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複製された男

去年まで、カナダ映画なんてハリウッド映画の二軍のようなものだと思っていましたが、
そのイメージを覆してくれた映画が『人生、ブラボー!』でした。
その『人生、ブラボー』がドリームワークスによってハリウッド・リメイクされ、
そのリメイク版が公開されるのも楽しみに待っていたのですが、
残念ながら日本での劇場公開は見送られてしまったみたいで…。
それだけならまだしも、どうやらビデオリリースされるかどうかも微妙で…。

ただ先日(14日頃に)ネットレンタルが始まったみたいで、
『人生、サイコー!』という邦題で、You TubeやShowTime、
amazonインスタント・ビデオなどの動画配信サイトから鑑賞できます。
料金も400円~500円なので、レンタル店で新作借りるくらいの値段ですが、
ボクは基本的にネットレンタルを利用しないので見れません。
でも最近は円盤はリリースせずにネットレンタルだけの映画も多くなってきていて、
特にドリームワークス(というかディズニー?)はネットレンタルに力を入れ、
ベネディクト・カンバーバッチ主演の『フィフス・エステート 世界から狙われた男』も
『人生、サイコー!』と同日にネットレンタルでのみのリリースとなりました。
どちらも全米トップ10に入ったハリウッド映画なので、
本来なら劇場公開してほしいところですが、せめてビデオスルーにしてほしいです。
今やパソコンやタブレットで映画を鑑賞する人も増えているみたいなので、
円盤よりもデータの方が何かと便利なのかもしれませんが…。

ということで、今日はカナダ映画の感想です。
本作の劇中でも主人公がノートパソコンで映画を鑑賞するのですが…。

複製された男
Enemy.jpg

2014年7月18日日本公開。
ジェイク・ギレンホール主演のミステリー。

何も刺激のない日々に空虚なものを感じている、大学で歴史を教えているアダム・ベル(ジェイク・ギレンホール)。ある日、何げなく映画のDVDを観ていた彼は、劇中に出てくる俳優が自分自身とうり二つであることに驚く。彼がアンソニー・クレア(ジェイク・ギレンホール)という名だと知ったアダムは、さまざまな手を尽くして彼との面会を果たす。顔の作りのみならず、ひげの生やし方や胸にある傷痕までもが同じであることに戦慄(せんりつ)する。(シネマトゥデイより)



ルゾフォニア初のノーベル賞作家であるジョゼ・サラマーゴの同名小説を、
『灼熱の魂』のドゥニ・ビルヌーブ監督が映像化したカナダ映画です。
原作者サラマーゴについては全く知らず、原作小説も未読ですが、
カナダ人監督ビルヌーブのハリウッドデビュー作『プリズナーズ』が
なかなか面白かったので、本作も観てみようと思いました。
ただ懸念を感じたのは「脳力が試される、究極の心理ミステリー」
「あなたは、一度で見抜けるか」という本作のキャッチコピーで…。
もしや二度三度観ないと理解できないような超難解な物語なのかも、と。
更にご丁寧にも2回目以降1000円のリピーター割引キャンペーンまで実施しており、
どんな好きな映画でも一度観れば十分だと思っているボクとしては、
一度観てわからない映画を観る価値があるのかとハードルが上がりました。

更に宣伝チラシに寄せられている批評家のコメントの多くにも、
「摩訶不思議」「意味深」「不条理」「賛否両論」などのNGワードが踊り、
シンプルな娯楽映画を愛するボクの不安を煽ります。
ノーベル賞作家の小説が原作だし、もし難解で文学的な作品だったら、
拷問のような退屈な時間を味わうことになるかもしれないと懸念しましたが、
それでも観に行けたのは、本作が上映時間90分と短めの作品だったからで、
それくらいならたとえ退屈な内容でも最後まで観れるだろうと思えたからです。
もし『プリズナーズ』のように150分超える作品だったら絶対観に行ってません。

と少し警戒しながら観に行ったのですが、意外や意外、とても楽しめました。
キャッチコピーは嘘っぱちで、本作はミステリーなんかではありません。
なぜなら解くべき謎なんて何もないからで、「難解」だとか抜かしている評論家連中も
映画通が陥りがちな深読みして勝手に謎を作り出しているパターンです。
ノーベル賞作家の小説が原作ということで、文学的な作品だと思い込んだのでしょう。
別に本作の原作小説がノーベル賞を受賞したわけでもないのに哀れな奴らです。
原作者サラマーゴに全く関心がないボクに言わせれば、
本作は難解なミステリーではなく、とてもシンプルで娯楽的なサイコスリラーです。

とはいえ、全く謎がないわけでもないかな。
本作は自分と瓜二つの人物の存在を知ってしまった男の物語で、
いわゆるドッペルゲンガーもののサイコスリラーなのですが、
主人公の男がオリジナルなのか、それとも「複製された男」なのか、
それは本作の物語の謎と呼べるところかもしれません。
ただ今年公開されたドッペルゲンガーもの『バイロケーション』もそうでしたが、
このパターンのサイコスリラーでは十中八九オチが決まっています。
本作も御多分に漏れず、そのオチだったと思います。
ネタバレになりますが、つまり主人公が無自覚に複製された男であり、
瓜二つの男の方がオリジナルだったというオチです。
ただし本作の場合は、劇中でその真相が明言されているわけではありません。
というか、自分と瓜二つの人物の存在を知ってしまったこと自体の恐怖が主題なので、
主人公がオリジナルか否かなんてことはどうでもいいことなのです。
だからその謎も、解くべき謎とは言えないわけです。

大学で歴史の講師をしているアダムは、
映画好きの同僚から、『道は開かれる』というカナダ映画を勧められ、
帰宅途中にレンタルし、その夜、何気なく鑑賞します。
てっきり上映中の映画かと思ったら、古い映画だったのですね。
彼の反応を見る限り、それほど面白い映画ではなさそうです。
鑑賞後、彼は床に就くのですが、なぜかその映画の夢を見てしまい、
それが気になって翌朝もう一度鑑賞してみると、
ホテルのシーンのボーイ役が自分と瓜二つなことに気が付きます。
アダムは言い様のない不安に襲われ、エンドロールから役者の名前を探し出し、
ネットで検索し、その俳優の事務所のサイトのプロフィールに辿り着きます。
うーん、あんな台詞もなさそうな端役(というかモブキャラ)の名前が、
エンドロールに記載されるとは思えないんだけど…。
それ以前に、ボクなら自分と瓜二つの俳優が出演していても、たぶん気付きませんね。
よほど日頃から鏡をよく見る人でもないと気付かないですよね。
特にアダムの場合は髭モジャなのですが、その役者は髭を剃ってるし、
それだけでも全然人相が違いますからね。

その役者はダニエル・センクレアという三流俳優で、彼のフィルモグラフィから、
『電話して』『切符なき乗客』という出演作があるのを知り、
早速レンタルしますが、やっぱり自分と瓜二つで…。
普通なら「自分と似た脇役が出てた」と笑い話になるくらいですが、
アダムは仕事も手に付かないほどその役者のことが気になり、
思い切って所属事務所に行ってみるのです。
すると受付の男から「アンソニー、半年ぶりだな」と声を掛けられます。
どうやら役者の本名はアンソニー・クレアというみたいです。
アダムは男に話を合わせて、アンソニー宛に事務所に届いた郵便物を受け取り、
その親展の封書の宛名から彼のマンションを知り、行ってみるのですが、
いきなり部屋を訪ねるわけにもいかず、住所から番号案内で電話番号を調べ、
彼の家に電話してみると、電話口に彼の身重の妻ヘレンが出ます。
彼女はアダムの声を夫アンソニーと聞き間違えるので、声までそっくりみたいです。
まぁ骨格が似てるなら声が似ているのは当然ですけどね。

その時はアンソニーが留守だったので、後ほどもう一度かけ直すと、
今度は本人が出るも、性質の悪い悪戯と思われて相手にされません。
ところが後日、アンソニーの方から「会ってみたい」と電話が来るのです。
どうやら妻ヘレンが、アダムからの電話を夫の浮気絡みだと考えたようで、
アンソニーはアダムと会うことでそれが誤解だと証明したかったのかな?
この電話は誤解でも、アンソニーは実際に浮気をしているのですが、
そのことは本作の解釈での重要なポイントになります。

妻ヘレンは夫アンソニーの電話相手アダムが大学講師だと(ネットで)知り、
大学まで彼に会いに来るのですが、彼を見て本当に夫に瓜二つだとビックリします。
というか夫が悪ふざけで他人のふりをしていると思ったでしょうね。
アダムは妊娠しているヘレンに「何ヶ月ですか?」と聞くと、
彼女は「6か月です」と答えますが、これはたぶんブラフかな。
6か月のわりにはお腹が張りすぎな気がするし、もし夫なら何か月か知ってると思って、
ちょっとカマをかけてみたんだと思いますが、これも重要な伏線でした。
家に帰った彼女は夫アンソニーに今日の出来事を話すのですが、
彼女は「(アダムが何者なのか)知ってるはず、とぼけないで」と夫に詰め寄るのです。
アンソニーには全く心当たりがありませんが、ボクも彼女が何を言っているのか、
この時はまだ理解できませんでした。

アダムはアンソニーに会うため、指定されたモーテルに行きます。
初対面となる2人ですが、本当に何から何まで瓜二つで…。
アンソニーは「兄弟なのかも」と言いますが、アダムは否定します。
なんと脇腹のキズまで全く同じで、怖くなったアダムは、
事務所で受け取った封書だけ置いて逃げ帰るのです。
たしかに外見はそっくりだけど、性格はかなり違う気がします。
逃げ帰ったアダムは気弱な性格ですが、アンソニーは傲慢な性格です。
どちらも主演のジェイク・ギレンホールが演じているので、
外見が瓜二つなのは当然だけど、それでもちゃんと見分けられるのは、
ギレンホールが巧妙に2人の性格を演じ分けているからでしょうね。
例え服装が同じでも、表情のアップだけでも十分見分けられる素晴らしい演技です。

今度はアンソニーがアダムの家にやってきて、
玄関から出てきた彼の恋人メアリーを尾行します。
どうもアンソニーはセクシーなメアリーのことが気に入ったみたいで、
後日アダムの家に押し入り、彼に「俺の女房と寝ただろ!」と因縁を付け、
「お前の女も一発やらせろ!」と強引に迫るのです。
なぜかアダムは了承し、アンソニーに自分の服と車を貸し、
自分の代わりにメアリーの職場に迎えに行かせます。
全くの濡れ衣なのに気が弱いにもほどがあります。
さすがに妊婦と寝るなんて因縁にも無理があるだろうと思うのにね。
しかし、アンソニーがメアリーに会いに行った後、
アダムもアンソニーのマンションに行き、ヘレンと会うのです。
これはもしや双方合意でスワッピングするのかと思いました。
アダムがアンソニーのマンションに行った時に、アンソニーのふりをして、
管理人に部屋のカギを開けてもらうのですが、この管理人との会話もかなり重要です。

アンソニーはアダムのふりをして、メアリーと寝るのですが、
彼女はアンソニーの結婚指輪の跡に気付き、「あなた誰なの?」と逃げ出します。
口論の末、2人は交通事故で死んでしまうのです。
モーテルではアダムとアンソニーはお互いの手も見比べたはずなので、
指輪の跡なんて残ってたら、その違いに気付きそうなものですが…。
そんな些細な違いも見逃がさない女の勘ってやつですかね。
一方、アンソニーのふりをするアダムは、身重のヘレンを気遣うのですが、
彼女はアダムの正体に気付いたみたいです。
メアリーだけでなく、ヘレンの女の勘も相当なものですが、
たぶんアダムが「妊娠6か月だから」と言ったのが決めてかな?
まぁアダムとアンソニーはかなり性格が違うから、気付いて当然な気もするけど…。

正体に気付いているにも関わらず、彼女は「ベットに来て」とアダムを誘いますが、
気付かれているのがわかっているアダムは添い寝するだけ。
しかし彼女は更に強引に誘い、ついに2人は関係を持ってしまうのです。
翌朝、アダムはアンソニーの上着を借りますが、
そのポケットに例の封書が入っているのに気付き、開封してみます。
すると中にはどこかの部屋のカギが入っていて…。
このカギが何のカギなのかは説明されませんが、ちゃんと観てればわかったはず。
しかしその後、説明してくれないとまずわからない驚愕のオチが待っています。

アダムは出勤するため、ヘレンに挨拶しようとするのですが、
ヘレンのいるはずの部屋には超巨大な蜘蛛がいて…。
アダムの「やれやれ…」という顔で本作は幕を閉じるのです。
ヘレンが蜘蛛になったとしか考えられない展開でビックリしたというか、
あまりのことに吹き出しちゃいましたが、全く意味不明なオチです。
これが映画通たちを難解だと思わせてしまい、深読みさせる原因でもありますが、
このオチは意味不明なのではなく、無意味なのだと思います。
本作の冒頭で、こんなテロップが流れます。「カオスとは未解読の秩序である」と。
なんだか文学的で小難しく思える一文ですが、簡単に言えば、
「本作はカオスな物語なので、解読なんてできませんよ」ということであり、
解読しようと深読みする行為が無駄であると教えてくれているのです。

ただ、ヘレンが蜘蛛になったことはカオスですが、解読できるところもあります。
それはドッペルゲンガーの正体についてです。
クローンなのか、超常的な存在なのか、本当に他人の空似なのか、ですが、
これはアダムとアンソニーは多重人格の同一人物と考えるのが自然です。
前述のように、アンソニーの方がオリジナル、つまり主人格であり、
アダムの方が後から分離した別人格だと考えるのが普通かな。
アンソニーの浮気相手がメアリーであり、身重の妻ヘレンへの後ろめたさから、
人格が分離し、心優しいアダムが生まれたのだろうと思われます。
もちろんそこにもカオスな部分があり、説明できない展開もありますし、
カオスであるが故、完全な解読は不可能で、人それぞれ解釈は異なりますが、
おそらく明確な答えはないだろうと考えられます。
ただクローンにしてもドッペンルゲンガーにしても、
瓜二つの男が本当に存在しているという可能性だけはなさそうかな。

これが一般的な本作の解釈だと思いますが、
これでは全く蜘蛛についての説明にはなってませんよね。
そこでボクなり蜘蛛を絡めた違う解釈をしてみました。
とてもチープな解釈なので、これが正解とは考えにくいですが…。

冒頭で主人公がストリップ・クラブに入るシーンがありますが、彼はアンソニーです。
このクラブはアンソニーの住むマンションの一室にあると思われます。
終盤でアダムがアンソニー宅を訪れた時に、
マンションの管理人が「昨夜は楽しめた」と言ったのは、
この昨夜、アンソニーからクラブに招待してもらったのでしょう。
おそらくアンソニーはこのクラブの主催者的な存在だと思われます。
更に管理人は「錠前を変えて新しいカギを配った」とも言いますが、
これが親展の封書に入っていたカギだと推察されます。
クラブではストリップ嬢が蜘蛛を踏み潰す見世物をしていました。
殺された蜘蛛はアンソニーに復讐するため、ヘレンに化けて彼に近づき、
更にアンソニーのドッペルゲンガーのアダムを作りだします。
ドッペルゲンガーを見た人間は死ぬのがお約束ですが、
アダムと対面したアンソニーも御多分に漏れず、交通事故で死にました。
(もしかしたら一緒に死んだメアリーがストリップ嬢だったのかも?)
復讐を終えた蜘蛛は、ヘレンから元の姿に戻り、そこをアダムに見られたわけです。
つまり、本作の内容は蜘蛛の祟りだったという、なんともチープな解釈ですが、
冒頭のシーンや蜘蛛のオチの説明はこれで付くんじゃないかな?
ただ、蜘蛛同様に象徴的に頻出したブルーベリーの意図が全く見えませんでした。
ただのミスディレクションだと思うのですが、何かの暗喩の可能性も…?

…というように、どうとでも解釈できるので、各々好きに楽しめばいいです。
そもそも原作者も故人となった今、もし意図された答えがあったとしても、
たとえ監督だろうと知ることはできませんからね。
もちろん解釈しようなんて考える必要も、深読みする必要もなく、
単にドッペルゲンガーもののサイコホラーとしても十分楽しめます。

コメント

ここのブログの解釈が一番しっくりきました。サスペンスと期待して観たので、ちょっと拍子抜けしちゃいました。

  • 2015/06/14(日) 20:53:16 |
  • URL |
  • アマンダ #-
  • [ 編集 ]

アマンダさんへ

微妙な解釈でお恥ずかしい限りですが、
共感して頂けたのなら幸いです。
ボクもミステリー(サスペンス)と思って観始めましたが、
宣伝でも「心理ミステリー」と謳っているので騙されました。

  • 2015/06/15(月) 18:05:27 |
  • URL |
  • BLRPN #-
  • [ 編集 ]

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