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第9地区

2月始めに企画した「第82回アカデミー賞、パラサイト企画」もまだ続けてます。
作品賞候補作も先月までに10作中6作まで鑑賞しました。
残り4作中3作(『第9地区』『17歳の肖像』『プレシャス』)も今月中に公開です。
最後の1作『A Serious Man(原題)』は依然日本公開未定のまま…。
他の主要部門も日本公開未定以外は出揃ってきたので、
GW頃にはまとめ記事を書くつもりです。

ということで、今日は4部門にノミネートされた作品の感想です。

第9地区

2010年4月10日日本公開。
『ラブリーボーン』のピーター・ジャクソンが製作したSF映画。

ある日、ほかの惑星から正体不明の難民を乗せた謎の宇宙船が、突如南アフリカ上空に姿を現す。攻撃もしてこない彼らと人間は、共同生活をすることになる。彼らが最初に出現してから28年後、共同居住地区である第9区のスラム化により、超国家機関MNUは難民の強制収容所移住計画を立てるのだが……。(シネマトゥデイより)



なんでも、ピーター・ジャクソンがDOOM系ゲーム『HALO』の映画を制作するつもりで、
その監督として若手のニール・ブロムカンプに白羽の矢が立ったのですが、
『HALO』の企画が頓挫して、急遽ブロムカンプの短編『Alive In Jo'burg』を
長編化する企画を立ち上げて、制作されたのが本作だということです。
ボクは観たことがないけど、ブロムカンプの短編『Alive In Jo'burg』は
Jo'burg(ヨハネスブルグ)で起こった人間と宇宙人の確執を
ドキュメンタリー風に描いた6分ほどの作品らしいです。

ブロムカンプ監督は南アフリカ共和国ヨハネスブルグ出身ということで、
本作は彼の経験を基に、南アの旧政策アパルトヘイトの露骨な暗喩になってます。
アパルトヘイトは白人による非白人(主に黒人)隔離政策ですが、
本作の場合は人間による宇宙人隔離政策で、宇宙人を黒人に見立てたシニカルな内容。
わざわざこんな解説も恥ずかしくなるくらい、あまりに露骨な暗喩ですが、
そんな社会を斬ってる風なところが知識人気取り連中にはウケてるみたいですね。
でも、黒人の暗喩をあんな野蛮な不衛生なキモチワルイ宇宙人に見立てるなんて、
ブロムカンプ監督の(差別意識の)心根が透けて見えるというか、
旧体制の南アで育った白人が監督した作品マル出しって感じです。
特にアパルトヘイトを描いた『インビクタス』の記憶もまだ新しいですからね。

とはいえそれは舞台がヨハネスブルグだからそう感じてしまうだけで、
地球侵略が目的か、そうじゃないなら友好的と相場が決まっている宇宙人が、
難民として地球に漂着するというのは面白いアイディアです。
地球人も人道的見地から難民として受け入れたはいいけど、
宇宙人の粗暴で不潔な生態から、現地の住民と確執が勃発し、
アパルトヘイトよろしく人種(?)隔離政策による差別が横行する。
一方では宇宙人にも一定の人権を認めて対話を諮ろうとしたり、
宇宙人の人権を守ろうと講義するデモ隊がいたり、
宇宙人の難民キャンプに同居し、宇宙人から搾取する人間のギャングがいたりと、
妙にリアリティのある設定で面白いです。

他にも人間の娼婦が宇宙人難民を相手に異種売春するとか、
やけに生々しい興味深い設定があったり、どんどん引き込まれていくんですが、
やはり6分くらいがちょうどいい出オチのネタだったのか、
最後までアイディアが続くはずもなく、
途中からただのSFアクション映画に成り下がってしまいます。
前身が『HALO』だった名残か、傭兵と宇宙人が銃火器やレーザー銃でドンパチ…。
『アバター』のAMPスーツのようなパワードスーツまで登場しちゃいます。
社会構造の暗喩なんてのは味付け程度の扱いになっちゃいます。
まぁそれによって娯楽性が格段にアップして大ヒットしたんでしょうが、
せっかく面白いアイディアを無駄にしちゃってる印象を受けました。

宇宙人を管理する超国家機関MNUの職員ヴィカス(シャルト・コプリー)は、
宇宙人からレーザー銃など未来兵器を搾取する仕事に任命される。
しかし宇宙人から徴収した謎の液体を誤って浴びてしまったヴィカスは、
どんどん宇宙人に変異する状態に陥る。
半宇宙人としてMNUから人体実験されそうになった彼は、
第9地区に逃げ込み、ある宇宙人の親子に助けを求める。
その親子と交流するうちに彼らに情が移ったヴィカスは、
彼らを故郷の惑星に帰すために、人間達と戦うのであった…、という話。

宇宙人から略奪する立場の人間が、その宇宙人になって生活することで、
逆に宇宙人たちのために立ち上がる…、うん、『アバター』と一緒ですね。
公開時期からしても偶然被っただけでしょうが、
やっぱり『アバター』の方が印象強いし、こっちは類似品って感じかも。
SFアクション色を強めたために、『アバター』と同じ土俵に上がってしまい、
結局凡庸なSFという印象で終わってしまっています。
ドキュメンタリー風な撮影手法ってのも『ハート・ロッカー』と被っちゃってるし、
本作のアカデミー賞ノミネートは端から噛ませ犬みたいなものでしたね。
だからこそもっと、この作品の独自色である社会構造の暗喩というテーマを
前面に出せばよかったと思うんですが…。
まぁそれだとほとんどの人から見向きもされなくなりそうだけど…。

あー、そういえば、そのドキュメンタリー風な演出も中途半端でした。
それこそ前半の社会構造の暗喩の部分は、関係者のインタビュー映像を多用したり、
ハンディカメラでPOVを多用したり、ドキュメンタリーぽくしようと頑張ってたけど、
後半のSFアクションになってからは、普通のアクション映画のカメラワーク。
時折思い出したように報道カメラの映像や監視カメラの映像を挟んでくるだけ。
ボクはドキュメンタリー的な演出が大好きなんで、
やるならちゃんとフェイクドキュメンタリーとして撮ってほしかったです。
たぶん基となった短編映画の方は、そんな演出になってたと思うんだけど、
大作慣れしたピーター・ジャクソンの方針が裏目に出たんじゃないかな?
本作を低予算映画だなんていってる人もいるけど、
この手の作品に予算3千万ドルは高すぎです。
(『ハートロッカー』や『クローバー・フィールド』より高予算。)
予算がありあまってるから、知恵を使わず、安易にVFXに頼っちゃうんだろうなぁ。
本物の低予算映画『パラノーマル・アクティビティ』も、
一番予算がかかってる最後のシーンが一番スベってるし…。
予算と工夫って反比例しちゃうんですよね…。

とにかくアイディアは秀逸だったのに、非常に惜しいというか、
なにもかも中途半端な印象の映画でした。

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