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おとなのけんか

絶賛公開中の『ヒューゴの不思議な発明』のクロエ・モレッツがインタビューで、
「オーディションでイギリス英語を披露したことで受かった」みたいな話をしてました。
劇中でもイギリス英語で通していたらしいです。
(ボクにはアメリカ英語との聞き分けはできませんが…。)
でもヒューゴの舞台ってパリなんですよね。
わざわざイギリス英語で演じるなんて、あまり意味がないような…?

第一次世界大戦が舞台の『戦火の馬』では、わざわざ英独仏の俳優を起用してますが、
言語は英語に統一しているように、多くのハリウッド映画では、
非英語圏を舞台にした作品でも、英語が主言語になります。
逆にフランス映画など欧州の非言語圏の映画でも、英語で撮られることが多いですよね。
それにより国際的に勝負できる作品になり、とてもいいことだと思うので、
日本でも英語映画を作っていけばいいと思います。
そうすればアカデミー賞やゴールデングローブ賞も外国語映画部門ではなく、
作品賞を狙えるかもしれません。
ボリウッド映画『スラムドッグ$ミリオネア』やフランス映画『アーティスト』みたいに。
…って『アーティスト』はサイレント映画だから言語は関係ないですね。
まぁ、日本人俳優が急に英語を話せってのも無理だろうから、
まずは中国映画みたいに、ハリウッドスターを主演等に招くことから始めるのがいいです。

ということで、今日は仏独西波合作の英語映画の感想です。

おとなのけんか

2012年2月18日日本公開。
舞台劇「大人はかく戦えり」を、ロマン・ポランスキー監督が映画化。

ニューヨーク・ブルックリン、子ども同士のケンカを解決するため2組の夫婦、ロングストリート夫妻(ジョン・C・ライリー、ジョディ・フォスター)とカウアン夫妻(クリストフ・ヴァルツ、ケイト・ウィンスレット)が集まる。双方は冷静かつ理性的に話し合いを進めるが、いつしか会話は激化しホンネ合戦に。それぞれが抱える不満や問題をぶちまけ合い、収拾のつかない事態に陥っていく。(シネマトゥデイより)



トニー賞演劇部門の作品賞などを受賞したヤスミナ・レザの舞台劇を、
ロマン・ポランスキー監督が映画化した本作。
原作が舞台劇なので、脚本や設定も舞台向きの密室劇となっており、
主な登場人物も主演の4人だけという意欲作です。
名優の掛け合いで魅せる会話劇ですが、こういう作品を観ると、
自分の英語のリスニング能力がもっと高ければいいのに…、と悔しく思います。
会話が中心の演技が売りなのに、聴き取りも出来ないのでは、その価値4割減です。
主演4人のうち女優2人、ジョディ・フォスターとケイト・ウィンスレットが、
本作でゴールデングローブ賞コメディ部門の主演女優賞候補に選出されました。
それだけ俳優の演技に定評がある映画ってことですよね。
結果どちらも仲良く落選してしまいましたが、どちらがより優っていたかと考えると、
衝撃的な嘔吐シーンを演じたケイト・ウィンスレットかなと思います。
ボクにはセリフ回しでは判断できませんから…。

ある日、11歳の少年ザッカリーが同級生のイーサンを棒で叩き、
負傷させるという子ども同士のケンカがあり、双方の両親は話し合いの場を持つことに。
話し合いは理性的に始まり、短時間で平和的に終わるかと思われましたが、
些細なことから険悪なムードになり、そのムードはどんどんエスカレートし、
ついには、夫婦間でまで不協和音が生じ始め…、という話です。
原題を訳せば「修羅場」という意味になる本作。
「子どもの喧嘩に親が出る」とは、おとなげない様子を表すコトワザですが、
被害者少年が前歯を2本折るほどの怪我するほどの大事になると、仕方ないですね。
こんなことが起これば、モンスターピアレンツでなくても被害者少年の親は激昂しますが、
とりあえず円満解決させようと加害者少年ザッカリーの両親を、
話し合いのために家に招いた被害者少年イーサンの両親は、
それだけでもかなり奇特な親御さんだと思います。
問題は招かれたザッカリーの両親の方にあります。

特に父親アラン(クリストフ・ヴァルツ)は問題ありすぎです。
彼は内心では子ども同士の喧嘩なんて知ったことではないと考えていますが、
弁護士という職業柄、イーサンの両親がやたら被害者面することが気に入らず、
些細な言い回しで異議を唱えてきます。
さらに悪いのは、そんな話し合いの最中でも、仕事の電話に平気で出ることです。
結構いるよね、会話中にケータイを受けてしまう空気読めない人って。
そんなことをされては、全く誠意を感じることはできませんよね。
ケータイって便利だけど、罪作りな道具です。
ストーリー的にもアランのケータイが鳴るたびに、話の流れが止まるので、
観客もこの男にはイライラしてくるんじゃないかな?
まぁ後半に彼のケータイ(スマートホン)は悲惨な目に遭うので、
そのイライラがちょっとしたカタルシスになるのですが…。

アランの妻ナンシー(ケイト・ウィンスレット)は母親としては比較的まともで、
平身低頭でなんとか誠意を伝えて円満解決し、早々に引き上げたいと思っていますが、
夫アランの不誠実な態度と長引く話し合いに、ストレスが臨界状態に…。
で、あり得ない場面で、壮絶な嘔吐をしてしまいます。
これが両者間の決定的な決別の要因でした。
嘔吐の原因はストレスだろうけど、その前に提供されたコブラーとかいうお菓子が
どうみても不味そうで、あんなの食べたら吐いても仕方ない気も…。
ただ「吐くならトイレで吐け」、この一言に尽きます。あと酒癖悪すぎ。

一方の被害者少年イーサンの両親ですが、前述のように奇特な親御さんだと思うけど、
それだけに息子に対する愛情は少し希薄な気もします。
母親ペネロペ(ジョディ・フォスター)は、息子の前歯が折られたことよりも、
大切なココシュカの画集が嘔吐で汚れてしまったことの方がショックで怒ってるし、
父親ジョン・C・ライリーは事なかれ主義で、相手にどう映るか体裁ばかり気にします。
とりあえず加害者少年から直接謝罪してもらえれば、それで気が済んでしまう夫婦です。
その点では、加害者側でありながら、被害者少年の非を持ちだすナンシーの方が、
子どもに対する愛情は強いんじゃないかと思いますね。

被害者少年イーサンの非ですが、どうやら喧嘩の直前に、
ザッカリーをチクリ屋呼ばわりして仲間ハズレにしたことが原因で殴られたそうです。
ただこの子ども同士の喧嘩のことで、作中でわかるのはそれくらいで、
その喧嘩の話し合いのはずが、親同士がヒートアップして、
お互いの仕事をバカにしたり、夫婦同士の諍いが露見したりと、話はどんどん反れます。
しかし唐突に閑話休題するので、個々の話の繋がりは薄く、
前述のようにアランのケータイがなることで話が止まったりもするし、
どんどん話が転がっていくような展開とは言えず、脚本として巧いのかは微妙です。
子どもの喧嘩が原因で争っているようで、実は全然違うことでいい大人が喧嘩している、
というのが面白がる作品なのはわかるけど、子ども同士の喧嘩の顛末も何気に気になる…。
結局、双方の親とも和解することなく幕を閉じてしまうのも、
なんだか投げっぱなしで終わらせてしまったようにも思えます。

ただ、和解できなかった両親とは違い、当のザッカリーとイーサンは、
親の介入なく仲直りしていることが窺える映像が流れます。
なので一応は大団円ってことなのでしょう。
結局は「子どもの喧嘩に親が出る」のは、余計なお世話さってことでしょうね。
子どもにとっても喧嘩に親が出てこられると、ちょっと気まずいもので、
些細な喧嘩だったのにそれがキッカケで疎遠になることもありますよね。
それにしてもボクなら前歯折られたら即絶交するだろうけど、
すぐ仲直りするなんてイーサンは寛容な子ですね。
もしくはイーサンの非は、想像以上に大きかったのかも?

余談ですが、作中でお洒落に気を使っているナンシーが、
「男のくせにショルダーバッグ持っているのはあり得ない」みたいな発言をします。
ボクはけっこうショルダーバッグを持ち歩いているので、グサリときましたが、
それがダサイと思われているなんて初めて知りました。(メンズ店で買ったけど…。)
そういえば欧米人の男はあまりバッグを肩から提げてるイメージないですね。
ナンシー曰く、男がスマホ使っているのも女々しいそうですが、それはボクも同意見です。
時代の流れなので所持するのは仕方ないけど、ずっと触っている奴はちょっとね…。

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