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舞妓はレディ

やっちゃいました…。久しぶりに映画鑑賞中に寝ちゃいました…。
鑑賞していたのは『攻殻機動隊ARISE border:4 Ghost Stands Alone』でしたが、
劇中用語が理解できず、内容が全く入ってこなくて、脱落してしまいました。
難しい用語が出てくる度に、「ニューロチップって?」「ドミネーションって?」
「パッケージ化って?」と足踏みし、どんどん物語において行かれてしまうんですよね。
最重要用語「ゴースト」の意味まで見失ってしまいもうお手上げです。
こいつらホントに日本語で話してんのかと思うほどですが、
ファンはちゃんと理解して観ているんでしょうね。

実は前々作『攻殻機動隊ARISE border:2 Ghost Whispers』も劇場で鑑賞しており、
今回と同じような状況に陥り、全く楽しめなかったのですが、
DVD鑑賞した前作『攻殻機動隊ARISE border:3 Ghost Tears』はなぜか理解でき、
新作も観に行って大丈夫かなと思っちゃったんですよね。
来年には『攻殻機動隊 新劇場版』が公開になるそうで、それも観るつもりでしたが、
今回の失敗を踏まえれば諦めた方が無難かもしれません。
いつになるかわかりませんが、ハリウッド映画化された暁にはまた挑戦しようかな。
その時は実際に日本語じゃなくなってるけど、まだ幾分わかりやすくなるでしょう。

ということで、今日は一部「ホントに日本語で話してるのか?」と思う映画の感想です。
なお『攻殻機動隊ARISE border:4 Ghost Stands Alone』の感想はアップしません。
…というか、寝てたので書けません。(鑑賞料金1200円、勿体なかったな。)

舞妓はレディ
舞妓はレディ

2014年9月13日公開。
周防正行監督、久々の娯楽作。

古都・京都。お茶屋・万寿楽にある夜、絶対に舞妓になりたいと少女・春子(上白石萌音)が押し掛けてくる。春子は必死で頼み込むが、誰も相手にしようとしない。ところが偶然その様子を目にした言語学者の「センセ」こと京野(長谷川博己)が、鹿児島弁と津軽弁が混ざった彼女に関心を寄せたことから、晴れて万寿楽の仕込み(見習い)になる春子だったが……。(シネマトゥデイより)



本作のタイトルが、オードリー・ヘップバーンの主演作としても知られる
『マイ・フェア・レディ』のパロディであることは言うまでもありませんが、
いざ観てみて、内容も『マイ・フェア・レディ』のパロディだったのは予想外でした。
てっきり先に舞妓の物語があって、後で面白半分で付けたタイトルだと思いましたが、
実際は『マイ・フェア・レディ』ありきで、それを舞子の物語に脚色していたんですね。
というか、監督がまず「舞妓はレディ」という駄洒落を思いついて、
そこから発想を膨らましていった作品なのでしょう。
まぁパロディや脚色と言えるほど似ているわけでもないですが、
言語学者がヒロインの言葉遣いを矯正しつつ一人前のレディに仕立てるという、
根幹の設定は踏襲されています。
そして『マイ・フェア・レディ』同様にミュージカル仕立てで描かれています。

ボクは「舞妓を夢見る少女のシンデレラストーリー」という程度の予備知識で観たので、
ここまで列記としたミュージカル映画だったとは想像もしていませんでした。
予告編にも主題歌「舞妓はレディ」の歌唱シーンはあるものの、
あまりミュージカル映画を匂わせる編集はされてなくて、
少女が舞妓になるために奮闘する単なる喜劇映画だとばかり思っていました。
なのでアバンタイトルで、ヒロインが急に歌い始めた時は何事かと…。
ボクとしては、いい意味でサプライズだったのでよかったですが、
本作がミュージカル映画であることは、もっと大々的に宣伝すべきです。
『レ・ミゼラブル』や『アナと雪の女王』の大ヒットなど、
日本人はやたらミュージカル映画好きなことが判明していますから、
そこをアピールしない手はないと思うんですけどね。

ヒロインの上白石萌音ですが、全く知らない若手女優だけど、
どこか垢抜けない感じが可愛らしい女の子です。
しかしそんな外見以上に魅力的なのが、彼女の歌声で、
上手いかどうかはよくわからないけど、とても綺麗な声で驚きました。
アバンタイトルで彼女が歌いだした時も、ミュージカル映画と気づいたこと以上に、
彼女から発せられる透明感のある綺麗な歌声に驚いたくらいです。
しかし歌唱シーンは多い本作ですが、彼女が歌うシーンはそれほど多いわけでもなく、
もっと彼女の歌(ソロ)が聴きたかったなと、少し物足りなく思います。
とはいえ他のキャストによる歌も、いろんな趣向が凝らされており悪くないです。
国産ミュージカル映画としては、かなり上出来の部類に入ると思います。

歌がなかなかよかったので、ミュージカル映画としては満足ですが、
物語自体はイマイチだったかもしれません。
いや、出来が悪いということはないのですが、共感しにくいというか…。
ボクみたいな貧乏人は、花街なんかとは一生縁がないため、
芸妓や舞妓に対してあまり理解がありません。
一昔前までは娼婦だったわけだし、今でも高級キャバ嬢みたいなものだと思うので、
ヒロインのそんな職業に就きたいと夢見る神経が理解しがたいんですよね。
津軽の田舎から出て来た純真無垢な十代の少女が、
水商売の世界に足を踏み入れるわけですが、それを応援なんて当然できません。
しかし本作は、花街を夢のある場所という描き方はしていません。
ボクと同じように「舞妓は所詮水商売」と考えているキャラも登場するし、
舞妓が娼婦だった過去や、お茶屋のブラック企業ぶりもちゃんと描かれ、
とても公平な視点で好感が持てます。
最も驚いたのは、見習い期間中の経費(着物や稽古代)は借金となり、
舞妓に昇格してからも何年かはタダ働きになるという労働条件です。
体育会系の縦社会で厳しそうだし、お座敷遊びは全然面白くなさそうだし、
本作を観て舞妓に憧れる女性はいないんじゃないかな?

ヒロインの少女・春子がそんな舞妓になってしまうのも応援できませんが、
それ以上に応援できないのが言葉を矯正されてしまうことです。
春子は祖父母に育てられますが、祖父が鹿児島弁、祖母が津軽弁なので、
鹿児島弁と津軽弁が混ざった、かなり独特の方言を話します。
春子は舞妓になりたくてお茶屋を訪れますが、舞妓になるには京言葉が必須なので、
「その訛りは致命的だ」と追い返されてしまうのです。
しかしたまたまその場にいた言語学者の京野が、その珍しい方言に惹かれ、
「面白いサンプルだ」と呼び戻し、彼女を京言葉に矯正しようとするのです。
いやいやいや、言語学者ならそんな珍しい方言は保存すべきでしょ。
なんでありきたりな京言葉になんかに矯正してしまうのか…。
例え珍しい方言じゃなくても、方言はアイデンティティであり、大切にすべきものです。
標準語は使える方がいいと思うが、わざわざ他の方言に塗り替えるのは悲しいです。

しかも明らかに京言葉より元も方言を話す春子の方が魅力的です。
そもそも京言葉は、腹黒な京都人の気質をよく表しており、
全て建前に聞こえるのに、なぜか上から目線な印象を受ける感じの悪い話し方で、
個人的にはあまり好きじゃありません。(京都の方、ごめんなさい。)
ボクは神戸弁のネイティブスピーカーだけど、片親が鹿児島県人なので、
鹿児島弁にも愛着(聞き取れるけど話せない)がありますが、
半分鹿児島弁の春子を没個性的な京言葉しちゃうなんて、あまりに残念すぎます。
舞妓になるには京言葉が必須なので矯正は不可欠なわけだけど、
別に京言葉以外の舞妓がいたっていいですよね。
今のご時世に、方言差別する職業の方がおかしいです。

いや、舞妓・芸妓は職業としておかしいところだらけです。
舞妓は芸妓になるまでの見習い修業期間らしいのですが、
舞妓の方が人気があり、チヤホヤされるんですよね。
そのため、本作の舞台である花街「下八軒」には舞妓がひとりしかいませんが、
その舞妓が芸妓になったら困るので、芸妓になりたい彼女を舞妓に慰留し続けます。
そのせいで彼女は三十路手前で舞妓を続けざるを得ないのです。
彼女は後輩の舞妓が出来れば、すぐにでも芸妓になれるみたいなので、
舞妓と芸妓の線引きなんて、あってないようなものだと思われます。
彼女も舞妓の方が需要があるなら、あえて人気のない芸妓になることもない気が…。
でも「三十路の舞妓なんて…」という世間体が気になるんでしょうね。
まぁ芸は未熟でも若い方が人気あるのは芸能全般よくあることだけど、
お酒も飲めない10代の子にお酌させたりするのは如何なものかな。
昔はお酌だけではなく、水揚げと称して処女まで売っていたみたいですが…。

元ネタがロマコメ『マイ・フェア・レディ』だけに、少しだけロマンス要素もあり、
春子は親身に指導してくれる言語学者・京野に淡い恋心を抱きます。
でも『マイ・フェア・レディ』とは違い、親子ほども歳の差があるので、
春子の一方的な片想いになり、ロマンスには発展しません。
京野は花街に出入りしてはいるものの、遊ぶのが目当てではなく、
京言葉などの方言の勉強がしたいだけなので、舞妓も春子も単なる研究対象です。
ある日、京野の助手の大学院生に「先生は自分のために君を利用している」と言われ、
春子は失恋のショックから声が出なくなってしまうのです。
馴染み客曰く「京言葉イップス」ですが、失声症というやつで心因性の病気です。
その程度のことで、失声症になっちゃうものかなと不思議に思ったけど、
それよりなにより、しばらく彼女の歌唱シーンがなくなることが残念で…。

その後、春子は休養することになりますが、京野が鹿児島弁で励ましたり、
女将さんの恋バナ聞いたり、姐さんに叱咤激励されるうちに、また声が出るように…。
踊りの稽古中に急に声が出るようになったのですが、
結局、誰のお蔭で治ったのかよくわかりませんね。
その後、急に京言葉も上達するのですが、このあたりの春子の心境の変化が、
ちょっと掴みづらかったように思えます。
そして無事舞妓デビューして、チャンチャンです。
これだと、京言葉さえマスターすれば、舞妓になれる印象を受けるので、
もっと修業や稽古で、舞妓としてのスキルを身に着ける過程もほしかったです。
中村久美演じる踊りの師匠の出番はそこそこありましたが、
稽古シーンが少ないので、三味線、長唄、鳴物の師匠はワンシーンのみで…。
それぞれ徳井優、田口浩正、彦摩呂が演じており、個性的で面白そうな人物なのに…。
でも長唄の稽古では師匠から音痴扱いされる春子ですが、
普段はあんなに歌が唄えるのに不思議ですね。

シンデレラストーリーを謳う本作ですが、
舞妓デビューしただけで、なぜシンデレラストーリーなのかわかりません。
舞妓になりたいという春子の夢が叶ったわけだから、成功物語なのかもしれないが、
そもそもなぜ春子が舞妓になりたかったのか、ちょっと動機が弱い気がします。
建前では下八軒唯一の舞妓である百春さん姐さんのブログを読み、
舞妓に憧れたということでしたが、実際は彼女の亡き母親が、
舞妓(芸妓)をしていたと知ったことで興味を持ったみたいです。
でもただそれだけなので、どうしても舞妓にならなくてはいけない理由とは思えません。
舞妓になって何をしたいということもなさそうだしね。
舞妓になってはみたものの、百春さん姐さんのように、後輩の舞妓も出来ず、
30歳前まで舞妓に慰留される人生が待っているのかと、先が思いやられます。

物語は共感できず、イマイチだと思いましたが、
歌や踊りはよかったので、まぁ楽しめた方だと思います。
ラストシーンは花街で節分に行われる「お化け」という仮装大会での、
キャスト全員での歌唱シーンとなるのですが、そこも楽しくて、いい感じの幕切れです。
そのシーンで男衆を演じる竹中直人(と渡辺えり子)が、
『Shall we ダンス?』の時の仮装をしていたのも笑っちゃいましたね。
ミュージカル映画としてはかなりの質だったと思うので、
物語もよければ名作になり得たかもしれず、ちょっと惜しかったです。

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