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星を追う子ども

全米でCGIアニメ映画『ブルー/初めての空へ』が予想外の大ヒットになっていますが、
『リトル・レッド レシピ泥棒は誰だ!?』の続編『Hoodwinked Too! Hood vs. Evil』は
かなりお寒い結果になってしまっているんだそうで、この分だと日本公開はなさそうです。
『リトル・レッド』(前作)で主演を務めたアン・ハサウェイは、
『ブルー』でも主演を務めてますが、続編『Hoodwinked Too!』からは降板したみたいで、
なんというか、世渡り上手ですね。
CGIアニメ映画なら何でも飛びつく印象のアメリカ人ですが、
依然CGIアニメ映画の人気は高いものの、コケる作品もチラホラ出てきているようで、
粗製乱造するハリウッドのアニメ映画も転換期に入っているかもしれません。

日本でも依然アニメ映画は人気があります。
でもヒットするのは『名探偵コナン』など毎年恒例で制作されるものばかりなので、
あまり粗製濫造なんてことにはならないと思っていたのですが、今年はちょっと違います。
毎年40~50億円ほどの興行成績を上げる『ポケモン』が今年は2本同時公開に…。
2年に1本ペースだったジブリも量産体制に入り、1年のインターバルで新作公開です。
それが即粗悪濫造だとは言えませんが、注意深く見守る必要はあると思います。
ボクはアニメ映画が好きなんで、洋邦問わず数が増えるのは歓迎ですが。

といことで、今日は日本のアニメ映画の感想です。

星を追う子ども
星を追う子ども

2011年5月7日公開。
『秒速5センチメートル』の新海誠監督が手掛ける、本格ジュブナイル・アニメーション。

父親の形見の鉱石ラジオから流れる不思議な音楽に耳を傾けながら、思いをはせるアスナ。孤独な毎日を送るアスナは、ある少年と再会するための旅に出ることにする。それはアスナにとって、世界の冷酷さと美しさ、そして別れを知るための冒険の旅となる。(シネマトゥデイより)



本作のどのレビュー読んでもほぼ間違いなく言われていることがあります。
「ジブリ作品に似ている」「ジブリっぽい」ということです。
ご多分に漏れずボクもそう感じました。

本作は『秒速5センチメートル』などで注目された新海誠監督の最新作。
彼が得意としていた思春期の男女の機微を描いた今までの作風とは違い、
本作は大作アニメ映画らしいジュブナイル作品になっています。
本作がジュブナイルというジャンルの中にある以上は、
その王道であるジブリ作品と似てしまうのはある程度仕方のないことだと思います。
日本のジュブナイル・アニメはどれもジブリ作品に似ていると言っても過言ではないけど、
本作が特にそれを指摘されてしまうのは、やはり絵柄まで似せているからです。
しかも、たまたま似てしまったのではなく、意図的にやってるんですよね。

新海誠監督曰く「日本アニメで昔から生き残ってきたジブリの絵柄は、
物語を語る上で普遍的で優れた性能がある絵柄だから選択した。」とのこと。
簡単に言えば「日本人にとって親しみがある絵柄を使いたかった」ってことだけど、
これがそもそもの勘違いで、日本人はジブリの絵柄が好きなのではなく、
ジブリ(というか宮崎駿)というブランドが好きなんですよ。
好きなブランドのデザインを他人が真似したところで親しみを感じるわけがないです。
彼が特にわかってないと思うのは、彼自身「新海誠」というのはすでにブランド力があり、
充分に勝負できるブランドであるということを理解してないこと。
本作は無類のアニメファンを除けば、新海誠の最新作だから観に行くお客さんが大半で、
ジブリの絵柄が好きだから観に行くなんて人はほとんどいないはず。

ただ感心するのは、これだけ意図的に真似ているにもかかわらず、
ジブリファンからもあまり反発を受けてないことです。
それは本作が、もしジブリ作品として公開されたとしても納得してしまうほどの、
高いクオリティを持っているからだと思います。
絵柄の緻密さ、特に新海監督の得意とする光の表現力ではジブリを凌駕していますし、
内容的にも『ゲド戦記』や『借りぐらしのアリエッティ』など、
下手なジブリ作品に劣るものではありません。
むしろ今のジブリが失ってしまった何かを本作に感じることができるんですよね。
古き良き時代のジブリ作品にあったワクワク感みたいなものを…。
でもそんなものは所詮ジブリ作品あっての印象であり、本作の正当な評価ではありません。

映画の8割が原作ものになってしまっているこのご時世に、
本作が原作を持たない完全オリジナル物語で勝負しているということにも、
(脚本も務める)新海誠監督の気概が感じられてよかったです。
だからこそ絵柄もオリジナルで描いてくれればよかったのに…。
『秒速5センチメートル』も特に特徴のある絵柄ではありませんでしたが、
ジブリを真似るくらいなら、あの絵柄でもよかった気がします。
絵柄が似せるとキャラの所作まで似てしまい、当然演出も似てくるため、
本作にはジブリ作品を真似たようなシーンが散見されます。
そのため完全オリジナルなのにオリジナリティを感じにくくなってしまっていますが、
実際作品のテーマ性はジブリ作品とは全く違います。
死生観がテーマになっていますが、生きることを謳歌し肯定するジブリ作品とは違い、
本作はその結論を曖昧なままにしてあります。
監督が描きたいものはジブリほど大きくはなく、もっとパーソナルであり、
本質的には全然違う方向性なので、絵柄さえ違えば全然違う印象の作品になったはず。
内容で勝負するために普遍性のあるジブリの絵柄を採用したのでしょうが、
如何せんその絵柄のブランド力が強すぎるために、評価が内容にまで及ばない状態。
完全に裏目に出ていると思います。

あ、ボクの感想も外観に関することばかりになってますね。
ここからはジブリとの比較は止めて、内容の感想に移ります。
田舎町に住む普通の中学生アスナは、山で見たこともない怪物に襲われますが、
地下世界アガルタから来たという不思議な力を持つ少年シュンに助けられます。
ふたりはすぐに心を通わせ合いますが、ある日突然のシュンの訃報にアスナは困惑。
シュンにもう一度会いたいと、死者を生き返らせる秘術が伝わると言われる
地下世界アガルタに向かう…という話。
普通の田舎町に謎の怪物が出現したり、不思議な少年が現れたりと、
普通の少女が不思議な出来事に巻き込まれていくといった
ローファンタジー的な展開はワクワクしました。
アスナがシュンに対して、恋ともいえないような淡い想いを抱く過程や、
急に彼を失ったことでの喪失感などは、心の機微を描くことに長けた新海監督らしく、
とても瑞々しく切なく、ドラマとして見応えのあるものになっていたと思います。
しかしアガルタに旅立ってからは至って普通の異世界ファンタジー。
他のジュブナイル作品と比べても遜色ないものにはなっていると思うけど、
新海監督にはアクションとかアドベンチャーという展開を求めているのではないので、
やはり物足りないと感じてしまいます。

アガルタの世界観もわかりにくく、古事記のイザナミの話がベースにはなっているものの、
ギリシャ神話のオルペウスの話など、世界中の類似神話を混ぜ合わせたような世界観です。
それはそれで興味深いのですが、いろいろ詰め込んだ挙句消化できてないといった感じで、
イゾクとかケツァルトルとかいう怪物の存在意義など、イマイチ理解できません。
アガルタも単なる地下世界で、神話でいうところの黄泉の国とは違うみたいですね。
アスナの死んだ父親がアガルタの鉱石クラリスを持っていたことからも、
アスナはアガルタ人のハーフだと連想させられますが、
そのことは作中では触れられませんし、それを疑問に思う登場人物もいません。
たぶん教師モリサキの妻もアガルタ人で、あの幼い少女はふたりの子だと思うのですが、
そんな大事なことさえもスルーしてあり、勝手に脳内補完しろという作りです。
テーマ的に描くべきところが保留されているのに、意味のない設定ばかり詰め込んで
水増ししている印象を受けるので、アガルタ以降の物語が浅く感じられます。

石原慎太郎東京都知事からも「この知られざる才能は、世界に届く存在だ」と称され、
ファンからは日本アニメ界の次世代の旗手として絶大な支持を集めてきた新海誠監督。
一般認知度が不当に低い彼ですが、今までにない規模で制作、公開される本作で、
一躍スターダムにのし上がるかと期待されましたが、
本作の出来や評価を見る限りでは、まだ暫く知る人ぞ知る存在のままでしょう。
ただあまり彼らしくない本作がコケたことは、長い目で見ればよかったのかも。
下手に当たって「ジブリっぽい作品を作る人」なんてレッテルが張られるよりはね。
次回作に期待しましょう。

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