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素晴らしきかな、人生

昨日の気になる映画ニュース。

ジブリのアニメ映画『レッドタートル ある島の物語』が
第89回アカデミー賞の長編アニメ部門にノミネートされており、
日本では作品賞以上に大きく報じられていますが、
日本を見限ったジブリのフレンチ・アニメが受賞したところで日本は関係ないし、
そもそも私が観た限り、あの程度では受賞する可能性は極めて低いです。
大本命の『ズートピア』も私としては微妙でしたが…。

それはそうと、先日LAで行われたアカデミー長編アニメ賞のイベントで、
『レッドタートル』を引っ提げて登壇したジブリの鈴木Pが、
宮崎駿が長編アニメに着手していることを発表しました。
どうせ復帰するとは思っていたが、引退表明した『風立ちぬ』からまだ4年、
彼の引退を理由にジブリの制作部門を畳んでからまだ2年半しか経っておらず、
復帰するには早すぎるし、特にジブリをリストラされた人たちが気の毒です。
そのリストラされた人たちが集まって立ち上げたスタジオポノックの
処女作『メアリと魔女の花』が今年7月に公開されるというのに、
応援どころかそんな話題を掻っ攫うような発表するなんて酷いです。
宮崎駿は負けず嫌いだから、元弟子の作品でも応援する気はないだろうな。
鈴木Pは「企画は昨年7月から」と妙に強調しているが、これもおそらく嘘で、
昨年8月の『君の名は。』への対抗心で着手したことを悟られたくないのだろう。
ジブリが消えたことで、ジブリ以外のアニメ映画にも手を出す客が増え、
ポスト宮崎駿争いで若手監督が群雄割拠し始めたところなのに、
宮崎駿の早すぎる復帰は日本アニメ映画界にとって如何なものか。
しかし御年76、昨年夏から着手したとして、復帰作が拝めるだろうか。

今日も映画の感想です。

素晴らしきかな、人生
Collateral Beauty

2017年2月25日日本公開。

本作は全米ボックスオフィス初登場4位と微妙な成績でしたが、
それ以上に批評家からズタボロに酷評された作品です。
でも私は鑑賞して、佳作ではないが、そんなに駄作でもないと思いました。
たしかに少し出来すぎで強引なところもある物語でしたが、物語の性質上、
ある程度仕方がないと思ったし、登場人物も多く、各々問題を抱えており、
詰め込み過ぎが懸念されるも、100分未満で上手く纏められ感心したくらいです。
批評家からは酷評されましたが、一般客からは概ね好意的な評価を得ており、
なぜそんなに批評家ウケが悪いのか考えてみたのですが、
最低映画の祭典ラジー賞にノミネートされたことでわかった気がします。
本作は最低スクリーンコンボ賞(旧最低スクリーンアンサンブル賞)で
「かつては尊敬された出演者たち」としてノミネートされていますが、
その皮肉が込められたノミネート名こそ酷評された理由を端的に示しています。
ようするに、「豪華キャストを集めすぎで鼻に突く」ということでしょう。
主演ウィル・スミスで、キーラ・ナイトレイ、ヘレン・ミレン、ケイト・ウィンスレット、
エドワード・ノートン、マイケル・ペーニャら実力派俳優が脇を固めており、
たしかに無駄に豪華な印象を受けてしまいますし、それだけ揃えておいて、
出来上がったのがそこそこの作品であれば酷評したくもなるかも。
一方でナオミ・ハリスがハリウッド映画賞ブレイクアウト賞を受賞し、
「かつては尊敬された出演者」ではない無名俳優の起用もしてますが…。
単純にウィル・スミスが批評家に嫌われてるから難癖付けられてるだけかも。
当初ヒュー・ジャックマンが主演予定だったので、予定通りなら評価も違ったか?
以下、ネタバレ注意です。

広告代理店インレット社を経営する凄腕実業家ハワード。
彼の信条は「人は愛を渇望し、時間を惜しみ、死を恐れる」で、
それを広告作り活かすことで素晴らしい広告を生み出しています。
なるほど確かに人間の真理を捉えているなと思いました。
そんな彼でしたが、6歳の娘が病死したことで塞ぎ込み、
それから2年経って職場復帰したものの全く働く意欲がなく、
オフィスで仕事そっちのけでドミノ倒ししているため、取引先から信頼を失い、
どんどん契約が打ち切られ、会社が傾き始めます。
その状況に共同経営者のホイットと部下のクレアとサイモンは危機感を覚えて、
株価が下がらないうちに会社を売却するべきだと考えますが、
株の6割を所持しているハワードに議決権があり、勝手に売却できません。
トップが潰れただけで傾くなんて、とんだワンマン企業ですね。
仕事の半分はハワードがコネらしいけど、ホイットも共同経営者なら頑張れよ。
ハワードも娘が亡くなったのは気の毒だけど、社員にだって生活はあるんだから、
働く気がなければ引退すべきで、単なる構ってちゃんかと思ってしまいます。

ホイットは探偵を雇い、ハワードに議決能力がないと証明するネタを探させます。
探偵はハワードが投函した3枚の手紙をポストから不法に盗み出しますが、
その3枚は誰かに宛てられたものではなく、それぞれ愛、時間、死という
彼の信条である抽象概念に宛てられた奇妙な手紙で、ホイットは困惑します。
そんな宛名の手紙、郵便屋も困惑するでしょうね。
ある日、ホイットはCMのオーディションで社を訪れた女優エイミーから
商品のキャチコピーのダメ出しをされ、彼女のことが妙に気になり、
後を尾けると、仲間2人と貧乏劇団をしている舞台俳優だとわかります。
3人の舞台稽古を覗いたホイットはある妙案を思いつくのです。
…いや、妙案というにはあまりに突飛な計画ですが、エイミーら俳優3人に
それぞれ愛、時間、死という抽象概念を擬人化した役を演じさせ、
ハワードに接触してほしいと依頼するのです。
それこそ正気を疑うような作ですが、抽象概念に手紙を書くような相手なら
抽象概念が人間の姿で現れても信じるに違いないと考えたようです。
ハワードの信条である抽象概念を彼に会わせて立ち直らせるつもりだな、
と思いきや、そんな抽象概念が見えることで正気じゃないと思わせて、
議決能力がないことを証明するネタにするつもりです。
部下のクレアとサイモンも賛成しますが、ハワードを気に掛けてるふりして、
心の傷に浸け込もうとは、揃いも揃ってなかなかの腐れ外道ですね。

エイミーら俳優も承諾し、エイミーは愛、年配女優ブリジットは死、
若手俳優ラフィが時間を演じることになります。
ブリジットはこの作戦を「まるで『ガス燈』ね」と言いますが、
この作戦を例えるなら『クリスマス・キャロル』が適切だと思うんだけど…。
本作の舞台もクリスマス・シーズン真っ只中だし、きっと元ネタなはずだけど、
元ネタを気付かれたくないから、あえて言及を避けたのかな?
まずは過去の幽霊…、ではなくて死の化身ブリジットがハワードに接近します。
公園のベンチにいるハワードに「私宛に手紙を書いたでしょ」と話しかけるが、
さすがに彼も疑うものの、周りの人には死が見えてないみたいで動揺します。
ホイットがエキストラも雇って、死のことが見えないふりをさせたのです。
続いて時間のラフィ、愛のエイミーもハワードに接触します。
ホイットの狙いとは別に俳優たちは彼を立ち直らせようと説得を試みます。
しかし娘を死なせ、自堕落に時間を浪費し、妻とも離婚し愛も失った彼は、
死も時間も愛も憎しんでおり、彼らを邪険に扱います。
なにしろ彼は娘の名前を口にするのも辛いほど落ち込んでますから、
ワケのわからない抽象概念の説教なんて耳障りなだけでしょうね。

しかしハワード自身、立ち直りたいとも思っているみたいで、
子供を亡くした遺族の集い「小さな翼の会」に参加して、マデリンと出会います。
マデリンも6歳の娘オリビアをGBM(多形性膠芽腫)で亡くした遺族で、
傷心から夫とも離婚したらしく、ハワードは境遇が似ている彼女に、
抽象概念の幻覚につきまとわれていることを相談するのです。
するとマデリンは娘を亡くした時の不思議な体験談を話してくれます。
なんでも娘の手術中に病院の待合室で隣にいた見知らぬ夫人から、
子供が亡くなっても「幸せのオマケ」があるから見逃すな、と助言されたらしく、
その時は意味がわからなかったが、今はなんとなくわかる、と。
私は子供が死んで幸せなはずないのに意味不明だと思いましたが、
やはりハワードも意味不明だったようで憤慨し、立ち去ります。
本作を観終わった今でもイマイチよくわからない「幸せのオマケ」ですが、
本作の原題『Collateral Beauty』はそこから付けられたみたいです。
タイトルになるくらいの最重要テーマなのに、あまり理解できないなんて…。

愛エイミーにはホイットが、時間ラフィにはクレア、死ブリジットにはサイモンが
それぞれサポートに付いて指示を出していますが、面白いのは彼ら3人も、
それぞれサポートする抽象概念が絡む問題を抱えていることです。
ホイットは不倫で妻と離婚したことで愛する娘から軽蔑されており、
クレアは仕事で家族を持つ時間がなく、精子提供で高齢出産するか悩んでおり、
サイモンは末期癌で近々死ぬことを家族に打ち明けられずにいます。
それに対し、愛エイミーはホイットにちゃんと娘と話すように諭し、
時間ラフィはクレアに高齢出産を諦めても養子を取る道もあると助言し、
死ブリジットはサイモンに病気のことを家族に話すべきだと説得します。
その結果彼らの問題は解決し、本当に愛と時間と死の化身みたいな働きです。
でもサイモンだけはどう転んでも病死は避けられないわけで、
他2人に比べると彼の問題だけ重すぎてバランス悪い気もしました。

ある日、出掛けるハワードを、ホイットが雇った探偵がカメラを持って尾行。
その道中、時間ラフィ、死ブリジット、愛エイミーが順に話しかけられ、
しつこい抽象概念の説教にイラついたハワードは彼らに怒鳴り散らします。
その様子を探偵が動画撮影し、議決能力の有無を問う取締役会で流します。
俳優たちの姿はデジタル処理で綺麗に消されているみたいで、
映像ではハワードがキチガイのように喚き散らしているだけ。
それを見たハワード本人も、観念して自分が病んでることを認めるしかなく、
会社の売却に同意し議決権を放棄する書類にサインします。
ハワードを嵌めたホイットらもさすがに罪悪感があるみたいですが、
このままだと倒産して社員全員が路頭に迷うよりは身売りの方がマシなので、
やり方は違法で下衆だけど、この経営判断は正しかったでしょうね。

しかし流された動画は、まるでグリーンバックで撮って合成したかのように、
俳優の姿や声が完全に消されており、まるでハリウッド映画並みの技術で、
それを低予算かつ短時間で完成させるなんて人間業ではないです。
これは明らかに出来すぎで違和感を否めない展開ですが、それもそのはず、
なんと愛エイミー、死ブリジット、時間ラフィは本当に抽象概念の化身であり、
問題を抱えたハワード、ホイット、クレア、サイモンにしか見えないため、
端から動画には姿が映ってなかったのです。
大どんでん返しですが、正直これは想定の範囲内だったかな。
オーディションを受けずに立ち去ったエイミーの不思議な行動とか、
ラフィが路上でスケボーで派手に転んだのに通行人が誰も驚かなかったとか、
周りには姿が見えてなさそうなシーンがいくつかあったので…。

しかし、本作にはもうひとつ大どんでん返しがあったのです。
イヴ、全てを失ったハワードは「小さな翼の会」のマデリンの家を訪ねます。
マデリンは彼に亡くなった娘の名前を聞きますが、彼は頑なに拒否。
しかし彼女は「私の娘の名前はオリビア、6歳の時にGBMで死んだ」と言い、
生前父親と遊ぶオリビアのビデオを再生し、ハワードに見せます。
するとハワードは「俺の娘の名前はオリビア、6歳の時にGBMで死んだ」と…。
そしてビデオに映ったオリビアの父親の姿はハワードで…。
なんとマデリンは2年前に離婚した元妻だったのです。
娘オリビアの死が辛すぎたハワードは、妻と他人に戻ろうと考えたみたいで、
マデリンも夫の意志を尊重して、お互い他人を装っていたのでした。
2人は娘の死を受け入れ、関係を修復してめでたしめでたしです。

俳優3人の正体は察しがついたけど、マデリンの正体は全く予想外で驚きです。
これなら2人の境遇が似すぎているのも当然だし、なぜ気付けなかったのか…。
きっと俳優3人の正体の方にミスディレクションされていたためでしょうね。
でもこの大どんでん返しのネタバラシは、俳優3人の方が後なんですよね。
大ネタの後に小ネタが来る感じで、逆じゃないかと思ってしまいました。
…が、最後の最後に、もうひとつ小さなどんでん返しがあります。
2年前にマデリンが待合室で会った「幸せのオマケ」の夫人は
死の化身ブリジットだったということが明らかになります。
間接的にブリジットたち抽象概念の化身から救われたハワードでしたが、
マデリンもすでにブリジットに救われていたわけですね。
ただ、マデリンを救った決め手となる「幸せのオマケ」の意味が
私には完全に理解できず、ちょっと心残りな幕引きではありました。

でも概ね楽しめたし、けっこう感動できたので、
やはり批評家というか他人の評価なんてものはアテにならないものです。
なんて映画感想ブログで書くのは本末転倒か。

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