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ラスト・エクソシズム

ボクは幽霊とか悪魔とか、存在を全く信じていないんだけど、
これらを信じている大人がいるというのが信じられません。
日本人はあまり悪魔の存在を信じている人はいないでしょうが、
幽霊の存在を信じている人はけっこういます。
でもサンタクロースや河童の存在を信じてるいい大人なんていないでしょ?
なんで幽霊だけ存在すると思えるのか…?
川辺で河童のようなものを見かけても「何かの見間違えだ」と思うのに、
暗闇で白い影が動いただけで「幽霊に違いない」って思うのは変じゃないかな?
一番不思議なのは、幽霊の存在を信じても、百害あって一利なしで、
霊感商法に引っかかったり、ただ怖いだけで何のメリットもないと思うんですが、
なんで信じようとしてしまうんですかね?(死んだ後に幽霊になりたいとか?)
あ、でも一利あるとすれば、幽霊や悪魔という概念があるおかげで、
面白いホラー映画が作られるってことかな。

ということで、今日は悪魔系ホラー映画の感想です。

ラスト・エクソシズム

2011年10月8日日本公開。
『ホステル』のイーライ・ロス製作によるモキュメンタリー・ホラー。

牧師のコットン(パトリック・ファビアン)は悪魔払いを何度も行ってきて、地元では有名人。しかし、実は悪魔の存在を信じておらず、儀式自体をある種のショーと考えており、実際には何の効果もない詐欺行為を繰り返していた。そのことを暴露しようと考えていたコットンはエクソシズムの真実を追うドキュメンタリー映画に協力することにし、悪魔が取りついているという少女ネル(アシュリー・ベル)に、いつものように偽のエクソシズムを行うが、想定外の恐ろしい超常現象が起こり……。(シネマトゥデイより)



今年はそれが流行っていたのか、エクソシストもの映画を(本作含め)3本も観ました。
どれも悪魔憑きになった少女を、エクソシズム(悪魔祓い)で助けようというもので、
一見同じような内容になりそうなものですが、すべて趣向が違い興味深いです。
どこで差別化を図るかといえば、意外と悪魔ではなく、牧師(神父)の方で、
どれも従来のエクソシスト像とは一線を画すキャラ設定がされています。
例えば『ザ・ライト -エクソシストの真実-』では、
無神論者のエクソシスト見習いの視点で、悪魔憑きに懐疑的な展開で描かれます。
また『エクソシズム』は、過去に悪魔祓いの失敗で人を死なせてしまった神父が、
悪魔の存在を証明するために悪魔憑きを助け、それをカメラに収めようとする話。
そして本作は、悪魔憑きの正体が精神病であると断言する牧師が、その証明のために、
自らの悪魔祓いの様子を撮影させるというものです。
どれにも共通することは、悪魔や悪魔憑きをはじめから肯定するものではなく、
懐疑的な人の視点を通して、悪魔祓いという職業を描いていることです。
古典映画『エクソシスト』のように、悪魔憑きの怪奇現象で怖がらせようとする時代は
もう終わったんだろうなと感じさせます。
それはホラーとしての怖さが失われることでもありますが、
ボクのような悪魔に懐疑的な観客にとっては、興味深いものになっています。

本作の主人公マーカス牧師(パトリック・ファビアン)は、
代々エクソシストの家系に生まれ、悪魔祓いをしながら生計を立てていますが、
彼や彼の家族は悪魔憑きなんてものを全く信じておらず、ただ悪魔祓いの真似事をして、
悪魔憑きと思い込んでいる信者を安心させるためにやっているだけでした。
しかし近年、教会による悪魔祓いでの事故が急増。
彼は自分の息子と同じくらいの少年が危険な悪魔祓いで亡くなったという記事に心を痛め、
さらにバチカンが悪魔祓い養成講座を開講したという事実を知ったことで、
これ以上ただの気休めである悪魔祓いで犠牲者が増えるのは放ってはおけないと、
悪魔祓いの実態を告発するため、自分の悪魔祓いの様子を撮影させ、
それをドキュメンタリー映画にしようと立ち上がりる、…という話です。
本作は告発用に撮影されたビデオテープが公開されたという体裁の、
フェイク・ドキュメンタリー作品です。

自分がペテン師であるという立場のエクソシストというのも珍しいですね。
さらに彼は自分も含め全てのエクソシストがペテン師であると断言し、
ピアノ線でポルターガイスト起こしてみたり、電気ショックで患者を悶えさせたりと、
トリックによって悪魔祓いの怪現象が再現されることを証明します。
本作自体は当然フィクションなわけだけど、実際に悪魔祓いの儀式は行われており、
これらのトリックは実際使われてそうなリアリティを感じます。
日本でも、除霊滝行と称して女子中学生が坊さんに殺される事件がありましたが、
もし本当にこんな詐欺的な儀式で信者を騙しているんだとしたら、由々しきことです。
というか、悪魔憑きなんて存在するわけないし、実際に騙してるんでしょうけど…。

ただ、悪魔憑きと思い込んでいる信者にとっては、
ペテンであっても気休めになるのはたしかで、
本作でも、信心深い少女の父親は、マーカス牧師の口寄せの真似事により、
死んだ妻から窘められたことで、お酒に依存する生活をやめる決心をします。
やりすぎなければ、一種の心理カウンセリングとも言えるのかも。
これが詐欺なら占い師は全員詐欺師。いや、宗教家は全員詐欺師です。
だけど、一番手っ取り早いのは、悪魔なんて信じないことじゃないかな?
神と一緒に悪魔の存在を流布する教会(宗教)は、やはり害悪かも…。

そんな懐疑的な視点から描かれていても、最終的には怪奇を肯定するのが、
ホラー映画がホラー映画たる所以ですよね。
しかし本作は、完全に肯定も否定もしないまま、ウヤムヤに終わらせています。
これが絶妙なさじ加減で、悪魔憑きの少女が本当はどんな状態だったのか未だにわからず。
本当に悪魔憑きだったのか、精神病だったのか、自作自演だったのか…。
終盤は畳み掛けるような二段オチ、三段オチで、「え、何この状況?」って感じ。
普通の映画なら「説明不足過ぎるだろ」ってことになるけど、
説明不足のまま終わっても構わない、いや、むしろその方が自然になるのが、
フェイク・ドキュメンタリーの強みであり、興味深いところです。

最後に終盤のボクの見解ですが、
やはり悪魔憑きの少女の言動には、説明の付かないところがあるので、
本当に悪魔が憑いているという説が最有力かと思われます。
でも、何の力もないマーカス牧師が、少女に憑いている悪魔を適当に選び、
それが最も強力な悪魔「アバラム」だったわけですが、
少女自身も儀式の際に「私はアバラムだ」と言っているのが引っかかります。
このことから、ボクは自作自演説が濃厚かなと思うのですが、
最後のサバト的な儀式の意味は全くわかりません…。
とりあえず、悪魔なんかよりそれを信じる人間の方が怖いってことはわかりました。

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