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リリーのすべて

今週末公開の『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』が
楽しみ過ぎて浮足立ってますが、ちょっと不安もあります。
ちゃんとヒットするかという不安が…。
『バットマン vs スーパーマン』は一大クロスオーバーシリーズ、
「DCエクスペンディッド・ユニバース(DCEU)」の第二弾になりますが、
(第一弾は2013年の『マン・オブ・スティール』です。)
始まったばかりのDCEUが軌道に乗るかは、この作品と
9月公開の第三弾『スーサイド・スイクワッド』の成否にかかっています。
『バットマン vs スーパーマン』単体というよりも、DCEUに期待しているので、
是非とも大成功して、「マーベル・シネマティック・ユニバース」と双璧をなす、
大人気シリーズになって、ライバル同士切磋琢磨してほしいです。
まぁ心配せずともアメリカでは大ヒットすると思いますが、
出来れば日本でもヒットして、せめて初登場1位にはなってほしいです。
でも『マン・オブ・スティール』は出だしだけ好調でヒットしてないからな…。

ということで、今日はDCEUのヒロインのひとりにも内定している女優
アンバー・ハードもちょっとだけ出演している映画の感想です。

リリーのすべて
The Danish Girl

2016年3月18日日本公開。

本作は第88回アカデミー賞で、主演男優賞、助演女優賞を含む、
4部門にノミネートされ、助演女優賞でオスカー受賞した作品です。
…が、この結果には物申したいですね。
といっても、助演女優賞を受賞したことに異議があるわけではありません。
受賞したゲルタを演じるアリシア・ヴィキャンデルの演技は素晴らしかったです。
ならば主演男優賞を逃したことに異議があるのかと言えば、それも違います。
まだ受賞した『レヴェナント』の主演ディカプリオの演技も観てないのだから、
本作のリリー演じるエディ・レッドメインと比べることも出来ないし、
異議なんて持てるはずないですからね。
何に物申したいかと言えば、どう考えてもこの物語は、
リリーではなくゲルタが主人公だろってことです。
つまりゲルタ演じるヴィキャンデルが主演女優賞にノミネートされず、
助演女優賞にノミネートされ受賞していることに異議があります。

どうもそこには製作サイドの政治的な判断があったみたいで、
ヴィキャンデルでは混戦の主演女優賞の受賞は厳しそうだが、
助演女優賞なら可能性があると考え、彼女が主演女優賞ではなく、
助演女優賞にノミネートされるように裏で活動していたらしいです。
実際に前哨戦の第73回ゴールデン・グローブ賞では、
彼女はちゃんと主演女優賞にノミネートされています。
その結果、オスカーも受賞した『ルーム』のブリー・ラーソンに負けたので、
再戦を避けたことで、主演女優賞より価値は落ちるとはいえ、
一部門だけでも受賞したオスカー作品になれたので、
その政治的判断は正しかったとも言えるけど、やっぱり卑怯でしょ。
団体戦で大将に弱いやつを用意するチームみたいなズルい印象を受けるし、
カテゴリが守られないなら映画賞としての意義も揺らぐと思います。
実質主演と戦わされた他の作品の脇役たちも不利だし気の毒じゃないですか?

でも卑怯ということ以前に、最も問題だと思うことは、
我々日本人のように、本作を観る前に受賞結果を知ることになる客が、
本作の主人公をリリーだと誤解してしまうことです。
本作を観る上で、この物語がリリー視点だと思って観るか、
ゲルタ視点だと思って観るかでは、印象が全く違うと思うんですよね。
そして後者の方が意図された正しい見方だし、楽しめるのは間違いないです。
というか、本作は世界初の性別適合手術を受けたリリーの伝記映画ですが、
実際は彼(彼女?)の苦悩や葛藤なんてほとんど描いておらず、
夫がどんどん女になってしまうゲルタの心情を中心に描いているので、
客はゲルタに感情移入すべきで、うっかりリリー視点で観てしまうと、
単に男が女になる工程を描いただけの薄っぺらい物語になります。
単純に登場時間だけで考えても、ゲルタの方が長いし、
どう考えても彼女が主人公の物語なのに…。

そもそもマイノリティであるトランスジェンダーの心情なんてものは、
もししっかり描かれていたとしても、マジョリティであるストレートの我々が、
理解しきれるものではないし、感情移入することは困難です。
だからこそ本作はリリーの伝記映画でありながら、彼を主人公とはせず、
客にも感情移入しやすい彼のストレートの妻ゲルタを主人公にしたはず。
ただ史実のゲルタは、レズビアン或はバイセクシャルだったらしいので、
本作ではストレートに改変されているわけですが、
その改変も客にわかりやすく、受け入れやすくするためでしょう。
生粋のLGBT映画ならTのリリーとLかBのゲルタの物語でも構わないのに、
あえて一般人ウケできるように改変したにも関わらず、
ゲルタが主人公ではないかのようなキャンペーンを行うなんて愚かしいです。
ただやっぱりゲルタは実際にはLかBだった人物なので、
いくらストレートに改変しても無理が出てくるところがあり、
彼女に感情移入しても、しきれないところも多少あります。
とはいえゴリゴリのLGBT映画に比べたらかなり見易いです。
以下、ネタバレ注意です。

1920年代のコペンハーゲン。
人気風景画家アイナーと売れない肖像画家ゲルタは夫婦でした。
ある日、絵のモデルの女性が来れなくなったため、
ゲルタは美脚の夫アイナーに女性役のモデルを頼みます。
渋々承諾したアイナーでしたが、女装が思いのほか快感で…。
アイナーは後のリリーですが、リリーは性同一性障害だと思っていたので、
こんなキッカケで後天的に女性に目覚めたのは意外でした。
性同一性障害は先天的しかあり得ないと思い込んでいたので…。
まぁ子供時代にも友達の男子に淡い恋心を抱いた経験があるようなので、
先天的なのかもしれないけど、普通に女性の妻ゲルタを愛してるみたいだし。
やっぱりLGBTの人の感情というのは理解しにくいです。

女装したアイナーをモデルにした絵は人気があるし、
はじめはゲルタも夫の女装癖を面白がって、
一緒に女装のまま芸術家のパーティに参加させます。
アイナーの従妹リリーと偽って参加しますが、パーティの最中、
ヘンリクという男に誘われて、リリーはキス。
その後、ゲルタに秘密で交際が始まるのです。
女装したのがキッカケで女装に目覚める男は多いらしいけど、
アイナーの場合は恋愛対象まで男にシフトしちゃったんですね。
うーん、たしかに女装したアイナーは女性に見えなくもないけど、
やたら背が高いし、声は太いし、オネエっぽい雰囲気は残りますね。
初対面ならまだしも知人はすぐに気付くと思います。
実際に知人だったヘンリクもリリーがアイナーだと知って近づいたようです。
そこは不思議でしたが、後にヘンリクがゲイだったことが判明し納得です。

夫が男とキスしているのを目撃し、男と逢瀬を重ねていると気付いたゲルタは、
「リリーはもう現れない方がいい」と女装を禁止します。
しかしアイナーは妻の目を盗み、こそこそ女装に明け暮れるのです。
彼が姿見の前で男性器を股に挟んで女装する姿はなかなか衝撃的でしたね。
ちょっと男性器見えちゃってるし…。まあ作り物だと思いますが。
街頭で女性を観察して女性の仕草を学ぶのも意外でした。
心が女性なら立ち振る舞いは自然と女性っぽくなるものだと思っていたので。
風俗(のぞき部屋?)まで行って、セクシーなポージングを学ぶほど熱心です。

ゲルタは女装をやめない夫を医者に行かせます。
1920年代はまだ同性愛が病気だと思われていたみたいで、
病気ならば治療で治ると考えられていたのでしょう。
正直私も同性愛は病気じゃないとは言い切れないと思ってるけど、
少なくとも治る病気ではないですよね。
結局、その医者はサジを投げるのですが、
その医者に子供が出来ないのも同性愛者だからだと言われます。
体内の化学物質が不均衡とかで不妊になるということですが、
そんなことってあり得るのかな?
妊活はしていたみたいなのでそれが事実ならあり得るのかも。
他の医者からも性的倒錯と言われたり、精神分裂と診断されたり、
ロボトミー手術を勧められたりしますが、同性愛は完全に異常者扱いです。

そんなアイナーのことを気の毒だとも思いますが、
それ以上に気の毒なのは、やっぱり妻ゲルタですよね。
同性愛者の夫なんて、さっさと別れてしまえばいいのに、
彼女は夫の味方になり、懸命に支えようとします。
それに対して夫アイナーは、あまり妻ゲルタの気持ちは考えてない気が。
ゲルタも本心では夫にリリーではなくアイナーでいてほしいのに、
夫はどんどんリリーになろうと突っ走るのです。
同性愛者に関わらずマイノリティってそういうところがありますよね。
被害者意識が強くて、自分の意志ばかり通そうと自分勝手になりがちです。
ゲルタはそんな夫に振り回されっぱなしで気の毒です。
それに比べれば、アイナーなんていい気なものですよ。
やっぱりアイナーよりもゲルタの気持ちの方がよくわかります。
ただ、夫が同性愛者だとわかっても好きでいられる気持ちはわからないけど。
売れる絵のモデルとして手放したくないとか?

リリーを描いた絵が大好評なゲルタは、パリの画廊から声が掛かり、
パリで個展を開くことになり、画家をやめたリリーも同行します。
そこで画商をしているアイナーの幼馴染ハンスに会うのです。
ハンスは幼い頃にアイナーにキスをした男です。
アイナーに同性愛の芽を植え付けた張本人ですが、
そんな彼になぜかゲルタが夫のことを相談するんですよね。
恨みこそすれ頼るべき相手じゃないと思うけど…。
ハンスもよくわからない男で、過去にアイナーにキスしたくらいだから、
彼もゲイなのかと思いきや、どうもゲルタに横恋慕したみたいで…。
リリーもハンスのことが好きみたいで、ややこしい三角関係に…。
…なると思いきや、意外にもそんなドロドロした関係にはならず、
理解ある友人として付き合っていく感じになります。
リリーのマイノリティ特有の自己中っぷりにイライラしたので、
ゲルタとハンスがくっ付けばいいと思ったけどキス止まりでした。

リリーは同性愛者も診るドイツの産婦人科医の診察を受けることに。
ゲルタが紹介したので、同性愛の治療目的だと思いましたが、
なんと医師から性別適合手術を勧められるのです。
前に手術を受けるはずだった男が怖気づいて逃げたので、
リリーが同意すれば世界初の性別適合手術になるとのことです。
そんな前例のない手術をよく安易に勧めるものだと思いましたが、
実は方法がある程度確立されていたのかもしれません。
本作ではリリーが世界初ということになっていますが、実は前例があり、
ドイツで2人受けていたが、ナチスに抹消されて記録が残ってないようです。
なので記録上はリリーが最初と言うだけですね。

リリーは喜んで受けることに同意しますが、妻ゲルタは複雑だったでしょうね。
いや、支えると言いつつも本当はやめてほしかったのは間違いないです。
夫が本当の女(と言えるかは疑問か)になってしまうこともさることながら、
超危険な手術で感染症などで死んでしまう可能性も高かったためです。
なにしろちゃんと成功すれば、出産も可能になると信じられていたような、
いい加減な手術ですから、そりゃ死にますよね。
しかしリリーは女になれることに喜び、心配する妻の気持ちなんて無視。
あまつさえ死ぬことを心配する妻の警告を鬱陶しいと感じているみたいで…。
本当に身勝手で無神経なやつですよ。

手術は男性器の切除と膣の形成の二段階で行われます。
一段階のあと体力回復を図る必要があるかららしいです。
しかしリリーは完全な女になることを急ぐあまり、ゲルタの心配を押しのけ、
早々に二段階の手術を受けに行ってしまいます。
体力回復しなきゃいけないのにダイエットみたいなこともしてたし、
きっとそこまで難しい手術じゃないと楽観してたのかもしれませんね。
それにしても難しい手術だろうに、費用はどこから出たんだろ?
臨床実験の実験台として無料で受けたのかな?
その結果、体力回復の努力をしなかった彼の自業自得か、
もともと成功の見込みがない手術だったのかはわかりませんが、
二段階目の手術後ほどなく、リリーは合併症で死亡します。
結局失敗してるなら、世界初の性別適合手術とは言えない気が…。
ゲルタの懸念は的中したわけで、(元)夫の死を看取った彼女の心境は
想像を絶するものだったでしょうね。
別に生きる上で必要不可欠な手術でもなかったわけだし、
強引にでも止めていれば防げた無駄死にだから、自責の念も強かったかも。
ただ史実ではゲルタはリリーを看取ってないらしいです。
リリーが死んだ時にはもう離婚が成立し、他の男と再婚してたらしいので。

一見、同性愛者の悲劇を訴えたLGBT映画のようですが、
実際はLGBTのパートナーを持ってしまった人の苦悩を描いた作品で、
LGBT映画とは違い、けっこう共感できる内容でした。
急に目覚めたり隠してたりするため、付き合ったり結婚したりしてから、
恋人がLGBTだとわかったという話は身近でもけっこう聞きます。
今ではLGBTの人は社会や組織から支援があったりするけど、
本当に支援すべきはLGBTのパートナーを持ってしまった人や、
家族にLGBTがいる人ではないかと思わされた映画でした。

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