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百日紅 Miss HOKUSAI

大河ドラマ『花燃ゆ』の視聴率が悲惨なことになってるそうですね。
ワーストの第15話では、まさかの一桁9.8%を記録し、
その後、多少持ち直したと思いきや、先週の18話でもワースト2位の10.2%で、
テコ入れも全く効果がなさそうな、迷走状態らしいです。
ボクも大河ドラマはとりあえず見る方ですが、『花燃ゆ』は初回から見てません。
やはり吉田松陰の妹なんて「誰?」な主人公では興味が湧きにくいです。
歴史ドラマの面白味は史実を如何に脚色しているかだと思うので、
歴史にほとんど登場しない人物の物語では単なる時代劇になる気がして…。
まぁ見てないので、実際はけっこう楽しめる作品なのかもしれませんが、
たとえどんなに面白くても、見たいと思わせる題材じゃないと見てもらえないので、
やはり看板はメジャーな歴史上の人物にした方がいいです。
来年は大人気武将・真田幸村が主人公の『真田丸』なので絶対見ますが、
もし主人公が幸村の妹の物語だったら見るか悩みますもんね。

ということで、今日はメジャーな歴史上の人物の娘の物語の感想です。

百日紅 Miss HOKUSAI
百日紅 Miss HOKUSAI

2015年5月9日公開。
杉浦日向子の漫画『百日紅』を原恵一監督がアニメ映画化。

さまざまな風俗を描いた浮世絵が庶民に愛された江戸時代、浮世絵師・葛飾北斎は大胆な作風で一世を風靡(ふうび)する。頑固で偏屈な天才絵師である父・北斎の浮世絵制作を、陰で支える娘のお栄(後の葛飾応為)も優れた才能を発揮していた。そんな北斎親子と絵師の交流や、江戸に生きる町人たちの人間模様がつづられていく。(シネマトゥデイより)



本作は、最も素晴らしいアニメ映画監督と思う原恵一監督の最新作です。
日本のアニメ映画の中で『クレヨンしんちゃん』の劇場版11作目
『嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』が最も好きなのですが、
それと傑作と名高い前作『モーレツ!オトナ帝国の逆襲』を監督したのが彼です。
以降『クレヨンしんちゃん』シリーズから離れて、
『河童のクゥと夏休み』や『カラフル』といった名作を誕生させています。
他にも実写映画『はじまりのみち』(これも名作)にも挑戦していますが、
本作を含めてこの10年で4本というのは、ちょっと寡作すぎます。
それだけに新作への期待も高まるというもので、
本作も待ちきれず、公開日に観に行きました。

…が、予想していたこととはいえ、初日から客入りはイマイチでした。
本作の主人公は葛飾北斎の娘・お栄ですが、やはり『花燃ゆ』同様、
葛飾北斎は超メジャーですが、その家族とはいえお栄はマイナーすぎるので、
彼女の物語に関心を持つ人は少ないのかもしれません。
ただでさえ、監督の古巣『クレヨンしんちゃん』はもちろん、
『名探偵コナン』や『ドラゴンボールZ』など映画館は劇場版アニメだらけなので、
知名度で大きく劣る本作では、アニメファンの集客すら厳しいです。

それともうひとつは絵が地味すぎることですよね。
地味というか真面目すぎて、愛嬌を感じません。
ポスター画像のお栄も、ヒロインなのに外見的に全然可愛くないし、
これではアニメファンのハートもキャッチしにくいと思います。
原作漫画のビジュアルを踏襲したのかなと思ったのですが、
杉浦日向子の原作『百日紅』のお栄の方がもう少し艶っぽい気がします。
(原作をちゃんと読んだことはないですが…。)
『宮本武蔵 双剣に馳せる夢』のProduction I.Gが制作したので、
硬派な画風になのかもしれませんが、やはり原恵一監督の意向なのかな?
『河童のクゥと夏休み』も『カラフル』も、客にあまり媚びない画風で、
そのせいで名作なのに興収的に損している気がしましたが、
本作もこの真面目な画風で客が離れている気がします。
ヒロインを萌え萌えの美少女にしてほしいとは全く思いませんが、
もう少し垢抜けたビジュアルにならなかったものか…。
(ちなみに実際のお栄も美人ではなかったそうな。)
でも人物的(内面的)にはお栄もとても魅力的なキャラだし、
物語もとてもいいだけに、絵で避けられているとしたら勿体ないです。
お栄の妹・お猶は何気に薄幸の美少女なので、
可愛いキャラが好きなアニメファンにも是非観てほしいです。
声のキャストも主演の杏をはじめ、松重豊、濱田岳、高良健吾、美保純、
筒井道隆、麻生久美子といった実力派を揃えていて豪華です。
まぁそれも声優贔屓のアニメファンには倦厭されそうですけど…。

キャラのビジュアルが重視されがちな日本では興行的に厳しいでしょうが、
内容勝負の本作は海外で高く評価されそうな気がします。
海外では日本以上に浮世絵が人気あるし、葛飾北斎もかなり有名なので、
日本人以上に外国人にウケそうな気がします。
本作もそのつもりで「Miss HOKUSAI」なんて英語の副題を付けてるのかも。
(英語の副題というよりも、英題そのものかもしれませんね。)
実際にイギリスやフランスでの公開が決まっていますが、
海外で賞でも取れば、日本凱旋で日本人も注目するかもしれませんね。

葛飾北斎の娘・お栄の物語ですが、伝記ではなく、ほぼフィクションです。
女流絵師・葛飾応為として活躍していたみたいですが、
江戸時代の女性の記録なんて、そんなに残っているはずないので、
そんな人物の伝記なんて描きようがないでしょうね。
記録が少ないからこそ自由度が高く、フィクション向きな人物です。
ただ描かれている出来事はフィクションですが、
原作者は江戸風俗研究家だったみたいで、
作中の江戸末期の文化の考証はかなりしっかりしていると思われます。
ボクの知らなかった風俗もけっこう描かれており興味深いです。
特に「放し鳥」という露天商には驚きました。
スズメを捕まえて「この可哀想なスズメを逃がしてほしければ金払え」という
なんとも卑劣な商売ですが、逃がしてあげると功徳になるという迷信があり、
金を出してしまう奇特な人がいるというのだから更に驚きです。
火消が実際に火事を消火する様子も、時代劇でもなかなか見れない、
興味深いシーンだったと思います。
ただそれらの江戸文化が、物語上重要かと言えばそうでもなく、
単に江戸時代のトリビアとして、断片的に描かれている印象です。
そもそも原作は一話読み切り漫画なので、本作はそれを繋げて長編化した
オムニバス作品のような内容となっています。
なので個々のエピソードは興味深いものばかりですが、
エピソード毎の趣がかなり異なっていたりもするし、
一本の長編映画としては物語の一貫性が薄い気がするんですよね。
以下、ネタバレ注意です。

文化十年、江戸。
絵師のお栄は父である葛飾北斎こと鉄蔵と、
鉄蔵の弟子で後の渓斎英泉こと善次郎と長屋暮らしをしています。
ある日、萬字堂の依頼で龍の絵を描く鉄蔵でしたが、
お栄が煙草の灰を落として台無しにしてしまい、彼女が代筆することに。
そこにたまたま訪れた善次郎の友達・歌川国直が、
龍は実在すると言い出し、鉄蔵も見たことがあると言います。
国直から「龍は降りてきたところを押さえ込むように描く」と助言されたお栄は、
その夜、降りてきた龍を絵に落とし込み、見事な龍の絵を描き上げるのです。
なるほど、本作は龍とか妖怪とかが実在する世界観のファンタジーなのか。
と思いましたが、龍が降りてきたのは比喩的表現な感じもします。
その龍の絵から夜な夜な龍の鳴き声が聴こえる、
というような昔話的展開になるかと思いましたが、
このエピソードは絵が完成してお仕舞で、龍の絵のその後は全く描かれず、
なんだか消化不良のまま次のエピソードに移ります。

お栄には幼い妹(鉄蔵の末娘)お猶がいますが、
その子は全盲なので、修業のためにお寺に預けられています。
鉄蔵は病気が怖いらしく、お猶にも会いに行きませんが、
お栄は寂しがる妹をとても気に掛けていて、ときどき遊びに連れ出します。
ある日、両国橋に遊びに行くと、父の門人・魚屋北渓こと初五郎と遭遇。
お栄は初五郎のことを密かに想っているみたいです。
渓斎英泉や歌川国直もそうですが、魚屋北渓も実在した絵師らしく、
本作には江戸時代の芸術家がけっこう出てきます。
ボクは日本史でも文化の勉強は苦手だったので、ほぼ知りませんが…。
その後、お栄はお猶と小舟に乗り、両国橋の下を潜りますが、
大きな波が来て、まるでそのシーンは、葛飾北斎の代表作
『富嶽三十六景・神奈川沖浪裏』のような構図になります。
ちょっとしたお遊びの演出でしょうが、ボクが北斎に疎いからわからないだけで、
もしかすると他にも北斎の絵をモチーフにした演出があったのかも。
江戸時代の絵画に造詣が深いと、より楽しめる作品かもしれません。

美人画が得意なお栄は、萬字堂の紹介で吉原に花魁を描きに行くことに。
モデルになる小夜衣には、夜明けに首が伸びるという噂があり、
鉄蔵と善次郎も興味津々でついてくることに。
バケモノ見物にでも来たような男2人に不快感を露わにする小夜衣に、
鉄蔵は、自分も毎晩腕が伸びたので、和尚に相談したところ、
腕にお経を書いて数珠を巻いたら治った、という話をします。
これは実話ではなく、滝沢馬琴から聞いた唐の怪談なのですが、
小夜衣は同じ境遇の経験者に気を許したのか観察を承諾。
その夜、3人が眠る小夜衣を観察していると、彼女の首が震え出し、
妖怪ろくろ首のように首がニュ~っと伸びるのです。
首が伸びるというか、顔面が幽体離脱して飛び回る感じですね。
やっぱり妖怪の存在する世界観なのかと思いましたが、
それ以降は彼らが妖怪に会うようなこともないし、
別に流行りの妖怪アニメではないみたいです。
小夜衣の首が伸びることを確認しても、お栄たちは何をするでもなく、
「面白いものが見れた」と帰宅するだけで、小夜衣のその後は描かれません。
この頃になってボクも漸く本作がオムニバスなのだと気付きました。

雪の日、お栄は妹のお猶を連れて、稲荷神社を参拝します。
帰りに茶屋で甘酒を飲みに寄りますが、そこに男の子がやってきて、
目が見えないお猶に興味を持ったのか、お猶と遊んでくれるのです。
盲人相手に目隠し鬼で遊ぶなんて不謹慎じゃないかと思いましたが、
お猶も楽しかったみたいで、ぶっ倒れるほど大はしゃぎします。
目が見えないせいで普段は同世代の子と遊ぶことも少ないだろうから、
この男の子と遊べたのがめちゃめちゃ嬉しかったのでしょうね。
もしやこの男の子と淡い恋でも始まるのか、と思いきや、
その子はここで別れたきり、本作には二度と登場しませんでした。
なんだか後日談が気になるエピソードばかりが続きます。

ある日、お栄と鉄蔵は萬字堂からある相談を受けます。
なんでもお栄の代筆した地獄絵を飾っている屋敷の奥方が、
トラツグミの鳴き声が亡者の悲鳴に聴こえたり、白木蓮の花が骸骨に見えたり、
行灯から妖怪が現れて小火騒ぎを起こしたりと、
地獄絵のせいで気が狂いそうになっているらしいです。
また妖怪ネタかと思いましたが、その地獄絵に超常的な力があるわけでもなく、
ただ絵に描かれた地獄がリアルすぎて奥方の精神を蝕んだだけみたいです。
鉄蔵はお栄に「お前は描きっ放しで始末しないのが悪い」と言い、
地獄絵に観音様を描き足すと、その日から奥方が悩まされることもなくなり、
お栄は「まだまだ父には敵わないな」と思います。
とても絵師らしい話で、本作中では一番好きなエピソードでした。

ある日、お栄は萬字堂に「君の枕絵は上手いけど色気がない」
「善次郎の下手くそな枕絵の方が人気がある」と言われるのです。
父・鉄蔵も「男を知りもしないで描くからボロが出る」と言ってましたが、
どうやらお栄は処女なので、枕絵に面白味がないみたいですね。
国直に言い寄られたりと、けっこうモテてる感じのお栄ですが、
初五郎のことが好きで、操を守っているのかもしれません。
ところが初五郎からも「善次郎の枕絵の方がいい」と言われてしまい、
お栄はロストバージンするために蔭間茶屋に行くのです。
蔭間茶屋とは女装した男娼が相手をする売春宿ですが、
少年愛者の男性客だけじゃなく、女性客も相手にしているみたいです。
バイじゃないと辛そうな職業ですが、仕事だから仕方ないとして、
お栄も初体験の相手にわざわざ男の娘を選ぶことない気が…。
そもそも枕絵で男を描くのが苦手なのを克服したかったはずなのに、
女にしか見えない美少年と経験しても男を描くのは上手くならない気が…。
いざ事に及ぼうとした途端、男娼がウトウトし始めたので、
実際にやったかどうかは描かれませんが、たぶんやってるはず。
だけどその後、お栄の枕絵にどんな影響があったのか、作中で描かれず…。
そこが最も肝心なところだと思うんだけど、狩野探幽の贋作の山越阿弥陀に
踏まれる夢を見たところで次のエピソードに移ってしまいます。

まぁ男を知ったことによる、枕絵への影響は描かれませんでしたが、
お栄自身は女に目覚めたようでで、萬字堂から中村団十郎の芝居の券を貰い、
そこに憧れの初五郎も来ると知り、柄にもなく白粉塗って出掛けます。
ところが初五郎は女連れで現れて、彼女の初恋は儚く散ります。
初五郎は画号(魚屋北渓)は落語家みたいでダサいけど、
優しいしイケメンだし、当然恋人の一人や二人はいますよね。
お栄の相手は国直くらいがちょうどいい気がしますが、
なぜか国直に対してはやたらドライな態度なんですよね。
国直も才能ある人気絵師だし、優しいし、なかなかイケメンだと思いますが…。

妹・お猶の具合が悪くなり、実家で療養することになります。
稲荷神社で倒れたのも単にはしゃぎ過ぎただけじゃなくて、
たぶん全盲なだけではなく、体も弱い子なんでしょうね。
実家と言っても父・鉄蔵たちが住む長屋ではなく、母の屋敷です。
けっこう立派な屋敷ですが、なぜ鉄蔵たちは貧乏長屋暮らしなんかしてるのか…。
鉄蔵もお栄に説教されてお見舞いに行き、お猶も大喜び。
鉄蔵も娘のことが嫌いなわけじゃなくて、本当に病人が怖いだけだったみたいで、
長屋に帰り、お猶のために病魔を祓う魔除けとして鍾馗の絵を描いてあげます。
お栄はその絵を届け、ついでに一晩泊まって、お猶に添い寝します。
お猶は自分が親孝行できなかったので「死んだら地獄へ行くよ」と言い…。
翌朝、お栄は長屋に帰りますが、後から帰ってきた善次郎が
「おかしいな、切り禿の小さい娘がついてきたような…。」と言ったので、
お栄は嫌な予感がして実家に向かいますが、案の定、お猶は逝ってしまっていて…。
きっとお猶の霊が善次郎に憑いて、長屋まで父と姉に会いに来たのでしょうね。
長屋にはお猶が稲荷神社でお栄から貰った椿の花が落ちていました。
後日、お栄は一枚の絵を描きます。
その絵は百日紅の花の下で綺麗な服を着たお猶が金魚を見ている絵ですが、
たぶんこれは地獄ではなく天国に行ったお猶を描いたものでしょうね。
その絵は葛飾北斎こと鉄蔵とは全く違う柔らかいタッチで、
父の代筆ばかりしていた彼女が初めて描いた自分自身の絵だったのかも。
その絵だけでも泣けてしまうような、なんだか感動的な絵でした。

数本のエピソードを繋げただけのオムニバスで、
物語に一貫性がないような印象は間違いなく、
一見すると何を描きたかったのかわからない気がしますが、
たぶん一人の少女の成長を描きたかったのかもしれません。
父の影響で絵をはじめ、父との差を感じながらも、
ロストバージンや失恋を経て女になり、最愛の妹の死を経験して成長し、
絵師として独り立ちするという青春物語です。
途中で妖怪とかが出てくるので主題がわからなくなりそうですが…。
まぁお栄は一度嫁ぐも出戻って、鉄蔵が90歳で他界するまで一緒に暮らしたそうで、
結局、ちゃんと独り立ちしたような感じではないですけどね。
いや、晩年の北斎の絵はほとんどお栄が描いていたなんて話もあるらしく、
ある意味では父を超えたのかもしれません。
なお、安政4年以降のお栄の記録はないらしいです。

ろくろ首の件とか、その後が気になってモヤモヤするところも多いけど、
さすがは原恵一監督だけあってなかなか面白いアニメ映画でした。
彼が今後も円滑に映画を撮れるように、本作が多くの人に観てもらえ、
ちゃんと評価されることを祈ります。
別にアニメじゃなくてもいいので、早く次回作が観たいです。

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