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LION/ライオン 25年目のただいま

今日の気になる映画ニュース。

なんでもアカデミー賞の長編アニメーション部門の選考ルールが改定され、
候補選びの段階から全アカデミー会員が投票できるようになったそうです。
今まではアニメーション映画関係者を中心に候補5本を選んでたみたいですが、
全会員が選ぶので公開規模が物を言うようになりそうで、
目に付きやすいハリウッド・メジャー作品が有利となり、
小規模公開になる日本のアニメ映画も不利になることが懸念されています。
確かにあり得る話で、日本アニメ映画界にとっては残念なことですが、
アカデミー賞はアメリカの映画賞だし、そこに割り込む必要はないとも思います。
どうせオスカーを受賞するのはメジャー作品に決まってるんだし。
2002年に『千と千尋の神隠し』が受賞したけど、
あの頃はハリウッドのCGI技術もまだまだだったから勝てただけだしね。

ただ、日本映画が候補入りするチャンスが減ってしまうと、
日本人のアカデミー賞への関心も低くなりかねず、
それはハリウッドにとっても日本にとってもあまりいい事ではないかな。
もう長編アニメーション部門の対象は完全にハリウッド作品だけにして、
外国語アニメーション部門でも新設してくれたらいいのに…。

ということで、今日はアカデミー賞作品賞候補作の感想です。
作品賞はもともと全会員によって候補が選ばれますが、
興収1600万ドル程度のマイナー作品だった本作が選ばれるんだから、
意外と長編アニメーション部門も公開規模に左右されないかも。
公開規模より公開時期(年末有利)が重要かも。

LION/ライオン 25年目のただいま
Lion.jpg

2017年4月7日日本公開。

第89回アカデミー賞で作品賞候補だった本作。
Netflix限定の『最後の追跡』、現在公開中の『ラ・ラ・ランド』、
そしてオスカー受賞作『ムーンライト』に次ぐ4番目の日本公開作です。
もう4月も中旬だというのに、9本中4本しか公開されてないなんて…。
しかも『フェンス』と『ヒドゥン・フィギュアズ』は公開日すら決まってなく、
それほど前回アカデミー賞の日本での注目度が低かったということかな。
アカデミー賞では作品賞の他に6部門で候補にあがりましたが、
残念ながら1部門も受賞できませんでした。
でも個人的には作品賞オスカーの『ムーンライト』よりも楽しめたので、
受賞歴なんてアテにならないものですね。
だからといって本作の方がオスカーに相応しいとまでは思いませんが。
以下、ネタバレ注意です。

本作は実話を基にしています。
1986年インドのカンドワ県、5歳のサルーは母と兄と妹と貧しく暮らしています。
彼は兄アドゥーと石炭車から盗んだ石炭を売り捌き、食料を調達しています。
石炭泥棒は犯罪ですが、生活のためだから仕方ないのかな。
親が子供たちに盗みを強要してたら「なんて親だ!」と思うけど、
母は承知してないみたいなので子供らだけで勝手にやってることだし。
ある日、出稼ぎに行くと言う兄に、サルーは「僕も手伝いたい」と懇願。
どんな仕事かは知らないけど、5歳児なんて足手纏いにしかならないだろうが、
兄は断り切れず渋々同行を認め、汽車で街まで行きます。
しかしさすがは5歳児、その移動だけで疲れて眠ってしまい、
街についても全く起きる気配がなく、仕方なく兄は駅のベンチに彼を寝かせて、
「ここを動くなよ」と言い残し、ひとりで仕事探しに行くのです。
しかし起きたサルーは兄を探して駅を徘徊し、回送列車に乗り込んでしまい、
そこで探し疲れてまた眠ってしまうのです。
その間にも回送列車は発車し、二晩走り続けてコルカタ(旧カルカッタ)に到着。
コルカタはベンガル湾に面するインド最大の大都市で、
インド中央部のカンドワ県とは1600km離れているみたいです。
なんでそんな距離を無人の旅客列車が回送するのかちょっと不思議。
無人でも運転手はいるのに、子供が乗り込んでることに気付かないものかな?

コルカタでやっと下車できたサルーは、家に帰りたいと切符売場に行くが、
「何言ってるかわからん、ベンガル語で話せ」と追い払われます。
インド映画すら国内で吹替版が作られるほどインドは多言語なんですよね。
コルカタはベンガル語圏ですが、サルーはヒンディー語しか話せません。
まぁ言葉が通じたとしても、彼が「ガネストレイに帰りたい」と言っても、
そもそもガネストレイなんて地名はインドにないみたいです。
どうも地名を間違えて記憶しているみたいですが5歳児では仕方ないか。
それにしてもサルーは誰が見ても迷子なのに、通行人はみんな無視しますが、
5歳児が困ってるのに誰も助けないなんて、なんて冷たい国だ。
と思ったけど、ここらはストリートチルドレンが溢れかえっているみたいで、
ひとりで彷徨う5歳児なんて珍しくも何ともないみたいです。
サルーが駅に住みつくストリートチルドレンたちに混ざって寝ていると、
大人の男たちがやって来て、次々と子供たちを捕まえ始めます。
はじめは駅員が勝手に住みつく子供を追い出そうとしてるのかなと思ったけど、
どうもそんな感じではなく、人攫いっぽいです。
児童労働や児童買春に係わる人身売買組織の連中かな?
もしかすると児童福祉施設とかの人たちかもしれませんが…。

何とか逃げ切ったサルーはコルカタの街を徘徊しますが、
ヌーレというお姉さんがヒンディー語で話しかけてくれ、
迷子だとわかると、自宅に招待してご飯を御馳走してくれるのです。
やっぱりインドにも優しい人はいるんですね。
と思いきや、この雌豚はカルーを人身売買組織の恋人に渡そうとして…。
いや、本当に人身売買組織の男かはわかりませんが、
サルーは危険を察知したようで、ヌーレの自宅から逃げ出します。
まさかあんな優しそうな女性が悪人だったなんてインドは油断できませんね。
サルーはゴミ拾いしながら5歳児とは思えぬ逞しさで生活しますが、
二カ月後、ある青年と出会い、迷子として警察に連れて行かれます。
やっぱりインドにも優しい人はいるんですね。
警察に保護されてこれでひとまず安心だ、と思ったのも束の間、
まるで野犬の収容所のような劣悪な環境の孤児院にぶち込まれるのです。
どうも孤児院の職員たちは孤児の貸し出し(売春斡旋?)もやってそうで、
インドってなんて酷い国なんだ、と思ってしまいます。
こんなにインドを酷く描いて大丈夫かと心配になるほどですが、
やはり本作はインド映画ではなく英豪合作映画のようです。

劣悪なクソ孤児院ですが福祉関係者も出入りしているようです。
(職員からは金蔓を奪う奴として毛嫌いされているみたいですが…。)
福祉関係者のスード女史は、新聞にサルーの尋ね人告知を何度も乗せたが、
なんと反応もなかったとして、里親を見つけてくれました。
サルーもここよりはマシだと考えたのか、里子になることを承諾します。
彼はスード女史からテーブルマナーや英語を習って、
1987年にオーストラリアのタスマニア島に住む白人夫婦に引き取られます。
とても親切でサルーを大切にしてくれる素晴らしい里親でした。
どうも自分たちの子供を産んで育てるより、不幸な子供を引き取る方が
社会的に意義のあることだと考えているようで、立派な思想だと思うけど、
なぜ大勢の孤児の中からサルーを指名したんでしょうね。
サルーは迷子であって孤児ではないのに…。
養父母は一年後にまたインドから孤児を引き取ります。
サルーがとてもいい子だから味を占めたのかもしれませんが、
新しく引き取った子マントッシュは自傷癖があってすぐに暴れる問題児で…。
たぶん心の病で、優しい養父母はあえて可哀想な子を選んだのでしょうが、
マントッシュは彼らの手に余るみたいで、サルーは憔悴する養母を心配します。
そういう場合は無理せず返した方が、双方のためだと思うけどな。

サルーはマントッシュと義理の兄弟になるわけだけど、
困った義弟とどんな生活になるのか見たかったのに、物語は急に20年も飛び…。
2008年、大人になったサルーはひとり立ちし、ホテル経営を学びにメルボルンへ。
意外にもマントッシュもすでに家を出たみたいですが、こちらは家出で、
サルーは養母を困らせる義弟に怒りを感じているみたいです。
でも優秀な義兄にマントッシュも肩身が狭いのでしょう。
メロボルンの学校に通いはじめたカルーは、インド人留学生らと交流し、
彼らとボリウッド映画みながらインド料理を食べるパーティに参加します。
20年もオーストラリアで暮らしても、アイデンティティはインド人なんですね。
インドの人気競技クリケットも大好きみたいだし。
ただ彼は自分の出身をコルカタだと認識しているみたいです。
しかしそのインドパーティで生まれ故郷で見た揚げ菓子ジャレビを発見した彼は、
故郷のことを思い出し、生母や実兄のことが気になり始めます。

インド人留学生らからグーグル・アースで故郷を探すことを提案され、
地元の駅に給水塔があったという記憶だけを頼りに、
コルカタの駅から列車の速度を逆算して、グーグルアースで探すのです。
インドに駅がどれほどあるかは知らないけど、
インドの広さを考えたら気の遠くなるような作業ですね。
給水塔のある駅は珍しくないので、それっぽい駅を見付けても確信はないし。
サルーはホテル経営の勉強も投げ出し、タスマニア島に戻って、
グーグルアースで故郷を探し続けるが、何も進展がなく時間だけが過ぎ…。
生母や実兄アドゥーが自分を探し続けているのではないかと思うと、
自分だけ何不自由ない生活を送ってることが申し訳なくなるみたいです。
しかし生母を探すことは養母に対する裏切りではないかと悩み、
サルーの生活はどんどん荒んでいきます。
私はそんな立場になったことはないし、5歳の頃の事なんて覚えてないので、
そこまで故郷に執着するものかとちょっと不思議な気もしますが、
里心がそんなに消えないものだと、養子をもらう方も大変だろうなと思います。

ある日、サルーは故郷探しを諦めようとしますが、その矢先、
グーグルアースを見ていると、まるで何かに導かれるように、
自分の記憶と重なる駅や地形、そして村を見つけるのです。
列車の速度から逆算した距離より更に遠い場所で見つけますが、
回送列車なので旅客列車の速度を逆算したら距離が短くなるのも当然ですね。
自分の生家がある村の地名は「ガネッシュ・タライ」でしたが、
間違って覚えていた「ガネストレイ」とはそう大差ない地名なので、
十分に連想できそうで、もっと早くに見つけられそうな気もしますが…。

サルーは故郷を見つけたことを養母に報告しますが、彼女も喜んでくれ、
2012年、彼は25年ぶりにカンドワ県を訪れます。
記憶を頼りにガネッシュ・タライの生家を探すが、それらしき場所は廃墟で…。
まぁ四半世紀も経てば村も様変わりして当然ですよね。
サルーは地元のおじさんに自分の子供のころの写真を見せて、
家族を探していること伝えると、おじさんはすぐに母のところに案内してくれ、
母と妹シェキラと感動の再会をするのです。
母はサルーが帰ってくると信じ、遠くには引っ越さなかったみたいですが、
村を訪れてからは拍子抜けするくらいアッサリ見つかりましたね。
ただ残念なのは、兄アドゥーがすでに他界していて再会できなかったこと。
サルーが行方不明になったことに一番責任を感じているのは兄だろうし、
再会できるまえに無念の死を遂げたと思うと可哀想でしたが、
どうも兄はサルーが迷子になった夜に列車に轢かれて死んだそうで、
自責の念に駆られながら生き続けるよりも、ある意味幸せだったかも。
まぁ息子を2人同時に失った母にとってはこの上ない不幸ですけどね。
映画的に兄と再会できないラストなのは物足りなさが残りそうですが、
そこは映画なので、幻覚で兄と再会するというシーンで締めくくられ、
物足りなさも幾分払拭されたような気がします。

なんでもサルーは地名だけではなく自分の名前も間違っていたそうで、
本名は「シュルゥ」、ヒンディー語で「ライオン」という意味だそうです。
だからタイトルが『LION/ライオン』だったんですね。
てっきり千尋の谷に落とされた子ライオンが親元に這い上がって来るという
比喩的なタイトルなのかと思いました。
あるいは大人になったサルーがライオンヘアだったからかと…。
最後にサルーの里親や実の家族の実際の映像や写真が流れますが、
義弟マントッシュだけはかなりイメージが違う気がしました。
見た目だけの印象だけど実際のマントッシュはけっこう普通の子っぽいです。

なんかグーグル・アースの宣伝みたいな映画だったな。
楽しめたから別にいいけども。

関連作の感想
最後の追跡
ラ・ラ・ランド
ムーンライト

コメント

ネタバレが酷い
お前は二度とブログで映画を語るな

  • 2017/04/19(水) 19:44:52 |
  • URL |
  • 無記名 #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> 以下、ネタバレ注意です。

あらあら、ちゃんと注意しましょうね。

  • 2017/04/19(水) 21:04:21 |
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  • BLRPN #-
  • [ 編集 ]

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