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J・エドガー

先月、第84回アカデミー賞のノミネート作が発表されましたね。
作品賞のノミネート作品は、とりあえず全部観てみるということを、
ここ数年続けていたのですが、今年からはもうやめようと思っていました。
しかし今回のノミネートされた全9作品は、もともと観たいと思っていた作品、
或いはすでに観た作品ばかりだったので、結局今年も全部観ることになると思います。
嬉しいのは、去年公開済みの『ツリー・オブ・ライフ』『マネーボール』以外の
作品賞ノミネート7作品が、すでに日本での公開日が決まっていることです。
しかも5月中には全て出揃うので、オスカーの熱が冷めやらぬうちに全て観れます。
全部観終わった頃に、また第84回アカデミー賞の感想記事も書きたいと思います。
一応、7作品の日本公開日を書いておきますので、
みなさんもアカデミー賞会員になったつもりで観てみるのも面白いと思います。

2月18日『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』
3月1日『ヒューゴの不思議な発明』
3月2日『戦火の馬』
3月31日『ヘルプ 心がつなぐストーリー』
4月7日『アーティスト』
5月18日『ファミリー・ツリー』
5月26日『ミッドナイト・イン・パリ』

ということで、今日は作品賞や主演男優賞でオスカー有力視されながらも、
ノミネートすらされなかった作品の感想です。ボクも意外でした。

J・エドガー

2012年1月28日日本公開。
クリント・イーストウッド監督、レオナルド・ディカプリオ主演で描く伝記ドラマ。

1924年にFBI初代長官に任命されたジョン・エドガー・フーバー(レオナルド・ディカプリオ)は、歴代の大統領に仕え、数々の戦争をくぐり抜け、半世紀にわたって法の番人としてアメリカをコントロールしてきた。しかし、フーバーには絶対に人に知られてはならない秘密があった……。(シネマトゥデイより)



率直に言って、あまり面白くはなかったです。
理由は簡単で、J・エドガー・フーバーに全く興味が湧かないからです。
本作はFBI初代長官J・エドガー・フーバーの伝記映画なわけですが、
伝記なんてのは、その題材となった本人や、その人の業績に興味がなければ、
ただどうでもいい他人の一生を見せられるだけで、毒にも薬にもなりません。
FBIの沿革やエドガー自身に関心がある人なら興味深く観れるのかもしれないけど、
ボクは全く関心がないので、どうでもいい物語だと思いました。
本国アメリカならまだしも、外国の一介の政府機関の長に関心がある日本人なんて、
ほとんどいないんじゃないかな?

伝記映画を観ることで、その人物の人間性や功績に感銘を受けて、
逆に関心が湧くということもありますが、本作はそれもありません。
エドガーの人間性は最悪で、全く共感を覚えないし、
功績には多少評価できるところもあるが、功罪でいえば罪が勝っているように感じます。
「こんな人間にはなりたくない」とは思っても、感銘を受けるところは全くないし、
共感できない人物のヒューマン・ドラマなんて、感動もできないです。

そんな興味がないなら観に行かなければいいだけのことですが、
監督のクリント・イーストウッドには強い興味があったし、
彼がレオナルド・ディカプリオを主演に迎えて映画を撮るとなれば、観たくもなります。
本作を観た日本人のほとんどもイーストウッド映画のファンか、レオ様ファンでしょう。
でも本作はイーストウッドの映画である前に、エドガーの伝記映画であり、
誰が撮ろうともエドガーの人生に興味がなければ退屈です。
もし本作が全く同じ内容でも、完全なフィクションであれば、
イーストウッド監督とディカプリオ主演のポリティカル・サスペンスとして、
それなりに興味深く観れたかもしれません。
まだイーストウッド映画のファンは、監督の幅の一端として、本作を評価できますが、
レオ様ファンは観るだけ無駄というか、逆に残念な気持ちになるかも。
演技派な側面は発揮されてるけど、見苦しい役だし、かっこいい役とは言えないので…。

しかし、さすがはイーストウッド監督、単なる伝記の形式ではありません。
物語は晩年のエドガー(レオナルド・ディカプリオ)が、
広報課の若い捜査官に、自身の回顧録を執筆させるため、
自分の経緯や功績を語るところから始まります。
つまり本作の半分以上はエドガーによる回想からなります。
しかしエドガーは自己欺瞞が強く、ミステリーでいうところの信頼できない語り手で、
その回想には多くの嘘が含まれており、そこをあえて利用するという、
真の意味で伝記とはいえない構成になっています。
その嘘を含む回顧録での回想と並行して、彼の性癖(ゲイ)や劣等感(背が低い)など、
隠しておきたい事実を含む回想も描かれており、その境界が意図的に曖昧にされています。
後から欺瞞や誇張であると指摘される部分もあるのですが、それ以外にも、
思い返すと整合性が合わない個所があり、それは嘘の回想であることがわかります。

明確には指摘されませんが、例えば序盤の女性秘書へのプロポーズなどは、
かなり創作された回顧録ではないかと思います。
自分が生涯独身だったことの理由付けで、ゲイ疑惑払拭のための嘘だと思います。
ボクはエドガーに関心がなかったので、当然彼のゲイ疑惑も知らず、
その回想シーンが嘘っぽいと感じたのは、かなり後になってからですが…。
まぁエドガーのゲイ疑惑も疑惑のままで彼は亡くなったので、真実は藪の中。
なので本作の回顧録以外の回想も、信頼に足る伝記とはいえませんが。

盗聴などで掴んだスキャンダルで上院議員や大統領を脅す職権乱用や、
レイシストで黒人公民権運動に腹を立てて、キング牧師に怪文書を送ったり、
ロクなものではないエドガーの活動内容ですが、
犯罪者の指紋統括ファイルや、筆跡鑑定などの科学捜査の導入は、なかなかの功績です。
それを利用してのリンドバーグの息子誘拐事件の捜査の一連のシーンは、
なかなか興味深いところでした。
しかしそれすら一部嘘の回顧録であったことでもわかるように、
科学捜査の導入等の功績も、どこまでエドガー主体での功績かは疑問です。
全体的に本作はエドガーのことを虚栄心の塊のように描いていますが、
事実描かれているような人物であったなら、こんな映画が公開されている状態を、
草葉の陰から苦々しく思っていることでしょうね。
もし彼が生きてたらイーストウッド監督を大統領たちと同様に脅して、
公開させなかったでしょうが…。

一見するとアカデミー賞向きな、なかなか重厚な作品だとは思いますが、
ノミネートすらもされなかった理由は少しわかる気がします。
単純にボクと同様に興味を感じない人が多かったというのもあるでしょうが、
時系列が飛び、虚実入り乱れる回想で、一貫性を感じないと思う人が多かったのでは?
そこが本作の演出の面白さだし、実際きっちり咀嚼出来れば一貫しているのでしょうが、
題材的にそこまで掘り下げたいと思うものでもないです。
ボクも混乱しているところもありますが、別にそのままでいいです。
ディカプリオの演技は評価されてもいいと思うので、
主演男優賞のノミネートくらいはされそうにも思いますが、
晩年のエドガーを演じるための老けメイクの出来がよくなかったかも…。
せっかくの表情の演技がメイクに阻害されている気がしました。
それについてはトルソン副長官演じたアーミー・ハマーの老けメイクの方が酷く、
人形のような顔になっていて、ちょっと不気味でした。

本作は微妙な人物の伝記で、同性愛やアメリカ近代史などを含む内容で、
ちょっと大衆性に欠けた、人を選ぶ作品だったと思います。
イーストウッド監督の次回作に期待です。

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