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ブルックリン/ワタシが私を見つけるまで/ベン・ハー

今日の気になる映画ニュース。

米脚本家組合が再びストライキするかもしれないらしい。
2007年のストの時には、映画の製作延期やドラマの撮影中止などが頻発し、
ゴールデングローブ賞の授賞式も中止になったり、
映画会社の従業員が大量解雇されたりと大変な事態になりました。
授賞式の中止や従業員の解雇なんかは正直他人事だけど、
好きな映画が延期になったり、好きなドラマが打ち切られるのは困るので、
ストはなんとか回避してほしいと思います。

なんでも配信サービスなどの配分増を求めているらしいですが、
私も映画の面白さを最も左右するのは脚本だと思うし、
脚本家は監督以上に重要だと思うので、十分な報酬は払うべきでしょう。
逆に俳優はちょっと貰いすぎな気がするので、そこから回せばいいです。
ただ契約更改の3年ごとにストをチラつかせられると
映画の公開を楽しみにしている客が迷惑するし、
映画産業の衰退にも繋がりかねないのでほどほどにした方がいいけど。
まぁ映画は企画のストックがあるから、ドラマほど影響はないらしいけど。

今日はビデオ鑑賞した映画3本の感想です。

ブルックリン/ワタシが私を見つけるまで/ベン・ハー
Brooklyn.jpg How to Be Single Ben-Hur.jpg

ブルックリン
2016年7月1日日本公開。

前年度、第88回アカデミー賞で作品賞にノミネートされた本作。
私はオスカー主要部門候補は全て劇場観賞したいと思っていましたが、
前年度の作品賞候補の中で本作だけスルーしてしまいました。
前情報で田舎娘の上京物語だとわかりましたが、絶対に女子向けで、
面白いと思える要素を全く見出せなかったのもあるけど、
最もスルーの決め手となったのは、授賞式から公開までのブランクです。
作品賞候補の中で最も遅い7月の公開で、そんなに待たされてしまうと
アカデミー賞の盛り上がりもすっかり冷め、興味を失います。
主演女優賞候補だった『キャロル』なんかも田舎娘の上京物語ですが、
授賞式前の2月に公開されたからちゃんと観に行きましたもんね。
オスカー候補公開は授賞式前がベストですが、せめて梅雨前までには…。
本作も先日アカデミー賞授賞式があったので、思い出したように観ました。

内容はアイルランドから仕事を求めてNYに移住した女の子エイリッシュが、
訛りを馬鹿にされたり、仕事に馴染めなかったり、ホームシックになったりする、
予想通りの田舎娘の上京物語で、退屈な滑り出しでした。
でも会計士を目指してブルックリン大学で簿記を学び始めると、
なぜか急に社交的になって垢抜け、恋人まで出来るのです。
そのロジックはよくわかりませんが、単に都会に慣れただけかな?
しかしそんなある日、故郷アイルランドから姉の訃報が届き、
シスコンのエイリッシュは動揺し、慌てて帰省することに。
恋人の配管工トニーは暫く離れ離れになることに不安を感じたのか、
帰省前に籍を入れてほしいとプロポーズするのです。
エイリッシュもそれに応じますが、仮にも喪中に結婚しますかね。
プロポーズされて嬉しかったのかいつも以上にイチャイチャしてるけど、
こいつ、本当に最愛の姉の急逝を悲しんでいるのかと疑いたくなります。

さらにロクでもない女だと思わされたのは帰省してからの展開です。
姉はある地元企業で簿記係をしていたのですが、姉が死んだことで
そのポストが空いたので、エイリッシュが居座ることに。
姉に憧れ簿記を勉強していた彼女には理想の仕事です。
姉の死を喜んでいるとは言わないが、あまりに嬉しそうなのでちょっとね…。
更にNYに夫がいるにも関わらず、幼馴染の青年ジムと再会して親密に…。
彼女は夫がいることも隠していたのですが、もうこれは確信犯でしょ。
ジムは裕福で学のある青年で、8歳の賢い弟に手紙の添削を頼むような
無学の貧乏配管工トニーよりも素敵な男性に見えたのでしょう。
彼女はトニーが弟に協力してもらって一生懸命書いた手紙も無視し、
NYに戻るという約束を反故にし、このまま故郷に残ろうと思い始めるのです。
なかなか人間味に溢れすぎな最低のヒロインで全く好感が持てません。

ところがある日、移住前にバイトしていた雑貨店の意地悪な女主人が、
エイリッシュを呼び出し、「あんた、姓が変わってるでしょ?」と指摘。
女主人は仕事に恋に順風満帆な彼女のことが気に食わなかったので、
わざわざ弱みを調べて意地悪しようと思っていたみたいですが、
田舎ではゴシップが致命的になることを思い出した彼女は、
「ここはそういうところだと忘れていた」と嫌悪感を露わにして、
故郷での仕事もボーイフレンドも母親も捨てて、NYに戻ることにするのです。
いやいや、入籍を隠していたのは自分だし自業自得だろって感じですが、
まるで悪いのは意地悪な女主人のような言い種で、感心できません。
ゴシップ怖くて逃げ帰るくせに、母には「夫に会いたいから」と綺麗ごとを抜かし、
マジで見下げた下衆女だなと怒りと蔑みが込み上げました。
彼女を演じるシアーシャ・ローナンには何も責任はありませんが、
こんなムカつく女の役でも主演女優賞にノミネートされてしまうなんて…。
女性だとエイリッシュに共感を覚えたりしちゃうのかな?

ワタシが私を見つけるまで
2016年11月18日リリース。

全米ボックスオフィス初登場3位だったロマコメ映画の本作ですが、
日本ではビデオスルーになりました。
しかしこの内容では劇場公開を見送られても致し方なしですね。
いや、この内容というか、そもそも内容自体がほとんどない気がします。
どんな物語かはわかるけど、何を伝えたいのかテーマがイマイチわからず…。
原題は『How to Be Single』、直訳すれば「シングルになる方法」って感じで、
先にオチを言ってしまえば、ヒロインはシングルのまま幕を閉じ、
それでも一応ハッピーエンドということになっているので、
恋愛や男に拘らずシングルであることを賛美するフェミニスト映画のようですが、
ヒロインが3人の男にフラれ、結局シングルにならざるを得ないかっただけで、
フェミニズム的思想から積極的にシングルを選んでいるわけではないし…。
ただ結婚に否定的な思想が込められていることは伝わってきます。

恋人ジョシュと同棲するアリスは、急にひとり暮らしに憧れだしたみたいで、
一方的にジョシュと一時的に距離を取ることを決め、ひとり暮らしを始めます。
職場のビッチな先輩ロビンに誘われて、夜遊びを覚えたアリスは、
バーテンダーの遊び人トムと肉体関係となり、それで満足したのか、
ジョシュを呼び出し、距離を取ることを終了すると一方的に告げるのですが、
彼にはすでに新しい恋人がいてフラれてしまうのです。
急にシングルライフを満喫したくなったからと一方的に別れを切り出し、
浮気して満足したから風汲塩しようなんてムシの良すぎる話で、
これではフラれても当然だし、いい気味だと思ってしまいましたが、
こんな共感の持てない自己中女がヒロインでは映画に感情移入もできません。
バーテンダーのトムも客の女ルーシーと付き合うことになるので、
結果的にアリスはトムからもフラれる形になります。
アリスは同窓会で出会った子持ちの独身男デビッドから好意を持たれ、
彼女も満更ではありませんが、デビッドは死別した前妻への想いを引きずり、
なんだかよくわからない逆ギレされて、やっぱりフラれることになり、
先輩ロビンとの友情を重視し、シングル生活を満喫する、という物語です。
シングルを楽しもうと考えるのは、逆に結婚に拘っていることの表れなので、
これがハッピーエンドといえるかどうかは甚だ疑問です。

アリスには産婦人科医の姉メグがいますが、仕事一筋の彼女でしたが、
赤ちゃんを取り上げ続けるうちに自分の赤ちゃんが欲しくなって、
精子提供を受けて妊娠しますが、それをキッカケに女の部分が目覚め、
妊娠を隠したまま妹の職場の受付係の青年ケンと恋に落ちます。
しかしひょんなことからバレて、一時的に破局するも、出産後に復縁します。
これが本作のサブプロットなのですが、こちらも納得できない展開です。
ケンとは妊娠が発覚してから出会ったわけだから、交際は数カ月。
しかもお腹が大きくなってからは会ってないので、かなり短い交流ですが、
そんな会って間もなくロクに親交もない上に他人の子を出産した女性を、
若い青年ケンが受け入れるとは考え難いです。
しかもメグが彼に妊娠を隠していた一因は、彼が男なのに受付係なことで、
フェミニストとは思えないジェンダー意識のメグにも好感が持てないし。
ロマコメではありがちなことですが、理不尽にアリスを振ったデビッドもだけど、
男キャラの描き方が適当で、異性の女キャラ以上に共感できません。
典型的なチックフリックで、男は見る価値のない作品です。

ベン・ハー
2017年2月8日リリース。

当初は日本でも劇場公開される予定でしたがビデオスルーとなった本作。
全米公開時にボックスオフィス初登場6位ではそれも仕方ないか。
原作は140年ちかく前に発表された超ベストセラー小説ですが、
私は読んだことがなくて、どんな話か全く知りませんでした。
紀元前40年頃、ローマ帝国に支配されたエルサレム、ユダヤの豪族ジュダは、
父が養子にしたローマ人の孤児メッサラと義兄弟として育ちますが、
父の死後、メッサラは母に冷遇したため、ローマに帰ってしまいます。
3年後、彼はローマ軍の司令官となり再びエルサレムに戻って来ます。
ある日ジュダはピラト総督の暗殺の濡れ衣で、母妹と共に反逆罪で捕らえられ、
義兄弟メッサラの命令で奴隷としてガレー船に、母妹は磔刑となります。
連行されるジュダに、あるユダヤの大工が水を与えるのですが、
まさかとは思ったけど彼こそナザレのイエスことイエス・キリストなんですね。
(それに気付いたのは、もう少し後の彼が業病人を助けるシーンでしたが。)
本作はヒストリカル・フィクション(史実に基づくフィクション)だったんですね。
まぁ『新約聖書』が史実と言えるかはかなり疑問ですけど、
メッサラの実の祖父がジュリアス・シーザーを裏切ったなど、
歴史上の人物や出来事を絡めた設定も面白いです。

ジュダは5年もローマ軍のガレー船で奴隷の漕ぎ手として扱き使われます。
よく5年も生きてられたなと思うほど劣悪すぎる環境です。
イオニア海でのギリシャ軍との海戦で、彼のガレー船は沈没しますが、
この戦闘シーンは超大作並みのスペクタクル映像でした。
ジェダは運よく岸に漂着し、アフリカ人旅行者イルデリムに拾われます。
イルデリムは戦車競走に参加するため、エルサレムの闘技場に向かう道中で、
ジュダはそれに同行させてもらうことになります。
エルサレムに戻ったジュダは母妹を磔刑にしたメッサラに復讐を誓うが、
イルデリムから「法に触れないように戦車競走で戦え」と助言されます。
戦車競走とは四頭立ての戦闘用二輪馬車でのレースのことですが、
死ぬ可能性が極めて高い命懸けの超デンジャラス競技らしく、
ジュダの妻エスターは出場を反対します。
エスターは夫が奴隷としてガレー船で働いていた5年の間に、
イエスの助手的な信者になっていたので、イエスの「敵を愛せ」という教えから、
復讐なんてするべきじゃないとジュダを説得したかったみたいですが、
ジュダは戦車競走出場を強行するのです。
でも結局ジュダは戦車競走に無事勝利するんですよね。
ある意味ではイエスの教えに背きながらも勝利したということになりますが、
本作はクリスチャン映画かと思ったので、イエスを蔑ろにしながらも
ちゃんとハッピーエンドになる展開は意外だったと思いました。

しかし、それにしてもこの戦車競走は予想以上にデンジャラスでした。
出場8選手中、ジェダ以外の7選手全員が死ぬか再起不能になってますからね。
そんなの競技として成立しないと思うし、そんな致死率が高い競技に
ローマ軍の総司令官ほどの重鎮が自ら出場するはずないです。
ちなみに出場選手もローマ以外に、ペルシャ、ギリシャ、アラビア、
シリア、エチオピア、エジプト、そしてユダヤとやたら国際色豊かです。
ほとんどローマ帝国の敵や恨みを持つ国の選手なはずなので、
ローマとって不利すぎるのに、なんでそんな競技主催するんだろ?
この戦車競走シーンもさすがクライマックスだけあって超スペクタクルでした。

結局、落馬しジェダに敗れたメッサラも片足を失う大怪我するも一命を取り留め、
その後ふたりは和解し、仲の良い義兄弟に戻ります。
物語的にはそれで終わりでいいと思うんだけど、本作には蛇足な展開が…。
イエスの最期も描かれるんですよね。
ゴルゴダの丘に連行され十字架刑に処されるのですが、
それを見たジュダはなぜか泣き崩れるんですよね…。
ジェダはイエスの信者でもないし、ユダヤ教すら熱心に進行してないのに、
たった3回しか会っただけの男が死んで何が悲しいのかと思ってしまいます。
イエスの最期なんて本作に必要ないだろ、と思ってしまいましたが、
原作の副題が「A Tale of the Christ(キリストの物語)」らしいですね。
この物語はジュダとメッサラの物語ではなかったのか…。

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