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君が生きた証

先日、NHKの情報バラエティ『マサカメTV』で、
「映画館が超!楽しくなるぜっっ!」 という特集をしていました。
似非映画評論家・有村昆が映画館の見所を紹介したり、
ポップコーンは前歯で溶かして食べたら音がしないとか、
カメラ男がオタク系女子に人気だとか、基本どうでもいい情報ばかりでしたが、
その中でひとつ、これはいいことを教えてもらったと思ったネタがありました。
それは眠気がたちまち吹っ飛ぶ方法です。

ボクも退屈な映画に当たってしまった時や、仕事終わりで疲れている時など、
映画を観ながら寝落ちしそうなことが3本に1本くらいの割合であるので、
コーヒーやカフェイン錠剤を使ったりしますが即行性がなく、
眠気対策にはいつも頭を悩ませています。
そんな時にこの番組に出会ったわけですが、その方法とは、
5秒間、腰を1cm浮かせるという動作を3セットするだけという手軽なもので、
実際に試してみましたが、けっこう効果があったような気がします。
番組で言っていたような持続性はあまりない気がしましたが、
即行性が高く、すぐに眠気が飛ぶので便利です。
いやー、NHKに受信料払った甲斐があったと思ったのは初めてです。

さて、今日は睡魔とは無縁の傑作映画の感想です。

君が生きた証
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2015年2月28日日本公開。
ウィリアム・H・メイシーが初監督した音楽ドラマ。

銃乱射事件で息子がこの世を去りすさんだ生活を送るサム(ビリー・クラダップ)は、別れた妻から息子が遺(のこ)した自作曲のデモCDを渡される。その曲を聴き息子のことを何も知らなかったことに気付いたサムは、遺品のギターを手に息子の曲を場末のライブバーで演奏する。その演奏に魅了された青年のクエンティン(アントン・イェルチン)はサムを説得し、年の離れた2人でバンドを結成するが……。(シネマトゥデイより)



本作は『ファーゴ』『マグノリア』などに出演した俳優
ウィリアム・H・メイシーの初監督作品です。
全米公開時にはかなり公開規模が小さく、あまり話題にならなかったのか、
ボクもけっこう最近まで存在に気付きませんでした。
やっぱり、メイシーのような脇役が多い地味な演技派俳優だと
それほど人気はなくて集客も見込めないだろうし、
しかも実績ゼロの処女作なので大規模公開は難しいのでしょう。

ボクが本作を知ったのは、1月に報じられたシネマ・トゥデイの記事でした。
「史上初!観客が入場料金を決める先行上映を実施」という見出しで、
なんでも日本公開を前にヒューマントラスト有楽町で先行上映会を行い、
そこでは上映終了後に観客自身が決めた鑑賞料金を支払う形にするとか。
これは業界初の試みだそうで、話題作りが目的なのは間違いないけど、
観客に料金を決めさせるなんて、かなり作品に自信がないと出来ませんよね。
全く注目してなかった作品ですが、これはもしかすると面白いかもと思い、
予告編を観てみると、とても感動できそうな音楽ドラマっぽくて、
これは観に行ってみてもいいかなと思いました。
ボクは関西在住なので、有楽町で行われる先行上映会には行けないし、
シネリーブル梅田での公開を待って、普段通りの会員料金を支払いましたけど。

その気になる先行上映会の結果ですが、後に報じられた内容では、
料金は1円から上限なしだけど、なんと最高3500円を払った観客もいたそうな。
平均料金も気になるところですが、それは発表されていませんね。
最低料金の1円を払って帰る恥知らずな客もいたそうなので、
そんな乞食のせいで平均は不当に下がってしまうから、
宣伝としては平均料金を発表したら逆効果になるのかもしれません。
ボクは普段通りの会員料金1000円で観ましたが、その額の価値は十分にあるし、
貧乏人のボクには無理ですが、3500円払った観客の気持ちもわかる、
とても素晴らしい作品だと思いました。
たぶん先行上映でも、まともな観客は1000円以上払ったはずです。
以下、ネタバレ注意です。

広告代理店に勤めるサムは、ある日、大型契約を取ることに成功し、
嬉しくて大学生の息子ジョシュと祝杯をあげたいと考え、食事に誘います。
サムはダイナーで息子を待ちますが、息子は現れません。
これはスッポカされたなと思い店を出ようとしますが、
店のテレビで息子の大学で銃乱射事件があったというニュースを目にして…。
その後、葬式のシーンとなり、どうやらその事件で息子は死んだようです。
もっと強引に食事に誘っていれば…、とか思っちゃうだろうし、
サムのやりきれない気持ちが伝わってくる気がします。
葬式で息子の恋人ケイトとも初対面しますが、
自分は息子のことを何も知らないんだなと感じたでしょうね。
サムはアルコール依存症になり、会社からも休むように言われます。
それから2年後、サムは塗装業者で働きながら湖でボート生活をしていますが、
どうやら広告代理店は辞めてしまったみたいですね。
息子を亡くした気持ちは想像を絶するものだとは思いますが、
そんな悲劇は珍しいことではないし、いい大人が2年も荒んだ生活を続けるなんて、
いい加減そろそろ立ち直れよと思っちゃいました。

ある日(息子の生前に離婚していた)元妻が訪ねて来て、
引越しするから息子の遺品を引き取ってほしい、と遺品を置いていきます。
息子はサムの影響で音楽が好きで作曲もしていたのですが、
遺品はギターとか自作の曲のデモCDや歌詞ノートでした。
サムはボートに置き場はない、と遺品を捨てようとしますが、
やっぱり捨てきれなかったみたいで、息子の作った曲を聴いてみることに。
その中の一曲「Home」に心を打たれたサムは、聴き込むうちに歌いたくなり、
その曲の弾き語りを練習し、「トリル」というナイトクラブの飛び入りナイトに
ディックという偽名を使って参加するのです。
親父が大学生の息子が作った曲に嵌るというのも、ちょっと不思議な感じですが、
やはり死んだ息子を想って名曲に聴こえるバイアスでもかかるのかな?

と思ったけど、その曲に心を打たれたのはサムだけではなく、
トリルでのサムの演奏を聴いたギタリストの若者クエンティンは感動し、
帰ろうとする彼に声を掛け、泥酔した彼をボートまで送ります。
翌日、再びボートに訪れたクエンティンは「この曲はハモるべき」と言い、
一緒に演奏したいと懇願するのです。
全く乗り気ではなかったサムですが、クエンティンが耳コピした「Home」を聴き、
微妙に間違っていたので「いや、そこはこうだ」と思わず稽古してしまい、
結局彼の熱意に負けてトリルに二人で出演することになります。
当日、クエンティンの友達エイケンがドラマーとして飛び入り参加。
後日、ベーシストのウィリーも加わり、いつの間にかバンドになってしまいます。
ドラムとベースをそれとなく参加させ、バンド化したのもクエンティンの目論見通りで、
なかなかの策士だと感心するが、物語的には他メンバーの参加は早すぎる気が…。
サムはクエンティンに死んだ息子を重ねているのは間違いないけど、
もっと二人だけの交流の時間があってもよかった気がします。
それにしても若者三人の中にオッサンが一人いるバンドというのも珍しいですね。

バンドは他の曲も練習しますが、サムは自分が作詞作曲したことにしています。
メンバーはそれを信じているみたいですが、
「本当の友達」とか「天使と悪魔」とか、中年が作った曲とは思えませんよね。
しかし死んだ息子の曲だと教えても別にかまわない気がするのに、
なぜ自分が作ったなんて嘘をつくのか不思議に思いました。
バンドはトリルで人気となり、店主から飛び入り参加ではなく、
毎週土曜日にフルセットのワンランライブをしてほしいと依頼されます。
バンドはサムがボートに住んでいることから「ラダーレス」と命名され、
ライブは毎回大好評で、地元の大人気バンドになるのです。
レパートリーが少ないので、客からのリクエストを受けてカヴァーもしますが、
まさかの童謡「Wheels on the Bus」を演奏した時も盛り上がりは凄かったです。
(リクエストしたのは小学校の先生ですが、らしい選曲で面白いですね。)
童謡を即興であんなエッジの効いたアレンジできるんだから、
このバンドの人気は息子ジョシュの作った曲がいいでけではないのでしょう。

大満足のライブの後、息子の恋人だったケイトがサムを待ち伏せ。
今はアンと名乗っている彼女はライブを見たようで、
「自分の曲じゃないのに演奏するなんて恥知らずね」と批難するのです。
死んだ恋人の曲を他人が自分の曲のように演奏していたら、
そりゃムカつくかもしれませんが、サムは他人ではなく父親なので、
ボクだったら恋人の意思を家族が継いでくれているのは嬉しいけどな…。
…と思っていたら、ことはそう単純な話ではなかったようで、
その後、まさかまさかの予想外な展開となるのです。
もし観るならこの展開は知らない方が絶対面白いので、もう一度警告しときます。
以下、ネタバレ要注意です。

ケイトの批難で思うところがあったのか、サムは息子ジョシュの墓参りに行きます。
すると息子の墓石に「人殺し」という落書きがあり…。
そう、ジョシュは大学での銃乱射事件の犠牲者ではなく、なんと加害者だったのです。
銃乱射で6人を殺害後、自殺したものと思われます。
元ネタは2007年のバージニア工科大学銃乱射事件かな?
(その事件は韓国人が犯人だったことで注目を集めましたね。)
この真相は全く予想してなかったので、ホントに衝撃的でしたが、
判明して見れば、これまでの展開で疑問だったところも合点がいきます。
サムが息子が作曲したことを黙っていたのも自分が作曲したことにしたいのではなく、
殺人犯の曲だということを隠したかったからだろうし、
偽名でライブに飛び入りしたのも、名字で勘付かれることを恐れたからでしょう。
同様に恋人ケイトがアンと名乗っているのも、殺人犯の恋人とバレたくないからですね。
サムが広告代理店を辞めたのも事実上の解雇だろうし、
単に息子が死んだだけじゃないので、彼が未だに立ち直れないのも納得。
事件後にマスコミがサムに付きまとっていたのも、
被害者の親に無神経に取材していたのではなく、加害者の親だからですね。
いやー、あんなに伏線が散りばめられていたのに、
全然気づかなかったなんて、マンマとしてやられたました。
それは本作を感動のヒューマンドラマとしか思っていなかったためで、
日本の配給会社がやってしまいがちな、「衝撃の展開」とコピーで煽るとか、
どんでん返しを匂わせるような宣伝が行われなかったのも功を奏していました。
そもそも宣伝自体ほとんどされていませんけどね。

そんなことを知らないクエンティンたちバンドメンバーは、
バンドがレコード会社にスカウトされるのも目前だと浮足立っていて、
スカウトの目にも留まるようにトリルだけでなく、
音楽イベントにも参加したいとサムに進言します。
しかしサムはそんな事情であまり手を広げたくはないため消極的で…。
仕方なくクエンティンは知人の楽器店店主デルに
イベントに出る時だけギターの代役を頼もうとするのです。
デルからその話を聞いたサムは、イベントで演奏する3曲に、
クエンティンの作った新曲を入れ、その曲で締めることを条件に出場を承諾。
自分の(息子の)曲を前座にすることで罪悪感を減らそうとしたのかな。
まぁ息子の曲はストックに限りがあるし、バンドを続けていくにしても、
いずれ誰かが新曲を書く必要はありますよね。

ところがイベント当日、息子の恋人ケイトが再び現れて、
クエンティンらに真実をチクってしまうのです。
殺人犯の作った曲を演奏していたと知って、クエンティンは衝撃を受け、
「歌っちゃいけない曲だった」と激怒し、サムを殴ってイベントをボイコット。
よほどショックだったのか、音楽活動自体やめるつもりのようで、
デルの楽器店に自分のギターを委託販売を頼んでしまいます。
サムは事件現場の大学を訪れ、息子の名前のない追悼碑を見て号泣。
その後、デルの楽器店にお別れを言うために訪れ、クエンティンのギターと、
クエンティンが憧れていた名ギター「ギブソン・レスポール」を購入し、
彼のバイト先に押しかけ、話をするのです。
君と演奏していると息子に会えた気がしたが、君は息子ではないと気付いた。
君の人生を台無しにしたくないので、自分の音楽を続けてほしい。
やめたら負けだ、と説得し、彼のギターとレスポールを置いて去ります。
憧れのレスポールを貰ったクエンティンは音楽活動を再開し、
バンドは新しいメンバーを加えて再出発するのです。
彼が立ち直ったのはよかったけど、この流れではサムと和解したというより、
レスポールに釣られたような印象も受けてしまいますが、
安易に和解しなかったことで、物語に深みを与えているかもしれません。
ここで完全に和解しちゃうと、息子ジョシュの曲も認めることになるけど、
6人も殺害した殺人犯の曲を歌うのは、やはり問題がないとは言い切れないので、
その是非の判断を観客に任せているのかもしれません。

サムは再び一人でトリルのステージに上がり、
息子は2年前に6人殺した、これは息子が作った曲だ、と公言し、
息子の曲「Sing Along」を熱唱して、曲終了と同時に本作も終了します。
あえてこの曲に対する聴衆の明確な反応を描かなかったことで、
やはりこの曲の是非の判断を我々観客に任せているのだろうと思います。
ボクとしては曲自体は悪くなかったけど、やはり殺人犯の曲という設定だと、
安易にいい曲だとは言いたくない気持ちになりますね。
しかし、それをあえて歌うサムの複雑な心境が伝わってきて、
とても感動的なラストだったと思います。
期待通りの感動的なドラマだった上に、予想外の大どんでん返しまであり、
本当に素晴らしい傑作だったと感じました。

ただ、どうしても腑に落ちないのは、
なぜ息子ジョシュがそんな凶悪事件を起こしたか、です。
彼の歌詞からは、人との繋がりを求めるような孤独感が伝わってくるので、
その孤独感が精神を蝕み、犯行に及んでしまったと思われますが、
たしかに彼の両親は離婚しているので、父不在な状況は孤独かもしれないが、
ちょっと仕事が成功しただけで息子を食事に誘うような父親なので、
そこまで疎遠だったわけでもないだろうし、
大学生にもなって親の離婚で寂しがるのもおかしな話です。
しかもアイドル女優セレーナ・ゴメス演じるケイトのような
超可愛い恋人までいるリア充なのに、なぜ凶行に及び、自殺しちゃうのか。
まぁ他人が何で苦しんでるかなんて、なかなかわからないものだし、
特に音楽など芸術に関わる人っていうのは、常人とは精神構造が違うので、
よくわからないことで死んじゃう人も多いですからね。
だからって他人を殺してもいいことにはならないし、彼を育てた親の責任も当然あり、
サムやジョシュをどう見るべきか、なかなか深くて沁みる映画でした。

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