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Mommy マミー

来週末は母の日ですね。
ボクは毎年、カーネーションの鉢植え(と映画券)を贈っていたのですが、
先日、「実は切り花の方が嬉しい」と言われてしまいました。
なんでも切り花の方が長持ちするらしいです。
ボクのイメージでは鉢植えの方が成長するから長持ちする気がしてたのですが、
どうもそうでもないらしく、あまり成長せずに枯れてしまうみたいです。
成長すると思ってたから蕾の多いものをわざわざ選んでいたのに、
蕾も咲くことはなく、そのまま枯れ落ちるのだそうで…。
逆に切り花だと蕾でも咲かせることが出来るみたいですが、
たぶん母が切り花の扱いに慣れている(鉢植えに不慣れ)だけな気もします。
まぁ本人が望んでいるのだから、今年は切り花のカーネーションを贈ろうかな。

ということで、今日は母を題材にした映画の感想です。

Mommy マミー
Mommy.jpg

2015年4月25日日本公開。
カナダのグザビエ・ドラン監督によるヒューマンドラマ。

ギリギリの生活を送るシングルマザーのダイアン(アンヌ・ドルヴァル)は、15歳のスティーヴ(アントワーヌ・オリヴィエ・ピロン)と二人で生活している。彼女は最近矯正施設から退所したばかりの注意欠陥多動性障害の息子の扱いに手を焼いていた。やがて母子は隣の家に住む、今は休職中の高校教師カイラ(スザンヌ・クレマン)と親しくなっていき……。(シネマトゥデイより)



本作は第3回カナディアン・スクリーン・アワードで9冠を達成したカナダ映画です。
ポスターには「カナダアカデミー賞9冠」と謳われていたので、
「カナダのアカデミー賞ってジニー賞じゃなかったっけ?」と思ったら、
カナディアン・スクリーン・アワードがジニー賞の後継映画祭だったみたいです。
どうりでまだ第3回なわけですね。
でもまぁ本家アカデミー賞は凄い賞だけど、日本アカデミー賞でもわかるように、
何処其処のアカデミー賞というのは大して価値もないことが多いです。
なのでそこで9冠達成しようが、ボクの食指が動くことはありませんでしたが、
本作はカナディアン・スクリーン・アワードよりも圧倒的に権威がある
世界三大映画祭のひとつ第67回カンヌ国際映画祭でコンペ部門に出品され、
審査員賞を受賞した作品です。

まぁカンヌ映画祭の審査員賞はパルムドール、グランプリに次ぐ賞なので、
上から3番目の賞(しかも同率3位)だから、凄いってほどのことでもないんだけど…。
現に第87回アカデミー賞の外国語映画部門にカナダ代表で選ばれてますが、
一次選考で落ちちゃってますからね。
ボクの見立てではノミネートくらいされてもよさそうな気がするけど、
本家アカデミー賞は保守的だから、監督の年齢が裏目に出たのかも。
なにしろグザビエ・ドラン監督は若干26歳の俊英ですからね。
本家のアカデミー会員は老人が大多数なので若者は忌避されそうです。
若くして本作で監督5作目ですが、処女作からカンヌ映画祭監督週間で上映され、
続く2作目、3作目もカンヌ映画祭ある視点部門で上映されたカンヌの寵児です。
(4作目はカンヌではなくベネチア映画祭のコンペ部門で上映されました。)
いやはや、末恐ろしい才能です。

でもボクが彼の作品を観るのは今回が初めてです。
ボクもアカデミー会員のことは言えず、若すぎる監督は信用できず、
正直自分よりも歳下の監督の作品は観る気にならなかったので…。
本作も本当は観る予定はなかったのですが、
第67回カンヌ映画祭批評家週間グランプリ作『ザ・トライブ』を観に行ったら、
映画館についた途端に観る気が失せ、代わりに同じカンヌ映画祭関連作で、
(関西)同日公開だった本作を急遽観ることにしたんですよね。
『ザ・トライブ』もいずれ観ますが、体調万全じゃないと辛そうなので後回しにして、
ちょっと軽そうな本作に変更しました。
ボクも三十路を超えてるから、いつまでも年下の作品を避け続けていたら
そのうち観るものがなくなっちゃいますからね。

前置きが長くなりましたが、本作を観た総評としては、悪くなかったです。
観始めて暫くは「とんでもない映画を選んでしまった」と後悔しましたが、
中盤を過ぎたあたりから、楽しめるようになってきました。
観始めた時に後悔した原因は本作の異常なアスペクト比です。
なんと画面が正方形で、これが狭苦しくて見苦しくて堪りませんでした。
経験上、アスペクト比で遊ぶような作品は、内容の面白くなさを
奇抜な演出で誤魔化している場合が多く、物語に期待できません。
(『グランド・ブダペスト・ホテル』なんかがアスペクト比で遊んだいい例です。)
本作は上映時間も134分と長めですが、この見苦しい映像を、
そんな長時間観ることになるのかと思うと、ウンザリしちゃいました。
でもアスペクト比なんてものは時間が経てば徐々に見慣れてくるもので、
思ったより時間がかかったものの、1時間20分ほど過ぎた頃に平気になりました。
それにその頃、奇抜なアスペクト比を採用している真意が伝わる演出があって、
正方形の画面はただ奇をてらって、無意味に遊んでいるわけではないとわかって、
納得できたし、その演出を楽しめるようになりました。
以下、ネタバレ注意です。

2015年、とある世界のカナダ政府は、
公共医療政策の改正を目的としてS18法案を可決。
その中のS-14法案では障害を抱える子供を持つ親は、無条件に養育放棄し、
子供を閉鎖施設に入院させる権利を保障するというものでした。
…というような説明から始まる本作。
なので『バトル・ロワイヤル』や『リアル鬼ごっこ』のような、
架空の国を舞台にしたトンデモ法もの映画かと思いましたが、
本作はそこまでトンデモな世界観ではなく、ほぼ現実と同様の世界観です。
現実と違うのは、ホントに障害児の養育放棄が認められる点だけで、
より母子の絆を深く描くために、その設定を付加しただけでしょう。
日本だって無条件とはいかないが、ちゃんと法的手続きを踏めば、
養育放棄は出来るので、その過程が簡素化されただけで、
本作は似たようなことが起こりうる、現実的な物語だと思います。

ADHD(多動性障害)の息子スティーヴを持つ母ダイアンは、
夫が借金を遺して亡くなり、息子が手に負えなくなったため、
幼い息子を閉鎖施設に預けていたのですが、
15歳になったスティーヴが施設で放火騒ぎを起こしたため、
引き取って一緒に生活することになります。
チラシのプロットには「心の中はまだ(中略)5歳の少年」と書かれてますが、
5歳児というほど幼い感じでもない気がします。
というか15歳くらいなら、こんなアホはけっこういそうな感じのワルガキです。
ただ悪いことと自覚して悪さをするワルガキとは違って、
善悪の区別が付きにくいみたいで、平気で人種差別したり、万引きしたり、
それを咎められて母ダイアンに暴力を振るったりしますが、
あまり本人に悪気がないところが厄介で、たしかに行動障害があるみたいです。
女手ひとつでは手に負えず、S18法に則り、また施設にも預けられますが、
それでもダイアンは息子と一緒に再出発したいみたいです。
それならなぜ今まで施設に預けていたのか不思議ですが…。

美人なダイアンは色気を武器に新聞社の記者の仕事を得ていましたが、
社長が女性に変わった途端に解雇されてしまいます。
しかしスティーヴを放って就職活動も出来ず困りますが、
お隣の奥さんカイルと親しくなり、子守をお願いできるようになります。
カイルは中高の教師でしたが、2年前に吃音症になってから休職中で、
子守ついでに学校に通っていないスティーヴに勉強も教えてくれます。
どうやら最近ケベックから引っ越してきたみたいですが、
なぜ引っ越したのか理由を聞いても教えてくれないし、
吃音症になった原因も結局最後まで教えてくれないので気になりますね。
でもダイアン母子と交流するうちに吃音症は徐々に改善します。
スティーヴはカイルの吃音を真似したり、おっぱいタッチしたりして、
彼女を舐めていましたが、怒った時の彼女の剣幕は尋常ではなく、
その迫力にスティーヴも失禁してしまうほどです。
でも本気で怒られたのをキッカケにカイルにも懐くようになります。
こういうところはたしかに5歳児っぽいかもしれませんね。

そんな感じで本作の前半は、ダイアンとスティーヴ母子の生活や、
隣人カイルとの交流が坦々と描かれるのですが、
そこは言わば登場人物の説明をしているだけなので退屈です。
真四角のアスペクト比も相まって、全然楽しめませんでした。
ところが1時間20分を過ぎたあたりから、物語が動き始めます。
物語どころかアスペクト比まで動き始めるのです。

母子とカイルは親友のように親しくなり、
ダイアンもカイルがスティーヴの子守をしてくれるお蔭で、
絵本の翻訳やハウスキーパーの職を得て、順風満帆。
スティーヴも楽しそうで、OASISの「Wonderwall」をヘッドホンで聴きながら、
ロングボードで街を疾走し、なんと両手で画面の左右の黒枠を押し広げて、
アスペクト比を正方形からビスタ・サイズに変えてしまうのです。
画面が広がり、世界が広がったような印象を受けましたが、
それこそがこの演出の狙いで、アスペクト比は母子の心境の変化に連動し、
生活が順風満帆になり、母子の視野(将来の展望)が広がったことを
アスペクト比の変化で表していたわけです。
つまり正方形の時に見苦しかったのは、母子にとっても苦しい時期だったので、
その気持ちを観客にも共有させようという意図があったのでしょう。
狭くて鬱屈した気持ちにさせられたボクは、まんまと意図に嵌っていたわけです。

しかし順風満帆の生活は、上映時間3分ほどで終わりを迎えます。
スティーヴが施設を放火した時に火傷した少年の親から、
治療費と慰謝料合わせて25万ドル払えと訴状が送られて来るのです。
訴状を読んで、一気に気持ちが塞ぐダイアンですが、
アスペクト比もそれに合わせて、元の正方形に戻ってしまいます。
ボクは法律のことなんてよくわかりませんが、障害者が起こした事件で、
そんなに多額の賠償を請求されるなんてことあるんですかね?
普通はスティーヴを管理する施設の責任になるような気がするんだけど…。

給料も前借しているダイアンには25万ドルなんて大金用意するどころか、
弁護士を雇うだけの余裕すらありません。
そこで女の武器を使って、近所の弁護士ポールに接近し、弁護を頼むことに。
ダイアンにメロメロなポールは乗り気で、打ち合わせがてら一緒にデートしますが、
当事者であるスティーヴもデートに同行することになります。
しかしマザコンどころではないほど母ダイアンに愛着するスティーヴは、
ポールの存在が面白くなく、デート中もずっと不機嫌です。
デートでカラオケバーに行きますが、スティーブは少しでも気を紛らわせようと、
大好きな曲アンドレア・ボチェッリ&ジョージアの「アンドレア・ボチェッリ」を歌うが、
バーの客から心無い野次が飛び、ブチ切れて野次った客を殺しかけます。
さすがに割れた瓶を喉元に突き付けるのはやり過ぎですが、
あの挑発的な野次も酷すぎるし、行動障害じゃなくてもブチ切れて当然です。
とはいえ、スティーヴの歌は野次りたくもなるほど音痴でしたね…。
弁護士ポールはスティーヴを説教しますが、彼の反抗的な態度に苛立ちビンタ。
可愛い息子に手をあげられたダイアンはカッとなって、ポールにビンタをお見舞いし、
仲は決裂してしまい、もちろん弁護の話も流れてしまうのです。
ポールも女性に叩かれたくらいで恨むなんて、ケツの穴の小さい男ですね。

母ダイアンにも説教されたスティーヴは自分が母の重荷になっていると思い込み、
カイルとスーパーに買い物している時に、なんと商品のナイフでリストカット。
カイルは驚いて慌てて助けを呼ぼうとしますが、吃音症で上手く声が出ず…。
それでもなんとかダイアンを呼び、救急車で急いで病院に運び、
スティーヴはなんとか一命を取り留めることができました。
母のために死のうなんて、究極の親孝行どころか最悪の親不孝ですが、
彼の母に対する愛情の深さがよくわかる出来事でした。

後日、ダイアンは中古車を購入して帰宅します。
車が大好きなスティーヴは大喜びで、車に乗り込みます。
ダイアンはカイルも誘って最高の旅に出掛けようと言い、3人で出発するのです。
その後、スティーブは見事に念願のジュリアード音楽院に合格し、
卒業し就職して、結婚もして順風満帆な生活を送ります。
やはりアスペクト比も再びビスタ・サイズになり、世界が開けます。
…が、案の定それはダイアンの妄想で、現実はまだ旅の途中の車内です。
もし息子に障害がなければどんな幸せな人生になったか妄想したのでしょう。
ダイアンは「トイレに寄りたい」と言い、ある駐車場に停車し、
スティーヴを車内に残し、ある建物に入って行きます。
暫くして彼女は職員らしき人物を伴って車に戻って来て…。
そう、ダイアンはS18法に則り、息子を再び施設に預けようと考え、
最高の旅をすると騙して施設まで連れて来たのでした。
それに気付いたスティーヴは必死に抵抗しますが、職員にぶん殴られ、
スタンガンを押し当てられて捕まり、入所させられます。
暴れる患者に対してスタンガンで気絶させるのは仕方ないにしても、
鼻血が出るほど顔面をぶん殴るなんて、職員の倫理的な問題はどうなってるの?
入所したスティーヴは拘束衣まで着せられるし、
これでは障害者施設というよりも非人道的な刑務所ですよ。
ダイアンは仕方なくスティーヴの養育を放棄したことになるわけですが、
これで例の訴状の賠償も免責になったりするのかな?
やっぱりS18法はフィクションの設定だけあって、その辺の詳細については、
ちょっとフワフワした印象を受けますね。

もちろんダイアンはスティーヴにウンザリしたから施設に戻すわけではなく、
リストカットの一件で、自分では息子の命を守り切れないと考えたからで、
やはり息子と愛するが故の選択だったのです。
暴力的な職員がいても、息子が自殺するよりかはマシなのでしょう。
スティーヴも始めは母に捨てられたと考えましたが、後に考え直し、
施設から自宅に電話をかけ、留守電に
「今まで我慢してくれてありがとう、ボクには勿体ない最高のママだよ」と、
なんとも泣かせるメッセージを残します。
一方、カイルはトロントに引っ越すことになり、ダイアンにお別れを言いに来ます。
本当は親友ダイアンのために残りたかったみたいですが、
夫の仕事の都合での引越しで家族を捨てることが出来ず…。
それを聞いたダイアンは自分が家族を捨てたことを咎められている気がして、
「私はスティーヴの入院に希望を抱いている」とカイルに言うのです。
施設でスティーヴの障害が治ることもあり得ると本気で思っているみたいです。
その後、スティーヴは施設から脱走を謀るのですが、
成功したかどうかは描かれず、本作はここで幕を閉じます。
でも最後のアスペクト比はビスタ・サイズだった気がしたので、
母子には開けた将来が待っているような予感がしますね。

まだ若いのに、これほどのドラマを描けるなんて、
グザビエ・ドラン監督に才能があるのはよくわかりました。
彼がパルムドールを受賞する日もそう遠くないかもしれません。
でも次回作『The Death and Life of John F. Donovan』はハリウッド映画になるようで、
(もちろんフランス語映画ではなく、初の英語映画になります。)
ハリウッドが若手監督の思い通りに作品を撮らしてくれるわけないし、
彼の才能を発揮できなくなるんじゃないかという懸念もありますね。
まだ暫くはカナダで伸び伸びと映画を撮って、
パルムドールでも引っ提げてハリウッドデビューした方がいいような?

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