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美女と野獣

今日の気になる映画ニュース。

『キングコング:髑髏島の巨神』がテレビドラマになるとか…。
なんでも映画の続きを描くそうだけど、ちょっと楽しみな反面かなり不安…。
映画発進のテレビドラマで成功した例をほとんど知らないし、
もしこれで失敗したら「モンスターバース」にもケチが付いて、
『GODZILLA』の今後にも影響が出るかもしれないし…。
当然映画ほどの予算も出ないだろうし、髑髏島の怪獣をちゃんと描けるのか?
コングも『フラッシュ』のゴリラ・グロッド並みのCGになりそうで怖いな。
(いや、『フラッシュ』は面白いし、大好きなんだけどね。)
主人公が女性になるらしく、、映画版ではあえて封印していた、
ヒロインとコングの「美女と野獣」的ロマンスが描かれてしまうのかな?

ということで、今日は『美女と野獣』の感想です。

美女と野獣
Beauty and the Beast

2017年4月21日日本公開。

アメリカでとんでもなく大ヒットしている本作。
興収4億6000万ドルを超え、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』を抜き、
全米歴代10位の成績を記録し、目下記録更新中です。
ファンタジー映画としては『ハリーポッターと死の秘宝pt.2』を抜き、
歴代最高興収を記録していますが、主演エマ・ワトソンは自己記録更新です。
YouTubeにアップされた予告編動画は史上最高の再生回数を記録し、
前売り券も驚異的な売り上げを記録していたので、大ヒットは予想してましたが、
まさかここまでの特大ヒットになるとは予想していませんでした。
というのも、私自身、本作にあまり期待できなかったからです。

本作はフランスの童話を原作とした
ディズニー長編アニメーション『美女と野獣』の実写映画化作品です。
そのディズニー版『美女と野獣』はアニメーション映画としては初めて、
アカデミー賞作品賞にノミネートされた不朽の傑作として知られています。
その傑作が実写リメイクされるとなれば、期待する人もいるでしょうが、
私は不朽の傑作ならばリメイクする必要もないと思ってしまうんですよね。
昨年は『ジャングル・ブック』が実写リメイクされましたが、
昨今ディズニーは過去の長編アニメーションを実写化するのに躍起です。
この実写化には2パターンあって、『アリス・イン・ワンダーランド』や
『マレフィセント』のようにオリジナルから大胆にアレンジするものと、
『シンデレラ』のようにオリジナルに忠実にリメイクするものがあり、
本作は後者になりますが、正直リメイクするよりアレンジするべきです。
たしかに『アリス』も『マレフィセント』もお世辞にも出来がいいとは言えないが、
ただ実写化しただけの忠実なリメイクなんてものは退屈なだけで、
内容がほぼ同じならオリジナル観れば事足りると思ってしまいます。
本作も公開前から「オリジナルの劇中歌が全て使用される」など、
忠実なリメイクであることが示唆されていたので、あまり期待できず、
それでもこの記録的ヒット作をスルーすることも出来ず、いざ観てみたら、
やっぱり予想通りの忠実なリメイクで残念な気持ちになりました。
オリジナルは2010年に3D版として復刻された時にも観たので、
けっこう記憶に新しいし、正直退屈に感じるところもありました。

実写化するには実写化しなくてはいけない理由があるべきですが、
本作は前述のように『アリス・イン・ワンダーランド』の大ヒットで味を占め、
ただ単に二匹目のドジョウを狙ってるだけです。
今後も『リトル・マーメイド』『ダンボ』『ピノキオ』『ムーラン』『白雪姫』
『101匹わんちゃん』『くまのプーさん』『アラジン』『ライオン・キング』など、
実写化企画が続々と進んでおり、本作もその中の1本でしかありません。
この安易な流れはあまり歓迎できないと思っていて、
『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』が大コケしてくれたことで、
この流れを断ち切れるかと思いましたが、本作がこんなに特大ヒットしては、
この流れが更に加速することは避けられないでしょうね…。
せめてアレンジ系の実写化なら有難いですが、本作の記録的成功で、
忠実リメイク系の実写化が主流になってしまう気がします。
まぁ本作も多少アレンジを加えているところもあるのですが、
その部分が悉く蛇足になっているので、やはりオリジナルが傑作だと、
下手にアレンジを加えることも出来ないんだなと再認識しました。

キャスト以外ほぼCGだった『ジャングル・ブック』の成功により、
もはや技術的に実写化できないものはないことを思い知りましたが、
本作は長編アニメーションの中でも特に実写化が困難な作品だと思います。
というのもタイトルが『美女と野獣』ですからね。
主演女優は文句なしの美女以外キャスティング出来ないわけで、
中途半端な女優をキャスティングしただけで致命的になります。
正直2014年のフランス映画『美女と野獣』のベル役レア・セドゥとか、
海外ドラマ『ワンス・アポン・ア・タイム』のベル役エミリー・デ・レイヴィンとか、
「ブスとは言わないが美女か?」って思えてシラケちゃいますもんね。
そんな難しい要求の中で本作は、エマ・ワトソンに白羽の矢を立てましたが、
ベストとは言わないまでもマッチベターなキャスティングだと思います。
なにしろ彼女は「世界で最も美しい顔」ランキング1位になったこともあり、
天邪鬼でもない限り誰もが認めざるを得ない列記とした美女です。
しかも歌も上手く、ミュージカル映画にもモッテコイで、
更にフランス・パリ生まれという本作のためにいるような女優で、
これはもうマッチベターではなく、ベストなキャスティングだったかも。
ただ劇中にわざわざパリ生まれを強調するような演出がありましたが、
このアレンジは蛇足だったと思いました。

本作が興行的に大成功できたのも、完璧なヒロイン選びのお蔭でしょうが、
もうひとりの主人公である野獣の方はもう少し頑張るべきだったかも。
いや、野獣はほぼCGなので歌さえ上手ければ正直誰でもいいけど、
そのCGのキャラデザがちょっと微妙だったように思います。
率直に言って、オリジナルの野獣の方が何倍も魅力的でした。
実写化に際して、あまりアニメチックにするべきじゃないと考えたのでしょうが、
本作の野獣は人間的すぎるというか、ぶっちゃけカッコいいです。
でも物語上はもっと動物っぽくて醜い方がいいと思うんですよね。
どんな姿でも興収にはあまり影響なさそうだし、もっと攻めてほしかったです。
以下、ネタバレ注意です。

フランスの森の奥のお城に、美しいものが大好きな王子が住んでいます。
王子は美しい者たちだけを招待して舞踏会を開きますが、
そこに小汚い老婆が訪れ、薔薇を一輪差し出し、一晩泊めてくれと言います。
美しいものしか認めない王子は老婆をつまみ出そうとしますが、
実は老婆は美しい魔女の変身で、魔女は「外見に騙されるな」と叱責し、
呪いで王子を(それほどでもないが)醜い野獣の姿に変えてしまいます。
ほぼオリジナルと同じ導入ですが、王子の舞踏会のメイキャップが酷いです。
野獣状態よりも醜いバケモノみたいな厚化粧で、美的センスを疑います。
薔薇が枯れる前に愛し愛されることを学べば元の姿に戻れる呪いですが、
外見の美しさだけで判断することを咎めたいのであれば、
王子自身を醜くする呪いはちょっとズレてる気がしますね。
ご存知のように後に野獣はベルに恋しますが、ベルは美女だし、
野獣が彼女の外見に惹かてないとは言い切れないわけだし。
この違和感はアニメーションのオリジナルの時にもあったはずですが、
実写化してリアルになったことで露見しやすくなりますね。
呪いのトバッチリで舞踏会の客人や使用人も家具や骨董品に変えられますが、
ロココ時代のフランスにこんなに黒人がいるのも違和感があります。
ポリコレはわかるが実写化するならリアリティに配慮するべきです。

数年後、近隣のヴィルヌーヴ村ではベルが父親モーリスと暮らしていますが、
本の虫の彼女を村人は「美人だけど変わり者だ」と噂しています。
彼女が近所の女の子に本の読み方を教えていると、
村の大人から「余計なことをするな」と注意されますが、
どうもこの村というかこの時代は「女に学は必要ない」という風潮のようですね。
自立心の強い彼女はそんな村に窮屈さを感じていますが、
これはオリジナルにはないアレンジ箇所のひとつです。
最近のディズニープリンセスはフェミニズムが強まっていますが、
本作もその影響をモロに受けているみたいです。
フェミニズムを強調したせいで駄作になった『マレフィセント』の例もあるので、
この傾向はあまり歓迎できるものではありません。
エマ・ワトソンも『ハリポタ』で人権屋ハーマイオニーを長く演じすぎたため、
強烈なフェミニストに成長し、本作のベルに共感しているみたいですが、
将来アンジェリーナ・ジョリーみたいな人権屋になりそうで心配です。
とりあえず女の子に本の読み方を教える展開に必然性はないので、
このアレンジは蛇足だったと思います。
ベルは村のマッチョなイケメン青年ガストンに求婚され続けていますが、
「こんなガサツな男と結婚なんて冗談じゃない」と思い、冷たくあしらいます。
たしかにガストンは本なんて読まない脳筋で、相性は悪いと思うけど、
他の村人から変わり者と忌避される中、彼だけ好意を持ってくれてるのに、
もう少し優しくしてもいいというか、美人だからってお高く止まってる印象です。

ある日、父モーリスが街の市場まで馬で出かけるのですが、
その帰りに森で迷子になり、6月なのに吹雪に襲われ、野獣の城に避難します。
彼は勝手に食卓の飯を食べるが、元人間の子供であるカップに話しかけられ、
驚いて城から逃げ出すも、ベルへの土産として庭の薔薇を勝手に摘みます。
いやいや、断りもなく他人の家の食事に手を付けたり、
逃げる途中でお花摘みなんて悠長すぎるだろと思ってしまうが、
これも実写化されたことで露見しやすくなった違和感ですね。
悠長にお花摘みしてた彼は泥棒として野獣に捕まり、城に幽閉されてしまい、
彼の馬だけが城を逃げ出し、ヴィルヌーヴ村に戻って来ます。
ベルは戻って来ない父を心配し、馬に城まで連れて行ってもらい、
野獣と交渉し、終身刑の父の身代わりになって父を釈放してもらいます。
家具たちは女性が城に住むことで野獣が愛を学ぶことができ、
呪いが解けるかもしれないと彼女に期待しますが、
野獣にとってはベルは泥棒の娘、ベルにとって野獣は醜いバケモノで、
お互いにいがみ合っており…。
父が泥棒を働いたことは事実だしベルはもっと謙虚になるべきです。

さすがは泥棒の娘、その血は争えないのか、
ベルは立入を禁じられている西の塔に勝手に侵入し、
大切な魔女の薔薇に近づき、野獣に見つかって怒鳴られますが、
彼女は自分が悪い癖にヘソを曲げて、城から飛び出して行くのです。
しかし雪の森で狼の群れに囲まれ絶体絶命のピンチになったところを、
追って来た野獣が狼を蹴散らして助けてくれるのです。
しかし野獣も負傷し倒れ、図々しいベルもさすがに放ってはおけず、
野獣を城まで連れ帰り手当し、看病してあげるのです。
この一件で2人の距離は少し縮まりますが、さらに野獣には教養もあり、
シェイクスピア談義で盛り上がり、野獣から図書室を贈られてベルは大喜び。
もう逃げるのもやめて、城で野獣と仲良く住むことにします。
村に帰った父が心配で逃げようとしていたのに、本があるから城に住むなんて、
ゲンキンな奴というか父よりも本が大事なのか?と思っちゃいます。

呪いを解くためにも野獣の好感度を上げたい家具たちは、
なぜ野獣が捻くれた性格になってしまったのかベルに教えますが、
なんでも優しい母親を早くに亡くし、無慈悲な父親に育てられたからだとか…。
これもたしかオリジナルにはなかった本作のアレンジ箇所だと思いますが、
無慈悲な父親に育てられるのと外見の美しさに執着することの関連性がなく、
蛇足というか意味不明な改変だと思いました。
野獣は世界中どこでも行ける魔法の本で、ベルをパリの生家に連れて行くが、
これもベルをパリ出身にすることで、エマとの共通点を演出するだけのアレンジ。
一応パリの生家に行くことで、ベルは母が疫病で死んだことを知るが、
別に彼女は母の死に疑問を持っていたわけではないので、
母の死の真相を知ることに物語上の必然性はなく、やはり蛇足なアレンジです。
まぁ野獣の生い立ちを知ったり、謎のパリデートを経ることで、
野獣とも更に親密になるので全く無意味とも言い切れないか。
親しくなった2人は舞踏会でダンスするのですが、
この舞踏会のシーンはオリジナルでも最も印象的な名シーンでしたよね。
本作でも綺麗なシーンでしたが、意外とアッサリした印象でした。
オリジナルは作画力に感心したところもあるので、実写だとその分薄れるか。

釈放された父モーリスは村に戻り、ベルを救出する手伝いを村人に頼みます。
彼の「野獣がいる」なんて話を誰も真に受けませんが、
ベルと結婚したいガストンは、将来の義父の頼みを聞いてやることに。
2人は森に行くが、野獣の城を見つけることが出来ず、
イラついたガストンは「野獣なんてやっぱり嘘だ」とモーリスをぶん殴り、
「狼の餌になれ」と彼を木に縛り付けて村に帰ります。
しかし村の中年女性アガットが、縛られてるモーリスを発見して解放。
村に戻った彼は「ガストンに殺されかけた」と吹聴して回るが、
「野獣がいる」なんて世迷言を言う彼の話を信じる者はおらず、
逆にガストンから「病的な虚言癖だ」と、精神科施設に強制搬送されることに…。
この流れも少しアレンジされていますが、大筋では無意味な展開だったけど、
やはりアレンジ箇所は先が読めないので、少し退屈さは薄れますね。
ガストンのカスさもオリジナルよりも強調されています。

舞踏会の後、ベルは父が恋しくなり、そんな彼女のために野獣は、
離れている人が見える魔法の鏡を貸してくれます。
ベルが鏡で父の様子を見ると、ちょうど精神科施設に連行されそうなところで、
気持ちを察した野獣は「助けに行け」と彼女を自由にするのです。
野獣はベルは戻って来ると考えますが、魔法の薔薇は枯れかけており、
家具たちはもう間に合わないのではないかと不安に思います。
どうも薔薇が枯れたら野獣は一生今の姿のままになるみたいですが、
家具たちは単なる家具になってしまうようで、野獣よりも切実でしょうね。

ベルは村に戻り、父が嘘をついていないことを証明するため、
魔法の鏡で野獣の姿を村人に見せるのですが、野獣に嫉妬したガストンは、
「彼女は野獣に洗脳されてる」とベルまで精神科施設行きの馬車に閉じ込め、
村人全員で野獣討伐隊を組んで野獣の城に乗りこむのです。
家具たちは必死に抵抗するも、ガストンの凶弾が野獣に被弾し…。
しかし馬車から脱出したベルが駆け付けると、野獣は一気に元気になり、
ガストンを殺そうとしますが、「私は野獣ではない」と生かすことにします。
ところが命を助けられたガストンは隙を突いて再び野獣に発砲。
その直後、バチが当たって彼は塔から転落ししますが、
被弾した野獣もベルの腕の中で死んでしまうのです。
同時に薔薇も枯れ落ち、家具たちも動かなくなってしまいます。

悲しむベルは野獣の亡骸に愛を告白しキスします。
その様子を見ていた例の中年女性アガットは、美しい魔女の姿になり、
呪いを解くと、野獣は生き返って元の王子の姿に戻り、
家具たちも元の人間の姿に戻るのです。
愛のキスで呪いを解くのはディズニーの伝統(お約束)みたいなものですが、
本作はキス自体ではなく、魔女が愛を確認して呪いを解いたのは意外です。
そもそもこの魔女は野獣に愛を学ばせて、何がしたかったんでしょうね?
せっかく野獣の幼少期の話も付け足したのなら、
魔女が王子の母親だった、とか魔女の動機も付け足せばいいのに。
人間に戻った人々は、盛大な舞踏会でみんなで踊って大団円でしたとさ。

個人的にはエマはエマでもエマ・ストーンのミュージカル映画の方が好みかな。
まぁこちらは知ってる話なので単純な比較は出来ませんが…。
エマ・ストーンといえば『101匹わんちゃん』の実写版『クルエラ』で主演するとか。
『マレフィセント』同様、ディズニーヴィランが主人公なので不安ですが、
忠実なリメイクではないので退屈はしないと思います。
『美女と野獣』もあまりに特大ヒットしてしまったがために続編の動きが…。
『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』の失敗例があるので危険ですが、
それを踏まえ、プリクエルかスピンオフになる可能性が高いそうです。
これも全く新しい物語になるだろうから、私にとっては本作よりも楽しめそうかな。

関連作の感想
アリス・イン・ワンダーランド
マレフィセント
シンデレラ
アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅
ジャングル・ブック

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