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劇場版“文学少女”

今年観た約60本の映画を振り返ってみると、1/4がアニメ映画でした。
幅広くいろいろ観てたつもりだったけど、やけにアニメ率が高いです。
ボクはテレビじゃほぼアニメは見てないんで、たぶんアニメオタクじゃないです。
映画が好きだからアニメ映画も観るただのシネマフィルです。
公開されている映画はアニメが1割にも満たないのに、
これだけアニメ映画を観る割合が高いってことは、
アニメ映画の佳作になる打率が如何に高いかってことです。
個人的な印象でしかないけど、実写映画は打率4割くらい。
ところがハリウッドのCGIアニメに限れば打率9割以上、
日本のアニメ映画でも打率7割くらいで佳作に当たります。

つまりアニメ映画って、実写映画に比べてもかなり出来がいいわけです。
特に日本映画ではその傾向が顕著で、日本のアニメ映画のレベルの高さが伺えます。
でもジブリや子供向けテレビアニメの劇場版を除けば、
アニメ映画って全然お客さん入らないんで、
せっかくいいものが多いのに勿体無いと思うことが多いです。
その一番の原因は日本人のアニメオタクに対するイメージの悪さです。
でもそれを助長してるのは、ちゃんと内容で充分勝負できる作品を、
すぐに萌えや美少女でコーティングしてしまうアニメ制作にあると思うんですよ。
原作漫画があるものは仕方ないけど、小説のアニメ映画化や劇場オリジナル作品まで
オタク向けの絵柄にする必要があるとは思えないんだけど…?
一定のオタクの集客は見込めるけど、むしろ拒絶する客の方が多いんじゃないかな?

ということで、今日は美少女アニメでコーティングされてしまった映画の感想です。

劇場版“文学少女”
文学少女

2010年5月1日公開。
人気ライトノベル『文学少女』シリーズを劇場アニメ化。

物語や文学を愛するあまり、本当に本を食べてしまう文学少女、遠子。そんな彼女の秘密を知ってしまった新入生・心葉は、文学部に無理やり入部させられ、遠子のためにおやつを書く日々を送ることになる。ある日、遠子のおやつのために設置した“恋愛相談ポスト”に1通の手紙が……。(シネマトゥデイより)



数ヶ月前にプラネタリウムで上映される全天周映像の作品『銀河鉄道の夜』を
大阪市立科学館のプラネタリウムで観る機会がありました。
プラネタリウムというよりは、たぶんIMAXみたいなものかな?
全天周に映し出される映像は壮大で感動しました。
と同時に、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の幻想的な世界観に魅せられました。
『銀河鉄道の夜』は小学校くらいの時に読んだ気がするんだけど
その時はチンプンカンプンで、それ以来全く接する機会がなかったんですが、
そのプラネタリウム作品でちょっと興味を持ったので、
久しぶりに読んでみると、これがなかなか面白い作品でビックリ。
まぁ今でもチンプンカンプンな部分は多いですけど…。
で、そんな折『銀河鉄道の夜』を題材にした映画が公開されるという情報をキャッチ。
これは是が非でも観に行きたい、と思って観たのが本作です。
奇しくも本作にもプラネタリウムが重要な役割を果たすんですよね。

本作はライトノベルの『文学少女』シリーズが原作らしいのですが、
人気あるらしいけど、ボクはそのシリーズについては全く知りません。
なのでちょっと調べたり、本作を観た印象から察するに、
自称"文学少女"遠子が、文学作品の薀蓄で身の回りの事件を解決する、
探偵小説的な作品じゃないかな?
そんな事件には毎回有名な文学作品が関係していて、
本作の場合はそれが宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』という具合です。

だからたぶん、その題材となる文学作品について多少の興味がないと、
全然面白くない、むしろ意味がわからない作品かもしれないです。
その点、今回は誰でも知ってる『銀河鉄道の夜』ですから、全然問題ないですね。
だからこそ劇場版にこのエピソードをチョイスしたんだろうし、
ボクも全く興味のない題材だったら観に行くことはなかったと思います。
でも万が一『銀河鉄道の夜』のことを知らない人が観た場合は、
その面白さは半減どころの騒ぎではないと思います。

主人公の高校生・心葉は、先輩の遠子とふたりだけの文芸部。
遠子の卒業も差し迫ったある日、文芸部のポストに謎の絵が投函される。
誰が投函したかもわからず、ただのイタズラかと思われたが、
文学少女の遠子はその絵が宮沢賢治の落書きを模したものだと気付き、
その真意を確かめようと絵の送り主を捜すことに…。
そして送り主が美羽という少女であることが判明。
美羽は中学時代に飛び降り自殺未遂で姿を消した心葉の同級生だった。
久しぶりに会った美羽に「なぜ飛び降り自殺なんてしたのか」と問い詰める心葉。
美羽は逆に「カムパネルラの望みは何だと思う?」と心葉に問うのだった…、
というミステリーです。

"カムパネルラ"は『銀河鉄道の夜』の主人公"ジョバンニ"の唯一の親友です。
ふたりは銀河鉄道で宇宙を旅するんですが、
宇宙の果てでカムパネルラはジョバンニを残し下車してしまいます。
美羽はそのカムパネルラがジョバンニに抱くの心情と
自分が心葉に抱いた心情を重ね合わせているわけです。
『銀河鉄道の夜』自体がまだ未完で、いろいろな解釈が出来る作品なので、
宮沢賢治亡き今、カムパネルラの心情なんて正確な答えはわかりませんが、
本作の美羽の解釈はなかなか斬新なものだと思います。
いや、むしろ完全に間違った解釈ですよね。

美羽は自殺しようとしたという意味では、最後に死んだカムパネルラと同じだけど、
立場的には唯一の親友カムパネルラに憧れるジョバンニだし、
そのカムパネルラの立場だったのが心葉であり、構図が逆になってます。
なので解釈が間違ってるんですね。
はじめは作者が勘違いしてるのかな?と思ったけど、
クライマックスの遠子の説教での"カムパネルラの望み"は一般的な解釈だったので、
(一般的な解釈…利他的な自己犠牲こそ最高の幸福)
意図的にそうしてるんだと思います。

でもそうすると心葉が最後に遠子にキスしたのはどうも納得できないというか、
遠子の説教を全然理解してなかったんじゃないかと思って、冷めました。
とりあえず安易に恋愛に走ってしまうこの展開は、
最後に美少女アニメの悪いところが出ちゃった感じです。
恋愛にするにしても、自殺未遂をしてまで心葉の気を引こうとした美羽や、
体を張って心葉を救おうとした同級生の女の子の方が妥当じゃないかな?
そもそも心葉と遠子って互いを気に掛けていたのはわかるけど、
恋愛に発展しそうな関係だとは思えない描き方だったし…。
まぁ本作は長いシリーズの一部だけだから、
通して読めばあれが妥当なのかもしれないけど…。
やっぱり作者も"カムパネルラの望み"を理解してないんじゃないかと思っちゃいます。
まぁボクの『銀河鉄道の夜』の解釈が正解なわけでもないし、
本作に対するボクの解釈からして間違ってるかもしれないんですけどね。
何にしても、人によっていろんな解釈があるもんだと、
『銀河鉄道の夜』の奥深さを再確認できて興味深い映画でした。

しかし一部の作画の乱れは酷かったなぁ…。
『銀河鉄道の夜』に見立てたシーンなんかはかなりいい出来だったけど…。
あと男キャラのデザインが女子中学生の漫画みたいなチープさ。
面構えが女々しいし、体系や服装は宇宙人かサイボーグって感じです。

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