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利休にたずねよ

今年の夏ごろ、ミスタードーナツのポイントカードが廃止になりましたが、
その時は仕方ないかと思っただけでしたが、今ちょっと困ったことに…。
ウチのマグカップはミスドのポイント特典でもらったもので揃えてあるのですが、
先日ひとつ割れてしまったけど、もう補充ができなくなっちゃんですよね…。
違うのを買えばいいだけの話ですが、ボクはちょっと神経質なので、
カップや皿は同じものが揃ってないと嫌で、買い替えるなら全て変えないと気が済まず…。
それにミスドのマグカップでコーヒーを飲むと、少し美味しい気がします。
インスタントの安いコーヒーだから、そんなはずはないんだけど、
ミスドのコーヒーが美味しいという意識があるからなのでしょうか。
お茶はミスドのマグカップで飲んでも美味しくなく、むしろ普通の湯飲みがいいです。
飲み物のカップって、美味しく飲むには意外と大切なのかもしれません。
あー、ミスドのカップ、普通に販売してくれないかな?(300円以上なら買わないけど。)

ということで、今日は茶器にこだわる茶人の物語の感想です。

利休にたずねよ
利休にたずねよ

2013年12月7日公開。
茶人・千利休の人生を描いた歴史ドラマ。

3,000もの兵に取り囲まれ、雨嵐の雷鳴が辺り一帯に響き渡る中、豊臣秀吉(大森南朋)の命によって切腹しようとする茶人・千利休(市川海老蔵)の姿があった。ついに覚悟を決めて刃を腹に突き立てようとする彼に、利休夫人の宗恩(中谷美紀)は「自分以外の思い人がいたのではないか?」という、かねてから夫に抱いていた疑念をぶつける。その言葉を受けた利休は、10代から今日に至るまでの波瀾(はらん)万丈な道のりを思い出していく。(シネマトゥデイより)



本作は第140回直木三十五賞受賞作を原作としており、
第37回モントリオール世界映画祭コンペ部門にノミネートされ、
最優秀芸術貢献賞を受賞した格式高い映画です。
それだけにそれなりに期待はしていたのですが、主演がちょっとね…。
2011年の暴行事件以来、お茶の間からすっかり姿を消した市川海老蔵ですが、
千利休を演じるのに、そんな俗物が主演で大丈夫なのかと懸念を覚えました。
前回彼を見たのは謹慎からの復帰作となった映画『一命』でしたが、
それも第64回カンヌ国際映画祭のコンペ部門にノミネートされてましたね。
海外の人は彼のゴシップを知らない(或いは知っていても気にしない)から、
作品だけで評価できるのでしょうが、ボクはなかなかそうはいきません。
とはいえ、注目作なので観に行きましたが、演技の出来は別としても、
やはり主演俳優には好印象は持てませんでした。
でも本作で描かれる利休は、そもそも好印象を持てるような人物ではないため、
市川海老蔵でも問題なかったような気もしました。
それに『一命』でもそうでしたが、彼は切腹がよく似合いますね。
切腹に値するような私生活だからでしょうか。

利休の切腹当日のシーンから始まる本作。
前半は中谷美紀演じる利休の妻の回想で構成され、
利休こと宗易と織田信長との出会いから、切腹に至るまでが描かれます。
信長に気に入られ、安土城の茶道になった宗易は、
本能寺の変の後、豊臣秀吉に仕えますが、秀吉の朝鮮出兵に反対し、
切腹を命じられることになる、という誰もが知ってる史実が坦々と描かれます。
『利休にたずねよ』なんて題名だから、信長や秀吉などが利休に相談に来て、
実は秀吉らの治世の裏では利休が活躍していた、みたいな内容になるのかと思いきや、
本作の利休はあまり政治に口出したりせず、普通に雇われの茶人でした。
まぁ秀吉の柴田攻めについて尚早だと助言したシーンもありましたが、
利休の判断で政治が動いたのはそれくらいのものですね。
朝鮮出兵に際しても、それほど強行に反対していたようには見えませんでしたし、
政治には興味なさそうで、秀吉や石田三成が危険視するような野心家には見えません。
利休の聡明さは描かれず、正直ちょっと期待していた内容とは違ったというか、
合戦など派手なシーンもなく、本当に坦々と進むので、前半はちょっと退屈でした。
もっと戦国時代の武将などが沢山出てきたりすると、多少は楽しめそうでしたが…。
それにしても、福士誠治演じる本作の三成の小者感は半端ないです。
好きな歴史上の人物なので、その描かれ方はかなり残念でした。

前半の利休の妻の回想が終わると、今度は利休の回想になります。
妻も知らない、若い頃の利休の物語になるのです。
利休が歴史の表舞台に出る前の話なので、妻どころか我々も知らない話です。
というか、どの文献にも載ってない話で、ほとんどフィクションなんだけど、
これが何とも癪に障る内容で、前半と違って退屈こそしないものの、
不愉快でイライラさせられっぱなしでした。
利休と言えば「侘び茶」を完成させた人物で、それが現在の一般的な茶道になり、
芸術として評価され、モントリオールでも最優秀芸術貢献賞を受賞したのですが、
本作の後半はその茶道という日本の芸術の成立過程に、
朝鮮の影響が深く根ざしていたとする内容なのです。
嫌韓のボクとしては容認することのできない展開でした。

自意識過剰な韓国人は何でも韓国発祥説を唱える不愉快なやつらで、
先達ても「秋田犬はウリの珍島犬が日本で現地化したニダ」と、
厚顔無恥な珍説を発表したことが話題になりましたが、
そんな韓国人どもが本作を観たら「茶道も韓国が発祥だったニダ」
「それは日本映画で証明され、モントリオールのお墨付きもあるニダ」と言いかねません。
(実際に茶道韓国起源説もすでに捏造されています。)
誇る文化が何ひとつない韓国人は日本や中国の文化の韓国起源説を流布し、
既成事実化を目論む可哀想な盗人民族ですが、被害者であるである日本の映画で、
それを助長するような真似は絶対に許してはいけません。
さらにそんな物語に直木賞を与えたり、モントリオールなんて国際的な場に出したら、
「日本も韓国起源を認めている」と国際社会に発表しているようなものですよ。

ただ、本作は茶道が朝鮮から伝来したと言っているわけではなく、
ある韓国人女性との交流経験が、利休の「侘び茶」の完成過程に影響したとしているだけ。
それでも十二分に不愉快だし、茶道を貶めていることに変わりはありません。
実際に利休が朝鮮人女性と関わりがあったなんて記録はどこにもなく、
「なぜ利休が朝鮮出兵に反対したのか」という謎から派生させた創作でしょうが、
まさかそんな突飛な発想ができるなんて、驚きの想像力です。
朝鮮出兵なんて晩年の耄碌した秀吉の暴挙でしかなく、日本海を渡っての戦なんて、
誰もが失敗すると思ってたけど、利休以外は本音を言えなかっただけのことでしょう。
それを本作では利休のある朝鮮人女性に対する想いから反対したことになっています。
そんな私事で朝鮮出兵に反対したなんて、利休を貶めるにもほどがありますが、
劇中では利休の弟子である細川忠興も、利休との朝鮮出兵についての会話の中で、
「茶人にとって高麗は親しき国だから、朝鮮出兵なんてとんでもない」
みたいなことを言っており、まるで茶道家は親韓家ばかりであるような物言いです。

たしかに当時は舶来品は貴重ですが、朝鮮のものはあまり輸入されなかったため、
珍品好きの利休が高麗茶碗を愛好していたのも事実のようです。
しかし茶碗と言っても朝鮮半島にはお茶を飲む文化すらなく、
単なる朝鮮の焼き物を、日本で茶器として使用し、便宜上高麗茶碗と呼んでいただけ。
茶を飲まない朝鮮人に対して、茶人が親近感を持つなんてあり得ないことです。
利休は侘び茶の茶碗である楽焼を、瓦職人の長次郎に作らせるのですが、
それも利休が持っていた高麗の小壺を参考に作らせるのです。
これではまるで楽焼が朝鮮の影響を受けているみたいではないですか。
日本の伝統の陶器までも朝鮮で貶めるなんて我慢なりません。

まぁ本作の利休も、別に朝鮮自体に親しみがあったかは明言されておらず、
ただ若い頃に出会った朝鮮人女性のことが好きだっただけかもしれません。
時代も性別も問わず、朝鮮民族が好きな日本人にロクなやつはいないので、
それだけでも利休を蔑むには十分な設定だと思うし、やっぱり不愉快ですね。
遊び人だった若い頃の利休は、師の武野紹鴎が預かっている朝鮮人に一目惚れします。
その朝鮮人は、李王朝の血を引く娘ですが、派閥争いに敗れ、売り飛ばされたようで、
さる権力者の献上品として日本に連れて来られ、暫らく大徳寺で預かっています。
利休は下心から、その朝鮮人の世話を買って出るのです。
その朝鮮人は何も食べようとしないので、利休は馴染みの遊郭で働いている
高麗帰りで琉球出身の料理人に朝鮮料理を習い、彼女に振るまいます。
すると朝鮮人はそれを食べるのですが、売り飛ばされたことを抗議するための
ハンガーストライキだと思っていたのに、まさか朝鮮料理なら食べるとは、
まるで日本料理が不味いから食べなかったみたいな展開じゃないですか。
元王族だか知らないが、この期に及んで食事を選り好むなんて、自分の立場をわきまえろよ。
一生キムチでも食ってろクソ女、…と思ってしまいました。

さすがは我の強い朝鮮民族だけあって、日本語も一切覚えるつもりもないようで、
利休は例の料理人から朝鮮語も教えてもらって交流しようと頑張るのです。
朝鮮人もちょっとは歩み寄る努力としろよと思わずにはいられませんね。
利休がちょっとでも朝鮮語を話していたと思うだけで不快ですが、
ペラペラなわけではなく、フレーズをいくつか教えてもらっただけ。
なのでアドリブは全く利かないのですが、どうしても会話したい時は、
漢字による筆談である程度の意思疎通ができるみたいです。
今の朝鮮人はハングルしか使えないけど、当時だからできた芸当ですね。
そういう意味でも、今の朝鮮人とは当時よりも意思疎通が困難になったのも当然です。
ちなみにその朝鮮人を演じているのはクララとかいう韓国の女優です。
日本映画に韓流俳優を使われるだけでも不快なのに、まさか時代劇にまで使うとは…。
韓国人は朝鮮出兵を行った秀吉のことが大嫌いで、
『GOEMON』ではチェ・ホンマンが秀吉の部下を演じて韓国でバッシングされましたが、
その秀吉の部下の恋人役を演じることになったクララにはどんな反応なのでしょうね。
親韓色の強い映画だから全く問題はないのでしょうか。

いよいよ朝鮮人が買い手に引き渡されることになった日の朝、
利休は彼女を逃がそうと牢から連れ出し、2人で浜辺の漁師の小屋に隠れます。
しかし追手が小屋まで迫り、もう逃げられないと悟った利休は、
彼女に筆談(漢字)で「捕まって蛮族の王の奴婢になりたいか」と訊ねます。
おいおい利休、自分の民族を蛮族と称するって、どれだけ売国奴なんだよ。
ここまでくると、原作者の山本兼一が生粋の日本人かどうか、かなり疑わしいです。
仮にも権力者への献上品なので、実は結構いい生活が待ってるかもしれないけど、
「蛮族の王の奴婢」なんて言われたら選択の余地はなく、朝鮮人も当然拒否します。
それならばと利休は彼女と心中することにして、茶に毒を混ぜ、彼女に飲ませます。
彼女が死に、後を追おうとした利休ですが、どうしても毒茶を飲むことができず…。
なぜ飲まなかったのかはわかりませんが、結局その程度の想いだったということかな。
朝鮮人と心中なんて、さすがの売国奴でも抵抗があったのでしょう。
利休は死んだ朝鮮人の小指の爪を剥ぎ取り、高麗の小壺に入れて後生大事にしますが、
死んだ朝鮮人の爪を常に持ち歩くなんて、気持ち悪いわ!

今までどの時代劇を見ても、秀吉が利休を殺したのは間違いだと思わされましたが、
本作では初めて、売国奴である利休を殺した秀吉は英断だったと思えました。
こんな売国クソ映画は観る価値なし。

コメント

あやうく観るところでした。
大感謝。
つうか、なんでこんなに我が国を貶める事柄が次々と・・・
国を想って散った方々に顔向けできません。
申し訳なくて涙がでます。

  • 2013/12/11(水) 19:41:31 |
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