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ファウスト

ツイッターやブログなどのネタ探しで、話題の商品を購入したり、
体験型の習い事をすることを「ネタ消費」と言うんだそうで、
不景気なご時勢ですが、ブログなどの更新のためには消費を惜しまない人が多いようで、
大手シンクタンクの試算では、その経済効果が3400億円にもなるとか。
ただ更新するためのネタ探しのために、お金を使ってしまうなんて、奇特な人というか、
「更新しなきゃ」という一種の強迫性障害じゃないかとも思えるんですが、
ふと、ボクもその傾向があるんじゃないかと感じました。
ウチは映画感想ブログで、観たい映画を観て、その感想をアップしているつもりですが、
どうも最近、別に観たくない映画まで、わざわざ観に行くことが稀にあり…。
それは話題作だから、映画ファンを自認するための使命感で観に行くことが多いので、
ブログ更新のネタ探しとは直接は関係ないのですが、
「もし観たくない映画を観て、面白くなくてもブログのネタになるし…」と内心思って、
観に行っているようなことがある気がします。
もし愚痴を書ける場がなければ、自己満足だけで危険を冒したりしないだろうから、
間接的にネタ消費をしているのだろうと思います。
公開からかなり時間が経って話題性が薄れた映画だと観に行く気がしなくなるのも、
映画をブログのネタとして考えているからなのかも?

ということで、今日はたぶんネタ消費のために観た映画の感想です。
話題性がなければ、絶対にスルーしていたはずなので。

ファウスト

ゲーテの名作「ファウスト」を新たな解釈で映像化したロシア映画。

19世紀初頭のドイツ、ファウスト博士(ヨハネス・ツァイラー)は、助手(ゲオルク・フリードリヒ」と共に「魂」のありかを追い求めていた。だが、人体のどこにも魂は見つからず、落胆する博士に助手は人々に悪魔だとささやかれている男(アントン・アダシンスキー)の存在を伝える。研究費も使い果たした博士はうわさの高利貸の元を訪れると、金は貸せないが違う形で協力をすると言われ……。(シネマトゥデイより)



本作はゲーテの代表作である戯曲「ファウスト」をもとにした映画ですが、
ボクはゲーテになんの興味もないので、本来なら観ないような作品ですが、
世界三大映画祭のひとつ、ヴェネツィア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞したという
実績に惹かれて観に行ってしまいました。
そんな作品選びをすると、大概後悔することは近年のカンヌ作品で重々わかっていたのに、
またしてもお金と時間をドブに捨てることになってしまいました…。
今年観た中では、三本の指に入る退屈な作品です。
退屈すぎて何度も意識が飛びましたが、ほとんど無駄なセリフで構成された会話劇なため、
それほど支障がないくらいに内容が薄いです。
無駄を省けば15分くらいでまとめられそうな内容ですが、
なんと上映時間が140分もあり、遅々として進まない展開は拷問のようでした。

ストーリーに全く興味が持てないのもしんどかったですが、
映像から受ける息苦しさにも参りました。
本作の画面アスペクト比は、映画のくせになぜか4:3(昔のテレビサイズ)で、
それだけでも狭っ苦しく感じてしまうのですが、なぜか撮影は映画サイズのようで、
映像の広角が歪み、縦長っぽい映像になっており、かなり窮屈な印象です。
おそらく昔の映画っぽい印象を与える目的か何かの意図的な演出でしょうが、
ボクには古臭く感じるだけで、せっかく映画館に来ているのに小さい画面でガッカリです。
色彩も古い味を出すためか薄汚れた感じに仕上げており、観難かったです。
ヒロインのマルガレーテだけは、時折フェルメール(またはルノアール)の絵画のような
鮮やかさで撮られていたので、彼女を引き立てるための演出なのでしょうが…。

ストーリーは哲学、法学、神学、医学とあらゆる学問を修めた男、ファウスト教授が、
それでも解明できなかった魂の在処や、生きる意味を探すために、
それを教えようと囁く悪魔と契約するという内容です。
取り方によっては、かなり宗教的で難解なテーマのようにも捉えられますが、
魂の在処や生きる意味なんて、悩んだところで答えなんてあるはずないし、
悩んでも仕方がないことを無駄に悩み続ける様子を延々と描いているだけです。
同じようなことを考えている哲学的な人なら、彼に同調することもできるでしょうが、
日々の生活に追われるボクには、そんな無意味なことを考える余裕もなく、
もちろん全く興味の湧かない、かなり退屈なテーマです。
ファウスト教授と悪魔は、街をブラブラしながら、その無意味なテーマについて、
延々と問答を続けるという展開が主です。
せめて本作でそのテーマに対する何らかの答えを導き出してくれていれば、
まだその答えについての自分なりの見解を持てたりしたでしょうが、
特に何か答えを明示してくれるわけでもなく、有耶無耶に終わってしまいます。
「あとは各々で勝手に補完してね」って感じでした。

でも、お客の中にはちゃんと補完できる人もいるんだろうと思います。
本作はゲーテの「ファウスト」を新たな解釈で映像化した物語なので、
ボクはゲーテに無関心で、原作も知らないので、新たな解釈も何もあったものではないが、
もし原作を知っていれば、その差異から作り手が示した新たな解釈がわかるはずです。
「はじめに原作ありき」な作品なのは間違いと思うので、
原作を知らなければ楽しめるはずもなく、観に行く価値もないと思います。
たとえば本作の悪魔である高利貸し(質屋?)のミュラーですが、
(後で知りましたが)原作ではメフィストフェレスだったようですね。
それならすぐに悪魔だとわかりますが、本作のミュラーは悪魔と明言されません。
なのでボクは、彼が人間ではなさそうだということはわかりましたが、
神なのか悪魔なのか、もっと別の何かなのかもわからず、その目的もわかりませんでした。
その目的は、単にファウスト教授を騙して、魂を売る契約を結ぶということでしたが、
そんな大前提は先に明示してくれないと、その騙していく過程も楽しめないです。
結局2人の会話が何の駆け引きをしているのか理解できず、
ただの無駄なセリフの連続にしか感じられず、退屈な思いをすることになったのでしょう。

まぁそんなことは、原作も知らないで観に来たボクが悪いとも言えますが、
原作を知らないと理解できない映画なんて、独立した映画として褒められたものではなく、
映画の最高峰の三大映画祭で最高賞を獲るに相応しい作品とは思えません。
せいぜい脚色賞が関の山ですよ。(ヴェネツィア国際映画祭にはないけど…。)
コンペ部門の審査員の満場一致で本作の金獅子賞が決まったそうですが、
審査員長のダーレン・アロノフスキー監督は、
本作のことを「一度観たら人生を変えてしまう映画」とまで絶賛しています。
ボクは一度観たわけだけど、人生が変わるどころか明後日には忘れてそうだと思いました。
唯一意識が変わったと思えたことは、いくら権威のある賞を獲った作品でも、
今後は迂闊に観に行くのはやめようと思ったことくらいですかね。
この間のカンヌ国際映画祭のパルムドール作品も、どうも面白そうだとは思えないので、
その直感を信じてスルーしようと思います。
それにしてもアロノフスキー監督は、『レスラー』とか『ブラック・スワン』とか、
ボクも大好きな面白い作品を撮ってるのに、審査員だとなぜこんな映画を選ぶのかな?
本当はこんな面白くない映画が撮りたいってことなのかな?

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