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キャリー

先日、邦画『ばしゃ馬さんとビッグマウス』を観ました。
その作品は脚本家志望の男女の物語だったのですが、少し興味深いシーンがありました。
劇中、ヒロインが通うシナリオスクールに招かれた映画監督の講義の中で、
「(最近の客は)洋画も日本語吹替しか観ない」という話題が出ました。
ボクは漠然と日本人は洋画離れしていると思っていたのですが、その話を聞いて、
洋画離れではなく、字幕離れしているから洋画を観ないのかと認識を改めました。
ボクは洋画は字幕でしか観ないので、実感はなかったのですが、
吹替と字幕が同時上映されている洋画は、吹替の客の方が多いのでしょうか?
それはわかりませんが、たしかに吹替版のある洋画の方が日本ではヒットしています。
怒涛の洋画公開ラッシュだった先々週末の興行成績ランキングも、
洋画トップはあまり面白くない『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』でしたが、
たしかにその週は、その作品だけが日本語吹替版の上映もしていました。
その「日本語吹替のメソッド」に当てはめれば、先週末は『キャリー』かな?
…と思ったら、やっぱり先週末の洋画トップは『キャリー』だったみたいです。
ということは、今週末の洋画トップは『悪の法則』で間違いないでしょう。

しかし子ども向けの『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』はともかく、
R-15指定で大人向けの『キャリー』や『悪の法則』に吹替が付くなんて、
世界最高の識字率を誇る日本人が、大人でも吹替なんて少し情けないな…。
洋画の8割以上は字幕のみなんだし、早く字幕に慣れてほしいです。

ということで、今日は字幕・吹替同時上映のR-15指定洋画の感想です。
『ばしゃ馬さんとビッグマウス』の感想は近々書きます。

キャリー
Carrie.jpg

2013月11月8日日本公開。
人気ホラー作家スティーヴン・キングの代表作を再映画化。

狂信的クリスチャンの母親から厳しい教育を受け、学校では周囲から疎外されている女子高生キャリー(クロエ・グレース・モレッツ)。彼女は、激しい興奮状態に陥るとある能力を使うことができるテレキネシスだった。それを誰にも打ち明けることなく、キャリーはつらく寂しい日々を送っていた。そんな中、ひょんなことから彼女は女生徒たちの憧れの的であるトミーとプロムパーティーに参加することに。喜びに浸るキャリーだが、その裏では彼女への残酷ないたずらが計画されていた。(シネマトゥデイより)



本作は1976年に公開されたブライアン・デ・パルマ監督の同名ホラー映画のリメイクです。
ボクはまだ生まれてないので、オリジナル版をリアルタイムでは見れてませんが、
リメイクが決まり本作の製作が発表された頃にDVDで見ました。
たしか一作年くらいで、比較的最近見たもようなものだと思うのですが、
それほど明確に内容を覚えているわけでもなくて…。
正直オリジナル版を見た時も、あまりインパクトを感じなかったんですよね。
傑作ホラーとして有名すぎて、物語の内容もだいたいわかっていたし、
なにしろスティーヴン・キングのデビュー作が原作ですから、
1976年当時は衝撃的な内容だっただろうけど、今となっては古典中の古典です。
あまり新鮮味を感じられず「まぁこんなものか」と思いました。

それにオリジナル版のシシー・スペイセクが演じたキャリーに、
あまり魅力を感じなかったのも印象が弱い原因かも。
ガリガリで病んだ感じが如何にもイジメられそうな子で、リアルではあったけど、
正直あまり可愛くなくて、ヒロインとしての魅力に欠けました。
やっぱりホラー映画のヒロインにはそれなりのルックスを望んでしまいます。
その点、本作のキャリー役はクロエ・グレース・モレッツです。
カルトな役をやらせたら右に出るものはいない人気若手女優で、
ホラー映画のヒロインとしては申し分ないキャスティングです。
ただ、彼女は健康的で可愛いし、オリジナル版のキャリーのイメージからかけ離れすぎで、
一部(オリジナル版のファンの間)では「ミスキャストでは」なんて囁かれたりも。
まぁその意見も否定しませんが、ボクとしては嬉しいキャスティングでした。
なぜオリジナルのイメージにそぐわないモレッツが抜擢されたかですが、
もしかすると、原作者スティーヴン・キングのお気に入り女優だからじゃないかな?
彼は2010年のベスト映画にモレッツ主演の『モールス』を挙げてるほどですからね。
別に彼が主演を決めているわけではないだろうけど、その話を聞いたスタッフが、
モレッツを主演にキャスティングしようと考えた可能性はあると思います。
読んだことありませんが、原作のキャリーはどんなイメージなのかな?

以下、ネタバレ注意です。

『キャリー』は、念動力が目覚めたイジメられっ子の女子高生キャリーが、
抑圧されていた怒りや苦しみを爆発させたことから起きる恐怖と悲劇を描いた物語ですが、
キャリー役がモレッツになったことの利点のひとつは、
彼女が受けるイジメの印象が、より可哀想になったことです。
語弊があるかもしれませんが、スペイセクが演じたオリジナル版のキャリーは、
前述のように、いかにもイジメられそうなビジュアルなんですよね。
本作のモレッツ演じるキャリーは、どちらかと言えば美少女だし、
人気者にもなり得るビジュアルなので、あまりイジメられそうにないが、
イジメられなさそうな子ほどイジメられた時の不条理感は大きく、可哀想に感じます。
ブスより可愛い子がイジメられている方が可哀想なだけ、と解釈されそうですが、
そういうことじゃなくて、イジメの原因がビジュアルにない子の方が、
イジメの原因の根が深いように思えるということです。
キャリーの場合は、イジメの原因は家庭環境にあるわけですが、
オリジナルよりも本作の方が、キャリーが困難な状況にあるように感じます。

まぁ実際にイジメ自体もオリジナル版からエスカレートしてます。
体育の後のシャワーの時に、キャリーは遅すぎる初潮を迎えますが、
生理の存在を知らなかった彼女は恐怖で取り乱し、血まみれで同級生に助けを求めますが、
そんな彼女に同級生たちはタンポンを投げつけてからかいます。
オリジナル版でもあったお馴染みのシーンですね。
18歳にもなって生理も知らなかったキャリーをバカにはしているものの、
タンポンを投げつける程度なら、何気に生理の対処法を教えているともとれる行動だし、
オリジナル版鑑賞時にはそれほど酷いイジメだとも思いませんでしたが、
本作の場合は完全にイジメ、…いや、イジメの域を超えた悪質な行為だと思いました。
なんとイジメの主犯格であるクリスが、キャリーが血まみれで動転している様子を、
スマートフォンのカメラで動画撮影したんですよね。
しかもその動画を、男子も含め学校中に見せて回った揚句、YouTubeにまでアップします。
これは1976年当時ではあり得なかった、リメイク版ならではのアップデートですね。
しかし初潮シーンをネットに流すなんて、ギリギリ児童ポルノには抵触しないにしても、
サイバー犯罪に当たるのは間違いなく、犯人のクリスは終盤でキャリーに殺されますが、
もし殺されなくても、逮捕されたりして人生が台無しになったでしょうね。
むしろあっさり殺すより、生かしたまま後悔させる方が罰になるかもしれません。

キャリーは初潮で大騒ぎしてからかわれたことに腹を立て、
母親マーガレットに「なぜ生理のことを教えてくれなかったのか」と問い詰めます。
マーガレットは狂信的なキリスト教徒で、生殖行為は全て悪だと考えており、
娘にも性教育的なことは一切しなかったみたいです。
というか、どうやら本人も生理のメカニズムとか理解してないのかも。
本作の導入である、マーガレットがキャリーを自宅出産するシーンで、
彼女は陣痛を「この痛みは何?まさか癌?」とトンチンカンなことを言っており、
初潮どころか、妊娠、出産ということも知らずに生きてきたのかも。
このシーンはたしかオリジナル版にはなかったように思うのですが、
母マーガレットの異常さもリメイクでアップデートされてますね。
一方キャリーは、事件後に生理や妊娠のことも図書室でいろいろ調べたみたいで、
かなり性教育の後れを取り戻したように思います。
なにしろ終盤では、同級生のスーが妊娠していることにも気が付くくらいですからね。
まぁそれは知識というよりは、目覚めた超能力で察知したみたいですが。

このキャリーの超能力は、主に念動力なのですが、
ここにもオリジナル版との微妙な設定の違いがあります。
オリジナル版はキャリーの感情が昂ぶると無意識に発動してしまう念動力で、
彼女自身、ちょっと厄介な能力だと思っている節がありました。
母親の影響で、悪魔の能力だと思ったのかもしれません。
本作では彼女自身がその能力を制御できるようになっており、
わざわざ念動力をコントロールする練習をするシーンまであり、
彼女も超能力を得られて、ちょっと嬉しそうな感じです。
まぁあんな家庭環境だから、単なる超能力ではなく、
やはり何らかの宗教的な超常現象の影響がある気がしますけど…。
念動力を制御できるか否かは、設定的には微妙な変更に思えますが、
テーマ的にはかなり大きな変更だったように思います。

イジメに加担したことに罪悪感を覚えた同級生のスー。
(たぶん妊娠したため、性格が優しくなったのでしょうね。)
彼女はせめてもの罪滅ぼしと、恋人のトミーに、キャリーをプロムに誘うよう頼みます。
トミーも了承し、なんとかキャリーを誘ってプロムに行くのですが、
イジメの罰で停学となり、プロムへの参加が認められなかったクリスは、
腹いせにキャリーがプロムクイーンに選ばれるように細工し、
その壇上でキャリーに大量のブタの血を浴びせかけるのです。
さらに会場の大スクリーンには例の動画を流し、キャリーを笑い者にします。
逆上したキャリーは、念動力を発動させ、イジメっ子や笑った奴らや次々と殺害し、
プロム会場はまるで地獄絵図のような凄惨な状態になります。

動画はなかったにしても、この展開はオリジナルと全く同じ。
しかしキャリーが念動力をコントロールできるようになったことで、
殺したい相手を思い通りの方法で殺せるようになり、
逆に殺したくない相手を攻撃に巻き込まないようにすることもできます。
これにより、キャリーの善き理解者だった体育教師も、
オリジナル版ではキャリーの念動力に巻き込まれて死んでしまいましたが、
本作では最後まで生存することができました。
最も憎むべき相手であるクリスのことも、かなり残忍な方法で殺すことができます。
だからオリジナル版よりも本作の方が、より復讐劇の傾向が強まっており、
VFX技術の進化も相俟って、痛快さが格段にアップしている気がします。
ボクとしては、これはいい変更点だったと思いました。

でも『キャリー』という作品の本質は、復讐劇ではなく悲劇です。
プロムから帰宅後、キャリーは母親から魔女と罵られ、殺されそうになり、
逆に念動力で殺してしまうという悲しい展開になるのですが、
そのシーンではキャリーの念動力は制御できない設定の方がよかった気がしました。
母親を刃物で磔にする印象的な展開なんかも、あれをキャリーが意識的にやったとなると、
ちょっと本来の趣旨とはズレが生じてしまっている気がするんですよね。
ボクは復讐劇でも構わないと思うので、これでも問題ないと思いますが、
特にオリジナル版のファンだと、その良し悪しは意見が分かれるところでしょうね。

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