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別離

最近はガソリンが高くて、遊びに行くのに車を出すのがキツイです。
今のガソリン高騰の原因は、イランの核開発の制裁として、
欧米がイラン産原油の輸入削減をしているため、原油の供給が減少しているのと、
アメリカとイランが戦争する恐れがあるため、原油先物相場が上昇しているのでしょう。
ほんと、誰か何とかしてくれないかと思いますが、
鳩山由紀夫元首相のイラン訪問だけは余計なこと以外の何物でもなかったですね。
よく言われることだけど、「首相」はやめさせれるが、「元首相」はやめさせられない。
だから首相はもっと慎重に選らばなければいけないんですよね。
毎年毎年、元首相を量産しているようではダメです。

ということで、今日はイラン映画の感想です。

別離

2012年4月7日日本公開。
第61回ベルリン国際映画祭の金熊賞、銀熊賞を受賞したイラン映画。

イランのテヘランで暮らすシミン(レイラ・ハタミ)とナデル(ペイマン・モアディ)には11歳になる娘がいた。妻シミンは娘の教育のために外国へ移住するつもりだったが、夫ナデルは老いた父のために残ると言う。ある日、ナデルが不在の間に父が意識を失い、介護人のラジエー(サレー・バヤト)を追い出してしまう。その夜、ラジエーが入院し流産したとの知らせが入り……。(シネマトゥデイより)



本作は三大映画祭のひとつ、ベルリン国際映画祭で最高賞である金熊賞の他、
世界中で100ちかい映画賞を受賞した前年度の世界最強映画です。
金熊賞を受賞した時から、その存在は気になっていたのですが、
ハリウッド映画ばかり観ているボクにとってはイラン映画は馴染みがなく、
ほんとに面白いのだろうか?と疑っていました。
その時点では日本公開されてもまず観に行かないだろうと思っていたのですが、
金熊賞から約1年経ち、ゴールデングローブ賞の外国語映画賞を受賞。
さらにはアカデミー賞の外国語映画賞も受賞してしまいました。
ボクはオスカー作品はとりあえず観に行くことにしているので、
その時点で本作を観ることは決定してはいたのですが、
なにより本作を観たいと思ったのは、本作がアカデミー賞脚本賞の候補になった時です。
外国語映画がハリウッド映画に混ざってアカデミー賞にノミネートされるってスゴイです。
外国語嫌いのハリウッドで、言葉の壁をねじ伏せて評価されてるってことだし、
並大抵ではない脚本の作品なのだろうと一気に期待が高まりました。
(しかもこのご時勢に、イラン映画がアメリカ最高峰の映画賞で評価されるなんてね。)

で、東京から遅れること1週間、関西でも公開が始まり、さっそく観に行ったのですが、
オスカー効果か劇場は満席で、珍しく立ち見も出ているほどの盛況ぶり。
まぁ大阪ではこの劇場でしかまだ上映されてないみたいなので、
単に供給が少なすぎるだけかもしれないけど…。(日本中でまだ2館だけ?)
これは早急に拡大公開した方がいいです。
期待以上に面白かったので、今後クチコミで劇場に人が殺到するだろうから。

夫ナデルと妻シミンの夫婦は結婚14年目にして離婚の危機に。
妻シミンは11歳になる娘テルメーの将来を考え、外国に引っ越したいが、
夫ナデルは同居する痴呆症の父を残して引っ越せないと反対する。
妻シミンは家庭裁判所で離婚調停を起こすが、判事は「些細なことだ」と離婚を認めない。
これを機に彼女はひとりで実家に帰ることに…。
残された夫ナデルは、妻の代わりに父の世話をしてくれる介護人を探す必要があり、
妻の紹介で、敬虔なムスリムの女性ラジエーを雇う。
序盤は平凡なイラン人夫婦の離婚を描いた人間ドラマのように思われ、
なんだか退屈そうな映画だと不安になりました。
痴呆症の父の介護だとか、ちょっと重そうな展開になりそうな気がしたし。
しかしそれは杞憂で、次第にどんどん引き込まれ、いつの間にか夢中で観ていました。

たしかに平凡な夫婦の離婚の話であることは間違いないのですが、
それをここまで魅力的に見せることに成功しているのは、やはり脚本の妙でしょう。
本作はある事件をきっかけに法廷劇の様相を呈してきます。
介護人として雇われたラジエーは妊娠19週目の妊婦。
ある日、彼女はナデルの父をベッドに縛り付けて、外出してしまう。
それに気付き激怒したナデルは、彼女を即刻解雇し、玄関から手荒く叩き出す。
その夜、ラジエーが入院したと知ったナデルが様子を見に行くと、
彼女は流産しており、その原因はナデルに玄関で突き飛ばされたためだと証言。
ナデルに胎児殺人の容疑がかかることに…。

ラジエーとその夫ホッジャトは、ナデルに対して裁判を起こすのですが、
ナデルがラジエーの妊娠を知っていたかが争点になり、激しい舌戦が繰り広げられます。
裁判といっても弁護士が付くわけでもないので、基本的に水掛け論ですが、
本当のところはどうだったのか、気になる展開です。
ナデルも負けじと、父をベットに縛り付け、介護放棄したラジエーを告訴し、
裁判はどんどん泥沼化していきます。
はじめは介護放棄したラジエーの無責任さに、酷い女だなと思いましたが、
そんな彼女に日当を払いたくないために、「金まで盗まれた」と嘘をつけたナデルも酷い。
なにより流産なんて、かなり大変なことですからね。
故意であれ事故であれ、ラジエーのことは労わるべきです。

しかし一番可哀想なのは、親の事件に巻き込まれたナデルの娘テルメーと、
ラジエーの幼い娘ソマイェです。
テルメーは両親の離婚騒動に心を痛めている最中の事件だったし、
学校でも「親が胎児殺し」と非難されますが、常に気丈に振る舞う姿が痛々しいです。
一方ソマイェは、何が起こったかもわからないほど幼いですが、
母親がナデルに罵声を浴びせられたり、突き飛ばされたところを目の当たりにしたり、
もうすぐ生まれるはずだった弟か妹も失ってしまったりと、かなり辛い状況です。
テルメーとソマイェも一時は姉妹のように仲良く遊んでいたのに、
親同士の対立で、その関係も続けられなくなってしまいました。
ソマイェの健気な雰囲気が泣けます。

結局、本作で一番問題があったのは、ナデルの妻シミンだと思います。
彼女は一貫して娘テルメーと国外に引っ越したいと言い続けるだけで、
娘自身の気持ちや、痴呆症の義父のことなど感知しません。
国外引越しに反対する以外に夫ナデルにも全く非はなく、
離婚を切り出したのも身勝手な考えだと思います。
まぁ今のイラン情勢を思えば、娘のために移住したい気もわかるけど、
彼女が移住に固執するのは、どうも夫が離婚自体には反対してくれないために、
ヘソを曲げているだけなのだから呆れますね。
彼女さえ家を出なければ、介護人を雇う必要もなく、事件も起きませんでした。

まぁその介護人ラジエーにも問題があります。
彼女は敬虔すぎるムスリムなので、信仰上の問題で、男性の体には触ることもできません。
もうね、絶対に介護人になんかなっちゃいけない人ですよ。
そもそもこんなイスラム教の考え方が、今の社会にはマッチしていませんよね。
異性だからって他人を助けられない宗教って一体何なの?って感じです。
それに妊娠中に重労働である介護人になるのも褒められたものではないです。
先達ての京都てんかん事件にしてもそうだけど、自分の健康状態は、
ちゃんと雇い主に報告しておくべきです。
ただ、そんな状況の彼女が働きに出なければいけないのは、夫が無職なせいです。
しかしこれも、夫のせいというよりはイラン社会の問題で、
イランでは、ナデルたち中流家庭と、ラジエーたち下層家庭との差が大きく、
かなり貧富の差があるようです。

で、話は戻って、胎児殺人事件と介護放棄事件の結末ですが、
これがかなり予想外な真相となっていて、興味深いです。
もちろんそこは伏せておきますが、この事件の顛末で改めて感心したのは、
イラン人の信仰の篤さです。
天罰が下ると言われたら本気でビビり、なんでも神の御名において正当化されます。
コーランに手を置くと真実しか話せなくなり、嘘発見器よりも効果的です。
このあたりはイラン映画ならではって感じですね。
素晴らしい脚本だから、ハリウッドもリメイクしたいだろうけど、
アメリカが舞台ではちょっと無理でしょうね。
それなのに、どこか普遍性を感じさせる内容なのが不思議でした。

さて、本作のアカデミー脚本賞を阻止した作品のは、
ウディ・アレン監督・脚本の『ミッドナイト・イン・パリ』です。
本作がかなりよかっただけに、そちらにも期待が持てます。
日本公開の来月26日が俄然楽しみになってきました。

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