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それでも夜は明ける

第86回アカデミー賞の作品賞受賞作『それでも夜は明ける』を早速観ました。
ボクは『ゼロ・グラビティ』推しだったので、この結果は予想外でした。
世間も『それでも夜は明ける』と『ゼロ・グラビティ』の一騎打ちとの前評判で、
どちらかといえば『ゼロ・グラビティ』優勢の雰囲気だったと思います。
白人の選考委員が多い映画賞なので、黒人差別を題材にした映画は不利、
というのが通例だったので、本年度も例にもれないだろうと予想しましたが…。
他にもいくつかの通例から、『ゼロ・グラビティ』有利と確信したのですが、
ひとつだけ見落としていた通例がありました。
それは日本でGAGA(ギャガ)が配給する作品のオスカー率が高いということです。

昨年までの過去5年間で、GAGA配給作品は何と3回も作品賞を受賞しています。
(『スラムドッグ$ミリオネア』『英国王のスピーチ』『アーティスト』)
GAGAは買い付けた作品を日本で配給しているわけですが、
そのオスカー作品を見抜く目は半端ではありません。
『それでも夜は明ける』もGAGA配給で、またしても見抜いたわけですが、
本作は全米ではフォックス・サーチライト配給だったので、
たぶんフォックスが日本配給を放棄したところをGAGAが拾ったのでしょう。
公開日も最も注目されるであろう授賞式の週末に設定しており、
GAGAのその先見の明には感心してしまいますね。
GAGA配給こそがどんな通例よりも信頼に足る予想材料かもしれませんね。

ということで、本年度アカデミー作品賞の感想です。

それでも夜は明ける
12 Years a Slave

2014年3月7日日本公開。
スティーブ・マックイーン監督が実話を映画化した伝記ドラマ。

1841年、奴隷制廃止以前のニューヨーク、家族と一緒に幸せに暮らしていた黒人音楽家ソロモン(キウェテル・イジョフォー)は、ある日突然拉致され、奴隷として南部の綿花農園に売られてしまう。狂信的な選民主義者エップス(マイケル・ファスベンダー)ら白人たちの非道な仕打ちに虐げられながらも、彼は自身の尊厳を守り続ける。やがて12年の歳月が流れ、ソロモンは奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バス(ブラッド・ピット)と出会い……。(シネマトゥデイより)



オスカー作品賞に輝いた本作ですが、ボクはいまいち納得できません。
悪い作品ではないけど、本命だった『ゼロ・グラビティ』に比べて、
特に秀でた作品だとも思えないんですよね。
南部の農園で12年間も奴隷生活を強いられた黒人男性の実話を映画化した、
黒人差別を描いた物語なわけですが、そんな物語は本年度に限らず、
毎年のようにオスカー候補になっています。
昨年度は『リンカーン』『ジャンゴ』、一昨年は『ヘルプ』という感じで。
それらの作品はオスカー受賞を逃していますが、
本作がそれらの作品と大差あるかといえば、それほどの差異は感じられません。
それに対し、『ゼロ・グラビティ』はSF映画を新たな境域に押し上げた作品で、
こういう作品こそ、その年の代表作として表彰されるべきだと思います。
まぁ『アバター』ですら受賞を逃すのがオスカーですからね。
選考委員のひねくれ具合にも困ったものです。

もうひとつ実感として納得できないのは、やはりボクが単一民族の日本人で、
人種差別とは無縁の生活をしているからでしょう。
黒人でもなければ白人でもなく、当事者意識が全く湧かないため、
正直なところ、どうでもいい物語に思えてしまうんですよね。
それでも今現在、世界のどこかで起きている差別問題であれば興味も湧くが、
アメリカの奴隷時代の物語で、かれこれ1世紀半以上前の出来事で、
そのころ日本はまだ江戸時代ですよ。
そんなころの差別問題なんて、もう済んだ話でいいだろと思っちゃいます。
アメリカ人にとっては自国の歴史なので興味深いでしょうが、
日本人としてはそこまで興味を持って観ることは難しい気がします。
まぁアカデミー賞はアメリカのナショナル賞なので、
日本人が結果に納得できなくても別に関係ないですけどね。
一応アジア市場も睨んでか、「奴隷は黒人ではなく非白人」と言わんばかりに、
我々と同じ黄色人種のインディアン(先住民)の奴隷も少し登場しますが、
彼らには特に白人に甚振られるような悲惨なシーンはなく、
唄って踊ってただけで、なんだか取って付けたような印象を受けました。

ボク自身は黒人差別を描いた映画は嫌いではないです。
過去のオスカー候補の『ジャンゴ』も『ヘルプ』も面白かったし、
最近では『大統領の執事の涙』なんかもなかなかよかったです。
それらに共通しているのは、黒人と白人の人種を超えた絆が描かれていることで、
そこにボクは感動したし、好きなポイントなのですが、
本作はそんな部分がほとんどなく、終始黒人目線で描かれ、
ほとんどの白人を鬼畜外道のように描いています。
監督のスティーブ・マックイーン自身も黒人だからかもしれませんが、
ちょっとフェアじゃないような気がするんですよね。
奴隷にされ、後に公民権運動をしていた黒人男性の伝記が原作なので、
被害者側の言い分しかなく、どこまで信用していいものかとも思うし…。
ボクがもし白人だったら、本作の白人の描き方を観たら、
ちょっと憤りを覚えるような気がするのですが、
アカデミー選考委員は白人が多いのに、彼らはそんな感情は湧かないのかな?
当時の南部の白人は自分たちとは別物だと思っているのかもしれませんね。
以下、ネタバレ注意です。

1841年、ニューヨークに妻子と住むバイオリン弾きの自由黒人ノーサップは、
2人の白人男性からサーカスで演奏する仕事を依頼され、ワシントンに行きます。
仕事も大成功し、3人でバーで打ち上げするのですが、酩酊し目が覚めると、
手枷をされて奴隷商人の牢屋にぶち込まれていました。
どうやら例の2人の白人が、彼に薬を盛り、奴隷商人に売ったみたいです。
自由黒人を奴隷にすることはできないが、彼は自由証明書を持ち合わしておらず、
ジョージア州から逃げてきた奴隷と決めつけられてしまい、
ニューオリンズの奴隷市場で売られることが決まります。
当時の情勢はよく知りませんが、きっと奴隷不足で、高値で取引されるため、
北部の自由黒人を拉致して、南部で奴隷として売る不法な商売があったのかな。
この奴隷商はノーサップの他にも2人の黒人男性と黒人母子を所有しており、
奴隷船で南部に売りに行くのですが、一人は船内で白人に殺され、水葬されます。
その時、もうひとりの黒人男性が「俺たちより幸せ」と言うのですが、
実際、南部での奴隷生活は死んだ方がマシだと思えるものでした。

拉致した自由黒人を売るので、本名ではマズいため、
ノーサップには「プラット」という偽名が与えられます。
そして森林を所有する白人フォード氏に1000ドルで買い取られるのです。
その時一緒に黒人母子の母親イライザも買われるのですが、
彼女の2人の子供は一緒に買い取られず、母子がばら売りされるのです。
当然イライザは悲観に暮れて、その後もずっと泣き続けますが、
あまりに泣き続けるので、鬱陶しがられ、処分されてしまいます。
気の毒な話だけど、南部の白人相手に泣き落としなんて通じるはずはなく、
子どもたちに再会できるはずもないので、彼女ももっとうまく立ち回らないとね。
その点、製材所で働かされるノーサップはうまく立ち回り、
水路を利用した木材の運搬方法をフォード氏に進言し、
彼から気に入られて、バイオリンまで賜るのです。
ところが、それに嫉妬した白人大工に目を付けられ、陰湿なイジメを受け、
ついには彼から気に吊るされて、殺されそうになるのです。
白人大工の上司である白人監督官が止めに入ったお陰で、命は助かりますが、
監督官は優しい人だと思ったら、白人大工を追っ払っただけで、
吊るされているノーサップのことは助けようとはしません。
部下がフォード氏の奴隷を殺すと監督責任が問われるから止めたけど、
彼もノーサップの態度は気に入らなかったのかもしれませんね。

その夕方、フォード氏に発見され、ノーサップはやっと木から降ろされますが、
フォード氏は「ここにいては白人大工にいつか殺される」と言い、
知り合いの綿花農園に売られることになるのです。
フォード氏がノーサップのことを思ってのことのようですが、実は違います。
彼はたしかに白人のわりには優しいと思いますが、あまり裕福ではなく、
金が足りず例の女奴隷イライザの子供も一緒に買うのを諦めたほどですが、
1000ドルで買ったノーサップが殺されたら大損害なので、
彼が殺される前に、売って金に換えようと考えただけです。
フォード氏はきっとノーサップが拉致された自由黒人だと気付いてますが、
それを認めるのも大損害なので素知らぬふりをしてたしね。
所詮は彼も南部の白人だったわけですが、売られた綿花農園に比べれば、
フォード氏の製材所なんて天国みたいなものです。
ノーサップを買った綿花農園所有者エップスは、超レイシストで、
奴隷を鞭打ちするのを娯楽と言い張る、鬼畜外道です。
奴隷は綿花の収穫量が前日より少ないと鞭打ちの刑に処されます。
なぜかノーサップは、いつも平均以下の収穫しかしませんが、
彼は有能な男なのでちょっと不思議だったけど、
フォード氏の製材所での経験を教訓に、有能さを隠すことにしたのかな?

その農園で最も収穫高を上げているのはパッツィーという女奴隷で、
ノーサップの実に3倍近くの綿を収穫します。
彼女にはレイシストのエップスも一目を置いており、大切にしますが、
労働力と言うだけではなく、性奴隷としてもお気に入りのようで…。
エップスは黒人を家畜同然に扱うけど、黒人女性は大好きみたいで、
家畜を制の対象にする感覚はちょっと理解に苦しいです。
妾の黒人に生ませた子供もいますが、子供はもちろん黒人(非白人)だけど、
かなり寵愛しており、彼の黒人差別の基準がわかりません。
エップスの妻(白人)は、夫のお気に入りパッツィーに嫉妬しており、
彼女に対して執拗な嫌がらせを行います。
いや、酒瓶を頭に投げつけたり、顔面を切りつけたりと、
嫌がらせなんて生易しいものではなく殺人未遂も同然ですね。
そんなパッツィーですが、あまりにエップスから気に入られすぎて、
ちょっと姿が見えなくなっただけで脱走を疑われ、
怒ったエップスから鞭打ちの刑に処されます。
でもエップスは自分で彼女を鞭打つのが嫌なので、その役目をノーサップに…。
ノーサップにとってはどんな辛い労働よりも、
同胞を鞭打つことの方がきっと辛かっただろうと思います。
結局彼女は鞭で皮がズタズタに切り裂かれてもギリギリ生き延びましたが、
彼女は自殺を望んでおり、その幇助をノーサップにお願いしたこともあるので、
この際だから鞭打ちで殺してあげるのも優しさだったかもしれません。

ある日、綿花農園が害虫に犯され全滅してしまいます。
エップスは「不信心な奴隷のせいだ」と因縁を付け、
知り合いの判事のサトイキビ畑に奴隷をリースするのです。
奴隷は売買だけじゃなくて賃貸までされていたんですね。
サトウキビ畑は食事は粗末だし寝る場所もギュウギュウ詰めで酷い環境ですが、
それでもエップスがいないだけ綿花農園よりはマシな生活です。
判事もそれほど悪い人ではなく、ノーサップのバイオリンを気に入り、
誕生会でバイオリンを弾く仕事を与えて、謝礼も彼に渡します。
綿花農園に戻ったノーサップは、バイオリン演奏で得た謝礼で、
白人労働者アームズビーに、自分の書いた家族への手紙を渡し、
郵便局に投函してほしいと頼み、お金を渡します。
黒人は郵便局も利用できないってことなんですかね。
アームズビーは黒人奴隷と同じく綿花収穫の仕事をしますが、
白人というだけで特別待遇で、収穫量が少なくても鞭打ちされません。
でも同じ職場で働く仲間なので、ノーサップは彼を信用して頼んだのですが、
アームズビーはそのことをエップスにチクるのです。
ノーサップを売って、自分は監督官に出世するつもりだったようです。
その目論見はノーサップの機転によって潰されましたが、
白人という理由で、アームズビーはお咎めもなしのようです。
当時の南部って、黒人に厳しいだけじゃなく、白人に甘すぎますね。

またある日、屋敷にバスという白人労働者がやってきて、
エップスは彼に展望台の建設を依頼します。
バスを演じるのはブラッド・ピットですが、イタリア版ポスター(※)で、
主人公よりも彼の顔がアップだったことが物議を醸しましたね。
終盤でちょこっと出るだけなのに、まるで主役と誤認させるような画像で、
批判されてすぐに撤去されましたが…。
イタリアは黒人差別が根深い国のひとつなので、
黒人俳優のポスターでは興行的に厳しいと考えたのでしょう。
でもこんなことって、どこの国でも日常茶飯事じゃないのかな?
日本も内容を誤認させかねない洋画のポスターなんていくらでもあります。
ただ本作は内容的に配慮すべきだったかもしれませんね。
ブラピ演じるバスは、カナダ出身で奴隷制度には否定的です。
エップスとも「黒人を所有物にする正当性はない」と口論します。
そんな黒人を擁護するようなこと言ったらエップスを激怒させそうだけど、
エップスは白人に対しては寛容なようで、特に問題になりません。
ノーサップはそんなバスに手紙の話を持ち掛けるのです。
アームズビーの時に一度裏切られているので、恐る恐る頼むのですが、
バスはブラピが演じているので、どう考えても悪者には見えません。
なので「この白人は信じても大丈夫だろうか?」というノーサップのドキドキは、
我々観客は味わいにくく、このキャスティングはもっと考えるべきだったかも。

「気後れする。」と手紙の件を即答しなかったバスですが、
予想通り、ノーサップのためにちゃんと告発の手紙を書いてくれます。
手紙を受け取ったニューヨークの知人(白人)パーカー氏は、
保安官を連れて綿花農園を訪れ、エップスからノーサップを解放し、
彼は12年ぶりに帰省し、妻子と再会するのです。
奴隷から解放されてハッピーエンドですが、それは彼がもともと自由黒人で、
当時の法律でも不当に奴隷として扱われていたからです。
つまりもともと奴隷黒人だったら、どう足掻いても解放されることはなく、
ノーサップのようなハッピーエンドなんて訪れません。
そういう意味では、本作は黒人差別を描いた作品ではなく、
自由黒人なのに不当に奴隷黒人扱いされたことの悲劇を描いた作品です。
そういう意味では、黒人奴隷制度の不当性を描いているとは言えず、
単に自由黒人を拉致して奴隷にすることの不当性を描いているだけ。
ノーサップは悲運だとは思うけど、本当に悲惨なのはむしろ周りの奴隷黒人で、
ノーサップの不遇さばかりに焦点が当てられている描き方は、
黒人差別を描く作品としては中途半端だと思うのですが…。

うーん、これがアカデミー作品賞なのは、やっぱり納得できません。
ボクの中では、日本公開済みの作品賞候補7本中、本作は5位です。
オススメはできませんが、仮にもオスカー受賞作なので、
映画ファンならマストで観るべき作品になってしまいました。

(※)イタリア版ポスター
12 Years a Slave Italian
ちなみにエップスを演じたマイケル・ファスベンダーver.もあります。

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