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サカサマのパテマ

明日はいよいよ『かぐや姫の物語』の公開日となりますが。
宮崎駿監督も引退宣言し、高畑勲も事実上これが最後になることは確実で、
次世代を担う監督が育ってないのに両巨匠を失うことになるジブリにとっては、
『かぐや姫の物語』が最後のヒット作になることでしょう。

そこで話題になっているのが、今後の日本のアニメ映画を牽引する、
ポスト宮崎駿が誰になるのかという話です。
その筆頭によく挙げられるのが宮崎駿とも縁の深い庵野秀明ですが、
彼は一生『エヴァンゲリオン』だけで食って行く気がするんですよね。
次に挙げられるのが『サマーウォーズ』の細田守ですが、
ジブリ作品ほどのポピュラリティが感じられないのがネックです。
『言の葉の庭』の新海誠はかなりいい線いってると思うのですが、
『星を追う子ども』でジブリをパクリ、ポスト宮崎駿ではなく劣化版宮崎駿って印象に…。
ボクのイチオシは『河童のクゥと夏休み』や『カラフル』の原恵一ですが、
実写映画の監督にも興味があるみたいなので、アニメ映画の牽引役としてはダメかな。
あとは宮崎駿の愚息くらいしか知ってるアニメ映画監督いないし、
これは冬の時代に突入するかな、と思っていたのですが、新海誠以来の新鋭が現れましたね。

ということで、今日は新鋭アニメ監督の長編映画の感想です。
まだ粗削りだけど、まだ弱冠33歳だそうで伸びシロは十分です。

サカサマのパテマ
サカサマのパテマ

2013年11月9日公開。
『イヴの時間』の吉浦康裕監督が手がけるオリジナル劇場用長編アニメーション。

果てしなく坑道が続く地下世界に暮らす、地下集落のお姫様・パテマ。天真らんまんで好奇心旺盛なパテマのお気に入りは、立ち入り禁止となっている「危険区域」を探険することだった。世話役のジィの心配をよそに、いつものように危険区域へ飛び出したパテマだったが、予想だにしなかった出来事に遭遇してしまい……。(シネマトゥデイより)



吉浦康裕監督の前作『イヴの時間 劇場版』も鑑賞し、とても面白かったので、
本作も製作発表された時から、ずっと楽しみにしていました。
上下の二重引力の存在する世界を舞台にしているというのも斬新な設定で、
これは傑作ような予感があったのですが、待てど暮らせど公開日が決まらず…。
当初は2012年公開予定だったはずなのに、公開日が決まらぬままズルズルと月日が経過、
やっと決まったと思えば2013年も終盤になった11月9日です。
別にちゃんと完成して公開さえしてもらえれば、多少の延期はいいのですが、
残念なのは公開が延びたことで、『アップサイドダウン』に先行されてしまったことです。
今年9月7日に日本公開になったカナダ映画『アップサイドダウン』は、
本作と同じく二重引力の世界を舞台にしたSFロマンス映画だったのですが、
そちらが先に公開されたことで本作の舞台設定の斬新さは薄まった気がします。
『アップサイドダウン』もとても面白い映画ですが、ボクは本作の方に期待していたので、
公開順が逆転してしまい、本作が二番煎じのようになってしまったのが悔やまれます。
北米公開も決まっている本作ですが、斬新さが薄れた分、国内外の評価も薄れるかも…。

とはいえ、事象としては同じ二重引力ですが、そのアプローチは全く違います。
『アップサイドダウン』は双子惑星が近接していることで二重引力が発生していますが、
本作は地表と地下で引力が逆になる凹面地球説(地球空洞説)をモチーフにしています。
どちらもあり得ない疑似科学的な世界観であるものの、
凹面地球説は『映画ドラえもん のび太の創世日記』でも描かれたりと、
わりと馴染みのある世界観なので、斬新さは薄いけど、わかりやすいのが利点です。
双子惑星の二重引力は、本当に斬新な映像でしたが、設定に無理がある部分が多いです。
二重引力の描き方にしても、実写であそこまで再現した『アップサイドダウン』には
感心させられましたが、やはり実写はアニメに比べると自由度が低く、
本作の方がより自然に二重引力を表現できている気がします。
どちらが優れているとは言えませんが、どちらも素晴らしい作品で、
こうなるとやはり公開順が評価に大きく影響すると感じました。
ただ物語は本作の方がよく出来ているので、もし公開順が逆だった場合は、
二重引力設定の斬新さが売りだった『アップサイドダウン』は評価の落差が激しいかも。
この順番で観れたから、どちらも楽しむことができたようにも思えます。

以下、ネタバレ注意です。

暗く狭い坑道が広がる地下世界のお姫様パテマは、坑道を探検するのが趣味。
特に立ち入りが禁じられている「危険区域」の探索が大好きでした。
そのことをいつも爺から咎められるのですが、なんだかジブリの虫愛でる姫みたいですね。
危険区域は地下と地上をぶち抜くように建てられた筒状の建造物です。
ある時、いつものように危険区域に立ち入ったパテマは、
そこで天井から逆さにぶら下がっている男、通称「コウモリ人間」に遭遇し、
驚いて足を踏み外してしまい、地上に向かって真っ逆さまに転落(上昇)してしまいます。
コウモリ人間とは地上から地下の探索にやってきた治安警察ですが、
地上人はパテマたち地底人とは重力が逆なので、天井からぶら下がって見えるのです。
パテマはまだ子供なので、爺から地上人の存在を教えてもらってはおらず、
代わりにコウモリ人間という怪物だと教えられているわけです。
そもそもパテマは自分たちの集落が地下にあるなんて思ってないのでしょう。
それにしても、このコウモリ人間と言う表現は、はじめ違和感を覚えました。
地上の動物であるコウモリは地底人からすれば地面にぶら下がっているはずですからね。
でも終盤でその違和感も払拭されるのですが、もしこのコウモリ人間と言う表現が、
その終盤で明かされる事実の伏線だったとしたら、とても感心します。

一方、地上には「アイガ」という地上人の世界があります。
極度に規律と秩序を重んじる統制国家で、いわゆるディストピアです。
アイガ人は異常に空を忌み嫌うのですが、それはまだ二重引力がなかった遥か昔、
重力からエネルギーを作る実験をした際に、人や物の引力が逆転し、空へ転落したから。
我々の世界の原子力エネルギーでも、例の原発事故で痛感させられましたが、
やっぱりコントロールできないエネルギー装置は使ってはいけないということですね。
引力の逆転を免れた人々(アイガ人)は、空に落ちた人々のことを不浄な人々と考え、
罪深き者は空に落ちてしまうと考え、空を忌み嫌っているのです。
なので引力が逆に働いている地底人のことも、「サカサマ人」と呼び、
罪深き不浄なる者たちとして忌み嫌っています。
そんな中、周囲のアイガ人とは異なり空に憧れを抱く少年エイジがいました。
ある日エイジは、立ち入り禁止のフェンスの向こう側に広がる地下トンネルから、
空に向かって落ちてきた少女パテマを助けます。
放っておくと空に落ちてしまう彼女の手をしっかり掴み、
コウモリ人間から追われている彼女を匿ってあげることになります。
ボーイ・ミーツ・ガールなワクワクする展開ですね。

しかし治安警察に見つかり、パテマはアイガの独裁者の元に連行され、
危険区域の先端である管理センターの最上階ホールに幽閉されます。
エイジはパテマを追ってきた地底人の青年ポルタと協力して、
地下の危険区域から管理タワーに潜入し、彼女を救出します。
引力が逆のポルタとの体重差を利用して、数々の難所を切り抜ける展開は面白かったです。
救出した直後、エイジとパテマは治安警察に囲まれ、逃げ道を塞がれますが、
2人は抱き合って管理タワーの最上階からダイブするのです。
エイジの方がパテマよりも若干重いので、ゆっくり地上に降下できるはずでしたが、
パテマに付けられていた逆引力の足枷の重みで、空に降下することに…。

どんどん空へ降下する2人、このまま宇宙の藻屑になるのかと思いきや、
雲を抜けると、なぜかそこに地面が広がっているんですよね。
パテマにとっては床で、エイジにとっては天井となる地面です。
それはまるで『アップサイドダウン』の二重引力のように、
上下で地面が向かい合った世界観のようで「凹面世界じゃないのか?」と混乱しました。
そこがどんな場所なのかは説明がなく、暫らく腑に落ちない気持ちのままでしたが、
ラストでこの世界の謎が明かされた時に、なんとなくわかったような気がしました。
でも完全に理解できたのは、観終わった後に思い返してみた時で、
その時になってはじめて、よくできた世界観だったんだなと感心させられたんですよね。
この世界はやはり凹面世界であり、空の果てと思われた地面は、地下の底だったのです。
誰も住んでおらず、機械だけが動いている工業地帯のような場所でしたが、
その機械は、地下で天候を作りだす人工気象装置だったようです。
つまり、本作の当初の世界観こそが、サカサマだったわけです。

パテマの登場でサカサマ人が地下に潜伏していることが明らかになり、
アイガの独裁者は地下侵攻を始めます。
エイジとパテマはそれを阻止するべく帰還し、危険区域で戦闘になりますが、
その影響で危険区域の底(管理センターとは逆側の先端)が抜けるのです。
なんとそこには青い本物の空と、緑豊かな広大な大地が広がっており…。
その大地こそが地球空洞説の地殻の外側に当たる世界であり、
地上だと思われていたアイガは地殻の内側の世界だったのです。
つまりアイガ人の方が、エネルギー事故により引力が逆転した人々の末裔で、
サカサマ人の方が、事故を免れた正常な引力の人々の末裔だったわけです。
(件のコウモリ人間の呼称もこれで解決です。)
いやはや、文字通りの大どんでん返しですね。
そこまで危険区域の底は地球の奥深くに続いていると疑わなかったので、
まさかの展開すぎて、すぐに状況が呑み込めなかったほどです。
勘のいい人は(アイガの天井にある)人工気象装置の件でピンと来るのでしょうが…。
アイガという名称もアガルタをイメージしてるのかもしれませんね。
本当は「サカサマのパテマ」ではなく「サカサマのエイジ」だったとは、感心しきりです。

こんな面白い映画なのに、公開館数が少なすぎるのが悔やまれます。
ジブリや深夜アニメの劇場版にばかり注目が集まるのではなく、
こんなオリジナル作品を作れる才能を、もっと紹介できるようになれば、
宮崎駿なき後も日本アニメ映画は安泰なのになぁ…。

-関連作の感想-
イヴの時間 劇場版

コメント

私は少し違う感想を持ちました。
重力からエネルギーを取り出すというところで原発を想起したのは同じですが、その事故によってアイガの人々(まさに彼らが「罪人」だったわけですが)は新技術に対する探求を全否定して現状維持やゼロリスクを絶対視してしまった。しかしその探究心を持つパテマやエイジによって世界の真実が明らかになった。たとえ悲劇が起きたとしても下を向かずに空を目指せということかと。

  • 2014/09/04(木) 16:25:57 |
  • URL |
  • こねほ #-
  • [ 編集 ]

Re: こねほさん

なかなか興味深い見解です。
ただボクとしては、その見解を否定するつもりはありませんが、
文明を崩壊させたエネルギー実験事故をポジティブに捉えることは難しいです。
本作は2012年公開予定でしたが、企画はもっと前に立ち上がったはずなので、
フクシマ後の世界を生きる観客が勝手に原発を想起するだけで、
脚本段階では全く意図してなかったかもしれません。

  • 2014/09/04(木) 21:24:12 |
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  • BLRPN #-
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