ブログデンティティー

blog-dentity since 2013

ランボー/最後の戦場

今日は映画の感想です。

ランボー/最後の戦場

2008年5月24日日本公開。
大人気『ランボー』シリーズ4作目、20年ぶりの続編にして最後の作品(?)です。
主演、監督、脚本、製作シルヴェスター・スタローン。

ボクは映画好きを公言しているわりに昭和以前の有名作品は悉く見ていないので
『ランボー』シリーズも一切見たことなかったんですが、
なんとなく痛快ドンパチアクション映画というイメージでした。
今作もそんな認識で見に行ったのですが、開始直後、本物か作り物かわかりませんが
内戦状態のミャンマーでの目を背けたくなるほど悲惨な記録映像が流れ、
ボクの甘い認識を見事に打ち砕かれてしまいました。

見世物小屋の下働きとして働くランボー(シルヴェスター・スタローン)はアメリカのNGOからミャンマー行きを頼まれる。最初は断ったランボーだったが、サラ・ミラー(ジュリー・ベンツ)の熱心な頼みに心動かされ、彼らをミャンマーに送ることを決断する。 数日後、そのNGOが所属するキリスト教系団体の関係者からNGOのメンバーが行方不明になったことを聞かされる。 その関係者が雇った傭兵たちが頼りないことに気づいたランボーは自ら戦地に赴き、救出作戦の指揮を執る。(Wikipediaより)

ボクは世界情勢には疎い方なんですが、ニュースはまぁまぁ見る方なので
ミャンマーのことはよく耳にします。特に最近は多いですね。
軍事政権による民主化指導者アウン・サン・スー・チー軟禁、
日本人ジャーナリスト射殺事件、サイクロンでの大災害とその後の対応問題などなど。
この時期にミャンマーを舞台にした戦争映画を出してくるなんて旬というか、
不謹慎ながら制作期間を考えると図らずももそうなったところもあるので、
スタローンはある意味強運の持ち主かもしれないと感心します。

地雷により四肢を失った子供、兵士に犯される女、兵士の余興で爆死する男、
砲撃により砕け散る人間、グチャグチャになって転がる死体、
ミャンマー軍事政権によるカレン族虐殺の様子が視覚的にリアルに描かれています。
これがあながちフィクションでもないという事実に驚愕です。
普通のドンパチ映画だと戦闘シーンにはある種のスタイリッシュさや痛快さがあるけど
これにはそんなものは一切なくただ恐怖と不条理と惨たらしさだけです。
人が殺されるシーンのエグさは、それを見所とするスプラッタ映画を凌駕するほどで、
これをR-15程度に収めてしまうのは甘いんじゃないかと思うくらい。
ボクはエグいのは苦手なんですが、あまりのリアリティに目を背けられなくなります。
村落を軍が強襲するシーンでは、その衝撃的映像に嗚咽を漏らす観客もいました。
ボクのようにお気楽映画を期待して見に来たのか、退室してしまう観客もいました。

戦争の悲惨さ以上に深く心に刻まれたのが、戦闘地域での慈善事業のあり方です。
劇中では薬や本を持った慈善NGO一向をランボーがミャンマーに送り届ける道中、
彼らは無法者に殺されそうになり、ランボーが返り討ちにするのですが、
あろうことか無法者を殺して自分を助けてくれたランボーを殺人犯として批判します。
「なんて偽善者だ!」って思うけど、平和な国に住んでるとそう考えても普通かも。
その慈善団体は自分たちの慈愛によりミャンマーを救えると主張するわけですが、
軍に捕まり、武力を持った傭兵が彼らを救いに向かうことになります。
結局、力から開放は力でしかできないという無情感を感じました。
あと戦闘地域での慈善活動はどんなに賞賛に値することであっても
捕まろうが殺されようがやっぱり自己責任だと思います。
そういえば大ヒット上映中の映画『相棒』では美徳として描かれてましたね。

とにかく予想外で重い映画でしたが、今年一番の考えさせられた映画で、
良い意味で裏切られたと思えました。
これに比べると『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』の戦闘シーンなんて
チャラケすぎてて不愉快に思えてくるほどじゃないでしょうか。
今回の『ランボー』をドンパチ映画として楽しめる人は病んでると思う。
あと一部の知識人や映画批評家がこの映画を評する時に「ミャンマー」のことを
軍事政権批判から「ビルマ」と称しているけど、
劇中では英語の口語表現として「Burma」といってるだけで、
軍事政権批判するならむしろ「ミャンマー」というべきでしょ。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://blrpn.blog.fc2.com/tb.php/31-4ad542fb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad