ブログデンティティー

blog-dentity since 2013

劇場版 SPEC 結 爻ノ篇

2015年のNHK大河ドラマは、主演の幕末もの『花燃ゆ』に決まったそうな。
井上真央演じる主人公の文は、吉田松陰の妹らしいのですが、
歴史上でもほとんど無名の人物の大河ドラマということで話題になっています。
うーん、これは如何なものでしょうか…。
製作サイドは無名の人物をヒロインに選んだことについて、
「有名な人物は予想がついてしまうし、興味がなければ見なくなってしまう。」
と言っていますが、たしかに予想がつくのはその通りだと思うけど、
そもそも無名の人物では興味の持ちようがないと思うんですよね。

近年大ヒットした大河ドラマと言えば『龍馬伝』ですが、
主人公の坂本龍馬は誰だって知ってる歴史上の人物で、展開も予想できるけど、
その有名な史実がどう脚色されるのかが大河ドラマの見どころだと思うんですよ。
有名な人物であればあるほど、脚色の自由度は低くなりますが、
その限られた幅の中でどう独自性を出すかが、脚本家の腕の見せどころで、
それが成功した大河ドラマは傑作になるんだと思います。
ほとんど資料もエピソードも残ってないような無名な人物だと、
自由に書きたい放題でほぼフィクションになるし、それなら朝ドラでやればいいです。

製作サイドは「歴史に名を残さなかった人たちの目線が共感を得るのではないか」
とも言ってますが、それは『タイムスクープハンター』でやればいいかな。
結局は最近絶好調な朝ドラと、人気のある『タイムスクープハンター』のノリを、
イマイチ不調な大河ドラマに取り入れようという魂胆が透けて見えますが、
現在放送中の大河ドラマ『八重の桜』も、一般的には知名度の低いヒロインで、
それが原因で伸び悩んでいるのに、なぜそこに気付かないんでしょうね。
NHKに限らず、視聴率の低迷著しいテレビ業界ですが、
その原因はテレビマンと視聴者の感覚の乖離にあるように思われます。

ということで、今日は視聴者との感覚の乖離が極限まで達した
テレビドラマ劇場版の感想です。

劇場版 SPEC 結(クローズ) 爻(コウ)ノ篇
スペック 結 爻ノ篇

2013年11月29日公開。
人気ドラマ『SPEC』の劇場版第二弾後編。

諸事情によりストーリーを記載しておりません。(シネマトゥデイより)



テレビドラマからスタートした『SPEC』のシリーズ完結編となる劇場版『SPEC 結』が、
前後編に分けて製作され、本作はその後編にあたる作品です。
前編『SPEC 結 漸ノ篇』が、かなり内容の薄い駄作だったので、
この分だと後編である本作も期待できないとは思っていましたが、
それ見たことか、本作も予想通りの駄作でした。
いや「予想通り」ではなかったです。予想を遥かに下回るゴミでした。
正直、前編はイマイチでも、後編で巻き返すのではないかという淡い期待もあったし、
どう転んでも前編よりは悪くならないだろうと思ってましたが、
前編がそんなに悪くなかったんじゃないかと錯覚するほど、本作は悲惨な出来です。
今年鑑賞した二百数十本の映画の中でも五指に入りそうな超駄作で、
テレビドラマの劇場版としては現時点で生涯ワーストかもしれません。
褒めるべきところなんて何一つないし、欠点を論(あげへつら)えば、
何百行あっても足りないくらいの長文になりそうです。
そんな労力を使うのも勿体ないゴミ映画なので、根本的な問題点だけ書きます。
(それでも悪口はついつい筆が走るので、かなり長文です。)

まず製作サイドの正気を疑ったのは、こんな超駄作を前後編に分けるという暴挙です。
前編の上映時間は93分でしたが、ほとんど既出シーンの使い回しと、
水増しのための無意味なシーンから構成されており、実質30分程度で描ける内容です。
本作の上映時間は更に短い85分ですが、うち60分ほど不毛な言い合いが続くシーンで、
並の編集力があれば、2本合わせても90分程度で描ける物語でした。
それを前後編2本に分けたのは、単純に客から鑑賞料を2回せしめたいからでしょうが、
普通は前編がイマイチな作品だと、後編も観ようなんて客はいません。
だから前後編は、それなりに自信がある作品でしか使い難いビジネスモデルで、
前編から駄作な本作のようなゴミ映画が使うのは、けっこうリスキーだったはずです。
でも結果的に後編である本作は初週末、前編の初週末の動員比1.13倍を記録。
そして前編同様、週末興行成績1位の大ヒットを記録しています。

本作ほどではないにしても、前編も酷評は多かったのに、
なぜ後編も観に行こうと思う人がこんなに多いのか不思議ですが、
斯く言うボクも観に行っちゃてるので、人のことは言えません。
なぜボクが観に行ったかと言えば、本シリーズに時間と労力を掛けてきたからです。
全10話のテレビドラマ、SPドラマ第一弾、劇場版第一弾、SPドラマ第二弾、
そして前編と、かなりの時間を費やして本シリーズを観てきました。
なのでちゃんと完結編を観てシリーズを完結させないと、その時間が無駄になります。
いわゆる「惰性」というやつですが、単純に鑑賞時間だけでなく、
最長で3年間シリーズに付き合ってきた人もいるはずで、ファンは引くに引けない状態。
そのファン心理を利用して、鑑賞料二回徴収して稼いでやろうと考えたと思われますが、
あながち、それだけではなかったような気もします。

「どうせ最後だし…」と思って、投げやりに撮られた作品のようにも感じますが、
本作は3年越しのシリーズ、或いは『ケイゾク』から数えれば約15年越しのシリーズで、
堤幸彦監督にとっては『TRICK』と並ぶライフワーク的な大切な作品だったはずです。
その完結編をいい加減な気持ちで作るとは思えません。
堤監督は、本作がファンにウケると本気で信じており、
自信作だから前後編なんて強気な手法を取ったのではないでしょうか。

連ドラ時代の『SPEC』は、IQ201の当間の知恵と元SITの瀬文のデカ魂で、
超能力者の犯人が起こした事件を解決するというSFチックな刑事ドラマでした。
更に隙あらば小ネタを挟みまくる「堤演出」により、コメディ色の強い作品で、
それが好評で後に大人気シリーズとなるわけです。
ところが、連ドラ終了後、物語の方向性がかなり変化しはじめます。
まずはSPドラマ第一弾「翔」で、当間自身がSPECホルダーであることが明かされ、
それにより普通の刑事VS超能力者の犯罪者という図式が壊れてしまいます。
ボクとしては超能力に対して知恵とデカ魂で挑むところが面白かったのに残念でした。
さらに話がデカくなり、日本を陰で牛耳っている「御前会議」なる組織による、
「シンプルプラン」なるSPECホルダーを殲滅させる計画が明らかになり、
刑事と犯罪者ではなく、SPECホルダー側とシンプルプラン側の対決になり、
完全に刑事ドラマではなくなってしまいます。
さらに劇場版第一弾「天」では、最後に超常的な存在の青年セカイが登場し、
「ファティマ第三の予言」なる終末予言があります。
もはや人間と人間の対決ですらなくなり、終末ものSFとなります。
終末ものというよりも、セカイ系という表現の方が正しいかな。

連ドラの視聴者は、当時この刑事ドラマがセカイ系になるとは思ってなかったでしょう。
まともな伏線が張られていないことからも、堤監督自身も予想してなかったと思います。
おそらくセカイ系化に舵を切ろうと考えたのは、連ドラ終了後の2011年。
そのキッカケはアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』(まどマギ)ではないかと思います。
『まどマギ』も当初、魔法少女ものアニメの体裁を取っていましたが、
急展開を重ね、時空を超えた超展開となり、最後はセカイ系となります。
「魔法少女ものだと思ったらセカイ系になった!」という斬新な超展開が話題となり、
アニメファンのみならず若者を中心として社会現象化した作品です。
きっと堤監督は「今の若者にはこんなのがウケるのか」と考え、
『まどマギ』の真似をして、『SPEC』を社会現象化しようとしたのではないかな。
超展開でセカイ系にすることで、刑事ドラマだと思っていた視聴者の意表を突いて、
その奇抜な展開が大絶賛されると思っていたのでしょう。
ところがこれは大誤算で、刑事ドラマとして楽しんでいた視聴者の多くは、
そんなセカイ系になる超展開なんて望んでいなかったと思います。
超展開を予感させた「天」の時点で、ファンから疑問の声も上がっており、
そこで気付けば、また舵を取り直して本作のような大惨事にならずに済んだはずです。
ところが「天」が約24億円の大ヒットとなってしまったことで、
堤監督も「やっぱりウケてる」と誤った確信を得てしまったのでしょう。
「『まどマギ』の劇場版も前後編だったし、これも真似たらウケる」とばかりに、
本作「結」を無理やり前後編に分けて、自信満々に公開したのだと思われます。

しかし堤監督とファンとの感覚の齟齬は大きく、あまりのコレジャナイ感に、
本作は各所でファンから凄まじい酷評を受けています。
酷評はするけどファンは観てくれるので、予定通り倍稼ぐことには成功してますが、
2本分の酷評になるので、堤監督への信頼も倍のダメージを受けることになります。
「もう堤作品は観ない」と言っているファンも多く、
来年1月に公開される『TRICK』の完結編へも影響が出ることは必至でしょうし、
その結果次第では堤監督のキャリアも完結する可能性も十分にあります。
逆に言えば、『TRICK』の完結編に絶対的な自信があったから、
本作でこんな無茶(博打)ができたのかもしれませんが…。

以下、ネタバレです。

本作の冒頭は前編の事件の黒幕である「プロフェッサーJ」とは誰なのか、
当間がいつもの習字の紙吹雪で推理して解き明かすところから始まります。
前編のタネ明かしは前編のうちにするべきだと思いましたが、
あえて謎を残すことで後編への引きを作ったつもりなのでしょうね。
プロフェッサーJの正体は、当間の父の後輩である湯田(とうだ)でしたが、
湯田は「ユダ」とも読め、「Judah」の頭文字からプロフェッサーJだというオチです。
ボクはその真相に全く気付きませんでしたが、推理すれば解けなくもない程度の謎です。
しかし観客のほとんどは、そんな推理をしようとも思ってなかったと思われます。
なぜなら、観客の関心事は「天」から登場した謎の男セカイの正体が何者なのかであり、
彼の仲間のジュンや、彼が「兄者」と呼ぶ卑弥呼が何者なのかということで、
プロフェッサーJの正体なんて、どうでもいいことだからです。
そんなどうでもいい謎を持ちこされても全然引きにはならないし、
むしろどうでもいいタネ明かしから始まる本作の序盤も、時間の無駄でしかないです。

湯田は死体を操るSPEC(?)を持っており、その能力を使って、
御前会議がSPECホルダーを集めて監禁している場所に侵入し、
ダンディ坂野ら大人のSPECホルダーは銃殺しますが、
子供のSPECホルダーにはシンプルプランのウイルスを感染させます。
シンプルプランは普通の人間にはただのインフルエンザで、タミフルで治りますが、
SPECホルダーが罹ると治療もできず、確実に死に至る病原菌です。
苦しむ子供たちを見て怒った当間は、封印していたSPECを使うことを決意します。
当間のSPECは死んだSPECホルダーを呼び出して協力してもらう能力ですが、
そんな能力使ったって子供たちの不治の病は治らないと思いますが…。
まぁ予知能力者の冷泉を呼び出せば、湯田の居場所くらいはわかるのかな。
不可解なのは、SPECを使おうとする当間を、ただ見ているだけだった瀬文です。
当間のSPECは使うと暴走するため、今まで瀬文は彼女が使わないように止めていたはず。
いざ使って、当間の様子が明らかにおかしいのに、それでもただ見ているだけで…。

なぜか当間は大量のヤタガラスを呼び出し、その場から姿を消してしまいます。
湯田を送り込んだ米軍基地で行われていたサブコード会議に瞬間移動した当間は、
ヤタガラスを使ってその場を核爆発させます。
米軍基地が核爆発したのを機に、世界は核戦争に突入します。
核戦争によって人類を滅亡させるのが謎の男セカイの狙いで、
そのために右腕の湯田をプロフェッサーJとしてサブコード会議に潜入させたようです。
セカイや湯田の正体はガイア(地球)の先人類であり、SPECホルダーはその末裔。
先人類は宇宙から漂着したアミノ産で生まれた人間たちに滅ぼされたため、
セカイは先人類復興のためにガイアを浄化しようと考えていたのです。
セカイはこの世界を裏から導く神と呼ばれる存在だったのです。
うーん、なんだかセカイが神だったなんて展開は、予想通りすぎて興醒めですね。
ニノマエのように神を気取った強力なSPECホルダーであればまだマシでしたが、
神とか天使とか、そんな神秘的な設定を後付けするのは、
これまでのシリーズの世界観が壊れるのでやめてほしかったです。
シンプルプランを作ったのはプロフェッサーJこと湯田ですが、人類を滅ぼすつもりなら、
SPECホルダーにしか効かないウイルスではなく、人間にしか効かないウイルスを撒けば、
わざわざ当間を利用して核戦争を起こさせるなんて回りくどいことは必要ないのに…。
それにセカイは、手をかざすだけで何十万人、何百万人を冥界に送り込めるんだから、
核戦争なんて起こさずともその能力だけで全人類を消すことができたはず。
そうすれば大切なガイアを核で汚染することもなく、
何億年も浄化を待つ必要もなく先人類を復興させることができるはずなのに…。
結局、すべて後付けでその場を凌いでいるために、物語の整合性に無理が生じるのです。

セカイの思惑通り動かされていたと思われた当間ですが、実はすべて当間の計算でした。
彼女はニノマエや冷泉など死んだSPECホルダーたちに協力してもらい、
核爆発や核ミサイル発射を偽装し、セカイを誘き出したのです。
全知全能の神であるセカイが当間の計画に気付かないはずはありませんが、
それを妨害していたのが別の神、先人類のひとり卑弥呼でした。
卑弥呼はセカイの行動はガイアの意思に反するとして、当間に協力していたようです。
それを「くるっとまるっとお見通しだ」とドヤ顔でタネ明かしする当間ですが、
当間と卑弥呼の接点なんて、これまで一度も描かれてないし、その伏線すらないため、
コジツケ感が半端なく、当間の計画に全く感心できません。
ついでにもうひとりの先人類ジュンですが、途中から全く吃逆しなくなりました。
前編ではセリフ中に吃逆を連発しており、聞き苦しいと大不評でしたが、
それを受けて吃逆の回数を減らしたのでしょうか?
いや、前編から1カ月も経たないうちに公開されているので編集が間に合わないはず。
やっぱり吃逆は何の意味もない設定だったみたいで、それなら端からやるなと…。

核戦争なんて起こしたら、先人類の末裔であるSPECホルダーも全滅するため、
先人類の復興なんて無理ですが、そのために当間がいるのです。
当間は「ファティマ第三の予言」の「左手に火の剣を持った天使」なんだそうで、
彼女の左手は冥界と繋がる能力ですが、本作で新たには右手の能力が明かされます。
「ソロモンの鍵」と呼ばれる時空を超える能力らしく、
核戦争が起こる前に先人類やSPECホルダーの霊体を当間の体内に避難させ、
ソロモンの鍵で違う時空(遠い未来かな?)へ移動するつもりだったみたいです。
そもそも当間は先人類によって作られた容れ物だったみたいで、普通の人間どころか、
SPECホルダーでもなく、オーパーツ的な存在だったわけですが、
もう無茶苦茶すぎて突っ込む気も起きないほどの超展開で、ゲンナリします。

セカイとの対峙に約1時間ほど費やされますが、その間ずっとワンシチュエーション。
風景はずっと雑なCGで、まるで低予算スリラー映画のような印象を受けます。
前編はかなり手抜きだったため、2本分の予算でかなり潤沢だったはずなのに…。
ワンシチュエーションの会話劇だと、まるで舞台のような緊張感があるものですが、
本作にはそれすらありません。
なにしろセカイとのバトルが無茶苦茶すぎるからです。
セカイは手をかざして冥界に送る能力で、当間を消し去ろうとしますが、
当間は咄嗟に鏡を呼び出して反射させ、逆にセカイを冥界に送ります。
その鏡にはシリーズのギャグキャラである餃子ロボの背中を使ったのですが、
そんなシリアスなシーンにギャグを挟んでウケるとでも思っているのか…。
それに餃子ロボは当間の馴染みの中華飯店の主人がサイボーグ化したものですが、
彼がSPECホルダーだったなんて話は、これまで一度も描かれておらず、
死んだSPECホルダーしか呼び出せないはずの彼女が、急に餃子ロボを呼び出した展開は、
唖然としたし、ネタ的にも滑りすぎて劇場中が凍りつきましたよ。

冥界に落ちたセカイですが、初めから霊体だから関係ないという理屈で、
当間の体を突き破り再び現世に戻ってきます。
まぁあんな滑りまくりのギャグで決着だったら悲惨すぎるのでよかったですが、
当間が放った謎の封印光線によって再び当間の体内に閉じ込められます。
当間は、セカイを完全に消し去るには閉じ込めたまま無間地獄に落ちるしかないと考え、
駆け付けた瀬文に「私を撃ち殺してください」と頼みます。
その頼みを聞き、当間を射殺した瀬文は、警官殺しで投獄されます。
セカイが消え世界は救われましたが、当間は次元を超えてを彷徨う、
まるで『まどマギ』の「円環の理」のような存在になり、世界は再構築され、
誰も当間のことを知らない世界になりますが、ほむら…じゃなくて瀬文だけは、
特異点となって当間のことを覚えている、というような壮大すぎる結末です。
はっきり言って、その解釈であっているかもわからない曖昧な幕引きで、
面白くないのに加えて、どうにも釈然としない気持ちで劇場を後にしました。

最後にナレーション(ガイアの声かな?)で、「世界はひとつではない。」と語られ、
更に『ケイゾク』の登場人物の名前(朝倉)が言及されます。
『ケイゾク』は見てないので繋がりがわかりませんが、
つまり『SPEC』は『ケイゾク』の続編ではなく並行世界のひとつであり、
『SPEC』シリーズはこれで完結したが、『ケイゾク』の世界観を引き継いだ
続編シリーズはまだ作れるということの意思表示だったのでしょうか?
でも本作で堤監督と一般客との感覚のズレは明確になったし、
ボクも彼のことは老害認定したので、『ケイゾク』の続編に限らず、
彼の手がけた連ドラや劇場版はもういいかなって感じです。
最後に『TRICK』完結編『トリック劇場版 ラストステージ』は観ますが、
それ以後、堤作品は極力避けるようにしたいと思います。

悪評が広まって二週目の興収がガタ落ちになればいいのに…。

-前編の感想-
劇場版 SPEC 結 漸ノ篇

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://blrpn.blog.fc2.com/tb.php/1186-9322d372
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad