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ふしぎな岬の物語

『ファーナス』の記事で、節約のため「今月は邦画を一本も観ない」と書きましたが、
どうしても見逃せない邦画があったのを忘れていました。
先週末公開になった『ふしぎな岬の物語』です。
第38回モントリオール世界映画祭のコンペ部門で審査員特別賞を受賞したので、
日本の映画ファンとしては避けて通れない一本です。
3年前には『おくりびと』でグランプリも受賞できたモントリオールは、
なぜか日本映画にとって与し易い国際映画祭ではありますが、
世界屈指の権威ある映画祭なのは間違いなく、受賞はとても名誉なことです。

今年のモントリオールは日本映画が大活躍で、
『そこのみにて光輝く』も最優秀監督賞を受賞しましたが、
4月の公開当時はコンペ部門に出品が決まっていたことも知らず、
9月の受賞時点ですでにほぼ公開終了していたため見逃しました。
そういう意味では、『ふしぎな岬の物語』のように、
凱旋上映になる公開スケジュールの方が有難いです。
受賞の影響か初登場1位にもなれたし、興行的にもプラスです。
『そこのみにて光輝く』は来月レンタル開始されるので、その時ちゃんと鑑賞します。
(本年度のアカデミー賞外国語映画部門日本代表なので絶対見ないと…。)

ということで、今日はモントリオール審査員特別賞受賞作の感想です。

ふしぎな岬の物語
ふしぎな岬の物語

2014年10月11日公開。
吉永小百合主演・企画のヒューマンドラマ。

海と花畑に囲まれた心休まる里、その岬の突端にあるカフェ「岬カフェ」には、店主の柏木悦子(吉永小百合)がいれるコーヒーを目当てに里の住人たちが集まってくる。店の隣に住むおいの浩司(阿部寛)は、何でも屋を営みながら悦子を献身的に見守ってきた。そんな穏やかな日々が営まれていたある日、常連客の娘で音信不通だったみどり(竹内結子)が数年ぶりに帰郷するが……。(シネマトゥデイより)



本作は第38回モントリオール世界映画祭審査員特別賞受賞作です。
同時に同映画祭でエキュメニカル審査員賞も受賞しており、二冠と謳われていますが、
エキュメニカル審査員賞にはそれほど価値はないと思います。
カンヌ国際映画祭の独立部門であるエキュメニカル審査員賞は知っていましたが、
モントリオールにもあったんですね。
この賞はクリスチャンの審査員が選出するものですが、
人道的で精神性、芸術性の高い作品へ贈る賞らしいです。
でも正直、ちゃんと作品を評価して決めているのか非常に疑わしいと思います。
本作の劇中で、仏教徒からクリスチャンに改宗する脇役がいるのですが、
その展開を好意的に受け止めただけなんじゃないかと疑ってしまいます。
その脇役は、クリスチャンの恋人と結婚したいから改宗したのですが、
そこまでして結婚したのに、すぐに嫁に逃げられてしまうんですよね。
むしろクリスチャンに改宗したことで不幸になったような展開なのに、
クリスチャンの審査員連中はちゃんと物語を理解しているのかと…。

そんな無価値なエキュメニカル審査員賞のことは置いておいて、
前述のとおり、モントリオールで審査員特別賞受賞で観る決心した本作ですが、
もし受賞していなかったらたぶん観ていません。
予告編を観る限りでは年配向けの人情喜劇って印象だったので、
若輩者のボクが楽しむにはちょっと早いかなと思ったんですよね。
受賞したことで観に行こうと決心はしたものの、その思いは消えず、
正直、映画ファンとしての義務感で観に行ったところもあります。
実際に劇場に入ると、平均年齢のかなり高めな客層で場違いでした。
まぁ中高年を動員しただけで興行ランキング1位になるのは難しいので、
(特に高齢者は単価が安いですからね。)
その回の平均年齢が高かっただけで、若い人も観ているとは思うのですが、
やっぱり始まる前から観に来てしまったことを少し後悔しちゃいますよね。

でもいざ観てみると、それなりに楽しめたと思います。
特によかったのはキャスティングです。
ボクは主演の吉永小百合には全く思い入れがないのですが、
笑福亭鶴瓶、竹内結子、阿部寛といった周りを固める主要キャストが
ボク好みに誂えてくれたかのような大好きな俳優ばかりで最高でした。
(ただ全体的に役の年齢よりも歳を食いすぎな気も…。)
脇役も笹野高史や小池栄子など好きな俳優が多く、ボクは好き嫌いが激しいのに、
ここまで嫌いな俳優がひとりたりとも出ていない映画は奇跡的です。
そんなキャストの好演によって、笑えるところも多々あってよかったです。

物語としては、妻に先立たれた子連れの陶芸家や、
自分の店が潰れて心中に失敗した泥棒など、心に傷を負った人が、
吉永小百合演じる悦子の喫茶店「岬カフェ」を訪れて、
彼女の優しさに癒されるといった感じのホンワカ人情喜劇です。
(松竹映画っぽいと思ったけど、意外にも東映映画なんですね。)
ボクもホンワカした気持ちになって、少し癒されましたが、
後半になると、ちょっとハードな展開になってきて…。

人を癒す聖母のような悦子ですが、ある時点で精神が崩壊します。
特に親しかった常連客の谷が転勤、徳さんが病死してしまうと、
彼女は急に気力を失うんですよね。
そこに件の子連れの陶芸家が再び店を訪れるのですが、その時陶芸家の娘が、
「若いオジサン(の幽霊)が(店に飾ってある)虹の絵を返してと言ってる」と言います。
虹の絵は悦子の死んだ夫が描いたもので、オジサンはどうやらその夫のようです。
なんとも不思議…、というか不気味な話ですが、彼女は陶芸家に絵を渡します。
陶芸家に渡しても、夫の幽霊に絵を返せるとは思えませんし、
そんな娘の世迷言で陶芸家が大切な絵を受け取るのは不可解ですが、
夫の唯一の形見である絵を失った悦子の精神はついに崩壊。
火の不始末を起こしてしまい、店を全焼させるのです。
彼女は燃え盛る店から出ようともせず、浩司が救い出さなければ焼死していました。
というか、彼女は火の不始末にも気づいていたのに対処もしなかったので、
これは放火も同然で、自殺を図ったような感じです。
いやはや、急にハードな展開になってしまって、呆気に取られました。

親しい常連客を2人も失い、絵を渡したことで死んだ夫まで失った彼女は、
「ひとりになるのは怖い」と急に孤独感に襲われて精神が病んだみたいです。
病んだ人を癒していた彼女が、実は最も病んでたというオチだと思います。
…が、あんなに村の人から好かれ、というかチヤホヤされている彼女が
孤独を感じるなんて贅沢もいいところです。
彼女はちょっと不幸な生い立ちで、孤独を恐れやすくなったみたいですが、
そんなに孤独が嫌なら、田舎の岬でひとりでカフェなんて経営しないで、
街に働きに出ればいいだろと思っちゃいますよね。
どうも彼女の心境が理解できず、なんとも不可解な展開でした。

不可解と言えば、彼女を火事から救った浩司のキャラ設定もそうです。
彼は悦子のことが好きで、カフェ近くのボロ屋に住んで、いつも彼女を見守っています。
浩司は悦子が育てたようなのですが、どうも母子ではないようで、
悦子への恋愛感情がキッカケで事件を起こし、前科者になってしまったそうで、
一体どういう関係なのか、よくわかりませんでした。
(どういう事件なのかも詳しく描かれていませんし…。)
でも中盤すぎたあたりで、血の繋がりが明らかになり、叔母と甥の関係だとわかります。
ボク的にはあり得ないけど、叔母に恋することもあり得ないとは言い切れないかな。
ただその恋愛感情も何だか屈折していて、浩司は幼い頃に母を亡くし、
夫を亡くしたばかりの叔母・悦子に引き取られたみたいなのですが、
当初は心を閉ざしており、近所の輝夫という青年を兄のように慕っていたみたいです。
しかし輝夫が漁船事故で亡くなって以来、急に悦子に懐くようになったみたいで、
悦子は「自分は輝夫の代わりなのか」と思ったそうです。
これが本当なら恋愛感情とは違うと思いますが、浩司は否定も肯定もしません。
結局、浩司が何を考えているかもわからなくなって、
感情移入できないせいで、ラストも感動できなくなってしまいました。

でもそんな曖昧な物語でモントリオール審査員特別賞なんて取れるはずないので、
ボクが若輩者なだけで、わかる人にはちゃんとわかるのかもしれません。
本作は今回の受賞により、本年度の日本アカデミー賞でも
本命である銀熊賞受賞作『小さいおうち』の対抗馬になりそうな気がします。
(大穴はモスクワ映画祭グランプリの『私の男』かな。)

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