメリカ大統領より権威のある役職だと思うのですが、
たしかに死ぬまで公務をこなさなきゃいけないし、
あまり自由もなさそうで、なんか面倒臭そうではありますよね。
それに神の代理人なんて、新興宗教の勘違い教祖でもない限り、耐えがたい重圧かも…。
コンクラーヴェでは、3分の2以上の得票を集めた枢機卿が法王に指名されるのですが、
幾度か投票を繰り返しても定数に達する枢機卿は出てこず…。
しかし、何度目かの投票で、ついに法王が選出されます。
本命や対抗を押しのけ次の法王に選ばれたのは、誰も予想していなかった男メルヴィル。
(ブックメーカーのオッズでも90倍の大穴です。)
もちろんメルヴィル本人も予想外の事態です。
まるで面倒な学級委員を文句を言わなそうな大人しい生徒に押しつけるような感じですね。

いい加減な投票で決まった結果ですが、コンクラーヴェで選ばれるということは、
神の意思で選ばれたのと同義であるため、聖職者として断るに断れず…。
やむなく法王選出を受け入れるメルヴィルですが、お披露目の演説を前に、
重圧と緊張でパニックを発症し、お披露目は見送られることになります。
サン・ピエトロ広場に集まり、新法王の誕生を待っている教徒たちやマスコミは、
新法王がなかなか姿を現さないことを心配し怪訝に思いますが、
報道官の方便により、その場は一時的に乗り切ります。
まぁ何事にも不向きな人っているものですからね。
むしろ今まで重圧で逃げ出すような法王がいなかったのが不思議なくらいで、
ある意味では本当に神の意志が影響してたのかもね。
「国政選挙に出馬する人は総理大臣を目指すべき」というのがボクの持論ですが、
枢機卿になる人も法王になる覚悟は持っておくべきでしょうね。
メルヴィルの場合は枢機卿になれたのも不思議なくらい精神的に脆弱です。
(どんなプロセスで枢機卿になるのかは知りませんが…。)

新法王のお披露目までは外部との接触は御法度ですが、
引き籠ってしまったメルヴィルのために、仕方なく精神分析医が呼ばれます。
その精神分析医を演じるのが、本作の監督ナンニ・モレッティです。
偉大な監督だから、もっと威厳のある老監督かと思ったら、
意外と若々しく親しみやすい雰囲気のジェントルマンですね。
せっかく精神分析医を呼んでカウンセリングしてもらっても、なにしろ患者は法王なので、
宗教上の理由からしてはいけない質問や、プライベートな質問もNGで、
しかも他の枢機卿が見張っている中なので、全く診療にならず…。
基本的に宗教と医学は相容れぬものですもんね。
法王になると制約も多くて、やはり普通の人のようには生活できないんですね。
とはいえ、カウンセリングを受けられないと状況も好転しないので、
メルヴィルが新法王であることを知らないセラピストの診療を受けさせることになり、
精神分析医の元妻であるセラピストのところにメルヴィルを連れて行きます。
元妻はどんな症状も保育障害(幼少期のトラウマ)のせいにしてしまう、
かなり偏ったセラピストで面白いです。

その診察の帰りに、メルヴィルは広報官の目を盗み逃亡してしまいます。
しかし広報官は、その事実を他の枢機卿たちにも隠し、
メルヴィルが療養のため自室に籠っているように見せかけます。
とりあえずお披露目が済むまで礼拝堂を出られない枢機卿たちは、
新法王の逃亡も知らずに、建物の中でバレーボールをして、みんなで呑気に過ごします。
実際のコンクラーヴェも何日もかかることもあるらしいけど、
投票の時間や回数は決まってるし、暇な時は枢機卿みんなで遊んでるのかもしれませんね。
法王だろうと枢機卿だろうとやっぱり人間ですもんね。
まさかバレーボールはしてないでしょうが…。

一方、メルヴィルは街をブラブラ彷徨いながら、市井の人たちと交流します。
広場に集まった教徒たちを見たり、若いころの夢だった舞台役者と出会ったりして、
自分の人生や法王の意義を見つめなおします。
しかし逃亡してから3日、隠し通すのは限界だと感じた広報官は、
枢機卿たちに事実を打ち明け、決断を迫ります。
てっきり選挙をやり直そうということになるかと思ったら、
みんなでメルヴィルを連れ戻そうという結論になります。
そんなに自分が法王に選ばれる可能性が怖いのか、神の意志だから引くに引けないのか…。
連れ戻されたメルヴェルは、今度はちゃんと広場でお披露目の演説をします。
演説は法王らしくしっかりした感じで始まったので、
てっきり市井の人との交流の中で、法王である自覚が芽生えたのかと思いきや、
なんと彼は演説の最後に「役目は果たせない」と言い残し、
愕然とする教徒や枢機卿を横目に去って行ってしまいます。
そのシーンで本作も終了するのですが、正直予想外の幕引きで、
エンドロールの間、心の中で「え~?」と思い続けました。
でも映画としては意外な展開で釈然としませんでしたが、
現実的に考えれば、例え神の意志だろうと出来ないものは出来ないですよね。
いい加減な気持ちで指導者になれば、教徒たちも可哀想だし正しい判断なのかも。
それ以前に誰もトップになりたがらない組織なんて、もうダメですが…。

本作はあくまでフィクションなので、
現実では法王になりたいと思っている数奇な枢機卿も多いでしょうね。
投票なんかではなく立候補制にしたらいいと思うけど、
密室の中でのことなので、実際はどのようにして決まってるかわかったものではないです。
もしかしたら日本の政党の代表選さながらの、いやらしい選挙選が繰り広げられてたり…。
まぁボクは無宗教なので、ローマ法王がどんな人物でも関係ありませんが。
無宗教というか、むしろ宗教嫌いなので、本作ももっと宗教を揶揄する内容だったら、
更に楽しめたのかもしれません。

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