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STAND BY ME ドラえもん

人気アニメ『ドラえもん』が来年4月からアメリカでも放送されるそうですね。
すでにアジア、ヨーロッパ、中東など世界中で放送されている『ドラえもん』ですが、
ようやくアメリカにも上陸することになりました。
なんでもアメリカでの放送にあたり、アメリカ人にも親しみやすくするために、
大幅なローカライズが施されるのだそうで、アメリカ進出の本気度を感じる反面、
そんなことをしなきゃいけないのかと疑問に思う部分もあります。
キャラの名前を変更する程度のことは、日本で放送される海外作品でもよくあるので、
(たとえば「オートボットのリーダーがなぜコンボイじゃないの?」みたいな。)
全く問題はないと思いますが、お箸をフォークに描き変えたり、
お金をドル紙幣に描き変えたり、そこまでアメリカ人に媚びる必要があるのかと…。
アメリカ人にも『DORAEMON』を日本のアニメとして楽しんでもらいたいので、
日本文化を改変してしまうことには賛同しかねます。
どうやらアメリカ人好みの(ローカライズしやすい)エピソードを抽出し、
全26話(つまり半年)放送するようですが、これで興味を持ってくれたアメリカ人が、
ローカライズされていない原作漫画やオリジナル版を見たら違和感を覚えるのでは?
そのままの形で認められてこそ、真のアメリカ進出だと思います。

ボクはそんなローカライズした『DORAEMON』でアメリカ進出するよりも、
まず本日公開された『STAND BY ME ドラえもん』を輸出すればいいと思います。
アメリカ人はCGIアニメが大好きなので、きっと楽しんでもらえるはず。
そもそも諸外国に比べアメリカ進出がこれほど遅れたのは、
「道具に依存する主人公」がアメリカ人の趣向に合わなかったためですが、
たしかに主人公のび太は、すぐにドラえもんに泣きつき、秘密道具に頼る印象だけど、
のび太が自力で未来を切り開く内容の本作を観てもらえば、
他力本願はのび太のひとつの側面でしかないことがわかるはずで、
アメリカ人の『ドラえもん』への誤解(?)も払拭できるはずです。
アメリカ版『DORAEMON』だと、逆に日本文化への誤解が深まりそうで怖いです。

ということで、今日は『STAND BY ME ドラえもん』の感想です。

STAND BY ME ドラえもん
ドラえもん STAND BY ME

2014年8月8日公開。
藤子・F・不二雄の国民的漫画『ドラえもん』をCGIアニメ化。

東京の郊外に暮らす運動オンチで勉強もできない少年、のび太。ある日、22世紀から子孫であるセワシがドラえもんと一緒にタイムマシンでのび太を訪れる。のび太が作った借金が原因で、セワシのいる代まで迷惑をこうむっていた。そのためセワシは、のび太のために世話係のネコ型ロボット・ドラえもんを連れてきたのだ。こうして、のび太はドラえもんと暮らすことになり……。(シネマトゥデイより)



テレビアニメ『ドラえもん』は、毎年春休み映画として劇場版が公開されていますが、
本作は藤子・F・不二雄生誕80周年を記念して製作された初の3DCGIアニメ映画です。
ボクとしてはデジタルセルアニメで制作された通常の劇場版に何の不満もないので、
『ドラえもん』をCGIアニメ化する必要なんてあるのか?
…と思ってしまいましたが、監督を知って期待せずにはいられなくなりました。
本作の監督は山崎貴と八木竜一で、ボクが初めて面白いと思えた国産CGIアニメ映画
『フレンズ もののけ島のナキ』の監督コンビです。
国産CGIアニメは技術的に劣悪なものも多いですが、彼らにかかればその心配は無用。
どこに出しても恥ずかしくない映像を実現してくれると確信していました。

映像面は期待通りとても素晴らしい出来でした。
なんでものび太の家など、風景のいくつかはミニチュアで作ったものを撮影し、
そこにCGIで作ったキャラを合成しているそうなのですが、とても自然だし、
本物の光源による効果か、とても情緒的で趣があります。
日本のCG技術なら下手に全てCGで描かないで、ミニチュアを組んだ方が、
ディテールなどにもこだわれるのかもしれませんね。
もちろん街並みなどCGで作られた風景もあるのですが、そこも悪いわけではなく、
さすがは『ALWAYS』シリーズで昭和の街並みを完全に再現した山崎監督だけあって、
日本情緒を感じる素晴らしい街並みを再現しています。
なんでも舞台は現代ですが、70年代をイメージして作られているそうで、
どうりでノスタルジーを感じるはずです。

二次元のキャラを上手く三次元化できるのか少し懸念していましたが、
原作のイメージを壊さない範囲で、上手く三次元化されていると思います。
特にドラえもんの出来は一切の文句の付けようがありません。
二次元でしか描けないと思われたスネ夫の髪型も、違和感なく再現されていました。
ただ一点、ちょっと惜しいなと思ったのは、歯をちゃんと描いてないことです。
食いしばった時などはちゃんと歯があるんだけど、普段は口を開けても、
そこにあるはずの歯が見えず、ちょっと気持ち悪い気がします。
歯を付けない方がキャラのイメージが原作に近くなるという判断なのかな?
まぁこの程度は見ているうちに慣れるので、大した問題でもないですが。
この水準のCGIアニメが量産できるようになれば、
国産アニメもディズニーやピクサーに対抗できるようになるかもしれないです。

この監督コンビなら映像面についてはあまり心配しませんでしたが、
ストーリーについても心配はありませんでした。
なにしろ藤子・F・不二雄の描いた原作のエピソードを厳選して再構築するようで、
下手なオリジナル脚本ではないからです。
通常の劇場版の方は、オリジナル脚本の回は微妙な内容のものも多いけど、
本作はその心配がなく、原作でも名作として定評があるエピソードを軸にしているので、
ストーリーは見るまでもなく折り紙付きです。
ただ人気があるエピソードなだけに、どんな話かも知ってしまっているので、
オリジナル脚本のように、どんな展開になるのかワクワク感は薄いかも。
もちろん再構築に際して、ある程度脚色はされると思っていましたが、
大きく変えるとは思えないので、予想通りの展開に終始するに違いないと…。
いざ観てみても、実際にその通りだったのですが、
掲載時期もバラバラだったエピソードをどう脚色して無理なく繋いでいるのか、
その点は興味深かったし、比較的よく出来ていたと感心しました。
ただ繋ぎが甘く、もっと頑張ってほしいと思ったところもないわけでもなく、
それ以前に、このエピソードのセレクトにも少し異論があります。

本作は原作第一話の「未来の国からはるばると」から始まり、
順に「たまごの中のしずちゃん」「しずちゃんさようなら」「雪山のロマンス」
「のび太の結婚前夜」「さようなら、ドラえもん」「帰ってきたドラえもん」と繋がる
7本のエピソードから構成されています。
本作のクライマックスは名作と名高い「のび太の結婚前夜」だと思われ、
そこに向けて、のび太としずかちゃんの恋路を描くため、
「たまごの中のしずちゃん」「しずちゃんさようなら」「雪山のロマンス」を選出しています。
つまり本作は、のび太の恋愛に焦点を当てたメインプロットなのですが、
その後に「さようなら、ドラえもん」「帰ってきたドラえもん」を続けるのは如何なものかと。
この2本は2本セットで名作と名高い大人気エピソードではありますが、
のび太とドラえもんの友情を描いたエピソードなため、
のび太としずかちゃんの恋愛を中心に描いた本作の締めとしては微妙です。
これをラストにするなら、そこに照準を合わせて友情ももっと描くべき。
本作の短い上映時間内では、のび太とドラえもんの関係性は深く描かれてないので、
このラストで感動できるのは原作やレギュラー放送を知っていて、
2人の関係をちゃんと把握し、補完できるファンだけかもしれません。
それに両雄並び立たずで、名作同士を並べてしまうと優劣がついてしまい、
エピソードを単発で見た(読んだ)時よりも感動が薄くなる気もします。
以下、ネタバレ注意です。

「未来の国からはるばると」
のび太とドラえもんの出会いが描かれるエピソードで、
映画の最初としては外せない物語ですね。
ある夜、のび太の部屋に22世紀から玄孫のセワシがやってきます。
セワシは将来ののび太とその子孫がどんな悲惨な生活かを伝え、
悲惨な未来を変えるために、お世話係のロボット、ドラえもんを置いて行くのです。
原作では積極的にのび太の世話を買って出たような印象のドラえもんですが、
本作の彼は乗り気ではなく、「絶対に無理!」と嫌がるのです。
そこでセワシはドラえもんの鼻に仕掛けた機能「成し遂げプログラム」を起動し、
のび太が幸せになるまで22世紀に帰れないようにするのです。
もし勝手に帰ろうとしたら、電撃が流れる仕組みです。
「成し遂げプログラム」は本作のオリジナル設定ですが、これを付与することで、
終盤のエピソードに説得力も付与される、いい脚色だったと思います。
セワシが帰った後、のび太に22世紀の凄さをわからせるために、
タケコプターを使わせるのですが、のび太が街の上空を飛び回る映像は、
セルアニメでは難しい、CGIアニメの利点を上手く活かした素晴らしいものでした。

のび太が同級生しずかちゃんを好きだとわかったドラえもんは、
彼女と結婚させるのが、のび太を幸せにする手っ取り早い方法だと考え、
彼女が好きになるように、秘密道具でのび太の欠点を補おうとします。
どこでもドアで遅刻をなくし、暗記パンでテストでいい点取らせ、
ガッチリグローブで運動神経の悪さもカバーする、みたいな感じです。
なんだか全く努力させず、のび太を甘やかしまくりですが、
ドラえもんが如何に早く未来に帰りたいかわかりますね。

「たまごの中のしずちゃん」
ドラえもんのサポートのお陰で絶好調なのび太ですが、
それでも成績優秀スポーツ万能な同級生の出木杉くんには敵わず、
ドラえもんに手っ取り早くしずかちゃんを惚れさせる道具を出してもらいます。
中に入って15分後に出ると最初に見た人を好きになる「刷りこみたまご」を使い、
しずかちゃんの中に入れることに成功しますが、手違いにより出てきた彼女は
出木杉くんを見てしまい、彼を好きになるのです。
しかし出木杉くんは喜ぶどころか「道具に頼って心を動かすのは嫌だ」と、
彼女を元に戻すように要求し、のび太は自分を恥じるのです。
通常営業のダメなのび太を描いたエピソードですが、
この後のび太は秘密道具に頼りすぎるのをやめ、どう変化していくのかを表すには、
打ってつけのエピソードだったと思います。
本作では2本目のエピソードですが、原作では最も新しいエピソードで、
それを序盤に持ってくる再構成力も素晴らしいと思いました。

「しずちゃんさようなら」
自力で努力する決心をしたのび太は、算数のテストに向けて猛勉強。
しかしテストがあったのは算数ではなく漢字で、自分のドジさがほとほと嫌になり、
「ボクのお嫁さんになったら、しずかちゃんは一生苦労する」と考え、
好きだからこそ、あえて嫌われようと、しずかちゃんのスカートをめくります。
なんというか、愚直で短絡的だけど純粋なのび太らしいエピソードですね。
後にしずかちゃんのパパがのび太について語った
「人の不幸を悲しむことができる」という人物評をそんままの出来事です。
(彼女のパパはこの出来事しらないと思うんだけど…。)
スカートをめくられ怒ったしずかちゃんですが、のび太の只ならぬ様子が心配になり、
家に訪ねて来ますが、のび太は彼女が近づけないように、
不愉快なオーラを発生させ、誰も近づけなくなる「虫スカン」を飲みます。
しかし、飲み過ぎて気分が悪くなり倒れてしまうのですが、誰も助けに近寄れず…。
ところがしずかちゃんは、不愉快さに耐え、倒れたのび太に近寄り助けてくれました。
彼女ものび太のことを大切に思っていて、一方的な思い出はなかったわけです。
(まぁ彼女なら誰にでも同じように接すると思いますが。)
何気に、本作中で一番よかったエピソードかも…。

「雪山のロマンス」
その出来事により、のび太のしずかちゃんを想う気持ちで未来が変わり、
しずかちゃんと結婚できる未来が見えてくるようになるも、まだ不安定で…。
心配なのび太はタイムテレビで、婚約する予定の15年後の様子を見ることに。
15年後、まだ婚約前ののび太はしずかちゃんから登山に誘われますが断り、
彼女は別の友達と登山に行くことになります。
15年後の、というか大人ののび太の声は、妻夫木聡が当てています。
TOYOTAのCMで彼が大人になったのび太を演じている縁での配役でしょうが、
彼のことは嫌いじゃないけど、そのCMは好きじゃないのでちょっと複雑…。
原作者の許可もなく、勝手に後日談的な物語を宣伝目的で作っていいのかと思うし、
フランスの名優ジャン・レノにドラえもん役をさせるのもバカにしているのかと思うので。

登山に行ったしずかちゃんは雪山で遭難し、タイムテレビで見ていた今ののび太は、
風邪で寝込んでいる15年後の自分の代わりに助けに行くことに。
彼はタイムふろしきで大人の姿になり、タイムマシンで15年後の雪山に行きます。
タイムふろしきで大人になったのび太は、なぜか声が妻夫木聡にならないんですよね。
外見は大人になっても、所詮中身は子供ののび太は、しずかちゃんを助けるどころか、
全く役に立たず、逆に迷惑を掛けてばかり…。
出発前に「タイムマシンを使うと未来が変わるが、いい未来に変わるとは限らない」と
ドラえもんが忠告していましたが、まさにその通りで、のび太が来たことで事態は悪化し、
しずかちゃんは体調が悪化し、どんどん衰弱、命まで危険になります。
ドラえもんを置いてひとりで来たのび太には何も出来ませんが、必死に考えて、
15年後の自分にこの出来事を思い出してもらい、助けに来てもらおうと、
「記憶、届け!」と念じますが、その想いが届き、15年後の自分が助けに来るのです。
これはたしか本作のオリジナルな展開だと思うのですが、
なんともタイムパラドックスで、「それって有りなの?」と思っちゃいました。
これが有りならセワシが来た時点で…、なんて考えてしまうけど、
『ドラえもん』のタイムパラドックスは今に始まったことではないですね。

これも本作のオリジナル展開だったと思いますが、雪山から戻ったのび太たちは、
しずかちゃんを入院させ、ドラえもんが待機している公園に行くのですが、
そこで15年後ののび太がドラえもんに再会するチャンスが訪れます。
ところが「ドラえもんを呼んでこようか」というのび太に対して、
15年後ののび太は「やめとくよ、僕の子供の頃の友達だからね」と言うのです。
なんだか「今は友達じゃない」とでも言うような冷たい言葉に聞こえましたが、
このあとの展開を暗示したセリフなんでしょうね。
もし2人が再開したら、どんな言葉を交わすのかも気になりましたが…。

「のび太の結婚前夜」
雪山の一件で、しずかちゃんからプロポーズにOKの返事をもらい、
結婚する未来が確定的になり、のび太は19年後の結婚式も見に行くことに。
19年後の街はすでに22世紀じゃないかと思うほど未来化されていて、
車が宙に浮いていたりと、ちょっとあり得ないなと思っちゃいました。
街頭にはTOYOTAやパナソニック、キヨスクなど、
実在する『ドラえもん』のスポンサー企業のオフィスビルが立ち上っていますが、
そんな中に「ジャイアント・マーケット」なる謎の企業の高層ビルも…。
これはおそらく19年後のジャイアンが経営する企業でしょうね。
あの「剛田雑貨店」を19年でここまでにするとは、凄まじい経営手腕です。
でもバチェラーパーティをした実家は昔のままのボロ雑貨店なので、勘違いかも。
(他にも「星野すみれディナーショー」など看板ネタや文字ネタが多いです。)
パーティに参加した19年後のスネ夫の劣化は予想通りだけど、
意外と19年後の出木杉君もちょっと残念な感じになってましたね。
というか、もういい歳だろうに彼らはまだ結婚してないのかな?

のび太は結婚を明日に控えた19年後のしずかちゃんの家に忍び込みますが、
彼女はマリッジブルーで、パパに「私、結婚やめる」と言い出します。
「のび太さんとうまくやっていけるか不安」と…。
しかしパパは「のび太くんを選んだ君の判断は正しい」と娘を励まします。
パパが語ったのび太評は、原作でも屈指の名台詞として知られていますが、
本作は原作(テレビアニメ版?)と違って、この後のある展開がありません。
19年後ののび太が、彼女が失くした大切なネックレスを見付け、届けにくる展開ですが、
この展開があってこそパパの台詞が裏打ちされるのに、ちょっと残念です。

「さようなら、ドラえもん」
しずかちゃんとの結婚が確定したことで、のび太は幸せになり、
セワシが仕掛けた「成し遂げプログラム」は成し遂げられ、
ドラえもんは22世紀に帰ることができるようになります。
…否、成し遂げたら嫌でも48時間以内に帰らなくてはならないプログラムだったのです。
のび太は別れを悲しみますが、ドラえもんが安心して未来に帰れるように、
ドラえもんに頼らなくても頑張れることを証明しようとします。
いつものようにジャイアンにイジメられそうになったのび太は、
「ケンカならドラえもん抜きでやろう」と、ひとりジャイアンに立ち向かうのです。
ボコボコにされながらも必死で食い下がってくるのび太に、
ジャイアンは根負けし「俺の負けだ」と逃げ帰ります。
その様子を見たドラえもんは、のび太の頑張りに感動し、安心して未来に帰るのです。
筆舌に尽くしがたい感動的なエピソードですが、CGIアニメで描かれると、
ボコボコにされたのび太の姿が生々しく、痛々しいです。
そのせいか、ジャイアンも必要以上に悪者に見えてしまうのは、彼が気の毒かも。
実際はそんなに悪い奴じゃないし、特に映画では友達想いのいい奴だから、
ここまでジャイアンが悪く描かれたのは映画史上初かもしれませんね。
本作でも19年後はのび太のためにバチェラーパーティ開いてくれているし、
生涯の友達なはずなので、最後に少しくらいフォローがあってもよさそうだけど、
結局彼は、次のラストエピソードでもイジメっ子として描かれます。

ちょっと話は逸れますが、ジャイアンも気の毒だけど、妹のジャイ子も可哀想ですよね。
ジャイ子も悪い子じゃないし、本当は彼女がのび太と結婚するはずだったのに、
のび太からその未来を拒絶されて、知らないうちに未来を改変されて…。
まぁジャイ子ものび太と結婚していたら、旦那の会社が倒産して借金まみれになり、
彼女自身も幸せな生活を送れていたとは思えないし、
19年後のジャイ子が漫画家になる夢を叶えていたのは、
のび太と結婚しなかったからかもしれないので結果オーライかな。
そう考えると、しずかちゃんものび太と結婚しなかったら更に幸せになってたのかも?

「帰ってきたドラえもん」
ドラえもんが未来に帰った後の4月1日、のび太はジャイアンに声を掛けられますが、
ジャイアン曰く「さっきそこでドラえもんに会った」と…。
のび太は「ドラえもんが帰って来た」と大喜びするのですが、
それがエイプリルフールの性質の悪い嘘だとわかり、愕然とします。
うーん、前エピソードから急にこの話に繋げるのはどうかと思います。
原作でも前エピソードは連載最終回として描かれ、
このエピソードは連載再開の一話目として描かれているので、
このエピソード間には実際に何もなく、繋がるのは仕方ないけど、
ドラえもん依存を脱却したのび太が、すぐにドラえもん不在を悲しむ流れは、
どうにも違和感を覚えてしまうんですよね。
酷い嘘に怒ったのび太は、ドラえもんの残した最後の道具、
飲めば喋ったことが何でも嘘になる薬「USO800」を使い、ジャイアンに復讐します。
これも前エピソードから続けて見ると、「もう再び道具に頼るのか?」と思っちゃうよね。

ジャイアンに復讐を果たすも、虚しい気持ちで帰宅したのび太は
ママから「ドラちゃんはいたの?」と聞かれて、
「ドラえもんが帰ってくるはずない」と答えるが…。
なんだかんだ言っても、最後のシーンは結局泣いちゃいました。
原作者が連載を再開する必要に迫られて描いた物語だけど、
それが初っ端なからこんな感動的な物語になるなんて、
やっぱり藤子・F・不二雄は天才だったんだなと思います。
夏休みで劇場は子供たちで埋め尽くされていましたが、子供たちも泣いていました。
何気に大人よりも子供を感動させる方が難しいと思うので、凄いと思います。
(ボクも子供の頃、原作を読んだ時に泣けたかどうかは記憶にありませんが。)
本作はこれで幕を閉じますが、原作にはまだまだ感動的なエピソードが残ってるはず。
ボクの最も好きなエピソード「おばあちゃんのおもいで」もCGIアニメ化してほしいです。

エンドロールのNGシーンも、初期のピクサーみたいでよかったです。
多少不満点もありましたが、概ね期待通りの出来で満足でした。

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