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ブラック・ブレッド

ボクは早朝から仕事をしているので、3時半くらいに起きています。
出勤準備中に一応テレビを付けてはいますが、
そんな早朝(深夜?)に面白い番組なんてやっているはずもなく…。
でもこの間、サッカーの欧州選手権を放送していて、ついつい見入ってしまいました。
別にサッカーにそれほど興味があるわけでもないのですが、
やっぱり世界トップクラスの試合というのは面白いものです。
サッカー通の人は欧州選手権はワールドカップよりもレベルが高いって言いますもんね。
スポーツは日本代表の国際試合しか見ませんでしたが、
他国同士の試合だと私情が挟まらず気楽に見れて、意外と楽しいとわかりました。
まぁ他にマシな番組があれば、見てなかったでしょうが…。

ということで、今日は欧州選手権2連覇のスペインで、前年度を代表する映画の感想です。

ブラック・ブレッド

2012年6月23日日本公開。
スペイン最高の映画賞であるゴヤ賞で、作品賞ほか計9部門で受賞を果たしたミステリー。

1940年代のカタルーニャ。11歳の少年アンドレウ(フランセスク・コロメール)は、森の奥深くで息絶える幼なじみとその父を目の当たりにする。そのとき、幼なじみが森の洞窟(どうくつ)に潜むとされる羽を持った怪物ピトルリウアの名を口にしたのを耳にする。やがて、警察は事件を殺人と断定し、アンドレウの父ファリオル(ロジェール・カサマジョール)を第一容疑者として挙げる。ファリオルが姿を消し、母親も働かねばならないことから、アンドレウは祖母の家に引き取られることに。そんなある日、森の中で怪物ピトルリウアのように全裸で走り回る青年と遭遇するが……。(シネマトゥデイより)



本作は前年度のアカデミー賞の外国語部門にスペイン代表として出された作品で、
結局は最終候補にも残れなかったのですが、オスカーを受賞したイラン映画『別離』とも、
それほど遜色のない面白い作品だと思います。
『私が、生きる肌』といい『REC/レック』シリーズといい、
最近のスペイン映画の勢いにはただならぬものを感じますが、
本作はスペインのアカデミー賞と呼ばれるゴヤ賞で作品賞以下9部門を受賞し、
その年の最高のスペイン映画なのは間違いないでしょう。
ホントにダーク系の作品を撮るのがスペイン映画は上手く、
スペイン代表に恥じない素晴らしい作品だったと思います。
それに比べて前年度外国語映画部門の日本代表はコネ選出同然で…、
…って、亡くなった人の悪口になるのでやめておきます。

本作の舞台は当然スペインですが、時代背景は1940年代で、
この頃のスペインは36年間続くフランコ独裁政権の初期だったみたいです。
ボクもスペインの近代史なんてほとんど知らないのですが、
この頃は反共主義のもとに、「アカ」に対する弾圧があったみたいですね。
内乱があり、フランコ政権が誕生したのですが、地主など保守よりの政権だったので、
貧しい市民は左翼的な政治活動をする人も多かったような感じです。
本作では、そんな左翼活動をしていた男ディオニスが、
森でフードを被った何者かに襲撃され、馬車ごと崖から落とされるシーンから始まります。
主人公の少年アンドレウの父ファリオルは殺されたディオニスの左翼活動の同志でしたが、
警察はフォリオリに容疑をかけ、彼は暫らく身を隠すことになります。
けっこう当時のスペイン情勢が絡んだ物語なので、多少でも勉強しておくと、
物語の理解の助けになるかもしれません。
まぁ主人公は11歳の少年で、政治活動とは縁遠い彼の目線で描かれるので、
全く知識がなくても大筋ではわかると思います。

ディオニスが馬車ごと崖から落とされた時、馬車には彼の息子クレットも乗っていました。
落下を目撃したアンドレウが現場に駆け付けると、
クレットは彼に「ピトルリウア…」とだけ言い残し死んでしまいます。
ピトルリウアとは半人半鳥の怪物の名前で、その森の洞穴に棲むと言われています。
おそらく犯人を示すダイイング・メッセージですが、もちろんそんな怪物は存在しません。
何かの都合で大人たちが考えだし、子どもたちに吹き込んだ嘘です。
本作にはそんな大人の嘘が沢山あり、無垢なアンドレウは全て信じているのですが、
物語が進むにつれて徐々に真実が明らかになり、彼は大人たちの闇を知るのです。
彼を真実に導くのが、従姉妹の少女ヌリアです。
彼女は手榴弾で左手の指を失っていたりと、けっこう壮絶な人生だったためか、
アンドレウと同年代の割にはかなり大人びており、大人の嘘もすぐに見破ります。
性的にも早熟で、学校の先生とも関係を持っているのですが、
それはエコ贔屓してもらうための一種の処世術のようです。
この歳にして、悲しいくらいに達観してしまった女の子です。

そんなヌリアに惹かれつつあるアンドレウですが、
ある日森の中で、鳥のような動きで走り回る全裸の美青年に出会います。
それはまるで噂のピトルリウアのようですが、当然そんなわけありません。
その青年は森の中の修道院で隔離生活をしている肺結核患者です。
こうすればいつか肩甲骨から羽が生えると考え、たまに鳥の真似事をして暮らしています。
うつる病気なので人とも接触できずに、俗世とは離れた生活をしているためか、
歳の割には穢れを知らないピュアでメルヘンな青年で、ヌリアとは対照的な人物ですが、
アンドレウは彼に対しても惹かれ、その間で心が揺れ動きます。
ヌリアに手を出す猥褻教師や母親にセクハラをする町長を見て、
思春期ならではの性的な行為への嫌悪感から、ゲイに目覚めかけているのかもしれません。

ディオニスは政治活動が原因で殺されたという理由で、
父は「暫らくフランスに行く」と言い残し、アンドレウを祖母の家に預けて身を隠します。
しかしこれも全て嘘で、父は警察からディオニス殺しの容疑をかけられ、
フランスではなく祖母の家の屋根裏に隠れていたのです。
被害者の同志である彼がなぜ容疑者になるのか不思議でしたが、
警察は「ピトルリウア」というでダイイング・メッセージすぐにピンときたみたいです。
怪物ピトルリウアの正体とは、裕福な農場主マヌベンス夫人の弟と関係を持ち、
夫人の怒りを買って森の洞穴で去勢されたゲイの男のことで、
去勢時の叫び声を誤魔化すために、怪物ピトルリウアをでっち上げたのでしょう。
夫人の命令で去勢を実行したのがディオニスと父だったのです。
警察の読みは当たっており、夫人は今度はディオニスの殺害を、父に依頼したのです。
親の秘密を知ってしまったアンドレウは混乱し、斧を片手に、
父の飼っていた(鳴き声大会用の)大切な鳥を皆殺しにします。
本作の序盤で「鳥殺しの肖像」というテロップが流れ、何のことかと思いましたが、
終盤になって漸くその意味がわかった展開でした。
そもそも「鳥殺しの肖像」が原作のタイトルだったようで、
それともうひとつ別の小説を合わせて映画化したものが本作だったらしいです。

父は警察に捕まり、数日後には死刑が執行されてしまいます。
しかし夫人との密約により、アンドレウは夫人のもとに養子に行くことになります。
そんな大人の欺瞞や都合に振り回され続けることに辟易した彼は、
ヌリアと一緒に村から逃げる約束をしますが、心変わりし、養子の話を受けます。
このあたりのアンドレウの心境はちょっと汲みきれませんでしたが、
最後に例の鳥の青年と話して、嘘だらけのこの家族や村から飛び立ちたいと思ったのかな?

展開としては思ったほど衝撃的なものではなく、もっと凄まじい真相があったり、
真相を知ったアンドレウももっと恐ろしいことを仕出かすのではと期待しましたが、
それほどのことはなく、ちょっと厄介な問題を抱えた家族のドラマという感じです。
ただ、子どもが成長するに従って、親の嘘に気付いていくという、
どの家庭にもあるあたりまえのことを、巧みに興味深く描いていると感心しました。
親も子どもを傷つけるためではなく、むしろ残酷な現実から守るために嘘をつくのですが、
子どもにとっては騙されていたことに変わりはなく、真実を知れば傷つくんですね。
それも大切な成長の過程ですが、本作はアンドレウが無垢な子どもから
かなり短期間で精神的に成長する様子がよく描けていたと思います。
あとスペイン映画らしく、画的にも衝撃的なシーンがいくつかありました。
馬車が崖から落下するシーンなんかは妙にリアルでツカミとしては完璧だし、
ピトルリウアの男を去勢するシーンなんてかなり痛々しかったです。
少女ヌリアの性的なシーンなんかも、ある意味衝撃的でした。

6月公開ですが、7月に入ってから観たので、
先達ての上半期ベスト10には入れられませんでしたが、
もし先月中に観ていたら、確実に入れていたと思います。

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