ブログデンティティー

blog-dentity since 2013

神は死んだのか

日曜日の衆院選は、本当に意義の見出せない選挙で、
小選挙区の投票も消去法で選択するしかなかったですが、
ボクの選挙区である兵庫7区は候補者5人もいたからマシだったみたいで、
隣の選挙区である兵庫8区は候補者が二人しかおらず、悲惨だったみたいです。
しかもその2人は公明党の候補と共産党の候補で…。
カ○トかアカか究極の選択で、有権者が気の毒です。
そのせいか投票率も48%未満とかなり低く、しかも無効票が1割以上だったとか。
究極の選択に断念し、比例だけまともに投票した人が多かったのでしょう。
(ちなみにウチの兵庫7区は投票率54%超、無効票2.5%でした。)
結局、公明党の候補が当選しましたが、なんだか公明党候補立てる小選挙区は、
自民党政権を応援したくても宗教観の違いで与党に投票できない人がいるわけで、
憲法二十条、信教の自由に反しているような気がします。

ということで、今日は宗教映画の感想です。

神は死んだのか
Gods Not Dead

2014年12月13日日本公開。
実際の訴訟事件を基にしたキリスト教ドラマ。

大学に入学したばかりのジョシュ(シェーン・ハーパー)は哲学クラスの授業初日、ニーチェなどの無神論者を信奉するラディソン教授(ケヴィン・ソーボ)から神はいないという宣言書を提出するように言われる。単位が取れないと危惧した生徒たちは宣言書を提出するものの、納得できないジョシュだけは拒否。そんなジョシュに対して教授は、生徒たちの前で神の存在を証明して見せろと迫り……。(シネマトゥデイより)



ボクは無宗教で、無神論者ですが、ナントカ学会のようなカルトを除けば、
宗教に対しては寛容な方だと自負しています。
興味もそれなりにあるので、大学時代には宗教関連の講義もいくつか受けて、
四大宗教と神道については万遍なく、それなりに勉強もしましたが、
如何せん神なんて存在しないと思っているので、どれも信仰する気にはならず…。
神や仏を本気で信じている人の気持ちは正直全く理解できませんが、
信教の自由は大切なので、有神論者を否定する気もないです。

本作は有神論者を否定する無神論者の大学教授と、クリスチャンの大学生が、
神が存在するか否かについて対立し、議論するという物語ですが、
無神論者のボクにとっては神の有無なんて論ずるまでもないこと。
どう考えても無神論者が勝つとしか思えませんが、
本作は布教や信仰の強化を目的としたキリスト教映画なので、
クリスチャン大学生の勝利、つまり神の存在を肯定する決着になるはず。
一体どうやって証明するのか、それが気になって観に行きました。
クリスチャン大学生が弁護士、無神論者の大学教授が検事、
クラスメイトが陪審員となって神の存在の有無にジャッジを下す展開で、
なんとなく『エミリー・ローズ』のようなオカルト法廷劇を期待して観に行きました。
…が、大学生と教授の法的劇的対決シーンはそれほど多くなく、
彼ら以外にも様々なクリスチャンや非クリスチャンが織り成す群像劇となっていて、
ちょっと期待していたものと違ったかも…。
とりあえず、大学生と教授が対決するエピソードの感想から書きますね。
以下、ネタバレ注意です。

ロースクールを目指し大学に入学したクリスチャンの新入生ジョシュは、
哲学の講義の受講を選択することになります。
しかし担当のラディソン教授は「偉大な哲学者は皆、無神論者だ」と言い、
この講義を受ける学生に「神は死んだ」と一筆書いて提出するように要求。
他の80人余りの学生は、教授に言われるままに書いて提出しますが、
敬虔なクリスチャンのジョシュにとっては、たとえ受講の必須条件と言えども、
「神は死んだ」なんて書くことは踏み絵を踏むようなもので…。
躊躇しているジョシュに気付いた教授は、「では神の存在を証明してみろ」と、
講義の最後に一回20分、計三回のプレゼン機会を彼に与えるのです。
ジャッジは約80人の受講生が下すことになりますが、もし証明に失敗すれば、
問答無用で評価を30%マイナス、つまり落第が決定し、
ジョシュがロースクールに進む道も潰えることになります。
無神論者のボクには、いくら信仰心があっても踏み絵くらい踏めるだろと思うけど、
それでも踏めないのが敬虔なクリスチャンの理解し難いところです。
例え書いても、後で告解(プロテスタントだから懺悔か)すればいいだけだろと思うし、
こんなつまらないことで将来の夢を棒に振るなんて馬鹿なんじゃないかと…。
ジョシュも家族や恋人からも教授に反論することを反対され、
受講科目を変えるべきか、それとも一筆書いて提出するべきか悩みますが、
教会でデイブ牧師に相談し、「信仰を試せるのはリスクだけだ」と、
神の存在を証明するプレゼンに挑むことを決意します。
やはり救いようのない馬鹿だなと思いましたが、それは一回目の講義で一変します。

一回目のプレゼンで、ジョシュはビッグバンを遡上に上げます。
哲学者アリストテレスは宇宙は永遠不変だと言っているが、
近世にビッグバン理論が誕生し、宇宙は無から発生したことが判明するも、
聖書は2500年も前から宇宙は無から発生したと書かれており、
少なくともそれまでは科学より聖書の方が正しかった。
宇宙を無から創造したのは神なので、神は存在する、という理論を披露します。
うーん、たしかに神の宇宙創造がビッグバンだったというのは面白い発想だけど、
たとえ宇宙創造に超常的な何者かの意思が介在したとしても、
それが神であるという証明にはなってませんよね。
この説対し教授は「ホーキンス博士の自発的創造も知らないのか」と一喝。
自発的創造とは、宇宙は自ら無から創造でき、創造主は必要ないとする説で、
たしかにその説を知らなかったジョシュは反論を用意しておらず閉口します。
これにはさすがにジョシュが気の毒になりました。
初めてのプレゼンにしては、予想以上に頑張ってたと思ったし、
ピッカピカの新入生がホーキンス博士の自発的創造なんて知ってるはずないです。
それはこれから講義でお前(教授)が教えることだろ、と…。
教授はヘコんで教室を後にしたジョシュを呼び止め、
「君は私より賢いとでも?私に恥をかかせるな」と脅すのです。
それまでは同じ無神論者として教授を支持していたボクですが、
教授のあまりの性格の悪さに、俄然ジョシュを応援したくなりました。
でもいくらキリスト教映画だからって、反クリスチャンをヒールに描きすぎです。
教授に反論することに反対した恋人のことも酷い女のように描いていますが、
ちょっと公平性に欠ける気がします。

ニ回目のプレゼンでは前回の失敗を踏まえ、ジョシュもホーキンス博士を勉強。
その上で、自発的創造論を虚言だと否定する数学者レノックスの言葉を引用します。
ホーキンスも偉大だが、レノックスも偉大なので、教授も何も言えません。
更にジョシュは教授の信奉するホーキンスの「哲学は死んだ」という言葉まで引用し、
「この哲学の講義は必要ないのでは?」と強烈な皮肉をぶちかまします。
神の存在とは全く関係ないけど、教授の苦々しい顔は痛快でしたね。
続いて今回の議題として、生命の起源を遡上に乗せます。
人間は神が創ったのではなく、サルから進化したという進化論でお馴染み、
生物学から創造主を排除したダーウィンの「自然は飛躍しない」という言葉を、
地球の歴史から見れば生物は一瞬で進化した、
これは神の御業に他ならないとジョシュは反証します。
これも神じゃなくても宇宙人の干渉があったかもしれないとも考えられるし、
神の存在の証明としては全くダメですが、今回は教授も反論する気力がないようで…。
でも講義終了後に、教授はヨブ記を引用し、ジョシュの行為の愚かしさを指摘します。
信奉するホーキンスの著書を引用して皮肉を言われたことへの仕返しでしょうが、
その内容よりも、教授が旧約聖書を読んだことがあることにジョシュは驚き、
一体なぜ無神論者になってしまったのか尋ねます。
なぜか律儀にも答えてくれる教授ですが、なんでも彼が12歳の時に、
敬虔なクリスチャンだった母が癌で亡くなり、信仰の無意味さを悟ったようです。
教授は「徹底した無神論者は元クリスチャンだ」と言いますが、
自分も元クリスチャンだったということですね。
こんな過去を聞かされたら、ジョショもちょっと同情してしまいそうなものですが、
意外にも彼はそんなに甘くはなく、この教授の不用意な発言が、
三回目のプレゼンの時に自らの足元を掬うことになります。

三回目、最後のプレゼンでジョシュは、なぜ悪は存在するのかを議題にします。
善なる神が存在するのなら、悪は存在しないはずだという無神論に対し、
自由意思が尊重されているから悪も存在するのだと反論。
しかし神によりいつか悪は排除されると説きます。
これに対し教授は、それまで戦争や災害などの悪を野放しなのはおかしい、
そんなものは道徳的絶対主義だ、と反論しますが、ジョシュはその通りだと答えます。
人間は神が指針になっているから犯罪を悪だと考えるとし、
「神がいないと何事も許される」というドストエフスキーの言葉を引用。
教授の講義は受講者から信仰の選択肢を奪うものだ、と批判するのです。
更に、教授は無神論者ではなく反有神論だと核心を突き、
教授は僕が憎いのか、それとも神が憎いのか、と問います。
ジョシュが憎いと言えば、自分が反有神論であると証明することになるので、
教授はもちろん神だと返答しますが、これはジョシュの思う壺で、
「存在しない者を憎めますか?」と返され、教授は返す言葉もなく敗北です。
いやはや巧妙な誘導尋問で恐れ入りますが、これは神の存在を証明したわけではなく、
ただ教授が神の存在を信じていることを証明しただけですよね。
元クリスチャンだった教授にだから通用した罠で、
ボクのような生粋の無神論者には全く通用しない方法です。
どう考えてもこれでは神の存在を証明したことにはなりませんが、
なぜか陪審員である受講生たちは「神は死んでいない」と大合唱。
やはりキリスト教映画なので、ジョシュの勝利を神の存在の証明にすり替えてますね。
でもこれだけ教授を怒らせてしまったら、勝ち負けは関係なく、いい評価はもらえないし、
状況は全く好転していないように思うのですが、この後酷すぎる帳尻合わせが…。

なんと教授が車に撥ねられて死ぬのです。
神を信じない者は死んで当然と言わんばかりの展開で、かなり不愉快ですが、
教授の死に際の展開もあまりに酷すぎます。
事故現場にたまたまデイブ牧師がいて、瀕死の教授に駆け寄ります。
牧師に「神を信じますか」と問われ、教授は苦しみながらも否定。
すると牧師は「即死しなかったのは神からの憐れみだ」
「最後のチャンスが与えられた、懺悔して神を信じるか?」と言うのです。
教授にしてみれば、苦しまないように即死したかったはずなのに何が憐れみだよ。
瀕死で苦しむ怪我人に対して入信を勧めるなんて、もう諦めて死ねと言うようなもの。
実際に牧師は「ここにいる誰よりも早く神に会えるよ」なんて励ますが、
ここは「頑張れ、大丈夫だ」と励ますのが普通じゃないでしょうか。
生きたいと思う気力ってけっこう大事なことだと思うんだけど…。
教授は入信し、その直後に神のもとに召されますが、
神を信じずに生き続けるよりも、死んで神のもとに召された方が幸せってか。
キリスト教って、やっぱりちょっと独善的ですよね。

群像劇である本作は、他にも数本のサブプロットで構成されますが、
それらのエピソードもキリスト教の独善的なところが満載です。
敬虔なクリスチャンであるタレントを批判したブロガーが癌に侵されたり、
(タレントはリアリティ番組『ダック・ダイナスティ』の出演者で実在するらしいです。)
不信心な成功者の人生は悪魔が与えたもので、そのうち破滅すると断言するし、
コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックのニュースボーイズ(実在)のライブで、
客に「神は死んでない」と書いた迷惑メールを一斉送信させるという行為を、
素晴らしいムーブメントであると賞賛したり、独善的すぎるでしょ。
極めつけはムスリム一家の少女をクリスチャンに改宗させちゃう話は目に余ります。
無神論者を批判するのはまだ許せるが、他宗教を批判的に描くのはどうなの?
これを見て、キリスト教って素晴らしい、と思うのはクリスチャンだけ。
他宗教の信者は不愉快だし、無宗教や無神論者にとっては、
キリスト教の異常さを再認識させるだけで、布教には逆効果な作品です。
なにより神の存在を全く証明できてませんから布教効果がないのは当然ですが、
これではライトなクリスチャンも神の存在を疑って無宗教になりそうです。
まぁ存在しない神の存在を証明することなんて絶対にできないけど、
神の存在を反証するのも「悪魔の証明」なので絶対にできないんですよね…。
宗教って一体何なのか考えちゃいますが、意外と哲学と紙一重なのかも。

コメント

ありがとうございます

初めまして,COLと申します。
この映画について検索していたら,このブログを見つけました。
私はクリスチャンですが,まだこの映画を観ていませんので,大変参考になりました。
あなたが,私がクリスチャンになる前とよく似た気持ちを持っておられることも分かりました。
私もクリスチャンを馬鹿にしていましたので。
ただ,あなたの理解は誤解であることは間違いないと思います。
もっとも,この映画で「神の存在を証明した」とは言えないように思います。
その点においては,あなたと私の見解は一致していると思います。
ただ,神の存在を2時間ほどの映画で証明するのは,かなり難しいはずです。
特に,無神論者とクリスチャンの世界観は全く違いますので,知らない世界観を提示されても全く理解できないのは当然と言えば当然です。
この,いわば「発想(世界観)の転換」ができれば,理解もそんなには難しくないでしょうね。
ともかく,映画のネタバレは感謝しています。
ありがとうございました。

  • 2014/12/20(土) 15:50:12 |
  • URL |
  • COL #2VbrmP/Q
  • [ 編集 ]

Re: ありがとうございます

まさかこの感想でクリスチャンの方からお礼を言われるとは思いませんでしたが、
ボクは理解できないと思っているだけで、馬鹿にはしてませんよ。

ボクは本作の教授と学生の戦いが興味深かったので、
その部分を中心にこの感想を書きましたが、
本作は群像劇なので、本作の1/3程度の内容でしかありません。
教授と学生のエピソード以外のエピソードは本当に酷いものなので、
この感想だけで満足しないで、ぜひ観に行ってほしいです。
クリスチャンが本作を観てどう感じるのか、とても興味があります。

  • 2014/12/21(日) 01:15:44 |
  • URL |
  • BLRPN #-
  • [ 編集 ]

観てきました

今日,この映画を観てきました。
感想を一言で言うなら,とても聖書的で,すばらしい映画でした。
以前上映された「ノアの箱舟」とは全然違い,聖書に忠実でした。
ただ,ジョシュの主張には,現代科学と違う点が一つ,聖書解釈において他の解釈もある点が一つありました。
現代科学と違う点は,現在の宇宙論によると,宇宙が誕生したのは138億年前です。
137億年前ではありません。
これは,私の記憶では,科学者の計算ミスだったと思います。
聖書解釈で異なる点は,創世記1章3節の解釈です。
創世記1章1~3節の解釈は,神学者によると3通りあるそうです。
そして,実際にこの映画を観た後,このブログの感想を読むと,かなり誤解があると言わざるを得ません。
私も経験したことですが,ノンクリスチャンが聖書の世界観を理解するのは,かなり難しいのだと思いました。
理解できない理由は,聖書の世界観は神中心主義なのに,その聖書に対して人間中心主義の視点で観ているからです。
つまり,最初から違う視点で観ているので,理解できないのです。
こんなことを言うとイラッとされるかもしれませんね。
しかし,事実だと思います。

ともかく,この映画のネタバレを読むことができたおかげで,より映画の内容が頭に残りました。
私はあまり記憶力がよくないので,ネタバレはありがたいのです。
1/3程度とはいえ,観る前に読むことが出来て,感謝しています。
ありがとうございました。

あまり長々とコメントを書くのも悪い気がしますので,何かご質問などありましたら,メールを下さい。
それでは,失礼致しました。

Re: 観てきました

うーん、これは皮肉ではなく、率直に思ったことなのですが、
この映画を実際に観て、それでも素晴らしいと思えるなんて、
確かにボクとは全く違う視点を持っているんだろうと感じます。
宗教観の問題なので、どちらが間違ってるということでもありませんが、
本作のアメリカでの某有名批評サイトの支持率は僅かに17%です。
アメリカ人観客の評価も概ね不評みたいで、世論としては駄作扱いです。
つまり信仰心のせいで素晴らしいと感じているだけで、
そんな視点をボクを含め世界中の大多数の人に理解できるはずありません。

  • 2014/12/26(金) 18:35:33 |
  • URL |
  • BLRPN #-
  • [ 編集 ]

これで最後にします

私の感想を読んで下さり,ありがとうございました。
あなたの問題点は充分分かりましたので,これで最後の投稿にします。

この映画で神の存在を証明できたか,という点について。
心を開いて聞く耳を持って観た人なら,充分納得できる内容だと思います。
つまり,この映画は神の存在を証明していると感じました。

それでは,感謝のうちに。

Re: これで最後にします

ボクの問題点?

まるで神の存在を信じない人は問題を抱えているような言い草ですが、
それこそが本文でも指摘した、クリスチャンの独善的なところです。
「神を信じるのは問題だ」と考えるラディソン博士と本質は同じですよ。

  • 2014/12/29(月) 08:35:46 |
  • URL |
  • BLRPN #-
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://blrpn.blog.fc2.com/tb.php/1437-f63645cf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad