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サード・パーソン

最近、邦画の打率(当たりの割合)が上がってきました。
今年は邦画に対する不信から、観に行く前にかなり選別するようになり、
ある程度の出来は担保されたので、駄作につまずき難くなりました。
それでも打率は5割を切る程度ですが…。
一方の洋画は相変わらず節操なく観に行っていますが、
節操がなさすぎて、打率はどんどん下がってます。
どんな内容かもわからず、キャストだけ確認して観に行ったりしますから、
駄作に当たるのも当然と言えば当然ですね。
洋画は邦画とは違い、海外で篩にかけられて日本の劇場公開が決まるので、
滅多なものは公開されないだろうという信頼感があるのですが、
最近はどうもそうでもないようで、どうしようもない作品が普通に公開されます。
なんでしょうね、映画を買い付ける日本の配給会社の人も、
作品は観ないでキャストだけ確認して買い付けてるんでしょうか。
まぁ日本人はキャストで作品を選ぶ傾向がありますから仕方ないのかもしれません。

ということで、今日はキャストだけ確認して観たら痛い目に遭った作品の感想です。
また洋画の打率が下がってしまいました…。

サード・パーソン
Third Person

2014年6月20日日本公開。
ポール・ハギス監督・製作・脚本のロマンス映画。

フランス、パリのホテルで執筆中のピュリツァー賞作家マイケル(リーアム・ニーソン)。愛人のアンナ(オリヴィア・ワイルド)にはほかに恋人がいた。イタリア、ローマ。アメリカ人の会社員スコット(エイドリアン・ブロディ)は娘をさらわれたという美しい女に会う。アメリカ、ニューヨーク。元女優のジュリア(ミラ・クニス)は以前夫だったリック(ジェームズ・フランコ)と息子の親権を争い、裁判費用のためにメイドとして働くことにする。(シネマトゥデイより)



本作はリーアム・ニーソン、エイドリアン・ブロディ、ジェームズ・フランコが共演する、
なんともボク好みのキャストの群像劇ったので、期待して観に行きましたが、
その期待は裏切られてしまいました。
3組の男女の物語からなる群像劇なのですが、個々の物語は単純なのに、
物語の関係性の繋ぎ方が非常に複雑なため、いまいち意味がわかりません。
それぞれ。、パリ、ローマ、ニューヨークを舞台にした物語なので、
登場人物が邂逅することもなく、全く別の物語としても観れるので、
そう割り切ってしまえば複雑さも感じずに済むと思います。
でも3本が全く別の物語なら3本立てのオムニバスすればいいので、
わざわざ群像劇にする意味はなくなるし、
なにより個々の物語が退屈な内容なので、そんな見方をして面白いはずもなく…。
物語間のザッピング(場面切り替え)があまりにも頻繁なため、
個々の物語に集中できず、更に退屈さが増幅しています。

ザッピングで意識が散漫になることはどの群像劇でも起こりうることで、
そこが群像劇の難しいところでもあるんですが、
普通3つも物語が描かれていれば、ひとつくらい面白い物語があり、
それが他の物語を牽引してくれるものですが、本作は3本とも退屈で…。
なので観客の興味は、個々の物語の面白さではなく、
3本の物語の繋がりに向くのですが、そこが複雑でわかりにくく…。
ここでいう複雑というのは、難解ということではありません。
難解であれば答えはちゃんと用意されているが、それがわかりにくいだけで、
わかる人にはちゃんとわかるということになるのですが、
本作にはそもそも答えなんて用意されていなくて、
観客が勝手に繋がりを補完して、好きなように理解しろというスタンスです。
監督自身が「答えは用意してない。自分で見つけて」と明言してますからね。
しかしそんなことをしてくれる観客は、よほど監督に好意を持っている人だけで、
キャストに釣られただけのボクには、そこまでしてやる義理を感じません。
ハギス監督の信奉者でないなら、本作は観ない方が無難です。

群像劇なので、例によって個々の物語それぞれの感想を書きます。
以下、ネタバレ注意ですが、ボク自身ほとんど理解してないので、
ネタバレにもなってないかもしれません。

パリの物語。
マイケルは処女作でピューリッツァー賞を受賞したこともある作家ですが、
それ以来ずっとスランプで、パリのホテルに籠り、最新作を執筆しています。
彼は野心的な女性記者のアンナと不倫関係でしたが、彼女には他にも男がいて…。
アンナはスキャンダルを嫌い、マイケルとの関係は公にしたくないようですが、
そもそも彼のことを本当に好きなのかもいまいちわからず、
ただ自分のキャリアのための枕営業のような気もします。
マイケルはアンナにぞっこんで、彼女のために妻とも別れましたが、
彼女が他の男に会いに行くのを止めたため、フラれてしまいます。
マイケルは(同じホテルの)彼女の部屋に白い薔薇を大量に贈り、
部屋に戻った彼女はマイケルにいかに愛されているか気付き、よりを戻します。
その後、マイケルはようやく新作を出版することができるのですが、
その内容はアンナのことを綴ったものでした。
彼女への愛でも綴られているのかと思えばそうではなく、
彼女が実父と近親相姦関係にあることがスキャンダラスに綴られており…。
アンナの他の男とは彼女の父ダニエルだったということですが、
結局マイケルも執筆のネタのために彼女と交際していたということかな?
とにかく2人が相手のことをどう思っていたのか明確には説明されていないため、
感情移入ができず、ロマンスとして面白味に欠けます。
近親相姦ネタも衝撃的かもしれないが、ちょっと不快感を覚えます。

ニューヨークの物語。
ジュリアは子供との面会権をめぐって、芸術家の元夫リックと係争中です。
彼女が子供に会うには、精神鑑定を受けて許可される必要があるのですが、
医者との面談の日に、面談場所がわからず遅刻してしまい…。
弁護士からもう子供との面会は諦めろと言われてしまうのです。
この物語は、他の2本の物語と並行して描かれてはいるのですが、
とても初速が遅く、物語が動き出すのはほぼ終盤です。
それまではただ他の物語の進行をザッピングで妨害するだけの存在になります。
なにしろなぜジュリアが子供の親権を失ったのかが、終盤まで説明されませんから、
なぜ彼女が精神鑑定を受けるのかなども、それまで全くわからないので、
やはり感情移入できず、物語に全く興味が持てません。
どうやら子供がクリーニング袋で遊んで窒息死しかけたようで、
彼女に虐待の嫌疑がかかり、子供との面会を禁止されたみたいですが、
そんな経緯ははじめから説明してくれたらいいのに…。
結局元夫の家に押しかけて、強引に息子に会うのですが、息子を連れ去るでもなく、
抱擁して「パパをよろしくね」と言っただけで帰ってしまったみたいです。
特に自分の嫌疑を晴らしたり、親権が欲しいわけでもなく、
本当にもう一度息子に会いたかっただけだったみたいですが、あまりの淡白さに、
鑑定の時の焦りようはなんだったのかと、拍子抜けしてしまいました。

ジュリアはホテルの客室清掃員をしているのですが、
その時マイケルの部屋に入るようなシーンがあるんですよね。
マイケルの部屋の清掃中に弁護士から鑑定場所の変更を伝える電話を受け、
部屋に備え付けのメモ用紙に住所をメモするのですが、
そのメモを置いたまま部屋を出てしまいます。
部屋に帰ってきたマイケルは元妻から電話番号を変更するという旨の電話を受け、
そのメモ用紙の裏に聞いた電話番号をメモするのですが、
部屋に来たアンナによって、そのメモ用紙が持ち去られてしまいます。
メモ用紙が紛失したせいでジュリアは鑑定に遅刻するのですが、
後にアンナの部屋でメモ用紙を発見して激昂し、彼女の部屋で大暴れし、
マイケルが彼女に贈った白い薔薇の花瓶を片っ端から割ってしまいます。
この展開により、ジュリアの物語とマイケルの物語はリンクしているはずですが、
ジュリアが働いているのはニューヨークのホテルであり、
マイケルが宿泊しているのはパリのホテルなので、同一のホテルではないはず。
たまたま同じ状況だったわけですが、そんな都合のいいことがあるはずなく、
ニューヨークの物語は虚構であると推測されます。

最後はローマの物語。
この物語は早い段階で物語が動くので、3本の中では最も退屈しません。
しかし他の物語との繋がりも希薄、というかほぼ皆無で、浮いています。
ローマを訪れたアメリカ人ビジネスマンのスコットは、
あるバーでロマ族(ジプシー)の美しい女性モニカと出会い一目惚れ。
お互い同じ年頃の娘がいるとわかり、意気投合するのですが、
電話を受けた彼女は慌てて店を飛び出し、去ってしまいます。
しかし彼女はバーにポーチを忘れていて、拾ったスコットが店主に預けます。
店主は「きっと爆弾だ」と通報しますが、店員の彼女に対する態度も酷かったし、
ホテルでも宿泊拒否されていたし、フランスではロマ族への差別があるんですね。

次の日、スコットが再びバーに行くと、モニカが店主とモメていました。
なんでもポーチの中にあった5000ユーロがなくなっていたそうで…。
その金はルーマニアから娘を密入国させるために業者に払う金で、
その金がないと娘を船から降ろすことができないと…。
スコットは彼女のために5000ユーロを工面することにするのですが、
モニカは下心があるのではないかと警戒しながらも、その申し出を受けます。
スコットはたしかに下心はあったかもしれませんが、結局無償で金をあげており、
なぜ見ず知らずの女にそこまでするのか不思議でしたが、
その場はきっと金持ちなのだろうと納得しておきました。
ところがスコットが業者に金を渡すと、彼が金持ってそうだと考えた業者は、
足元を見て娘の受け渡し額を2万5000ユーロに吊り上げます。
モニカと業者が自分を担いでいるのではないかと思い始めたスコットですが、
実はモニカのポーチから5000ユーロを盗んだのもスコットなんですよね。
その引け目もあるのか、彼は自腹で2万5000ユーロを用意しますが、
要求額は5万ユーロ、10万ユーロと更に膨らみます。

スコットは高級そうなスーツを着ているので金持ちのビジネスマンに見えますが、
実は偽ブランドの販売を手掛けており、それほどリッチではありません。
しかし彼は全財産を叩いて、10万ユーロ工面します。
金持ちじゃなかったのになんでそこまで…、と思いました。
しかもモニカが自分から金を引き出すため、わざと5000ユーロ置き去ったこともわかり、
モニカと業者から担がれていることもわかっているはずなのですが…。
でも薄々わかったことは、スコットは自分の娘を不注意で死なせたようで、
代わりにモニカの娘を助けてあげたいと思ったのかもしれません。
モニカは娘を業者から取り戻すために、仕方なく詐欺をしているのではないかと…。
ところがスコットはモニカに本当に娘がいるのかも疑っています。
それなのに彼女に10万ユーロをあげてしまうのです。
業者に金を渡しに行った彼女から音沙汰がなく、やはり騙されたのだと思いましたが、
数日後、彼女はスコットの宿泊するモーテルにやってきます。
やはり彼女には娘はいなかったのですが、スコットに「連れて逃げて」と頼みます。
たぶんあの金は業者との手切れ金で、スコットもそれをわかっていて渡したのかも。
2人は金は失ったものの恋愛関係になったので一応ハッピーエンドかな?

ただ、このローマの物語はご都合主義にもほどがあり、
モニカの詐欺計画はまず成功しない、かなりリスキーで綱渡りなものです。
5000ユーロの拾ったスコットがそのまま持ち去ってしまう可能性だってあったし、
スコットがもし5000ユーロに気付かなければ、ポーチを預かった店員が盗むかも。
その前にバーで自分がスコットのようなお人好しに一目惚れされるなんて
計算してできるようなことじゃなく、完全な机上の空論です。
…が、それもそのはずで、この物語も机上で作られた虚構なのでしょう。

おそらくニューヨークとローマの物語は、
パリの物語の主人公である小説家マイケルが書いた物語です。
パリの物語とニューヨークの物語がリンクしているのも、
マイケルが自分の身の回りのことをネタにニューヨークの物語を書いたからかな。
ニューヨークとローマの物語は、マイケルの自叙伝的な物語で、
ニューヨークのリックと、ローマのスコットは、マイケル自身のことだと思われます。
ただ自分の昔の出来事をそのまま書いているわけではなく、
フィクションの体裁で脚色してあるため、名前や職業や子供の性別が違ったり、
時代背景も全て現在になっているのではないかと思います。
マイケルは日記でも自分のことを「彼」と三人称で書いているそうで、
自分自身であるリックやスコットのことも別人の設定で、第三者として書いています。
だからタイトルも「サード・パーソン(第三者)」なのでしょう。
経験が基になっているとは思われますが、空想の部分も多分に含まれており、
ハッピーエンドなローマの物語なんかは、ほとんど願望で書いたんじゃないかな?

ただこれはボクが勝手にそう思っただけのことなので、
劇中にはニューヨークとローマの物語がマイケルの創作だとは明言されません。
ボクとしてはボクの解釈が最もポピュラーだと思えてしまうのですが、
全く違う解釈の人もいると思いますし、ボクも自分の解釈に対する自信はありません。
現実だと思われるパリの物語でも、アンナが本当に存在しているのか微妙で、
もしかするとそれもマイケルの空想ではないかと思えたりもします。
マイケルと彼の元妻テレサだけは、ほぼ間違いなく実在する設定の気がしますが、
テレサは虚構のはずのニューヨークの物語でジュリアの弁護士をしているので、
ニューヨークの物語自体が虚構ではないかもしれないという気にも…。
まぁいくら考えたところで、端から答えなんてないと明言されているので無駄ですね。
客に答えを求めるだけで、監督自身が答えを持っていないということは、
作品として未完成も同然で、そんなものを観る価値があるとは思えません。
どんな駄作にも好意的な客(特に映画通気取り)はいるものですが、
こういう独り善がりな監督はあまり甘やかさない方がいいです。

コメント

とくわからなかったのですが、この説明(第二、第三の話がマイケルの創造である)を拝見してようやく腑に落ちました。この解釈が正しいのか、異論もあるとは思うのですが、自分としてはこう考えないと辻褄が合わないと思います。こちらからリンク&コメントさせていただきました。

なお
> テレサは虚構のはずのニューヨークの物語でジュリアの弁護士をしているので

これは誤解ではないでしょうか。公式サイトによればマイケルの元妻はエレインで、演じる女優はキム・ベイシンガー、弁護士テレサを演じるのはマリア・ベロ。別人です。(確かに雰囲気は似ていますが)

ご指摘ありがとうございます。

あらら。
物語間に繋がりを求めすぎて、ブロンドの女性弁護士と言うだけで
勝手に同一人物と決め付けてしまっていたみたいです。
別人だったならば、ひとつ謎も解消したのでスッキリしました。
ニューヨークの物語をマイケルの創作とするのであれば、
弁護士テレサのモデルは元妻エレインに違いなく、
わざと雰囲気も似せているのかもしれませんね。

  • 2014/07/23(水) 19:29:31 |
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