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インヒアレント・ヴァイス

先週末は観たい映画が8本も封切られる公開ラッシュでしたが、
当初は全部観る予定だったものの、今日になって時間的に7本が限界だと判明し、
泣く泣く1本削ることになりました。
まぁ別に8本を今週中に観る必要もないのですが、
今週末は今週末で、観たい映画がまた8本封切られるので、
今週中に消化しとかないと後々厳しいんですよね…。

昨日までの5本観たので、残る3本から2本選ばないといけないのですが、
その3本は観たい順に『セッション』『グッド・ライ』『インヒアレント・ヴァイス』。
でも結局2番目に観たい『グッド・ライ』を諦めることにしたのですが、
その判断基準はアカデミー賞への関連度で決めました。
『セッション』は第87回アカデミー賞で3部門受賞したオスカー作品、
『インヒアレント・ヴァイス』は受賞はなりませんでしたが2部門ノミネートです。
『グッド・ライ』はオスカー候補監督作、オスカー女優主演作ですが、
この作品自体はアカデミー賞に絡んでないので、
アカデミー賞基準だと重要度は低めになってしまいます。
ホントは観たい映画を観るのが精神衛生上いいと思うのですが、
映画ファンである以上はオスカー候補作くらい全て観て然るべきと思うので、
期待度の低い『インヒアレント・ヴァイス』も観ざるを得ませんでした。

ということで、今日はオスカー候補作の感想です。

インヒアレント・ヴァイス
Inherent Vice

2015年4月18日日本公開。
ポール・トーマス・アンダーソン監督のクライム・コメディ・ドラマ。

1970年代初頭のロサンゼルス。ビーチを拠点に活動するマリファナ中毒のヒッピー探偵ドック(ホアキン・フェニックス)を、以前付き合っていた女性が訪ねてくる。彼女の依頼を受け調査を進めるドックだったが、いつしか巨大な陰謀に巻き込まれていき……。(シネマトゥデイより)



上記のように、本作はアカデミー賞で脚本賞、
衣装デザイン賞の2部門にノミネートされたオスカー候補作なので、
オスカー候補作は全部鑑賞するというポリシーのもと、観に行きましたが、
本当はあまり観たいとは思っていませんでした。
というのも、P・T・アンダーソン監督、ホアキン・フェニックス主演の前作
『ザ・マスター』がクソ退屈な映画だったからです。
『ザ・マスター』もアカデミー賞3部門ノミネートのオスカー候補作なので、
評価は高い作品なので、駄作というよりは自分に合わない作品なのでしょうが、
合わない作品の監督が撮った作品は、どれも合わないことが多いので、
きっと本作も合わないに違いないという懸念が…。
でも予告編を観た感じだとけっこう面白そうな予感もあったので、
微かな期待感も持ちながら劇場に行きました。

…が、本作もやっぱり合わなかったです。
合わない要因のひとつは、本作がニクソン政権、ベトナム戦争を背景とした
反政府主義の風潮や、チャールズ・マンソン事件やヒッピー文化など、
70年代を舞台に、当時のカルチャーを色濃く反映した内容だからで、
その時代の米国の空気感をある程度理解していないと馴染みにくいためです。
日本で80年代に生まれたボクには到底理解できるものではなく、
合うわけないし、楽しめるはずもありません。
それは50年代を色濃く反映していた『ザ・マスター』も同じでした。

ただ、ボクは楽しめなくても駄作とは言い切れない『ザ・マスター』と違って、
本作は明らかに過大評価されていると思います。
なぜなら、本作がオスカーの脚色賞候補になるのはあり得ないからです。
脚色とは、小説などを映画で上演できるように脚本にすることですよね。
なので脚色賞とは、小説を脚本化する腕に対して与えられる賞です。
しかしながら本作は脚本化するにあたり、何の努力も為されていません。
つまりほとんど脚色することなく原作小説をそのまま映画化しているのですが、
そのわかりやすい証拠が、予告でも使われている日本料理屋のシーンです。
主人公の探偵ドックがビッグフット警部補と日本料理屋に行きますが、
警部補は日本語で「ちょっと、健一郎、どうぞ、もっと、パヌケイク」と、
店主の健一郎に「パヌケイク」を注文するのです。
「パヌケイク」なんて日本食、いや料理は聞いたことがありませんが、
原作にもそのままローマ字で「Panukeiku」と書かれているらしく…。
おそらく(日本食じゃないけど)「パンケーキ」のことですが、誤字に違いなく、
普通なら脚色時に修正するところを、そのまま踏襲しています。
つまり本作は原作の台詞を全く弄らない方針で制作され、
映画用に脚色することを放棄した作品であり、受賞できないのはもちろん、
脚色賞の候補になるのも相応しくない過大評価された作品なのです。

本作が脚色賞にノミネートされたのは、脚色の腕が評価されたのではなく、
今まで映画化を認めなかった作家トマス・ピチョンを説き伏せて、
初めて彼の小説を映画化したことへの功績を称えてのことでしょう。
つまり脚色された脚本ではなく、原作小説自体への評価だったわけです。
原作はベストセラーだったらしく、評価も高い作品だろうと思いますが、
素晴らしい小説が、素晴らしい映画になるとは限りません。
読み物として書かれた話が、映像にしても合うとは限らないし、
ましてや映像にするための脚色を怠れば尚更です。
本作はその失敗の好例とも言える作品だと思います。

映画サイズに脚色することを怠った本作は、
原作から端折ることなく物語が進行するため、凄まじいテンポで話が進みます。
(それでも上映時間は2時間半もあり、映画としては長すぎます。)
テンポよく進むのは普通なら褒められるべきことですが、
自分のペースで読み進められる小説とは違い、
内容を咀嚼する間もないまま凄まじいスピードで展開するので、
状況を理解するのが非常に困難になってしまっています。
(70年代カルチャーへの理解がないと尚更でしょう。)
「Panukeiku」の件でも明らかなように、台詞もほとんど弄ってないから、
本作の台詞の量はかなり膨大(しかも早口)なことも相まって、
更に状況の理解を困難なものにしています。
映画は情報が文字しかない小説と違って、映像でも情報を伝えられるので、
ちゃんと脚色すれば台詞の量も減らせるはずです。
大量の字幕に加えて映像からの情報も受けるため、本作の情報量は膨大で、
それを高テンポの中で処理するのは極めて困難ではないでしょうか。

それに加えて、物語自体も普通にややこしいです。
ややこしいというか、間怠っこしいです。
これは探偵ものに在りがちなことなので仕方ないのかもしれませんが、
結論に辿り着くまでに無暗に遠回りするんですよね。
本作の主人公ドックも、ある事件を追って忙しなくアチコチ回るのですが、
そのために登場人物も膨大になり、把握するのが大変になります。
劇中でドックがホワイトボードに関係者の相関図を書くのですが、
本当に相関図でも書きながら観ないと、関係性が理解できないくらいです。
もちろんこんな怒涛のテンポで話が進む状態では、
相関図を書く時間なんてあるはずもないですけどね。
とにかく絶対覚えなくてはならない主要登場人物9人(いや11人か)は、
鑑賞前に公式サイトでも見て、ある程度把握してから臨んだ方がいいです。
むしろ原作小説を読んでから臨むべきかも。
…というか、オスカー候補作を全部観るという義務感でもない限りは、
観ない方が無難な作品だと思います。

いつもなら物語の詳細なネタバレ感想を書くところですが、
今回は怒涛のテンポに振り落とされないように頑張ってみたものの、
下手な脚色と長尺のせいで集中力が途絶え、
7割くらいしか理解できなかったので物語に言及できません。
大まかな話の流れは掴めてるつもりですが、特段面白い物語でもないし…。
時折ドきつい下ネタや不謹慎ネタがあって、思わず笑っちゃいましたが、
全体的に本作の笑いのセンスは斜めを行ってるので、人を選びます。
一部大爆笑している客もいましたが、大半の客は静まり返ってるし、
隣の席の女性に至っては寝息を立ててました。
全米公開時も批評家の評価は高いけど、一般大衆の評判は微妙なので、
マニア(プロ)向けのアート作品だと思った方がいいかもしれません。

関連作の感想
ザ・マスター

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