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マレフィセント

おとぎ話のキャラたちが、悪い女王の呪いによって本来の記憶を失い、
現代のアメリカで暮らしているという設定の海外ドラマ『ワンス・アポン・ア・タイム』。
ディズニー製作なので、キャラがディズニークラシックスの設定に準拠しており、
ディズニー映画が好きなボクには興味深い作品です。
でも見始めた当初はなぜかあまり楽しめず、早々に視聴を打ち切りましたが、
シーズン3に『アナと雪の女王』のエルサがサプライズ登場するという話を聞き、
やはり視聴を続けることにして、つい先日ようやくシーズン1を視聴し終えました。
我慢して見続けると、オーガスト(ピノキオ)が出てきたあたりから
ちょっと面白いかなと思え始めて、そこからは一気に最後まで見ました。
まだ日本ではシーズン1しかリリースされておらず、エルサが出るのは相当先ですが、
今からシーズン2のリリースが楽しみです。

もうひとつ、ディズニークラシックスのキャラが登場する作品で楽しみな作品があります。
ディズニーのテレビアニメ『ちいさなプリンセス ソフィア』です。
普通の女の子ソフィアが、母親が王様と結婚したことでプリンセスになり、
王立アカデミーに通い、立派なプリンセスになるための勉強に励むという物語です。
子供向け、というか幼児向けアニメですが、これがなかなか面白いです。
ソフィアが困った状況に陥ると、その状況に応じたディズニープリンセスが召喚されて、
助言してくれるという物語で、ディズニークラシックス好きには堪らない展開です。
ボクはDVDで鑑賞していますが、つい先日リリースされた3巻には
『リトルマーメイド』のアリエルが登場しました。
1巻にはシンデレラ、2巻にはジャスミン(『アラジン』)が登場しています。
ただ元ネタのディズニークラシックス公開時に生まれてもいない幼児たちに、
この趣向の面白味がわかるはずないと思うんだけど…。

ということで、今日はディズニークラシックス『眠れる森の美女』が元ネタの映画の感想。
ちなみに『ちいさなプリンセス ソフィア』のソフィアが通う王立アカデミーの校長は、
『眠れる森の美女』でオーロラ姫を育てた3人組の妖精で、もちろん本作にも登場します。

マレフィセント
Maleficent.jpg

2014年7月5日日本公開。
ディズニーアニメ『眠れる森の美女』の実写スピンオフ。

とある王国のプリンセス、オーロラ姫(エル・ファニング)の誕生祝賀パーティー。幸せな雰囲気があふれるその会場に、招かれざる邪悪な妖精マレフィセント(アンジェリーナ・ジョリー)が出現する。オーロラ姫に永遠の眠りにつく呪いをかけたマレフィセント。それは、なぜなのか。答えは、謎に包まれたマレフィセントの過去にあった。(シネマトゥデイより)



本作はディズニークラシックス第16作目『眠れる森の美女』を、
悪役だったマレフィセントの視点で描いた物語です。
現在大ヒット上映中(で来週には早くもビデオリリース)の『アナと雪の女王』は、
ディズニークラシックス第53作目なので、オリジナルはかなり古い作品だとわかりますが、
なんと今から55年前の1959年の作品だったみたいです。
ボクが生まれる20年以上も前なので、当然当時観ることはできませんが、
本作の製作発表された時に、予習のつもりでビデオ鑑賞しました。
ちょうど『アリス・イン・ワンダーランド』が大ヒットした頃で、それに便乗し、
ディズニーのみならずハリウッドで童話実写化ブームが起きた時期で、
本作の製作動機も御多分に漏れずでしょう。

オリジナルを見る以前から原作童話(グリム童話)の物語は知っていましたが、
原作童話自体はそれほど面白い話でもなかったのに、
よくぞここまで面白いアニメに仕上げたものだと感心したものです。
アンデルセン童話『雪の女王』をアニメ化した『アナと雪の女王』や、
グリム童話『髪長姫』をアニメ化した『塔の上のラプンツェル』など、
最近のディズニーの童話原作アニメは原作とは別物なほど内容を改変していますが、
『眠れる森の美女』は原作を概ね踏襲しつつ、面白く改良されていました。
特に効果的だった改良点は、原作にはない妖精の存在でしょうね。
三人の善の妖精フローラ、フォーラ、メリーウェザーの魅力と、
悪の妖精マレフィセントの魅力によるところが大きいです。
特にマレフィセントはディズニーヴィラン最強との呼び声も高い、大人気ヴィランで、
『眠れる森の美女』を実写化するにあたり彼女がフィーチャーされるのは必然です。
でもボクにはマレフィセントを主人公化されたことに対する懸念が2つありました。

懸念のひとつはキャストです。
本作でマレフィセント役を務めたのはアンジェリーナ・ジョリーでしたが、
彼女が主演することについては歓迎だったものの、
外見をオリジナルに似せすぎてしまっていることに違和感を覚えました。
『あしたのジョー』の実写版の丹下段平なんかが最悪の例ですが、
実写化に際してはリアリティは不可欠なので、アニメの外見を踏襲しすぎて、
漫画的になることは極力避けた方がいいと思うからです。
(逆にアニメより漫画的になるマッドハッターのような例もありますが…。)
オリジナルは二本の角のような被り物がトレードマークの全身黒ずくめの女ですが、
アンジーは全くそのままのコスチュームで演じています。
ここまでそのままだとアニメのコスプレをする痛いオバサンにしか見えず、
正直めちゃめちゃダサいし、もう少しモダンなデザインにできなかったものかと…。
せっかく4年ぶりの映画主演なのに、アンジーが台無しじゃないかと思えました。
まぁ外見的な違和感なんてのは観ているうちに慣れるものです。
それにしてもあの角のような被り物の中身が、まさか本当に角だったとは…。
しかも黒い翼まで生えており、山羊の角と黒い翼なんて、妖精というより悪魔です。

もうひとつの懸念は、…いや、懸念というよりも興味深い点でもありますが、
あの『眠れる森の美女』が悪役の視点で本当に物語が成立するのか、です。
ディズニー映画は基本的に勧善懲悪ですから、盗人にも三分の理とはいうけど、
あの悪の権化のようなマレフィセントに理を見い出すことなんてできるのか、と。
本作でのマレフィセントは、もともと悪者ではなく妖精の国の守護者であり、
聡明で愛に溢れる妖精ですが、そんな彼女がダークサイドに落ちてしまう過程や、
再び愛に目覚める過程が描かれた物語になっています。
でもオリジナルのマレフィセントは愛なんて微塵も感じられない意地悪な悪役で、
彼女の行動をどう好意的に解釈するつもりなのか興味津々でした。
ところが、本作は予想外の展開になります。
マレフィセントがダークサイドに落ちる過程を描いた部分は
オリジナルの物語では描かれない前日譚なので全く問題はありませんでしたが、
いざオリジナルの物語の部分に入ると、どんどん物語がずれ始め、
ラストなんてオリジナルを完全に無視した、まさかのオチとなります。
『眠れる森の美女』を悪役視点でどう成立させるかに興味を惹かれたボクとしては、
別視点ではなく、全く別の物語に改変されてしまったのは残念でした。

マレフィセントも悪者としては描かれず、むしろ彼女が正しいという立場です。
それでいていつものディズニー映画のように勧善懲悪な内容であるため、
必然的にステファン王など人間たちが悪者として描かれることになります。
これにより最も煽りをくったキャラは三人の妖精でしょうね。
オリジナルではステファン王の依頼を受けて、
オーロラ姫をマレフィセントの魔の手から守っていた気のいい妖精たちで、
実質的な主人公といってもいいポジションだった彼女たちですが、
ステファン王がヴィラン化したことで、彼女たちも悪の手先になってしまい、
怠慢で役立たずの裏切り者の妖精のような役回りになります。
キャストも『ハリポタ』でアンブリッジを演じたイメルダ・スタウントンなどで、
いかにも意地悪そうですが、妙に頭でっかちで不気味な印象も…。
あの三妖精がこんな醜悪になってしまうとは、ボクもショックを隠せませんが、
序文でも触れた『ちいさなプリンセス ソフィア』をはじめ、
他のディズニー作品にも登場することがある人気キャラだけに、
ディズニーも彼女たちのイメージ低下を恐れたようで、
オリジナルの三妖精はフローラ、フォーラ、メリーウェザーという名前でしたが、
本作の三妖精はノットグラス、フリットル、シスルウィットという名前に変更し、
オリジナルの三妖精とは別物として描こうとする意図を感じますね。
以下、ネタバレ注意です。

むかしむかし、敵対する隣接した2つの国がありました。
…というようなナレーションで始まる本作ですが、ここでまず驚きました。
オリジナルでは隣接する2つの国は蜜月関係で、2つの国を統一するために、
互いの国の王子と王女を政略結婚させるつもりだったはずなので、
冒頭からオリジナルの設定を無視するとは思いもよらず…。
とはいえ、本作の隣接する2つの国は2つの王国ではなく、
そのひとつは王などいない妖精たちの住む魔法の領域であり、
もうひとつの王国は他に親密な王国とも隣接しているとも考えられます。
その魔法の国はムーアと呼ばれ、ムーアに住むひとりが妖精マレフィセントです。
ムーア国内の風景や動植物はとてもファンタジックでよかったです。
ちなみに敵対する隣の王国の名前は明らかにはされないので、ただ"王国"と呼びます。

まだ少女だったマレフィセントは、王国から来た農夫の少年ステファンと恋に落ちます。
そして16歳の時に、彼に「真実の愛」を贈ろうと、ファーストキスするのですが、
なぜかそれ以降、彼がムーアにやってくることはなく…。
どうやらステファンは成長するにしたがって野望の虜となり、
ムーアの支配を企むヘンリー王に仕えてしまったみたいです。
もともと彼がムーアに侵入したのも宝石泥棒が目的で、端から悪の素養はありましたね。
更に月日は流れ、マレフィセントは妖精たちの守護者となり、ムーアを守ります。
そんな折、ヘンリー王がムーア侵攻をはじめ、マレフィセントら妖精が迎え撃ち、
王国の大軍勢を蹴散らすのですが、マレフィセントがヘンリー王を殺そうと捕まえると、
鉄の甲冑で火傷して、逃げられてしまうのです。
どうも本作では妖精は鉄に触れると火傷してしまう設定のようです。
最強のディズニーヴィランのマレフィセントに、とんだ弱点があったものです。

ムーア侵攻失敗で病床に伏せったヘンリー王は、家臣たちを集め、
憎きマレフィセントを殺せる者に王女を娶らせ、後継者にすると表明します。
野望の虜であるステファンは、それを聞いて、マレフィセントに会いに行きます。
もちろんマレフィセントの身を案じてのことではなく、彼女の首を取りに行ったのです。
再会した彼女に睡眠薬を盛り、眠っている隙にナイフで殺そうとしましたが、
元恋人を殺すのはさすがに忍びなかったのか、鉄の鎖で彼女の翼だけを焼き切り、
王国に持ち帰ってヘンリー王に「女を殺した」と報告し、後継者に選ばれます。
オリジナルのマレフィセントは翼なんて持ってませんでしたが、
この時にステファンに切り落とされてて失ったという展開ですね。
翼を失った彼女はダークサイドに落ち、ムーアの女王として君臨するようになります。
そして王国の新王となったステファン王に復讐を誓うのです。

普通に観る分には伝わりにくいのですが、
実は翼を切り落とす展開は、レイプのメタファーとなっているらしいです。
これはアンジーも認めていることで、間違いのない事実なのですが、
つまりマレフィセンとは愛する人に裏切られたことで復讐を誓ったのではなく、
レイプされたことで復讐を誓った女性ということになり、
実は本作は女性の人権侵害が裏テーマだったのです。
アンジーは女性の人権活動に熱心なことでも知られ、
彼女の初監督作品『最愛の大地』も戦時下での強姦を題材にした社会派作品でした。
別に自身の監督作で自分の主義主張をねじ込むのは勝手にすればいいけど、
(たとえ反日映画だろうと勝手にすればいい。どうせ誰も観ないし。)
それをディズニーのファミリー映画にまでねじ込むのはやりすぎです。
レイプが重大な人権侵害で、許されることではないのはもちろん同意しますが、
子供が観るかもしれない映画で描くべきテーマではないです。
まぁ女優業から遠ざかっていたアンジーがなぜ本作の出演を決めたかを考えないと、
その裏テーマには気付かないと思われるので、子供たちが気付くはずもないので、
別に子供たちが観ても全く問題はないのですが…。
ただステファン王がレイプ犯のメタファーだと理解しておかないと、
なぜ彼がこれほどまでに悪者として扱われるのかを納得するのは難しく、
裏テーマに気付けない大人の鑑賞にも差し支えると思います。

翼を失い飛べなくなったマレフィセントは、人間に捕まっていたカラスを助けて部下にし、
自分の翼の代わりとして働くように申し付けます。
オリジナルでもマレフィセントは一匹のカラスを腹心にしていました。
ディアヴァルという名前のカラスですが、本作のカラスはオリジナルとは違い、
普段はマレフィセントの魔法で人間の姿になることができ、カラスのみならず、
彼女の命令でオオカミやウマにも変身することができる設定です。
本作のディアヴァルは単なるマレフィセントの下僕ではなく、
なにかと悪態を吐く彼女の本心を察し、付き従う彼女のよき理解者です。
なんでも擬人化してしまうのは如何なものかとも思いましたが、
結果的にとてもいいキャラだったと思います。
それにしてもマレフィセントともあろう最強の魔法使いが、
翼がなくなったくらいで飛べなくなるのも不思議ですね。
カラスを人間に変化させたり他人を浮かしたりすることは簡単にできるので、
自分を変化させて翼を生やしたり自分を浮かすことなんて造作もない気がしますが。

ステファン王に娘オーロラが生まれたことを知ったマレフィセントは、
招待されてもいないのにオーロラの洗礼式にやってきます。
そこには三妖精も呼ばれており、生まれたばかりのオーロラに祝福を贈っていました。
三妖精は親善のために呼ばれたみたいですが、ムーアの住人である彼女らが、
女王マレフィセントの許可なく親善目的で訪れるのはちょっと不思議かも。
ただでさえムーアを侵攻しようとした王国なので、
彼女たち自身にも王国に対する悪感情があってもよさそうなものなのに…。
オーロラに対しノットグラスは「美しく成長する」祝福を贈り、
続いてフリットルが「悲しみのない人生をおくる」祝福を贈ります。
最後にシスルウィットが祝福を贈ろうとしたところに、マレフィセントが割り込み、
オーロラに「16歳の誕生日に死の眠りにつく」呪いをかけるのです。
オリジナルだと最後の妖精が「真実の愛のキスで目覚める」祝福を贈り、
マレフィセントのかけた呪いを破るために一筋の希望を残すのですが、
本作ではなんとマレフィセント自身が「真実の愛のキスで目覚める」というルールを
はじめから呪いに付けておくのです。
「なぜそんな救済策を?」と思ってしまいますが、彼女は自分が16歳の時に
真実の愛のキスを贈ったステファンに裏切られているので、
この世に真実の愛なんてものは存在しないと思っているため、
事実上実現不可能な救済策だと確信しているのです。
マレフィセントに役目を取られた本作の最後の妖精シスルウットは、
結局何の祝福も贈りませんでしたが、これだけでも三妖精の扱いの悪さがわかります。

三妖精の扱いの悪さは留まるところを知らず、どんどん酷くなります。
ステファン王は三妖精にオーロラを預けて、16歳の誕生日まで育てるように命じますが、
オリジナルと同様に三妖精は育児には不向きなようで…。
ただ、オリジナルの三妖精は不向きながらも育児に真剣に取り組み、
オーロラのことを我が娘同然に愛していましたが、本作の三妖精はネグレクト状態で、
そもそも「面倒なことを押し付けられちゃったな」くらいに思っています。
ステファン王が三妖精に娘を預けたのは、マレフィセントから娘を隠すためで、
三妖精は人里離れた森の小屋でオーロラを育てるのですが、
それによりオリジナルではマレフィセントはほぼ16年間オーロラを見つけられないが、
本作のディアヴァルは優秀で、三妖精がオーロラを預かった時から見張っており、
すぐに隠れ家を発見し、マレフィセントに報告。
マレフィセントも足しげくオーロラの様子を見に来ます。

どうせどう足掻いても16年後には死の眠りの呪いが発動するので、
別にオーロラの所在なんて関係ないし、様子を見に行く必要もないですが、
それでもマレフィセントが足しげく通ってしまうのは、三妖精が頼りなさすぎるからです。
赤ちゃんのオーロラに生のニンジンを丸々与えたり、
自分たちは昼寝して幼いオーロラを崖の近くで遊ばせたりと、
放っておけば16年経つ前に三妖精によってオーロラが事故死しかねません。
それではせっかくかけた呪いも無駄になっちゃうので、ディアヴァルを遣わせたり、
魔法を使って陰ながらオーロラの育児を手助けします。
実質オーロラを育てているのはマレフィセントも同然ですが、
そうなるとやはり愛着も湧き、母性本能がくすぐられます。
一度森で一人遊びしていた3歳くらいのオーロラと鉢合わせになりますが、
おもむろに抱き付かれてマレフィセントも満更でもない様子です。
この幼いオーロラを演じているのは、アンジーの実の娘ヴィヴィアンで、
オーロラを見るマレフィセントの愛おしむ様な眼差しは、ガチの母親のものです。
ただ主演女優が実子をキャスティングさせるなんて親バカもいいところで、
例の人権問題ねじ込みも含めて、公私混同は大概にするべきでしょう。

オーロラを三妖精に預けたステファン王は、マレフィセントを亡き者にすべく、
ムーア侵攻をはじめたため、マレフィセントはムーアの周りをイバラの壁で覆い、
人間たちの侵入を防ぎます。
ある日、少女に成長したオーロラがイバラの壁の向こうが気になり始め、
マレフィセントは彼女をこっそりとムーアに誘い込んであげるのです。
そこで3歳くらいの時以来、久しぶりに2人は対面するのですが、
オーロラは陰ながら面倒を見てくれていたマレフィセントの存在に気付いており、
「あなたが私を育ててくれたフェアリー・ゴッドマザーね」と言います。
マレフィセントは少し狼狽しますが、一緒にいたディアヴァルがあっさり認めます。
御存じのようにディズニーにおけるフェアリー・ゴッドマザーは、
『シンデレラ』でヒロインにカボチャの馬車やドレスをくれた妖精のお婆さんですが、
よりによってマレフィセントをフェアリー・ゴッドマザーと勘違いするとはね。
その後、オーロラはよくムーアに遊びに来て、マレフィセントとも頻繁に会うように。
もちろん怠慢で役立たずの三妖精は全く気付いていません。

オーロラを娘のように愛おしく思いはじめたマレフィセントは、
自分のかけた死の眠りの呪いを解いてやりたいと頑張りますが、
呪いに課したルールは絶対に破れず、「真実の愛のキス」でしか呪いは解けません。
そんな折、オーロラはどこかの国の王子フィリップと森で偶然出会います。
フィリップ王子はステファン王の王国に行く途中に森で道に迷ったようですが、
オリジナルのようにオーロラの許嫁という設定はないため、
何のために王国に行くつもりなのかはよくわかりませんね。
とりあえず出会った2人は一瞬で惹かれあうのですが、
初対面で恋に落ちるなんて、どうにも納得できない展開です。
『魔法にかけられて』でも語られているように、ディズニーアニメでは、
男女2人で歌を唄えば恋が始まるというのは、暗黙の了解なので納得できますが、
オリジナルと違い本作はミュージカル映画ではありませんから、当然2人は唄いません。
ただ2~3言交わしただけで恋が始まってしまうのですが…。
ただこのあり得ない展開は、その後ある程度解消されることになります。

ダメダメな三妖精なんかよりもマレフィセントと暮らしたいオーロラは、
誕生日の当日に、三妖精に「家を出たい」と告げるのですが、三妖精は激怒し、
なぜ自分たちが嫌々オーロラを預かっているのか、その経緯を話してしまいます。
それを聞いたオーロラはショックを受け、ひとりでステファン王の城に向かいます。
誕生日の翌日に帰ってくる約束のオーロラが誕生日当日に帰ってきたので、
ステファン王は喜ぶどころか三妖精のいい加減さに腹を立て、
兵士に翌日までオーロラを部屋に閉じ込めておくように命令します。
しかし予定通り呪いは発動してしまい、オーロラは死の眠りにつくことに…。

呪いが発動したことを察したマレフィセントは気絶させたフィリップ王子を運んで、
ディアヴァルと一緒に城に攻め入ります。
オリジナルや原作だと、王子がイバラを切り進み、眠り姫のもとに行きますが、
本作では気絶したまま運ばれるという、なんとも情けない王子です。
イバラもマレフィセントの魔法によるものなので、攻守逆転した本作では
オーロラがイバラに囲まれている設定もないかと思いましたが、それはありました。
なんとステファン王はマレフィセントの侵入に備えて、
鍛冶職人に命じて城内に鉄製のイバラを作っていたのでした。
まぁマレフィセントはそれを難なく掻い潜り、あまり意味ありませんでしたが…。

眠るオーロラの元に辿り着いたマレフィセントは、そこにいた三妖精を利用し、
フィリップ王子がオーロラに真実の愛のキスをするように仕向けます。
「一度しか会ったことないのにキスしちゃって大丈夫?」と躊躇する王子を、
三妖精が急かしてキスさせますが、当然大丈夫なわけないです。
そんなものが真実の愛のキスであるはずがなく、呪いに何の効果もなく、
ただただオーロラのファーストキスを奪っただけでした。
なるほど、これでマレフィセントがオリジナルのようにドラゴンに変身して、
身を挺して王子に試練を与えることで、真実の愛を目覚めさせる展開になるのか、
…と思いきや、物語は意外な方向に転がります。
でもオリジナルからすると意外な展開ですが、正直予想通りの展開でもあり…。

予想通り、王子のキスが効果なかったことに落胆したマレフィセントは、
寝ているオーロラに赦しをこい、おでこにキスするのです。
するとオーロラは目覚め、マレフィセントのオーロラに対する想いこそが、
真実の愛だったというオチになるのですが、なんだかこの展開って、
真実の愛とは恋愛だと思わせておいて実は家族愛だったというもので、
『アナと雪の女王』とモロに被っちゃってますよね…。
(厳密にはマレフィセントは育ての親なので、家族愛かは微妙ですが…。)
なので『アナと雪の女王』を見た客にしてみれば、ディズニーの潮流として、
どうせそんなオチだろうと簡単に予想できてしまいます。
それは予想できたのですが、予想できなかったのはドラゴンの扱いです。

オーロラは無事に目を覚ましたので、
もうマレフィセントがドラゴンになる必要もないと思ったのだけど、
たしかに彼女はドラゴンになりませんが、代わりにディアヴァルがドラゴンに…。
目覚めたオーロラを連れて城から脱出をはかるマレフィセントですが、
待ち伏せしていた兵士たちの鉄の網の罠に引っ掛かってしまい身動きが取れなくなり、
ディアヴァルを魔法でドラゴンに変え、兵士を蹴散らそうとします。
このカラス、オリジナルだと妖精に石像に変えられちゃう情けない最期でしたが、
本作では人間、オオカミ、ウマどころか、まさかドラゴンにまで変身するとは大出世です。
だけどあまり強いわけでもなく、兵士たちに簡単に取り押さえられてしまい、
マレフィセントを助けることが出来ませんでした。
なんとマレフィセントを助けたのはオーロラで、彼女は奪われた翼を探し出し、
鉄で武装したステファン王と戦うマレフィセントに返すのです。
翼を手に入れたマレフィセントは激しい空中戦の末、ステファン王を転落死させ、
オーロラの奪還と、城からの脱出、そして復讐を成し遂げるのです。

でもこのステファン王の扱いは、ちょっと気の毒すぎると思います。
たしかに彼が過去にマレフィセントにした行為は酷いとは思いますが、
今の彼は娘オーロラを、娘に呪いをかけた張本人であるマレフィセントから守ろうとする、
立派な父親だと思うんですが、そんな愛する娘からも裏切られ、殺されてしまうなんて…。
ここは改心させれば十分で、何も殺すことはないと思うんですよ。
少なくとも彼は、一度はマレフィセントを殺せる状況にありながら、
情をかけて彼女の翼を焼き切るだけで済ましているので、
彼女も昔の恋人にある程度の情はかけてもよさそうなものです。
しかしそうならないのは、前述のようにステファン王がレイプ犯のメタファーで、
殺人にも準ずる、いや、それ以上に卑劣な犯罪者として想定されているので、
死以外の罰はあり得ないとされているからだと思います。
でもそれはあくまでメタファーであり、普通に観れば翼を切り落としただけ。
裏テーマに気付かない人にはやりすぎな決着だと思うはずです。
普通はファミリー映画にそんな裏テーマは込めないのが常識なので、
気付かない人の方が正常で、違和感を感じても客に全く落ち度はありません。
オーロラはマレフィセントとムーアで暮らすことになり、めでたしめでたしですが、
仮にも父親が殺されて、何がめでたいのかと思ってしまいます。

裏テーマ云々は別にしても、オリジナルとは真逆のラストとなったことも不満で、
やはり悪役だったキャラを主人公に据えるのは難しいのだろうと感じます。
オリジナルの完成度が高ければ尚更で、完成されたものを歪曲するのだから、
そこに無理が生じるのは自明の理です。
例えばユニバーサルの実写映画『スノーホワイト』のように、悪役を主人公にしながらも、
悪の主人公として描けば何の問題もないと思いますけどね。
本作のようなパターンの実写映画化はやめた方がいいと思いましたが、
ディズニーはすでにディズニークラシックス第17作目『101匹わんちゃん』のヴィラン、
クルエラ・ド・ヴィルを主人公にした実写映画も製作が始まってしまっているようで、
ちょっと不安になりますが、本作と同じ轍は踏まないように頑張ってほしいです。
『101匹わんちゃん』の実写化は初めてではないし、
たぶんコメディになるだろうから、大丈夫だとは思うけど…。

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